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コロナ禍で加速したテック企業の大都市から地方都市への移住トレンド

以前から続いていた大手テック企業の「大都市から逃げる」現象が、コロナ禍により加速している。特に増えているのが、大都市から地方都市への移住組だ。過剰な競争から逃れ、人間らしく生きられ、幸福感を感じられる生き方として広がり始めていると極点商業が報じた。

 

地方都市に拠点を置くテック企業のトレンド

数年前から大手テック企業の間では、「北上広深から逃げる」と呼ばれる現象が続いていた。北上広深とは北京、上海、広州、深圳の大都市のこと。本社は大都市に置いても、研究機関や支社などを地方都市に設置する動きが進んでいる。

テック企業の多くの業務は、そこにいなくてもリモートでできるものが多い。それなのに、家賃の高い大都市に広大なオフィスを構えるのは高コストであるばかりで、メリットはあまりなくなっている。

一方、中国の問題のひとつは、地方都市の就職難だ。地方にも優秀な理工系大学はあるが、その卒業生たちは就職口がない。北上広深に上京をしないと、納得のいく仕事が見つからない。そのため、地方には優秀な人材が埋もれている。このような人材を確保することもできる。

これにより、テンセント、アリババ、ファーウェイ、小米(シャオミ)、バイトダンス、滴滴など主要なテック企業が、地方都市に研究機関や支社を設置し始めていた。

 

コロナ禍で加速する「北上広深から逃げる」現象

中国には「北漂」という言葉がある。北京で漂流するという意味だ。大都市は家賃が非常に高く、若い間は半地下のワンルームに住むのですら難しい。職を求めて都会に出てきても、なかなかうまくいかず、精神が壊れて、穴蔵のような部屋に閉じこもってしまう若者もいる。

コロナ禍により、このような北漂をしていた若者は地元に帰り始めている。また、もともと大都会で生まれ育った人たちも、都会の息苦しさに根をあげ、地方都市に移住したいと考える人が増えている。

テック企業の「北上広深から逃げる」現象は、コロナ禍以降加速をしている。

 

結婚の現実を考えて重慶に移住をした李帥さん

李帥さん(仮名)は、2020年6月に北京から2500kmも離れた重慶市に移住をした。内モンゴル自治区フフホト市で1992年に生まれた李帥さんは、2014年に北京大学を卒業し、北京の大手テック企業にエンジニアとして入社した。余裕のある給料をもらい、エンジニアとしては成功者だった。重慶出身のガールフレンドもできた。

しかし、疲れてきてしまった。典型的なテック企業で、社内での競争は熾烈だ。その競争に巻き込まれて、気がついたら30歳になっていた。今後も、この体力と気力を消耗し続ける生活を続けていかなければならないのだろうか。恋人と結婚をしても、北京に住む家を買うことは難しい。さらに、子どもが生まれたとすると、北京市の戸籍がない自分たちの子どもは、北京の小学校に通うことはできない。どうやって子どもを育てたらいいのだろうか。結婚が現実になるとともに、現実の課題がのしかかってきた。

李帥さんは、転職エージェントに登録をした。そして、地方都市を中心に紹介をしてもらえるようにお願いをしていた。

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重慶市にあるテンセントの西南本部。現在の従業員数は4300人を超える。

 

重慶に移住をして、精神的にも安定

その転職エージェントから、重慶市にあるテンセントの西南本部が紹介された。業務内容も李帥さんの希望に叶っている。李帥さんはすぐにテンセントの面接を受けて、重慶に移住することにした。

テンセントの人材広告によると、西南本部の月給は2-3万元(約33万円から50万円)と、深圳本部の給与に比べたら少ない。しかし、深圳市と重慶市の家賃、物価の違いを考えれば、決して悪くはない給料だ。多くのテック企業では、地方拠点の給与は本社よりは安く設定されているが、その都市の物価などを考慮して、生活レベルは同じになるように設定されている。

さらに、李帥さんはそれまでの貯蓄があったため、西南本部近くにマンションが購入できた。さすがに自動車までを同時に買うのは難しかったので、西南本部まで徒歩で通える場所を選んだ。恋人も重慶に移住することを同意しているので、しばらくしたら呼び寄せて、ここで結婚生活を営む予定だ。

重慶市では、一定の条件をクリアすれば、都市戸籍が取得できる。安定した収入、過去に犯罪歴がないことなどが条件だが、大都市に比べればハードルは低く、李帥さんであれば数年後には確実に取得ができる。そうなれば、子どもが生まれても、重慶の学校に通わせることができる。

北京時代の李帥さんは、鬱状態に近かったが、重慶に移住をしたことで、幸福を感じられるようになっている。

 

競争ではなく協調が生まれる地方都市拠点

李帥さんによると、業務のレベルが地方都市だから低いということはないという。テンセント全体で共通した業務プロセス、業務評価が使われているため、北京時代と同じように高いレベルの仕事が求められている。

しかし、大きく違うのは、競争か協調かだ。大都市でも地方都市でも、成績不良者が解雇されることは変わらない。大都市では、多くの地方都市から仕事を求めて人が集まってくるため、従業員が解雇ラインに落ちないように競争をする。それは時として、他人を押しのける競争になる。しかし、地方都市ではその競争が大都市ほど熾烈ではない。むしろ、チーム内で協調をして、チームとしての成績をあげることが、自分の成績をあげることにつながるという考え方が浸透している。

西南本部の従業員たちは、重慶の地元採用も多いが、大都市からの移住組も多い。移住組は、大都市での熾烈な競争が、行き過ぎると人の心を蝕み、成績そのものもあがらないことを経験している。そのため、自然と、西南本部では、従業員が強調をして働くようになっているのだという。

 

地元から離れずテック企業で働く蒋林莉さん

蒋林莉さんは、2019年に重慶の大学を卒業し、西南本部のインターンを経て、テンセントに入社した。多くの同級生は、大都市のテック企業でインターンをする選択をしたが、蒋林莉さんは自分が生まれ育った重慶市で職を探すことにした。「最初は、重慶の行政機関で働こうと考えていました。給料はさほどではありませんが、実家から通えて、生活圏、友人との距離も変わりません。ラッキーなことに、テンセントの西南本部に入社することができました」。

蒋林莉さんの同級生は、大手テック企業で働くことを夢見て、大都会にでていき、漂流をしている。蒋林莉さんは、地元を離れない選択をしたことにより、テンセントに入社することができた。

 

地方移住を促す地方政府の政策

重慶成都などの新一線都市、二線都市は、工業的な基礎はあり、経済の発展速度は今や大都市よりも高くなっている。しかし、一線都市と比べて、経済の規模と効率はまだまだ劣っている。この課題を乗り越えるには、一線都市の優秀な人材を大量に呼び込む必要がある。武漢西安鄭州、長沙、成都、南京、重慶などの二線都市はこの課題を重要視していて、大手テック企業を誘致するだけでなく、税制面などでの優遇政策を行い、移住人材に関しても、就職、住居の案内や住宅費の補助金制度を実施している。

テンセントの西南本部だけでも、2020年上半期だけで2000人の人材を雇用し、2020年末の従業員数は4300人となり、1年前の2倍以上になっている。また、アリババの成都本部は5000人以上、ファーウェイの成都本部は1万人以上になっている。小米の武漢第二本部は、コロナ禍前は2000人程度であったものが、2020年末には5000人に拡大をしている。

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▲小米(シャオミ)の武漢本部。武漢は、創業者の雷軍(レイ・ジュン)が生まれた都市でもある。本社は北京。その下の第2の本社という位置付けだ。現在の従業員数は5000人を超える。

 

テック人材の拡散が、地方の成長を促していく

「2020年中国大学生就職報告」(光明日報)によると、二線都市に就職したいという大卒者は確実に増えている。2015年卒業と2019年卒業で比較をすると、一線都市への就職は26%から20%に減少し、二線、新一線都市への就職は22%から26%に上昇をしている。

この傾向は、コロナ禍によりさらに強くなっていると推測される。これは大都市で成長したビジネス、テクノロジーが、中国の各都市に伝播をしていくことでもある。そこに、中国の次の成長戦略を描いている企業も多い。今までは様相の異なる中国の成長が始まるかもしれない。