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ITエンジニアになる農民工が倍増。変わる農民工、変わるテック業界

中国人力資源社会保障部は、北京市流入する農民工の統計を発表した。人数そのものも減少したが、農民工の就く職業統計に「ソフトウェア、情報技術サービス」が登場したことが話題になっていると八維説が報じた。

 

ITエンジニアは、今や農民工の就く仕事

ITエンジニア、プログラマーは自分たちの職業のことを自嘲気味に「碼農」(マーノン)と呼ぶことがある。コードの農民という意味だ。コードを書いて、システムを構築する仕事は、1行1行コードを書いていく辛抱が必要とされる仕事だ。そのつらさが、1本1本作物を育てていく農民と同じだという意味だ。

ところがこれが冗談ではなくなった。中国人力資源社会保障部は、「2020年北京市流入新世代農民工監測報告発表」という文章を公開した。農民工というのは、都市に農閑期に出稼ぎにくる農民のことだ。人力資源社会保障部は、北京市にくる出稼ぎ農民がどのような職業に就いて、どの程度の収入を得ているのかの統計を発表したが、この中で農民工が就く業界のひとつとして、「ソフトウェア、情報技術サービス」が登場するようになった。

ITエンジニア、プログラマーと言えば、ホワイトカラーの中でも高給が得られる職業だというイメージがあり、研究職、上級職ではあいかわらずその通りであるものの、決まりきったコードを書く仕事はもはや高いスキルを必要としなくなり、出稼ぎ農民が就く仕事になりつつある。それを政府機関が明確に認識したということが話題になっている。

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北京市に上京する農民工が就く仕事。住民サービスが多いが、ソフトウェア、情報技術産業が倍増をしている。人数としても交通運輸(運転手)よりも多くなった。「2020年北京市流入新世代農民工監測報告」(人力資源社会保障部)より作成。

 

スマホの出現が変えた農民工の意識

農民工というのは、2つの世代に分けられる。2000年代までは第1世代農民工で、大都市に出てきて劣悪な環境でも低賃金で働いた。農民は食べるものは自分で作っているので生活は豊かだが、現金収入に乏しい。子どもが生まれ、高い教育を受けさせたいと思うとお金が必要になる。そのために都市に出稼ぎにくるようになった。

農繁期には地元に戻るため、劣悪な環境、低賃金に文句を言うことも少なかった。都市は、この安い労働力を利用して大きく経済発展をした。今でも根強く残る「中国は安い労働力を使って粗悪な製品をつくる」イメージはこの頃のものだ。

しかし、スマートフォンが普及した2010年以降、農民工は大きく変わった。横の情報交換が活発となり、劣悪環境、低賃金を続ける企業には農民工が集まらなくなった。これにより、環境、賃金とも改善されていった。さらに、地方都市や農村の経済が発展することで、遠い大都市に出稼ぎに行くよりは、なじみのある地元周辺の企業で働く農民工が増えていった。また、農業そのものもECやライブコマースを活用し、現金が稼げる仕事になっていったため、農業に専念する農民も増えている。

今の農民工は、出稼ぎではなく、都市でなければできない仕事を求め、可能ならば都市に定着することを考えている若者が中心になっている。農民工の定義は「農村戸籍を持つ都市労働者」であり、出稼ぎよりも上京のイメージが強く、新世代農民工と呼ばれる。

中国人力資源社会保障部の発表の中でも、新世代農民工の学歴は大卒以上が21.2%となっている。また、遠方ではなく、北京市の場合、河北省、河南省などの近場の周辺地域の出身者が増加をしている。

 

情報技術産業に就く新世代農民工は倍増

北京市の統計によると農民工(地方出身者)の就く仕事でいちばん多いのは住民サービスや修理などだ。清掃やゴミの回収といったいわゆるエッセンシャルワークがいちばん多い。フードデリバリーの配達スタッフもこの項目に含まれる。

しかし、2019年から大きく伸びているのがソフトウェア、情報技術産業で、構成比4.2%から7.9%と倍増近くになっている。

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農民工の就く仕事別の平均月収。ソフトウェア、情報技術産業が突出して高く、しかも伸び続けている。プログラミングなどの業務は農民工の仕事になりつつある。「2020年北京市流入新世代農民工監測報告」(人力資源社会保障部)より作成。

 

報酬も情報技術産業が突出をしている

それも当然で、情報技術産業の報酬はずぬけて高いからだ。多くの分野で月収6000元(約10万円)が平均だが、情報技術産業では10571元(約18万円)が平均月収となっている。コードを書く仕事なので、誰にでもできるわけではないが、大学でプログラミング言語を履修していれば働ける。ITエンジニアとしては決して高い報酬ではないものの、農民工の報酬としてはじゅうぶん高いものになっている。

この傾向は今後も続き、テック産業は、大都市や海外の大学院を卒業した研究開発系のエンジニアと、地方出身の専門学校、大学卒業のエンジニアの二層から構成されるようになっていく。