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地方でも始まった小売業のDX。地域特性という多様性の一元管理が鍵になる

コロナ禍に見舞われた2020年、県以下の地方市場の小売売上が3.6兆元(約64兆円)、2019年から26.5%の増加となり、大きく躍進をした。大きな理由のひとつは、地方の小売業者がコロナ禍を機に本格的なDXに乗り出し、成功をするところが現れてきたからだと智慧零售与餐飲が報じた。

 

大手の参入により圧迫されるローカル小売

県以下の地方小売は、さまざまな危機に直面している。ひとつは、事前注文、店舗受取方式の社区団購などが浸透をしてきて売り上げを圧迫されていることだ。さらに、美団(メイトワン)、ウーラマ、京東(ジンドン)などの到家サービス(ECで注文をした商品を配送してくれる)が浸透をし始め、地方の消費者の間にもEC、到家サービスの習慣が定着しようとしていることがある。

 

SaaS基幹システムの登場によりDXが進むローカル小売

一方で、多点(DMALL、https://www.dmall.com)などの小売店向け基幹システムをSaaSで販売する業者が登場し、多くの店舗がデジタル化を進めていることなどがあり、従来の人手で運営をしている伝統的な小売店は居場所がなくなりつつある。

コロナ禍の外出自粛期間、このような地方小売は意外にも好調だった。以前は、都市の店舗まで買い物に行っていた地方の消費者が、感染リスクを恐れて、近くの地方小売店で買い物をするようになったからだ。

この好機を捉えて、本格的なDX(デジタルトランスフォーメーション)を進める小売店が現れてきている。

 

WeChatで顧客とつながることがDXのきっかけに

発揚大薬房(ファーヤン)は、河南省駐馬店市の上蔡県を拠点にする漢方薬の製造販売業者だ。コロナ禍で売上が大きく伸びたこともあり、本格的なDXを進め、2018年には1.5億元だった売上が2020年には2億元を突破し、店舗数も90店舗を突破した。2021年も売上、利益ともに伸び続けている。

地方小売市場の特徴は、顧客の多くがお得意さんであるということだ。コロナ禍になり、このお得意さんに向けてSNS「WeChat」で商品の注文ができるようにし、美団、ウーラマのデリバリー企業と提携をして、配達もできるようにしたのが、発揚のDXの起点となった。

さらに、WeChatによる問診、処方を行い、薬の中身がわからないような包装をした上で、店舗受け取りか宅配を選べるようにした。

これは、外出を避けたいお得意さんのために始めたことだが、一度、オンラインを使い始めると、多彩な販売手法が取れるようになる。タイムセールのお知らせをSNSで伝えたり、友人をご紹介すると割引にするクーポン、さらには慢性病などで定期的に薬を服用しているお得意さんには、薬が切れる頃に購入をプッシュするなどさまざまプロモーションが可能となった。

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漢方薬の製造販売「発揚大薬房」。河南省に90店舗を展開する。コロナ禍で顧客とのリレーションにWeChatを活用。その経験に基づいてSCRM会員システムを選定してため、適切なシステムを選ぶことができ活用ができた。

 

お得意さんとの関係強化に適したシステムを導入

このようなプロモーションを行うために、発揚はSCRM会員システム(Social Customer Relationship Management)を導入した。お得意さんのWeChatアカウントに基づいて、購入履歴などを管理するシステムだ。これで多彩なオンラインプロモーションが行えるようになった。

さらに、WMS(Warehouse Management System)も導入をした。プロモーションが功を奏し、商品が今までにないペースで動き出すと、従来の「人が商品を探す」「人が商品を管理する」方式では限界が明らかになったからだ。現在では、商品には電子タグが付けられ、専用端末で管理をする方式になっている。

発揚のDXは理想的な導入事例になっている。先にお得意さんのために販売方法、プロモーション手法を考え、それからそれを支えるシステムを導入している。そのため、最適なシステムの選定が可能となった。よくある失敗は、先にシステムを決めてしまい、業務のあり方をシステムに合わせてしまうというもので、顧客に対して不適切な業務体系となったり、他社との差別化ができなくなってしまうというものだ。発揚の場合は、業務側からシステムを選んだため、DXに成功をした。

 

あえて地方をねらう戦略の喜大聖

喜大聖(シーダーシェン)は、河南省駐馬店市、周口市、信陽市などの地方都市に展開をする菓子類の小売チェーンだ。創業は2019年と新しい。創業してすぐにコロナ禍に見舞われながら、急成長をしたということから注目を浴びている。

このような菓子類の小売チェーンは、人口が多い大都市部を中心に展開をするのが常道だ。良品舗子、百草味、三只松鼠、周黒鴨などの成功した小売チェーンのすべてが大都市、地方中核都市を中心にした展開をしている。

しかし、一方で、地方市場は個人商店のみで取り残されていた。喜大聖はここにブルーオーシャンがあると考え、地方からの展開を始め成功をした。

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河南省28店舗を展開する菓子小売チェーン「喜大聖」。品揃えは店舗ごとに異なる。これをデジタル管理し、さらに店頭での購入体験を重視したことにより、コロナ禍でも成長をすることができた。

 

店舗ごとの特色を出すにはデジタル管理が必須

2019年10月に1号店を開店し、1年で20店舗まで増やし、現在は28店舗と、地方小売としては異例の成長ぶりを示している。特徴的なのは、最初からチェーン展開を想定した基幹システムを導入していたということだ。

菓子店は、同じ品揃えの店舗を展開してもうまくいかない。その地域により、好まれる菓子が、嗜好や伝統により異なっているからだ。全国的に売れている菓子も仕入れるが、地域特性による菓子は地域の卸から仕入れ、さらには少量生産のPB商品、独自開発商品により、地域特性に合った店舗にする必要がある。これを実現するには、従来手法の手作業による在庫、流通、販売管理では無理で、デジタル化が必須だった。

これにより、喜大聖は店舗により品揃えが大きく異なるが、チェーン全体としては、在庫や売上をしっかりと管理ができる体制が整えられた。

 

菓子の店頭購入体験を中心にした喜大聖

また、喜大聖では来店を重視している。地方の家庭では、菓子を切らさずに置いておくという習慣があり、菓子を買いに行くということが外出の大きな理由になっていて、特に高齢者では菓子を買いに外出をすることが楽しみのひとつになっている。菓子は商品種類が豊富で、見ているだけでも楽しい。また、持って帰るのもかさばりはするものの重たくはないので、高齢者でも苦にならない。

喜大聖では、WeChatをベースにしたCRMシステムを導入し、常に地域の消費者の嗜好を分析している。分析をするだけでなく、大量のPB商品、独自開発商品を投入し、「いつきても新商品がある」状況をつくり出している。このような状況をうまく活用して、店舗の集客力を高めている。さらに、来店をすると次回使える電子クーポンをWeChat経由で送るなどの優待も行っている。

すでに3万人のオンライン会員を集め、多くの会員が月に3回から5回ほど店舗に訪れ消費をする。全体の売上のうち、会員による売上は60%を超えている。

似たような菓子を買うだけなのであればECで事足りる。喜大聖は自分たちの最大の魅力ある商品が「店頭での購入体験」であることを意識をし、成長をすることができた。

 

標準化よりも、多様性をいかに管理するかが地方市場のテーマ

地方市場は、大都市と比べて人口が少なく、購買力が小さいという小売業にとっては不利な面がある。しかも、最大の問題は、地域特性が強いために、店舗ごとに商品やサービスを変える必要があるということだ。これが統一的な運営をする大手チェーンが生まれない要因になっていた。

しかし、デジタル化による店舗運営は、この地域特性を吸収することができる。仕入れ、製造などはチェーン全体を見て行い、プロモーションや販売手法は店舗ごとに変えることができる。従来の人手による管理では、混乱が生じがちだが、デジタル化することにより、店舗の特色を出すことができる。

このようなことから、地方からも成長する小売チェーンが生まれてきている。DXは標準化のために行うのではない。多様性を一元管理するために使う。