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実店舗小売チェーンにも広がる「新小売」。SNSと絡めることで潜在顧客を掘り起こす百果園

実店舗を展開する小売チェーンの間にも、新小売が広がっている。オフライン購入体験とオンライン購入体験を融合するというものだ。全国の4000店舗を展開する果物小売チェーン「百果園」では、SNSと絡めた地域ソーシャルECのような仕組みを導入することで、地域の潜在顧客の掘り起こしに成功していると美通社が報じた。

 

ライバル関係になってしまう店舗と直販EC

中国の小売業で起きている大きな潮流が「新小売」だ。この新小売の概念は、日本には存在しないため理解しづらいが、簡単に言えば「店舗での購入体験とECでの購入体験を融合する」ことで、オフライン購入とオンライン購入のいいとこ取りを狙ったもの。

日本でよくある「店舗をチェーン展開し、直販ECサイトでも販売をする」という形式とは異なっている。これは「オフラインとオンラインの並列」であり、購入体験の融合はできていない。そのため、ECに力を入れすぎると、店舗売上が下がってしまい、店舗のショールーム化が進んでしまう。

既存店舗売上を業績の目安としている小売業は多く、店舗責任者は自分の店舗の売上に強い関心があるため、本音では直販ECを歓迎していない。同一企業内で、店舗とECがライバル関係になってしまい、互いに牽制し合うために、互いの成長を阻害してしまうところがある。

 

新小売は、店舗在庫を起点にした地域EC

一方で、新小売は、「店舗の在庫を近隣に短距離配送する」が基本になっている。店舗在庫を宅配するので、当然店舗の売上となる。店舗責任者は、店舗の売上だけでなく、宅配ECの売上もあげようと工夫をするようになる。

極論すれば、宅配ECが伸びて、店舗はショールームになってもかまわない。新小売を導入しているチェーンの多くは、店舗はショールームと体験の提供の場であり、宅配ECで売上を上げるという考え方をとり、店舗の強みとECの強みをうまく組み合わせようと工夫をしている。

さらに、宅配ECではSNSと組み合わせることで、ソーシャルEC化をして、地域の潜在顧客を掘り起こすことが可能になる。現在、新小売化を進める小売チェーンが最も注目しているのが、この地域ソーシャルECだ。

 

アプリ利用を阻む3つの離脱ポイント

この地域ソーシャルECによる潜在顧客掘り起こしに最も寄与しているのが、WeChatのミニプログラムだ。

ミニプログラムというのは、アプリ内アプリのこと。WeChatを開いて、名称で検索すると、さまざま小売業のミニプログラムが見つかる。中身はウェブページやアプリと同じ感覚で、そこから商品を注文したりすることができる。

一見、スマホのネイティブアプリと同じに見えるが、このミニプログラムが小売業に与えた影響は大きかった。スマホアプリの抱えていた課題を見事に解決をしたからだ。

小売業が直販EC用のアプリを公開するというのは、どの国でも行われている。しかし、消費者がそれを使いこなすまでにはいくつもの高いハードルを超えなければならない。

1)アプリストアでアプリを見つけてダウンロードしなければならない

2)アカウントを作成して会員登録をしなければならない。

3)決済方法を登録設定しなければならない。

アプリが使えるようになるまでに、大きく3のハードルがあり、その度に離脱が起きてしまい、潜在顧客のごく一部しかアプリに誘導できない。そのため、クーポンなどの優待施策をするのが一般的だが、結局、元々忠誠度が高かった顧客ばかりが利用することになり、潜在顧客を掘り起こすことは難しかった。

 

利用ハードルが低いミニプログラム

ミニプログラムは、このようなハードルがほとんどない。

1)WeChatアプリの中から、検索するだけで、目的のミニプログラムが表示される。「付近のミニプログラム」といった探し方や、ブックマークしておく、SNSで共有するなど、さまざまな入り口が用意されている。

2)アカウントはWeChatアカウントがそのまま流用されるので、会員登録をする必要なく使える。

3)決済方法は、自動的にWeChatペイが登録されるので、設定の必要はない。

ECアプリをインストールする時、誰もが考えるのが「そのECをよく使うか」ということだ。使う頻度が低いアプリをスマホに入れたくないし、一度の購入のために会員登録をするのも面倒、そのまま放置するのもセキュリティ的に不安などいろいろ考えてしまう。しかし、ミニプログラムであれば、1回だけ試しに使ってみるということが簡単にできる。気に入らなかったら、ブックマークせず、放置すればいいだけだ。

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▲百果園のミニプログラム。見た目はアプリとほぼ同じだが、インストール、アカウント登録、決済方法設定が不要で、WeChatの中から簡単に呼び出すことができる。

 

百果園の売上はすでに40%がミニプログラム経由

中国で4000店舗を展開する果物店「百果園」は、このミニプログラムを活用して、新小売化に成功している。WeChatミニプログラムをリリースして18カ月、利用者数は2100万人を超え、月間アクティブユーザー数は350万人になる。2019年の12月12日には、店舗とミニプログラムで大規模なセールを行い、1日で1.2億元(約18.6億円)の売上をあげた。現在、売上の40%程度がミニプログラム経由のものとなっている。

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▲ミニプログラムからの注文では、3km圏内59分配送も行なっている。大量に購入する人には、重い果物を持って帰る必要がなく、歓迎されている。

 

店舗受取で、ついで買いによる客単価上昇を狙う

百果園の新小売の特徴は、全国4000店のチェーンネットワークを活かし、地域店舗を起点にしていることだ。ミニプログラムで購入した場合、3km圏内59分配送を選ぶこともできるが、店舗受取も選べる。

店舗受取の場合は、割引、優待クーポンの発行、ポイント増額などの優待があるため、店舗受取を選ぶ人も多い。店舗に受け取りにきた客は、陳列されている商品を見て、ついでに他のものを買っていくことが多く、客単価をあげることにつながっている。

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▲百果園の店舗。珍しい果物なども陳列されている。宅配ECを利用した場合でも、店舗受取にすると優待が受けらられる。店舗にきてもらうことで、ついで買いによる客単価上昇を狙っている。

 

共同購入まとめ買いとSNSで潜在顧客を掘り起こす

さらに、百果園独特の試みが「まとめ買い」だ。店舗ごとにまとめ買い商品をミニプログラムに掲示し、大幅な割引をしている。ただし、そのセール品を買うには、2つ条件がある。ひとつは、申込人数の条件をクリアすること。同じ商品を2人から5人程度、買う人が集まらないとまとめ買いが成立しない。もうひとつの条件がまとめ買い商品は宅配ではなく、店舗受取のみということだ。

この「まとめ買い」施策をWeChatのミニプログラムで展開していることに意味がある。まとめ買いをしたい人は、そのままSNS「WeChat」を通じて、知り合いや友人などに共有をする。共同購入者になってほしいからだ。

共有された人は、WeChatで送られたまとめ買い情報をタップをするだけで、百果園のミニプログラムが立ち上がり、そのまま購入することができる。つまり、お客さんがお客さんを紹介してくれるようなものだ。

まとめ買いをすることで、店舗では一気に在庫が捌けるので、店舗責任者は在庫を見ながら、どの商品をまとめ買いにするかを立案していく。うまく使うと、商品のロスが少なくなり、店舗の利益率を高めていくことができる。

さらに、まとめ買いは店舗受取なので、店舗でのついで買いによる客単価アップも期待できる。

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▲百果園の「まとめ買い」情報。左上のものでは、A級のタネなしブドウ500gが9.9元で購入できる。ただし、2人団なので、もう一人共同購入者を探さなければならない。SNS「WeChat」を使って、知り合いやご近所さんに、この情報を転送して誘う。それが潜在顧客の掘り起こしにつながっている。

 

ご近所さんに情報が拡散される。15%が新規顧客

しかし、このまとめ買いが最も貢献しているのが、新規顧客の獲得だ。まとめ買い情報は、SNSを通じて拡散していく。まとめ買いは店舗が実施するものなので、多くの場合、ご近所さんで作っているグループや近隣の知り合いに拡散をする。その中には、百果園のことを知っていても、利用したことがないという人がたくさんいる。このような潜在顧客が、まとめ買いセールをきっかけに百果園を利用することになる。まとめ買い購入者の約15%は新規顧客になっているという。

新規の顧客でも、ミニプログラムは、会員登録は不要、決済方法は自動設定なので、途中で離脱されることは少ない。ミニプログラムで行っているまとめ買い施策が、新規顧客の獲得につながっている。

 

店舗起点のECが新小売の要になっている

ミニプログラムは、見た目はネイティブアプリと何も変わらないように見える。しかし、決済アプリの中のアプリ内アプリであるため、アカウント情報、決済方式は決済アプリのものがそのまま流用されるため、利用者はインストール、アカウント登録、決済方法の設定という煩わしさがない。

ECサービスがスマホの機能を使いこなして、さまざまな施策を打つのは当たり前のことだが、実店舗をベースにした小売チェーンがスマホをうまく活用して、収益力を高めることは簡単ではなかった。それがミニプログラムを活用することで、実店舗ベースの小売業もオンラインとオフラインの購入体験を融合させる新小売化が可能になっている。

百果園は、実店舗を起点とする新小売をデザインすることで、来店客数、客単価、新規顧客の獲得を大きく改善することに成功をしている。