スイスの金融機関UBSが衝撃的なレポートを公開している。欧州のEV市場は、中国メーカーとテスラに侵食され、既存メーカーはシェアを大きく落とすという内容だ。その理由は、BYDがすべてのパーツを自社生産していることにより、品質とコストを両立させていることにあると両抖雲 が報じた。
スイスUBSの衝撃的なレポート
電気自動車(EV)の市場予測について、スイスの金融機関UBS傘下のUBSエビデンス ラボが、衝撃的とも呼べるレポートを公開している。「BYD teardown:Will Chinese EVs win globally?」(BYD分解検証:中国EVはグローバルで成功できるか?)というもので、 中国のEVが欧州市場でも躍進をし、現在のシェア3%から2030年には20%にまでなるという内容だ。同様にテスラも2%から10%に増え、既存メーカーのシェアは95%から70%にまで低下をし、グローバルサ プライヤーとともに大きな打撃を受けるというものだ。
UBSエビデンス ラボでは、過去にテスラモデル3、フォルクスワーゲン (VW )ID.3を分解して検証した経験があり、今回、BYD「海豹」(シール)を分解して検証したところ、中国メーカーはコストが圧倒的に小さく、欧州市場に参入をしてくれば大きな競争力を持つと結論づけた。
▲UBSの予測による欧州市場の変化。2030年には中国メーカーのシェアが20%、テスラが10%となり、既存メーカーは大きくシェアを落とすことになる。
▲UBSの予測による中国市場の変化。2030年にはEV化率が80%を超え、既存グローバルメーカーはほぼ居場所がなくなる。
UBSが想定する4つのシナリオ
UBSは、やみくもに「中国EVが躍進をする」と主張しているわけではない。レポートでは複数のシナリオを想定している。「EVシフトが進む/進まない」「市場がオープン/クローズ」の2軸により、4つのシナリオを想定した。
1)EVシフトが進まず、市場がオープンのシナリオ:確率5%
EVシフト政策が後退をし、バッテリー価格の上昇、充電設備の普及の遅れなどにより、消費者は燃料車を選択する。中国EVは参入はするものの売れない。既存グローバルメーカーが市場を支配する。
2)EVシフトが進まず、市場がクローズのシナリオ:確率15%
EVシフト政策が後退をし、輸入車 にはさまざまな参入障壁が設けられる。中国メーカーは欧州市場に入っていくことができず、既存グローバルメーカーが市場を支配する。
3)EVシフトが進み、市場がクローズのシナリオ:確率30%
欧州市場が輸入車 に関税をかけるなどして既存メーカーを守ろうとする場合。しかし、中国は当然の反応として報復関税をかけるため、欧州メーカーは中国市場を失うことになる。また、競争が起こらないために、既存メーカーのEVは価格が高止まりをし、政府は補助金 などの大規模な支出を迫られることになる。中国とテスラは欧州域内に生産工場を設立する形で参入をしていく。
4)EVシフトが進み、市場がオープンのシナリオ:確率50%
市場の健全性を損なうような参入障壁を設けず、オープンな競争が進む場合。中国メーカー、テスラが欧州市場に参入し、自由な競争の中で、コストパフォーマンスに優れた中国メーカーとテスラが一定のシェアを持つ。ポルシェやフェラーリ などの高級車に特化をしたメーカー以外は、大きな影響を受けることになる。
レポートでは、最後のEVシフトが進み、市場がオープンな場合のシナリオの実現確率を50%とし、その場合、どのようなことが起きるかをさまざまな角度で検証している。
▲UBSが想定する4つのシナリオ。数値はシナリオの実現確率。
バッテリーだけでなく駆動系コストも中国とテスラが強い
レポートでは、BYDシール、テスラモデル3、VW ID.4の3車種のコストを比較している。圧倒的に異なるのが、バッテリーコストだ。VW はkWhあたりのコストが、BYD、テスラと比べてかなり高い。バッテリーの量産技術が出遅れていることが伺える。
さらにショッキングなのが、モーターの動力をタイヤに伝える駆動系のコストでも、VW は高くなっていることだ。本来は、歴史のある自動車メーカーが得意としなければならない部分だ。それが高いということは、燃料車の技術がじゅうぶんにEVに転換できていないことが伺える。
▲3車のコストの比較。ID.4はバッテリーだけでなく、自動車会社が得意としなければならない駆動系にもコストがかかっている。テスラは自動運転を重視しているためADASにコストがかかっている。
▲BYDシール、テスラモデル3、VW ID.4のスペックの比較。ID.4はサイズは変わらないのに重たい自動車であることが目立つ。
BYDが東欧での生産を始めるとVW は負ける
レポートでは、VW ID.4とBYDシールの競争力を見るシミュレーションを行っている。現在、BYDはハンガリー のセゲト市に生産工場を設立する計画を進めている。ID.4は欧州では5.09万ドルで販売をされていて、利益率は1台あたり5%程度になる。UBSエビデンス ラボはBYDシールのコスト構造を明らかにし、東欧で生産した場合、利益率がID.4と同じ5%だった場合、販売価格は3.61万ドルになると試算した。ほぼ同じスペックのEVが1万ドル以上の価格差が出ることになる。
もし、ID.4がシールに対抗するために、シールの販売価格+10%にまで値下げをした場合、利益率は-17%になり、シールと同価格にした場合は利益率が-27%にまでなってしまう。コストパフォーマンスでは、ほぼ勝負にならない。これにより、BYDを中心とした中国EVが大きく躍進すると結論づけた。
▲BYDシールが東欧生産を始めた場合のシミュレーション。ID.4がシールより10%高い価格にまで値下げをすると、利益率は-17%の赤字になってしまう。
垂直統合 をしているBYDの強み
では、なぜ、BYDはここまで低コストでEVを生産することができるのか。レポートが指摘をしているのは、BYDが垂直統合 を進めていることだ。BYD、テスラは、ほとんどのパーツを自社生産している。BYDがグローバルサ プライヤーに頼っているのは、ADAS(Advanced Driver-Assistance System、先進運転支援システム)に必要なチップをクアルコム から調達をしているぐらいだ。
パーツを自社生産すると、技術や人材のリソースを適正配置することができ、全体設計と部分設計をきめ細かく調和させることができる。
その最たる例が、BYDのCTB(Cell To Body)技術だ。これはバッテリーを保護するためのパッケージを自動車のボディ構造の一部として利用するというもので、ボディとバッテリーパッケージが一体化されている。これで生産コストが大きく下げられるだけでなく、居住空間を広く取ることが可能になった。さらに巧みに設計することで、ボディ全体のねじれ剛性も高くなる。ボディがねじれないということは、走行が安定をし、乗り心地がよくなる。スポーツカーや高級車が求める性能のひとつだ。
▲各社の部品調達先割合。BYDは多くの部品を自社生産することで、コストと品質を両立させている。
子会社化を進めリスク分散をするBYD
一方、既存メーカーは、設計と組み立てに専念をし、パーツ生産はサプライヤー に頼るというピラミッド型統合をしている。全体設計と部分設計を調和させることは、サプライヤー との密なコミュニケーションが必要となる。これにより、メーカーとサプライヤー の結びつきが強くなりすぎることがあり、馴れ合いが生じてしまい、技術の進化や変化が起こりづらくなるリスクがある。
もちろん、BYDやテスラのような垂直統合 にも問題はある。それは図体が大きくなりすぎるため、肝心のセールスが落ちてしまうと、一気に業績が悪化をしてしまうことだ。そのため、BYDでは各部門の子会社化を進め、子会社はBYDのパーツ生産を優先しながらも、他のメーカーのサプライヤー としての仕事もするようになっている。別口の収入を確保することで、リスクに対応しようとしている。
2022年は、この子会社化が一気に進んだ年となり、年度報告書によると、この年に247社もの子会社を設立している。
落とし穴にはまっている欧州EV市場
レポートは、4つのシナリオを想定しており、欧州市場で中国メーカーとテスラが躍進をするシナリオが現実のものとなる確率は50%としている。これ以外の、既存メーカーが市場をリードできるシナリオにするには、EVシフトを遅らせるか、欧州市場を閉鎖的にするしかない。しかし、欧州の戦略は、世界に先駆けてEVシフトを進め、他市場でも優位なポジションを取るというものだったわけだから、その思惑は崩れることになる。
欧州市場は、EVシフトを進めれば、中国メーカーとテスラに欧州市場を奪われ、EVシフトを遅らせば、海外市 場を失うという落とし穴にはまってしまっている。