中華IT最新事情

中国を中心にしたアジアのテック最新事情

人型ロボットが自動車工場で働く。品質管理AIを内蔵し、人の代わりに検査を行う

UBTECHの人型ロボット「Walker S」が、NIOのNEV生産工場で研修を始めた。中国だけでなく、米国でも人型ロボットを生産工場に導入する例が増え始めてきた。工場では、人とロボットが協働して働く時代が始まろうとしていると毎日経済新聞が報じた。

 

自動車工場で働き始めた人型ロボット

優必選(UBTECH、https://research.ubtrobot.com/)の人型ロボット「Walker S」が、深圳市にある蔚来汽車(NIO)の新エネルギー車(NEV)の生産工場で研修に入った。Walker Sは、UBTECHが開発した産業用人型ロボット。人型であるため、既存の製造ラインに入って、人の代替をすることができる。UBTECHは、開発時から複数のNEV生産企業と接触をしており、自動車の生産工場に導入することを目指している。

▲Walker Sは、車のエンブレムを取り付ける作業も行なった。

 

品質管理システムを内蔵した人型ロボット

Walker Sは、NIOの生産工場で、ドアロックの品質検査、シートベルトの検査、ヘッドライトカバーの品質検査を行なっており、さらには車のロゴを車体に貼る作業もこなした。

Walker Sには、AIによる品質管理システムが搭載されていて、車のドアロックの映像を収集して、品質問題を確認し、工場の品質検査システムにOK/NGの信号を返す。

シートベルトの品質検査では、手を車内に入れ、シートベルトを下げる動作を行い、シートベルト機構に問題がないことを確認する。

▲シートベルトの品質検査では、手でシートベルトを引き出して、その映像から品質検査を行う。

▲ドアロックの品質検査では、ドアロックの映像を撮影し、それをAIで解析して、不具合がないという信号をシステムに返す。

▲工場内で移動するWalker S。移動できるため、生産ラインの状況に柔軟に対応できる。

 

日本では下火になった人型ロボット開発

UBTECHは、さまざまな産業応用可能なロボットを開発している。最も広く知られているのは、配膳ロボットで、飲食店などで、人などを避けながら、注文したテーブルまで食事を運ぶ。

人型ロボットの開発に関しては、2010年ぐらいまでは日本で盛んに試みられたが、その後、下火になってしまった。その後、2015年頃から中国の大学や企業で盛んに開発が進められるようになり、UBTECHもそのような企業のひとつで、2023年12月には香港に上場を果たすほどまで成長をした。

UBTECHでは、工業生産、商業サービス、ホームコンパニオンの3つの分野で、人型ロボットが使われるシナリオを想定して、人類を反復で退屈な労働から解放することをミッションとしている。これはテスラのイーロン・マスクCEOの考え方とも一致をする。マスクCEOは、人間とロボットの比率は2:1が適切で、最終的には100億台から200億台の人型ロボットが、さまざまな分野で、人間の代わりをすることになると予測をしている。

▲日本でもすでにおなじみになっている配膳ロボット。UBTECHの配膳ロボットでは日本の飲食店でも働いている。

▲UBTECHの案内ロボット。人や障害物を避けて移動し、話しかけると音声で施設内のガイドをしてくれる。

▲人型ロボットの特許件数の取得時期の分布。左から「ホンダ」「ソニー」「サムスン」「トヨタ」「セイコーエプソン」「ソフトバンク」。右から2つ目の優必選(UBTECH)は2015年以降、大量の特許を取得している。

 

米国でもロボットが工場で働く

自動車生産工場で、“研修”を始めた人型ロボットはWalker Sが最初ではない。米国のスタートアップ「Figure」(https://www.figure.ai/)が、米サウスカロライナ州BMW工場で1月早く研修を始めている。テスラが開発している人型ロボット「Optimus」も、テスラの自動車生産工場で稼働することを目的としている。

2010年までの人型ロボットはメカニカル技術が基本になったものだったが、現在の人型ロボットはAIを実装するのが当たり前で、高度な判断ができるようになっている。これからの工場は、単純作業は産業用ロボット、高度な作業、危険性を伴う作業は人型ロボット、繊細さを必要とする超高度な作業は人間ということになっていきそうだ。

 

 

 

欧州EV市場は中国とテスラに侵食される。UBSの衝撃的なレポート

スイスの金融機関UBSが衝撃的なレポートを公開している。欧州のEV市場は、中国メーカーとテスラに侵食され、既存メーカーはシェアを大きく落とすという内容だ。その理由は、BYDがすべてのパーツを自社生産していることにより、品質とコストを両立させていることにあると両抖雲が報じた。

 

スイスUBSの衝撃的なレポート

電気自動車(EV)の市場予測について、スイスの金融機関UBS傘下のUBSエビデンスラボが、衝撃的とも呼べるレポートを公開している。「BYD teardown:Will Chinese EVs win globally?」(BYD分解検証:中国EVはグローバルで成功できるか?)というもので、中国のEVが欧州市場でも躍進をし、現在のシェア3%から2030年には20%にまでなるという内容だ。同様にテスラも2%から10%に増え、既存メーカーのシェアは95%から70%にまで低下をし、グローバルサプライヤーとともに大きな打撃を受けるというものだ。

UBSエビデンスラボでは、過去にテスラモデル3、フォルクスワーゲンVW)ID.3を分解して検証した経験があり、今回、BYD「海豹」(シール)を分解して検証したところ、中国メーカーはコストが圧倒的に小さく、欧州市場に参入をしてくれば大きな競争力を持つと結論づけた。

▲UBSの予測による欧州市場の変化。2030年には中国メーカーのシェアが20%、テスラが10%となり、既存メーカーは大きくシェアを落とすことになる。

▲UBSの予測による中国市場の変化。2030年にはEV化率が80%を超え、既存グローバルメーカーはほぼ居場所がなくなる。

 

UBSが想定する4つのシナリオ

UBSは、やみくもに「中国EVが躍進をする」と主張しているわけではない。レポートでは複数のシナリオを想定している。「EVシフトが進む/進まない」「市場がオープン/クローズ」の2軸により、4つのシナリオを想定した。

1)EVシフトが進まず、市場がオープンのシナリオ:確率5%

EVシフト政策が後退をし、バッテリー価格の上昇、充電設備の普及の遅れなどにより、消費者は燃料車を選択する。中国EVは参入はするものの売れない。既存グローバルメーカーが市場を支配する。

2)EVシフトが進まず、市場がクローズのシナリオ:確率15%

EVシフト政策が後退をし、輸入車にはさまざまな参入障壁が設けられる。中国メーカーは欧州市場に入っていくことができず、既存グローバルメーカーが市場を支配する。

3)EVシフトが進み、市場がクローズのシナリオ:確率30%

欧州市場が輸入車に関税をかけるなどして既存メーカーを守ろうとする場合。しかし、中国は当然の反応として報復関税をかけるため、欧州メーカーは中国市場を失うことになる。また、競争が起こらないために、既存メーカーのEVは価格が高止まりをし、政府は補助金などの大規模な支出を迫られることになる。中国とテスラは欧州域内に生産工場を設立する形で参入をしていく。

4)EVシフトが進み、市場がオープンのシナリオ:確率50%

市場の健全性を損なうような参入障壁を設けず、オープンな競争が進む場合。中国メーカー、テスラが欧州市場に参入し、自由な競争の中で、コストパフォーマンスに優れた中国メーカーとテスラが一定のシェアを持つ。ポルシェやフェラーリなどの高級車に特化をしたメーカー以外は、大きな影響を受けることになる。

レポートでは、最後のEVシフトが進み、市場がオープンな場合のシナリオの実現確率を50%とし、その場合、どのようなことが起きるかをさまざまな角度で検証している。

▲UBSが想定する4つのシナリオ。数値はシナリオの実現確率。

 

バッテリーだけでなく駆動系コストも中国とテスラが強い

レポートでは、BYDシール、テスラモデル3、VW ID.4の3車種のコストを比較している。圧倒的に異なるのが、バッテリーコストだ。VWはkWhあたりのコストが、BYD、テスラと比べてかなり高い。バッテリーの量産技術が出遅れていることが伺える。

さらにショッキングなのが、モーターの動力をタイヤに伝える駆動系のコストでも、VWは高くなっていることだ。本来は、歴史のある自動車メーカーが得意としなければならない部分だ。それが高いということは、燃料車の技術がじゅうぶんにEVに転換できていないことが伺える。

▲3車のコストの比較。ID.4はバッテリーだけでなく、自動車会社が得意としなければならない駆動系にもコストがかかっている。テスラは自動運転を重視しているためADASにコストがかかっている。

▲BYDシール、テスラモデル3、VW ID.4のスペックの比較。ID.4はサイズは変わらないのに重たい自動車であることが目立つ。

 

BYDが東欧での生産を始めるとVWは負ける

レポートでは、VW ID.4とBYDシールの競争力を見るシミュレーションを行っている。現在、BYDはハンガリーのセゲト市に生産工場を設立する計画を進めている。ID.4は欧州では5.09万ドルで販売をされていて、利益率は1台あたり5%程度になる。UBSエビデンスラボはBYDシールのコスト構造を明らかにし、東欧で生産した場合、利益率がID.4と同じ5%だった場合、販売価格は3.61万ドルになると試算した。ほぼ同じスペックのEVが1万ドル以上の価格差が出ることになる。

もし、ID.4がシールに対抗するために、シールの販売価格+10%にまで値下げをした場合、利益率は-17%になり、シールと同価格にした場合は利益率が-27%にまでなってしまう。コストパフォーマンスでは、ほぼ勝負にならない。これにより、BYDを中心とした中国EVが大きく躍進すると結論づけた。

▲BYDシールが東欧生産を始めた場合のシミュレーション。ID.4がシールより10%高い価格にまで値下げをすると、利益率は-17%の赤字になってしまう。

 

垂直統合をしているBYDの強み

では、なぜ、BYDはここまで低コストでEVを生産することができるのか。レポートが指摘をしているのは、BYDが垂直統合を進めていることだ。BYD、テスラは、ほとんどのパーツを自社生産している。BYDがグローバルサプライヤーに頼っているのは、ADAS(Advanced Driver-Assistance System、先進運転支援システム)に必要なチップをクアルコムから調達をしているぐらいだ。

パーツを自社生産すると、技術や人材のリソースを適正配置することができ、全体設計と部分設計をきめ細かく調和させることができる。

その最たる例が、BYDのCTB(Cell To Body)技術だ。これはバッテリーを保護するためのパッケージを自動車のボディ構造の一部として利用するというもので、ボディとバッテリーパッケージが一体化されている。これで生産コストが大きく下げられるだけでなく、居住空間を広く取ることが可能になった。さらに巧みに設計することで、ボディ全体のねじれ剛性も高くなる。ボディがねじれないということは、走行が安定をし、乗り心地がよくなる。スポーツカーや高級車が求める性能のひとつだ。

▲各社の部品調達先割合。BYDは多くの部品を自社生産することで、コストと品質を両立させている。

 

子会社化を進めリスク分散をするBYD

一方、既存メーカーは、設計と組み立てに専念をし、パーツ生産はサプライヤーに頼るというピラミッド型統合をしている。全体設計と部分設計を調和させることは、サプライヤーとの密なコミュニケーションが必要となる。これにより、メーカーとサプライヤーの結びつきが強くなりすぎることがあり、馴れ合いが生じてしまい、技術の進化や変化が起こりづらくなるリスクがある。

もちろん、BYDやテスラのような垂直統合にも問題はある。それは図体が大きくなりすぎるため、肝心のセールスが落ちてしまうと、一気に業績が悪化をしてしまうことだ。そのため、BYDでは各部門の子会社化を進め、子会社はBYDのパーツ生産を優先しながらも、他のメーカーのサプライヤーとしての仕事もするようになっている。別口の収入を確保することで、リスクに対応しようとしている。

2022年は、この子会社化が一気に進んだ年となり、年度報告書によると、この年に247社もの子会社を設立している。

 

落とし穴にはまっている欧州EV市場

レポートは、4つのシナリオを想定しており、欧州市場で中国メーカーとテスラが躍進をするシナリオが現実のものとなる確率は50%としている。これ以外の、既存メーカーが市場をリードできるシナリオにするには、EVシフトを遅らせるか、欧州市場を閉鎖的にするしかない。しかし、欧州の戦略は、世界に先駆けてEVシフトを進め、他市場でも優位なポジションを取るというものだったわけだから、その思惑は崩れることになる。

欧州市場は、EVシフトを進めれば、中国メーカーとテスラに欧州市場を奪われ、EVシフトを遅らせば、海外市場を失うという落とし穴にはまってしまっている。

 

ブームになるマイクロドラマ。「少林サッカー」のチャウ・シンチーも参戦!

少林サッカー」「カンフーハッスル」などで監督を務めた周星馳チャウ・シンチー)が、マイクロドラマに参入するとIT之家が報じた。

 

ブームになっているマイクロドラマ

微短劇(ウェイドワンジュー)とは、ショートムービープラットフォーム「抖音」(ドウイン、TikTok)、「快手」(クワイショウ)などで配信される1話数分の連続ドラマ。全体では80話から100話のものが多い。海外ではマイクロドラマ、ショートドラマなどと呼ばれている。

形式としては以前からあったものの、コロナ禍で仕事を失った映像関係者、映画関係者が、コロナ禍でもできるものとして始めたところ、映像やドラマのクオリティーが大きくあがり、ブームに近い状況になっている。最初の数話を無料で公開し、続きは課金をするというビジネスモデルだが、2023年の市場規模は373.9億元(約7800億円)となり、前年から267%も成長をした。

マイクロドラマは、少ないスタッフが短時間で撮影することが多く、制作費が映画やテレビドラマと比べて少なくて済む。それでいて、ヒットをすると映画並みの収益が得られることもあるため、投資効果の高いコンテンツとして注目が集まっている。

また、有料視聴をするコンテンツであるため、表現に関する規制も緩く、ギリギリのパロディ、風刺、性表現なども入れられる。もちろん、中国のコンテンツ規制は厳しく、海外のドラマに比べれば穏健な表現でしかないが、中国のテレビドラマや映画、ネットで無料公開されるドラマに比べれば刺激的な内容のものが多い。ここも人気の理由のひとつになっている。

チャウ・シンチーは「少林サッカー」で国際的な人気監督、人気俳優となった。さらにその後の「カンフーハッスル」で質の高い映画をつくれることを証明した。

▲アクションコメディーで絶対的な人気を持つチャウ・シンチーだけに、多くのネット民が期待をしている。

 

チャウ・シンチーがマイクロドラマに参戦

そのマイクロドラマに、チャウ・シンチーが参戦する。アクションとギャグを巧みに組み合わせることで知られるチャウ・シンチーが総指揮をとることで話題になっている。

すでに抖音に「九五二七劇場」というアカウントを開設し、「金猪玉葉」というマイクロドラマを5月に公開することを予告している。内容はまだ公開されていないが、コメディー作品になることは予告されている。

盛り上がってきたマイクロドラマが、チャウ・シンチーの登場により、さらに多くの人たちに視聴されるようになることは明らかで、関係者は大いに期待をしている。また、チャウ・シンチーのファンたちも、久々のチャウ・シンチー作品が見られることに期待を膨らませている。

チャウ・シンチーが設立した「九五二七劇場」。抖音が認める公式アカウントで、チャウ・シンチーが制作したマイクロドラマが配信されることになる。

▲九五二七劇場のアカウントでは、すでに予告編やメイキングなどのティザー映像が配信され始めている。

 

 

TikTokは米国で配信禁止になってしまうのか?米国公聴会で問題にされた3つのこと

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今回は、TikTokの売却問題についてご紹介します。

 

3月13日に、米国下院で「The Protecting Americans from Foreign Adversary Controlled Applications Act」(PAFACA、敵対勢力に制御されたアプリケーションからアメリカ市民を守る法律)が可決されました。上院でも可決されると、TikTokは非常に厳しい立場に追い込まれることになります。180日以内に、米国企業に売却をし、運営を完全に手放すか、それができない場合は、TikTokの米国での配信、運営そのものが禁止をされます。

TikTokの何が問題なのか。多くの日本のメディアは、中国政府への個人情報流出の問題を挙げています。昨年から、バイデン政権が、TikTokが収集した米国市民の個人情報が中国政府に渡っているのではないかという懸念から、連邦政府の機関での公用端末にTikTokをインストールすることを禁止しているからです。

もちろん、個人情報が中国政府に渡っているのではないかという疑念も問題のひとつです。しかし、PAFACAの立法趣旨は、TikTokは中国政府に有利な情報を拡散し、不利な情報を検閲することで、中国政府のプロパガンダツールになっている可能性があるのではないか。あるいはフェイク情報を拡散して米国社会を混乱させるツールになる可能性があるのではないか。だから米国企業が運営をするか、さもなくば配信停止にすべきだというものです。

議員の中で、中国政府がTikTokを通じて米国市民に対してプロパガンダ活動を今現在行なっていると考える人は少数派でしょう。しかし、中国政府がそれをやろうと思えばできてしまう構造になっていることを問題にしています。

上院でどのような結論が出るかはわかりませんが、報道によると、若い世代から「Keep TikTok」(TikTokをキープしよう)という運動が起こり始め、多くの議員が若者票を失うことを恐れて反対に回り、成立しないのではないかとも言われています。

 

みなさんは、このPAFACAという法律をどうお感じになるでしょうか。「たかが面白映像の共有アプリにおおげさすぎ」と感じる方もいるでしょう。しかし、いざという時にプロパガンダツールになりかねないものを放置していくことはよろしくないと考える方もいらっしゃるかと思います。この論点は日本も考えなければならない問題です。

日本は、すでに後者の「海外勢力のプロパガンダ活動は認めない」決断をしています。というのは新聞、テレビ、ラジオには外資の参入規制があるからです。テレビ、ラジオの場合、放送法により、外国人の持ち株比率は20%以下に制限されています。これは外国人がメディアの大株主となった場合、その国のプロパガンダを放送し、日本人の選択を歪ませることが可能になるからです。

つまり、保守的な米国人の視点からは、マスメディアと同じように、ネットサービスに関しても敵対勢力が関与できない体制をつくる必要があるというもので、そのような考え方が出てくるのはある意味自然なことなのです。

 

もし、このPAFACAが上院も通過し発効されると、TikTokはあらゆる手段を使って、この法案の取り下げ訴訟を起こすことになるでしょう。TikTokの周受資(ショー・チュー)CEOも「あらゆる法的手段を使ってTikTokを守る」とコメントしています。しかし、それが成功しなかった場合、TikTokは米国では配信停止になる可能性が非常に高いと思います。

と言うのは、「米国企業に売却」というのは簡単な話ではないからです。TikTokがすでに株式公開をしているのであれば、受け入れ企業に株式を売却することで米国企業に移管をすることができます。しかし、残念ながらTikTokは未上場なのです。そうなると、親会社の字節跳動(バイトダンス)が保有するTikTok非公開株を売却することになりますが、中国企業であるバイトダンスが、大量の株式を外国人に売却する場合、中国政府の承認を取り付ける必要があります。中国政府が素直に売却に同意するとは思えません。結局、時間切れとなり、配信停止が実行されることになります。

 

すでに、VPN(Virtual Private Network)関連の企業が動き出しています。TikTokが配信停止になると、大量の人がスマートフォン用のVPNアプリを利用することになるからです。VPNは、企業などで、遠隔地にいる従業員も企業内ネットワークを利用できるようにする仕組みです。インターネット回線上に暗号化されたネットワークを仮想的に確立し、あたかも企業内ネットワークのように利用できるようにする技術です。VPNを利用することで、海外にいても、インターネット経由で社内ネットワークに安全にアクセスすることができるようになります。

米国のVPNサービスに加入をし、VPNからインターネットサービスにアクセスをすると、あたかも米国からアクセスしているかのように装うことができます。そのため、地域制限があるようなサービスを利用するために悪用されることがあります。例えば、映像配信「Netflix」は、米国ではジブリ映画を配信していますが、日本では配信していません。そのため、日本からVPNを使って、米国のNetflixに加入をしてジブリ映画を見るという裏技が知られています。ただし、法的にも問題のある行為ですし、サービスとの契約違反にあたります。

TikTokが米国で配信停止になると、米国のティーンエージャーたちは、VPNを使って配信が停止されていないカナダやメキシコからTikTokにアクセスすることになるでしょう。

 

このPAFACAに至るまで、ショー・チューCEOは、米国の公聴会に2回出席しています。1回目は昨年2023年3月23日、下院エネルギー・商業委員会が主催した「TikTok: How Congress Can Safeguard American Data Privacy and Protect Children from Online Harms」(TikTokアメリカ人のデータプライバシーと子どもたちのオンライン被害を、議会はどのように守ることができるか)で、5時間以上に及ぶ長時間のものです。米国の行政が素晴らしいのは、その全記録をビデオとテキストで公開していること(https://energycommerce.house.gov/events/full-committee-hearing-tik-tok-how-congress-can-safeguard-american-data-privacy-and-protect-children-from-online-harms)です。あまりに長時間で、内容は同じ質問が延々繰り返され退屈であるため、ビデオ視聴することはあまりお勧めできませんが、それでも気になる人は細かく検証ができるようになっています。

もうひとつは2024年1月31日に開催された「Big Tech and the Online Child Sexual Exploitation Crisis」(ビッグテックとオンラインでの子どもの性的搾取危機)で、こちらはX、TikTok、Snapchat、Meta、Discordの5人のCEOが出席をしました。こちらもビデオが公開されていますが(https://www.judiciary.senate.gov/committee-activity/hearings/big-tech-and-the-online-child-sexual-exploitation-crisis)、やはり4時間あり、内容は同じ質問の繰り返しで退屈です。

そこで、読者のみなさんの時間を節約するために、代わりに私が視聴をして、重要な部分を抜き出し、まとめました。公聴会では様々な論点の議論が行われていますので、それを整理します。

また、米国のTikTok禁止への動きは4年前のトランプ政権から始まっています。当時からの流れを整理して、TikTokの何が問題にされているのかをご紹介します。今回は、TikTokは米国で何が問題とされているのかについてご紹介します。

 

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vol.222:儲かるUI/UX。実例で見る、優れたUI/UXの中国アプリ

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地図なしで自動運転を目指す中国メーカー。LiDARなしで自動運転を目指すテスラ

L2+自動運転が広がり始めている。テスラ、ファーウェイなどはすでに自動運転システムの市販を始め、個人が自動運転を楽しむ時代が始まっている。その中で、中国メーカーは高精細地図を採用しない自動運転を開発している。高精細地図のコストがあまりに高すぎるからだと青山隠士が報じた。

 

400km以上をハンドルに触ることなく帰郷

この春節期間、華為(ファーウェイ)の余承東常務のSNSの発言が話題になっている。ファーウェイが自動運転ソフトウェア「ADS2.0」を提供している、賽力斯(セレス)の問界M9で、余常務は深圳市から故郷の安徽省に帰郷をした。1314kmの行程の400kmを過ぎたところで、SNSにある投稿をした。それは、すべての行程を自動運転に任せることができ非常に快適だというものだ。ただし、3分間、ハンドルから手を離すと警告音が鳴り、それでもハンドルに手を戻さないと自動運転が解除される仕様になっている。これは法律が要求する仕様だが、余常務はほんとうに必要な機能なのだろうかと疑問を呈した。

▲ファーウェイの余承東常務の投稿。約400kmをハンドルを一度も操作しないで走行した。しかし、法的な規制により、3分に1回はハンドルに触れないと自動運転が切られることになっている。余常務は、このもはや不要となった規制に疑問を呈した。

 

9割以上の状況で運転を自動車任せにできる

実際、ファーウェイのADS、テスラのFSDは、L2自動運転ながら、ほぼほぼ完全自動運転に近いレベルに達している。さまざまな自動車メディア、ユーザーが路上での検証を行なっているが、どのメディアも「都市部の整備された環境であれば90%以上の時間、運転を自動車に任せることができる」と評価している。

もちろん、完璧ではない。SNSにはさまざまな情報があがっている。ある問界M9のユーザーによると、近所にある変形十字路で、ADSがかなりの確率で間違った道に入ってしまうという。また、ある問界M9ユーザーは、あるバイパス道路に入る合流地点で停止をしてしまうバグがあることを報告している。

完璧ではなく、ところどころ、人間が手を貸してやらなければならないが、高速道路などを走行する時はほぼ自動運転が可能になっている。L2自動運転であるため、あくまでも運転主体は人間であるため、スマートフォンの操作をしたり、寝たりすることはできないものの、自動運転はもはや実証実験の段階を終わり、商品として販売される段階に達している。

 

異なるアプローチをとる各社

この自動運転を達成するための手法は、各社によって異なっている。自動運転を行うには、まず何らかの方法で外界を認識し、BEV空間(Bird Eye View空間)を構築することが必要になる。外界の状況を仮想空間内に再現をし、その中で走行戦略を演算し、自動車に伝えるということが必要になる。

このBEV空間を生成するのに、必要とされるのがLiDARと高精細地図だ。LiDARで外界を認識し、それをあらかじめ作成された高精細地図を照合しながらBEV空間を生成する。

▲一般的な自動運転は、このような高精細地図を内部に持っていて、LiDARで得た情報を高精細地図に割り当てて、走行戦略を演算する。しかし、この高精細地図のコストが非現実的なものになっている。

 

高精細地図の採用をやめたファーウェイ

ところが、ファーウェイはこの高精細地図の採用をやめた。最大の理由はコストの問題だ。高精細地図はcm単位の精度が必要なため、道路のちょっとした補修、事故処理などで状況が刻々と変わる。一般的なカーナビ用地図の更新頻度は、平均して3ヶ月に1回だが、高精細地図は1ヶ月に1回程度の更新が望ましいとされる。

しかし、高精細地図は測量にコストがかかる。「スマートコネクティッドカー高精細地図白書」によると、1kmあたり1000元のコストが標準ということだ。中国の主要道路は535万kmであるため、測量をするには53.5億元が必要になる。3ヶ月に1回の更新では年に214億元、1ヶ月に1回の更新では642億元(約1.3兆円)もの費用がかかることになる。

もし、L5の完全自動運転を目指すのであれば高精細地図は必須となり、しかも人命に関わる要素であるため、毎日更新するのが望ましい。とても現実的なコストではなくなる。そのため、L4無人運転ロボタクシーは、走行地域を限定して運行を行なっている。

 

地図なし自動運転を採用する中国メーカー

このような問題から、ファーウェイ、小鵬(Xpeng)、理想(リ・オート)は、地図なし自動運転の技術開発を行なった。地図なしといっても、高精細地図をまったく不要とするわけではなく、まずはLiDARでBEV空間を生成し、その精度を高めるために高精細地図を補助として使うという発想だ。このため、必要な高精細地図は需要の大きな都市部のみでよくなり、更新頻度も通常のカーナビマップ程度に落とすことができる。

ただし、その分、BEV空間の生成アリゴリズムは精度の高いものが必要とされる。そのため、ADSは、高精細地図が利用できる都市部、高速道路では90%以上の時間を自動運転が可能になるが、高精細地図が用意されていない郊外などではまだ問題が発生する可能性を残している。

▲テスラは視覚情報だけで自動運転を実現しようとしている。外界の対象物を映像から、走行に関係あるものと関係ないものに分け、そこから走行戦略を演算する。2枚目の写真では停止しているバスは走行に関係ない障害物(赤)と認識され、動き始めたバスは走行に影響する物体(青)と認識されている。

 

テスラは視覚情報だけで自動運転を目指す

一方、さらに大胆なことをしているのがテスラだ。テスラはLiDARをも放棄して、視覚情報だけを頼りに自動運転を実現しようとしている。環境把握もBEV空間を構築するというのではなく、外界の対象物をラベリングしていき、走行に影響を与える要素と影響を与えない要素を仕分けし、そこから走行戦略を演算していく。

考え方としては非常にシンプルなアプローチで、これが可能になると、地図がない場所、つまりは米国だけでなく、世界のどこでも自動運転が可能になる。

一方で、演算量は爆発的に増えるため、テスラは演算チップも自社開発をした。さらには大量の学習データが必要となるため、β版を発売し、多くのユーザーに使ってもらいながら、大量の学習データを収集している。

一定の範囲内を走行する公共バス、地域タクシーなどは、L5自動運転のロボバス、ロボタクシーの実用化が始まっているが、乗用車についてはL2自動運転で「ほぼほぼ自動運転」を目指す方向になってきている。しかし、そのアプローチにはLiDAR+高精細地図、LiDARのみ、視覚情報のみという3つがあり、どれか正解なのかはまだはっきりとはしていない。

 

アップルがiPhoneだけで撮影した新春映画「小蒜頭」。今年で7本目

アップルが今年の春節も恒例の新春映画を公式サイトで公開した。iPhoneだけで撮影したショートフィルムで、今年で7年目になる。映画として楽しまれるだけでなく、多くのクリエイターに勇気を与えていると映像麦客が報じた。

 

アップルが公開した7本目の新春ショート映画「小蒜頭」

アップルは毎年、中国の新年である春節に、10分から15分程度のショートフィルムを公開している。今年は「小蒜頭」(シャオスワントウ、Little Garlic)だった。ハリウッドで「アメージング・スパイダーマン」などを監督したマーク・ウェブが監督を務めた。脚本家、俳優も中国では著名な人を起用するという本格的な映画だ。これが春節の間、アップルの中国公式サイトで無料で視聴することができる。この試みは2018年から毎年行われていて、今年で7本目になる。

▲今年の映画は「小蒜頭」。鼻が丸いことにコンプレクスを感じている少女が、自分を見失い、そして自分を取り戻すまでを描いた物語だ。


www.youtube.com

▲アップル公式チャンネルで公開されている「小蒜頭」。言語は中国語、字幕は英語のみ。

 

「自分以外の誰かになりたい」SNS時代のファンタジー

この「小蒜頭」は、鼻が丸いことを気にしている少女の物語だ。一緒に暮らしている祖父は、その少女の鼻を「ニンニクちゃん」と呼んで愛しているが、少女はその鼻のせいで人から好かれないと気にしている。学校でもいじめられたりしているが、それも鼻のせいだと思い、自分ではない誰かになりたいと願うようになる。

その願いがかなってしまった。少女は自分のなりたい人物に変身する能力を身につけてしまうという奇跡が起きた。成人した少女は、イケてる女性に変身をして都会の生活を楽しんでいた。しかし、今度は、本来の自分に戻ることができなくなってしまう。SNSにポジティブな面だけを投稿し、本来の自分を失ってしまうという現代の感覚を題材にしている。

▲祖父と二人で暮らす少女。少女は鼻が丸いことを気にし、自分の容姿にコンプレクスを持っているが、祖父はそれが愛らしいと少女に愛情を注いでいた。

▲大人になった少女に、なりたい自分に変身できる能力を身につけるという奇跡が起きる。少女は都会生活を満喫するようになる。

 

iPhoneだけで撮影された映画

このアップルの新春映画に共通をしているのは、すべてがiPhoneで撮影されているということだ。今年の「小蒜頭」は、3台のiPhone 15 ProMaxが使用された。スタビライザーなどの器具は使うものの、撮影はiPhoneだけであり、編集や特殊効果もiPhoneアプリMacBookで行われる。

中国やハリウッドの著名な映画監督が、スマホ撮影に挑戦するということも、見どころのひとつになっている。

▲撮影はすべてiPhone ProMaxで行われた。

 

変身シーンは役者が場所を入れ替える

そのため、クラシックな撮影トリックも多用される。次のシーンはその典型だ。右側の女性は少女が変身した後のイケてる女性、左側にしゃがんでいるのが主人公の少女だ。変身後の女性が本来の姿に戻るシーンを、特殊効果なしで実現している。

変身後の女性が右手を伸ばして饅頭をつかむ。この饅頭をつかむ手のクローズアップで、少女の手と入れ替えて、カメラアングルの外で、体の位置も入れ替え、元の姿に戻るというシーンを撮影している。

▲人が変身するシーンでは、2人の役者がアングルの外で体を入れ替えるというシンプルなトリックが使われた。

 

監督もiPhoneを持って走る

少女が走るシーンでは、ハリウッドの大監督が、iPhoneを手に持って、一緒に走って撮影をする。iPhoneの手ぶれ補正があるために、これでもじゅうぶん安定した映像が撮影できる。それどころか、走っている感覚を表現するために、手ぶれ補正の度合いを何度も調整して撮影し直したほどだという。

▲少女が疾走するシーンでは、マーク・ウェブ監督がiPhoneを持ち、自分でも走るというやり方で撮影された。

▲用意された3台のiPhone ProMax。この他、撮影を中断させないため、モバイルバッテリーも大量に用意sれた。

▲フォーカスを人から人へ移動させるシーンでは、指でフォーカスを指定するというiPhoneの機能そのものを使って撮影された。

▲ボールにiPhoneをガムテで貼り付けて、従来にない視点での映像づくりに挑戦するマーク・ウェブ監督。

iPhoneは小さく薄いので、どこにでも設置できる。従来にはないアングルのシーンが撮影できる。

 

中国で毎年楽しみにされているアップルの新春映画

このショートフィルムが映画館で上映をするのであれば、プロ用機材にはまだ及ばない点もあるのかもしれない。しかし、iPhoneは非常に小さく、棒の先につければ今までになかったアングルの撮影ができ、ドローンにだって装着することができる。それでいて、ウェブやスマートフォンで見る限りは、画質の問題は感じない。

多くの人は、毎年、感動させてくれたり、共感させてくれるアップルの新春映画を楽しみにしているが、学生やクリエイターたちは、毎年「このシーンはどうやって撮影したのだろうか」と考えながら、楽しむようになっている。なぜなら、同じレベルの作品は、情熱さえあれば、今すぐ自分も撮影できるはずだからだ。アップルは映画をも再定義しようとしている。

 

ロボトラックはなぜ失速をしたのか。物流の無人化に抵抗する人々

自動運転の時代が個人所有の乗用車から始まっている。テスラやファーウェイが自動運転システムを販売し、利用者数が増え続けている。一方、物流のロボトラックは技術は成熟をしているのに普及が始まらない。ロボトラックを拒む人たちがいるからだと遠川汽車評論が報じた。

 

自動運転の時代が始まっている

自動運転の時代が始まろうとしている。米テスラは、L2自動運転に相当する自動運転システム「FSD」(Full Self Driving)を、2021年末の段階で6万台以上販売した。中国ファーウェイのADS(Advanced intelligent Driving System)もセレスAITOの問界シリーズへの提供を始め、すでに個人がL2+と呼ばれる自動運転を利用し始めている。

L2+自動運転と呼ばれるのは、あくまでも人間が運転主体となり、自動車側から介入を求められたらすぐに対応できる状態でなければならないというものだが、FSDもADSも、ユーザーのレビュー映像や自動車メディアの路上レビューを見る限り、都市部の環境では90%以上の時間を運転を自動車に任せられるようになっている。

さらにL4自動運転では、百度北京市などで無人運転ロボタクシーの営業運転を始め、深圳市などではAutoXが試験営業を始めている。

 

一方、進まない物流トラックの自動運転

乗用車の自動運転は、いよいよ社会実装される段階に入ってきたが、当初、自動運転は乗用車よりも物流トラックにいち早く導入できるのでないかと言われていた。それは乗用車に比べて技術的難易度が低いからだ。

物流トラックは、ほぼ固定されたルートを走行する。しかも、その多くが高速道路という、整備され、人や自転車は入ってこない環境が確保されている。難しいのは、制動距離が長いために、LiDARなどで遠方の状況を把握し、早めに走行戦略を立てる必要があるが、それもLiDARの技術革新などで乗り越えることが可能になっている。

▲高速道路の走行は、もはや自動運転でまったく問題がなくなっている。

▲LiDARで外界の対象物を察知し、運転戦略を立てる。



2人体制のトラックを自動運転+1人に

一般道や高速の料金所などの走行は難易度が高い一方で、長距離トラックは運転手が2人体制が標準になっている。1人の運転手が20時間、30時間の運転を連続して行うことは法的に許されていないため、交代で運転をすることになる。これを人間2人ではなく、自動運転と人間の組み合わせにし、難易度の高い部分は人間が運転をするようにすることもできる。

さらに、高速道路部分はロボトラックによる無人運転、高速以外の部分を人間という分担をすれば、出荷側で人間が高速道路まで運転し、高速は人が乗務しない無人自動運転、納入側では別の人間が倉庫まで運転をするという効率的な分担も可能になる。

しかし、なぜかロボトラックの実用化は遅れている。何が問題になっているのだろうか。

▲上のグラフは運転手2人体制のもの。休憩のたびに運転を交代する。下は運転手1人と自動運転のもの。高速道路までは道が複雑であるため人が運転し、高速道路では自動運転を行う。人は休憩するか、別の業務ができる。

 

米国の安全保障と反感から図森未来が上場廃止

ロボトラック失速の象徴的な出来事が、2024年1月に、米カリフォルニア州の中国系企業「図森未来」(TuSimple)がナスダックからの上場廃止をする方針を表明したことだ。TuSimpleは2021年4月にナスダック上場を果たしたが、一時は投資資金が集まり株価を上げる局面もあったものの、2022年に入ってから株価は下落を続け、ここにきて上場廃止を考えるところまで追い込まれた。

TuSimpleの経営が苦しくなった背景には、米国の厳しい調査があった。TuSimpleに最も投資をしているのは、中国のポータルサイト「新浪」(シンラン)であり、共同創業者2人も中国人。それがカリフォルニア州で創業することに、米政府は警戒感を抱いた。自動運転関連の米企業を買収などして、そのデータや技術を中国に移転する可能性があるのではないかという疑いだ。上場の前から、対米外国投資委員会(CFIUS)は、TuSimpleに対する調査を開始している。

その結果、TuSimpleと米政府は安全保障協定を締結した。TuSimpleの米国人チームと中国人チームは分離をされ、また取締役会から中国人が追い出され、すべて米国人かカナダ人となった。また、CFIUSに対して定期的な内情報告をすることも義務付けられた。

しかし、その後も、CFIUSの調査が入ることがあり、多くの投資家がリスクを感じるようになった。これによりTuSimpleの株価は低迷をすることになる。

また、米国人の中には自動運転に対して反感を持つ人たちがいて、これもTuSimpleには逆風となった。2023年5月、カリフォルニア州議会は、自動運転トラックには安全監視員の乗務を義務付ける法案を可決した。つまり、無人運転が技術的に可能になっても、運転技術を持った人間を乗せなければならないのだ。これでTuSimpleだけでなく、多くのロボトラック企業が行き詰まってしまった。

▲図森未来のロボトラック。技術的には成熟をしたが、市場が獲得できず、普及できていない。

▲図森未来の株価。対米外国投資委員会の調査が入るようになると、投資家の不安が高まり、株価が下がり続けてしまった。現在は上場廃止を検討している。

 

中国は7割が個人所有の物流トラック

2021年にTuSimpleがナスダック上場を果たすと、中国でもロボトラック開発企業が次々と生まれ、ロボトラックブームが訪れた。技術面では目覚ましい成果があったものの、ビジネス面ではまったくと言っていいほど進展がない。

中国では、約850万台の物流トラックが走っているが、その7割に当たる590万台は個人所有だ。個人で借金をするなどしてトラックを購入し、物流企業から仕事を請け負う。夫婦や兄弟であることが多く、長距離であっても、交代で運転をして荷物を運ぶ。企業がトラックを購入し、運転手を雇用するという組織化された物流トラックはわずか3割でしかない。

このような個人の自営業者がロボトラックを購入するだろうか。自分の仕事をなくしてしまうようなロボトラックに、通常のトラックの数倍もの資金を借金してまで注ぎ込む人はいない。ロボトラック企業が顧客にできるのは3割の大手物流企業であり、そこも自社トラックでは物流の増減に対応ができないため、自営業者を活用している。つまり、中国ではロボトラックの市場が非常に小さいのだ。

▲ロボトラックは、港湾、鉱山などの閉鎖区間では盛んに用いられるようになっている。運転手が不要になり、人件費が圧縮できるだけでなく、人の事故のリスクがなくなるからだ。

 

「運転手の仕事を奪う」反感に阻まれているロボトラック

このような市場状況は、米国でも似たところがあり、米国で起きている自動運転への反感の根っこにあるのは「運転手の仕事を奪う」という事実だ。数年前まで、自動運転は未来の夢物語にすぎなかったが、今ではテスラやAITOが街中を走るようになっている。ロボトラックも試験走行ではじゅうぶんすぎる成果を出しており、自動運転が現実のものとして捉えられるようになっている。それだけに、リアルな反発も起き始めている。

技術的に成熟をしたロボトラックは、この社会実装の段階での課題に直面をしている。現在のところ、鮮やかな解決策は誰にも思いつけていない。