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中国を中心にしたアジアのテック最新事情

お得意様ほど損をする?消費者が反発をする中国ECの「殺熟」とは何か

中国のネット民の間で話題になっている言葉が「殺熟」だ。ECサイトなどで、利用が長いお得意さんほど、販売価格が高くなったり、優待が薄くなってしまう「お得意さん殺し」といった意味だ。ECでは、利用者の生涯購入額を最大化させることを目指すため、このようなことが起きていると燃経済が報じた。

 

お得意様ほど損をする?利用者たちの不満

中国のネット民の間で、「殺熟」という言葉が流行している。「殺熟客」の略で、「お得意さんをないがしろにする」といった意味だ。「殺す」というのは強い言葉だが、語感としては日本の「殺」ほど強い意味はない。「殺暑気」は暑気払いにかき氷を食べることだったりする。

それにしても「お得意さんを殺す」とは穏やかではない。いったいどういうことなのか。

 

お得意様ほど優待幅が小さくなる現象

中国のECサイトでは、もはや定価、希望小売価格というものが存在しないにも等しい。人によって価格が異なるのだ。常に「優待」キャンペーンが行われていて、優待の内容は人によって異なる。そのため、実質的な購入価格は人によって違ってくる。

これは多くの人が納得をしている。しかし、ネット民が納得ができないのが、優待は「よく購入するお得意様」に厚くあるべきなのに、多くのECサイトではお得意様の優待が薄くなる傾向にあることだ。つまり、そのECを利用すれば利用するほど損になる傾向があり、これが「殺熟」と呼ばれ、問題視されるようになってきている。

例えばアリババのEC「淘宝」(タオバオ)で、ニューバランスのあるスニーカーは369元(約5700円)で販売されている。しかし、ある人には20元の優待がつき349元なのに、ある人には75元もの優待がつき、294元で買うことができる。

しかも、タオバオを古くから利用しているほど優待の幅が小さくなる傾向があるのだ。

 

ECは利用者の生涯購入額を最大化しようとしている

これは、多くのECが優待幅を「お得意さんへの感謝の度合い」で決めているわけではなく、「その人の生涯購入額を最大化する」という観点で決めていることから起きている現象。そのため、お得意さんには「釣った魚には餌をやらない」的なことが起きているのだ。

多くのECでは、そのような説明ではなく、「新規購入者の優待幅が大きいため、一部でこのような現象が起きる」と説明している。

 

人によって販売価格そのものも違っている

しかし、事情はもっと複雑なようだ。燃経済編集部が調査をしたところ、優待の幅だけではなく、人によって商品の販売価格そのものが異なることが確認された。さらにそこに異なった優待が適用される。

それだけではない。タオバオで「百億補助」キャンペーンが実施されている期間に、タオバオの百億補助キャペーンのバナーから、同じ豚バラ肉を探したところ、159元の販売価格で、補助金が32元ついて、実質127元で購入ができる。しかし、この店舗をブックマークしておき、通常の入り口から同じ商品を探したところ、補助金がつかないのは当然としても、価格そのものが168元になっていた。これはもう「頭を焼きつくすゲーム」だと、燃経済は評している。

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▲同じ豚肉が「百億補助」キャンペーンの入り口から入ると159元だったものが、通常の入り口から入ると168元になっている。同じ人でも、入り口が違うだけで、優待適用前の販売価格が違っている。これはもう「頭を焼きつくすゲーム」だと評されている。

 

ECは否定をするものの、利用者は不満

燃経済は、利用者によって販売価格が異なることに対する説明をアリババと京東(ジンドン)に対して求めたところ、アリババは回答がなかった。京東では、市場の需給を見て、販売価格を変えることはあるとしながらも、ビッグデータを解析して利用者によって販売価格を変えるロジックは導入していないと回答した。

しかし、ベンチャーキャピタル「元一九鼎」の創業者、夏翌氏によると、ECサイトにとって、個人ごとに価格を設定するのは究極の姿で、EC側が売りたいものを推薦し、それを購入してもらい、利用者の生涯購入額を最大化することを考え、研究をしていることは間違いないという。

 

有料VIP会員の方が価格が高くなる?

この「殺熟」は、今では広く知られている。そのため、SNSでは友人同士で同じ商品の価格を教え合うことが増えている。ある洗顔クリームの価格を比べたSNSグループでは、VIP会員である二人がそれぞれに24.9元、21.9元だったのに対し、普通会員の人は16.03元だった。しかも2元の優待がつけられていた。

しかも、アリババのTmallなどでは「88VIP会員」の方が高い傾向にあった。88VIP会員は888元(約1万3700円)を支払って取得する有料会員制度で、常に5%引きが受けられ、その他のアリババサービスが優待で受けられ、平均で年間2000元は得ができるとされている。しかも、キャンペーン時期などには88元で会員資格が購入できることから人気のサービスとなっている。

しかし、88VIP会員になった途端に、商品価格そのものが高くなっている。これはおかしいのではないか。中には騙されたという人も出てきている。

殺熟問題は、以前はそういうことがあっても、仕方ないとあきめられているようなところがあった。嫌なら別のECで購入すればいいことだ。しかし、有料の88VIP会員が絡むと事情は違う。他のECでも、有料会員の方が価格そのものが高く表示される問題が生じている。そこから、多くのメディアが取り上げる問題になってきた。

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SNSでは、知り合い同士あるいは見知らぬ人同士で、同じ商品の価格を比較する情報が盛んにやり取りされている。

 

均一価格という利便性が失われている

中国の一般商店では、希望小売価格や定価というものはあってないようなものだった。顧客は価格交渉をするのが当たり前で、商店主はその顧客の利用頻度などを考えて、値下げ幅を決める。しかし、社会のテンポが速くなるにつれ、すべての買い物がそれでは日常生活の負担が大きくなり始めた。そこに、均一価格のスーパーが登場し、ECが登場してきた。ECは、価格がすぐにわかって、買うか買わないかと決めることができるという利便性があった。高いと思えば、別のECを探すか、買うのをやめればいいのだ。

しかし、ECはビッグデータを利用して、収益を最大化するために、顧客の購入履歴から最適価格を表示する仕組みを導入していると推測されている。消費者からすると、ECの利便性のひとつが失われてしまったことになる。

 

利益の最大化、顧客の継続維持が生んでいる「殺熟」

ECがこのような顧客ごとに価格を変える水平ダイナミックプライシングをする理由は、ひとつは顧客の生涯購入額を最大化し、利益を最大化するためだ。つまり、「たくさん買った人」が得をするのではなく、「これからたくさん買うであろう人」が得をする仕組みになっている。そのため、一部の商品で殺熟現象が起きてしまう。

もうひとつの理由は、顧客の継続率を維持するためだ。新規顧客を獲得するには、広告や優待クーポンなどのコストがかかり、この新規顧客獲得コストは年々上がり続けている。そのため、新規顧客を獲得するより、既存顧客を維持した方が、全体の会員数維持コストは低くなる。そこで、「退会してしまいそうな人」には価格を下げたり、優待を厚くして、逃げないようにするという目的もある。

いずれにしても、ECに利益をもたらさない人、つまり滅多にかわず、セール品だけを買い、顧客サポートは頻繁に利用する人、やたらに返品が多い人などは、ふるいにかけられ、優待は薄くされ、場合によっては価格そのものが高くなり、排除されていく可能性もある。

ECのビッグデータ解析技術が進み、消費者を選別する時代が始まろうとしている。

 

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