中国メディアでは、百度(バイドゥ)の売上が下がっていることが度々報道される。検索広告の売上が下がっているのに、利益にならない人工知能の開発に資源を集中しているという。しかし、創業者のロビン・リーは、30年前から人工知能に強い興味を持っていたと亜鉛財経が報じた。
BATから脱落した百度
中国のテック企業3強を表す言葉「BAT」。百度(バイドゥ)、アリババ 、テンセントの頭文字をとったものだが、百度の経営数字が悪化をしている。グーグルと同じように検索広告を主力事業にした百度は、バイトダンスのTik Tokに代表されるショートムービーに広告の売上を蚕食されているからだ。
最近では、BATではなく、ファーウェイ(Huawei)を加えたHATという言い方もされるようになっている。
AI先生「ロビン・リー」は90年代から人工知能に恋をしていた
しかし、百度という企業が衰退を始めたわけではない。百度は現在、人工知能企業に生まれ変わろうとしている。すでに自動運転プラットフォーム「アポロ」は、長沙市などでロボットタクシーが営業運転を始めるなど、自動運転競争のトップグループにいる。
百度の創業者、李彦宏(リ・イエンホン、ロビン・リー)が、人工知能にかける情熱は昨日、今日のものではない。ロビン・リーは、自分を「人工知能楽観者」と呼び、メディアは彼のことを「AI先生」と呼ぶ。
90年代に米国留学で人工知能と出会って以来、ロビン・リーは一貫して人工知能技術を追いかけてきた。
▲百度の創業者、李彦宏(ロビン・リー)。インフォシークの検索エンジンエンジニアで、帰国後、百度を創業。検索広告の企業だが、ロビン・リーが学生時代からやりたくて仕方なかったのが人工知能だ。百度は、人工知能企業に舵を切っている。
これからは、スマホへの依存度を下げていく20年になる
ロビン・リーは、人工知能が主役になった時代を「智能経済」=インテリジェンスエコノミーと呼んでいる。この智能経済では、3つの大きな変革が起きるという。
1)人と機械の関わり方が変わる。この20年は、人が携帯電話への依存を高めてきた20年だった。今後は、携帯電話への依存が低くなっていく20年になる。スマートデバイスが普及をする時代になり、あらゆる場所にスマートデバイス、スマートセンサーが設置されるようになる。当然、人と機械の関わり方が変わっていく。デバイスを操作するのではなく、デバイスが生体情報を読み取って動作するようになっていく。
2)ITの仕組みが変わっていく。伝統的なCPUと操作体系、ストレージが主役の座を降り、AIチップ、高効率のクラウドが主役となる。
3)新しい業態の産業が生まれてくる。交通、医療、安全、教育などではすでに人工知能による変化が起こっている。さらに、新しい消費、新しい産業が生まれてくることになる。
30年前に留学先で人工知能と出会ったロビン・リー
ロビン・リーが人工知能と出会ったのは、30年前の米国留学時代だ。当時、ロビン・リーは中古のホンダ車に乗り、週に一度、紅焼鶏塊(醤油味の蒸し鶏煮込み)を作り、それを7つに分けて、毎日食べるような生活をしていた。
この時代に、ロビン・リーは人工知能に興味を持ち、専門的に学びたいと留学先のニューヨーク大学バッファロー分校の指導教官に相談をしたが、諭された。人工知能を学んでも役に立たない、仕事がないというのだ。
実際、当時はその通りだった。人工知能は面白いけど実用にはならない学問分野と見られていて、専攻をするのは変わり者の学生か、就職をしなくても生きている学生だけだった。
それでも、ロビン・リーは人工知能に興味を持ち続け、人工知能的手法でOCRの読み取り精度を高める研究をし、論文を発表している。
コピー企業から脱する鍵は、人工知能イノベーション
ロビン・リーが北京で百度を創業した時、百度はグーグルと同じような検索広告の企業だった。ありていに言えば、ロビン・リーが勤めていたインフォシークやグーグルのコピー企業だった。
しかし、2012年にすでに、ロビン・リーは、コピー企業から脱する意識を持っていた。「中国のネット市場は広大なので、米国よりも先にテクノロジーの限界がやってくる。米国のコピーテクノロジーだけでは、中国市場をカバーしきれない。その限界はイノベーションで超えていくしかない。これにより、中国のテック企業は米国のコピーを脱し、イノベーションを起こす企業になっていく」。
ロビン・リーは、人工知能こそ、この限界を打破するイノベーションだと考えていた。
儲かる企業に投資するAT、テクノロジーに投資するB
そこから、百度の投資戦略が変化をしてきた。テクノロジーを持った企業に投資をしていく方向性が明確になった。他の中国テック企業は、プロダクトを持っている企業、消費者を抱えている企業に投資をしようとする。しかし、百度はテックを持っている企業に投資をする。それゆえに、百度の短期的な投資効率はよくなかった。それでも百度は技術を貯め込んでいった。
当時は失敗だと批判された「AI先生の大転換」
百度の人工知能開発は、2010年から始まっている。中国で最も早く人工知能開発に着手した企業のひとつだ。
しかし、当時、多くの識者は、この百度の転換を「失敗」だと見ていた。百度はスマホに舵を切るべきところを、誤って人工知能などという岩礁に座礁してしまったと見られていた。
メディアから「AI先生」と尊敬と揶揄の混ざった呼び方をされながら、2013年には百度ディープラーニング研究院を設立して、自ら院長に就任をした。その後、複数の研究チームを立ちあげている。
ロビン・リーは2017年にこう述べている。「百度は、営業収入がトップの企業ではありません。しかし、売上に対する研究費比率では間違いなく中国で1位の企業です。その研究のほとんどは人工知能に関するものです」。
▲音声認識プラットフォーム「DuerOS」を搭載したデバイスもさまざま発表されている。アマゾンのアレクサやグーグルアシスタントと競争することになる。
2017年に実った自然言語解析「DuerOS」と自動運転「アポロ」
その成果は2017年に一定の成果を見た。百度は音声言語解析エンジン「DuerOS」を発表した。スマートスピーカーだけでなく、スマホ、カーナビ、家電などに搭載することで、自然言語の音声で操作ができるようになる。音声認識、画像認識(顔認識)、自然言語処理の3つの技術が使われている。オープンプラットフォームになっているので、一定の条件を満たせば利用ができる。
また、同年、百度は自動運転プラットフォーム「アポロ」の開発に着手をした。こちらもオープンプラットフォームで、中国の自動車メーカーばかりでなく、フォルクスワーゲン、BMW、ダイムラー、ホンダ、ボルボ、フォード、現代、ジャガーランドローバーなどの海外自動車メーカー、さらにはNVIDIA、マイクロソフト、インテルなどのIT企業も参加をし、130の企業、研究機関が参加をしている。
▲アポロの自動運転バスも、武漢市や雄安新区などで試験営業が始まっている。こちらも、一般乗客が利用でき、正式営業とほぼ変わらない。また、公園内のシャトルバスとして利用されることも増えている。
▲長沙市で試験営業が始まっているロボットタクシー。監視員が乗車するが、運転は自動で行われる。試験営業といっても、45台が投入され、市民は誰でも利用することができる。正式営業を見据えた試験営業だ。
百度の「次の20年」が始まった
そのアポロも実用化の道が見えてきている。北京市海淀公園内の移動シャトルとして、無人運転バスの運行が始まっている。これはあくまでも閉鎖区間内の固定ルートを走るものだが、2019年9月には湖南省長沙市で、正規な営業免許を取得したロボットタクシーの試験営業が始まっている。試験営業といっても、45台の車両を投入する大掛かりなもので、長沙市民であれば誰でもモニター登録をして利用できるというもの。長沙市が自動運転用に開放した総延長135kmの道路に限定されているが、徐々に拡大をしていく予定だ。
百度は「中国の検索大手」と呼ばれることが多いが、すでに「中国の人工知能大手」と呼んだ方が的確になっている。ロビン・リーの言う「次の20年」がすでに始まっている。