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到家サービスと新小売をめぐるアリババと京東の駆け引き。キーパーソンはフーマフレッシュの侯毅CEO

コロナ禍により、需要が急増している到家サービス。生鮮食料品をスマホで注文して宅配してくれるサービスだ。現在、新小売勢だけでなく、既存スーパーも参入をしている。この到家サービスに先鞭をつけたのは京東だった。しかし、世に広めたのはアリババの新小売スーパー「フーマフレッシュ」だった。そこには、侯毅というキーパーソンの動きがあったと老張聊零售が報じた。

 

到家サービスを提供する4つの勢力

今、中国の小売業で注目されるキーワードは「到家サービス」だ。生鮮食料品、化粧品、家電製品などをスマートフォンで注文すると、30分から1時間程度で宅配をしてくれる。多くの場合、店舗の在庫から配達されるが、配送時間を短縮するために、前置倉(前線倉庫)と呼ばれる倉庫を店舗周辺に配置をし、そこから配送をする工夫などをしている。

この到家サービスを行なっている小売業には4つの勢力がある。ひとつは、新小売スーパーだ。アリババの「盒馬鮮生」(フーマフレッシュ)が代表的な存在。2つ目はECによる到家サービス。「京東到家」などが代表的な存在。3つ目が生鮮EC。前置倉と呼ばれるミニ倉庫を配置して、そこから宅配をする。「叮買菜」(ディンドン)が代表的な存在。

この3つは、新型コロナの感染拡大により外出が控えられたため、大幅に需要を伸ばしている。

この状況に対応するため、既存スーパー、小売店もこぞって「到家サービス」を開始している。これが4つ目の勢力で、永輝(ヨンホイ)などが代表的存在。

すでに商品は「買いに行くもの」から「届けてもらうもの」になりつつあり、「到家サービス」に対応していない小売店は生き延びていくのが難しい状態になっている。


ジャック・マーが提言した「ECは死に、新小売が始まる」

このような新小売の概念は、2016年に、アリババの創業者ジャック・マーが、杭州市で開催されたコンベンションで初めて提案したものだ。「インターネット時代になり、伝統的な小売業はECに圧迫されています。未来では、オフライン小売とオンライン小売は深く結合し、さらに物流、マーケティングビッグデータクラウドなどの新しいテクノロジーを利用するようになり、新しい『新小売』という概念を構築していくことになります。ECの時代は終わり、伝統的な小売は改革され、すべての小売業は新小売にアップグレードされることになるでしょう」。

当時は、ECと実体小売業は敵対する関係だと受け止められていた。しかし、ジャック・マーは、ECと小売業は融合をし、新小売へと進化していくとした。この発言は、「ECは死に、新小売が始まる」「すべての小売業は新小売になる」という2つの言葉に要約されて、広く知られるようになった。特に、ECで成功をしたアリババの創業者が「ECは死ぬ」と発言したことが、多くの人を驚かせた。

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▲「ECは死に、新小売が始まる」は、ビジネス関係者の間での流行語のようになった。

 

先鞭をつけたのは京東。キーマンは侯毅

しかし、新小売という概念を広めたのはジャック・マーだが、その要のサービスである到家サービスに先鞭をつけていたのは、アリババのライバルである第2位のEC「京東」だった。

京東は到家サービスを先駆けて始めていたのに、なぜ新小売という新しいビジネスで主導権を握ることができなかったのだろうか。アリババはなぜ新小売で主導権を取ることができたのだろうか。

そこには重要な人物の動きが絡んでいる。現在、フーマフレッシュのCEOになっている侯毅(ホウ・イ)だ。

2012年、京東は山西省の唐久コンビニとある提携をする。京東は、販売から宅配までを自社で行うECだが、中国の隅々まで宅配網が構築できているわけではなかった。そこで、宅配網の弱かった山西省にあるコンビニと提携して、コンビニ受取りサービスを始めた。京東で注文した商品は、自宅近くの唐久コンビニ店舗に配送され、利用者は好きな時間にコンビニに受け取りに行くというものだ。

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▲2012年、京東は唐久コンビニと提携をして、コンビニ受取サービスを始める。これが新小売、到家サービスの始まりとなった。

 

コンビニ受取の痛点を解決することから生まれた到家サービス

しかし、これでは利便性が高いとは言えない。京東に注文をしたら自宅まで持ってきてもらえるのだ。ただし、この地区では京東の配送網が弱いために時間がかかる。一方で、コンビニ受け取りにすれば早く商品が手に入るが、コンビニまで受け取りに行かなければならない。

これを解決するには、コンビニに配送スタッフを待機させ、コンビニから宅配をすることだ。しかし、それではコストが合わない。そもそも、配送数が多くない地域だから、コスト面で配送網を整備することが難しく、コンビニ受け取りという方法にたどり着いているのだ。

 

他の商品も配達することでコストが見合う

これを解決するには、京東の商品だけでなく、他の商品も扱うことだ。京東の商品だけでなく、コンビニの商品も宅配する、他の小売業の商品も店舗に出向いてピックアップし、宅配をする。扱い品目を増やすことで、配送数が増え、配送スタッフを待機させてもコスト的に見合うことになり、他の小売業からは宅配配送料をもらうことができるようになる。今日の到家サービスとほぼ同じサービスになる。

2014年、京東は北京市の望京地区で、「拍到家サービス」として試験運用をした。そして、2015年から「京東到家」として本格的にサービスを拡充していくことになった。

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▲京東の到家サービスのプロモーションをする配送スタッフ。コロナ禍により、到家サービスの需要が大きく伸びている。

 

インスタカートを参考にした京東到家

この責任者に任命されたのが侯毅だった。侯毅は上海のコンビニ運営企業に勤務した後、2007年に京東に入社をした。当初は物流部門で働いていたが、コンビニ運営の経験があることから京東到家の責任者に選ばれた。

侯毅が参考にしたのが、2012年に米国で創業した「インスタカート」だった。スマホで生鮮食料品を注文すると、店舗側で商品をピックアップしてくれ、1時間程度で宅配してくれるというサービスだ。シェアリングエコノミーから出てきたサービスで、配送は、ウーバーイーツのように、登録した個人が配送してくれる。

2015年からは始まった京東到家には、創業者の劉強東(リュウ・チャンドン)も大きな期待をし、大規模な投資を行なった。そのため、2015年の京東の決算は94億元もの赤字となったほどだ。

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▲侯毅が到家サービスを始める時に参考にしたのが、米国のインスタカートだった。スーパーなどでの買い物を代行して、宅配してくれるサービス。

 

問題が続出したテスト運用

しかし、京東到家は難航する。京東到家というひとつのプラットフォームで、すべての商品の注文や配送を管理するのではなく、参加をしている小売業からばらばらに京東到家向けの注文票が送られてきて、それを整理し、商品を手配し、宅配するというやり方だった。そのため、6月4日から8月1日の試験運用期間に、合計89の注文が入ったが、18で遅配、6つで欠品、1つが注文未対応という惨憺たる結果だった。問題発生率は23%にものぼり、とても正式サービスとしてスタートさせることができない。

 

独立性を高め、プラットフォーム改革を行う

侯毅は2つの改革を行なった。ひとつは、短距離配送の専門企業である「達達」と合併をし、京東の株主比率を49%にまで下げた。これで京東の支配力が弱まり、社内改革を行う際に、京東にお伺いを立てる必要がなくなった。また、即時配送のノウハウを持っている達達から多くのことが学べる。もうひとつは、京東到家専用のプラットフォームを構築して、注文から配送までを一元化することだった。

京東到家は、2015年にスーパーチェーン「永輝超市」(ヨンホイ)に投資をし、京東到家に参加をしてもらった(ただし、永輝は、後に自社で新小売に進出することになり袂を分かっている)。2016年にはウォルマートが京東到家に投資をし、京東到家に参加をした。

 

店舗を倉庫として利用する侯毅の発想

しかし、侯毅は京東到家に問題を感じていた。京東到家はEC「京東」の配送網を使った到家サービスだ。京東の商品は配送拠点にあるが、それ以外の小売店の商品は、スタッフがピックアップに行くか、拠点にいったん輸送して注文商品を揃えてから宅配をすることになる。商品を揃えるまでに時間がかかってしまうのだ。宅配までの時間が短縮できない問題もあったが、侯毅が気にしていたのは生鮮食料品の品質が落ちてしまうことだった。

京東到家の配送は、小型三輪車や電動バイクが基本になる。配送する商品の量は多くないが、小回りが効かなければならないからだ。電動バイクに冷蔵設備を搭載することは難しく、生鮮食料品も保冷箱で配送する。そのため、配送時間が長いと、野菜や魚、肉といった生鮮食料品の品質が落ちてしまうのだ。実際、アイスクリームの宅配はほぼ不可能だった。

それを解決するには、スーパーのような店舗を設置して、そこに商品を並べることだ。これであれば、商品はすべて店内に揃っているので、保冷箱で輸送する時間は配送時間だけになる。商品ピックアップ時間は最小化することができ、注文から配送までの時間も短縮ができる。

侯毅はこのように、店舗を設置して、それを倉庫としても使うという仕組みを京東に対して提案をした。しかし、この時の京東到家は、まだ京東の完全子会社であったため、京東の経営陣から却下されてしまう。

この件で、侯毅は、達達との合併、プラットフォーム構築の道筋をつけた後、京東到家を辞職した。

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▲フーマフレッシュでは、スタッフがピックアップした商品はバッグに詰められ、天井のレールを使って、バックヤードに送られる。ピックアップ効率は、一般のスーパーの20倍であるという。

 

店倉合一の発想に強い興味を示したアリババ

辞職をした侯毅は、アリババの張勇(ジャン・ヨン)と接触をする。そこで、侯毅の構想ーー店舗を設置し、倉庫としても使う到家=「店倉合一」ーーを話すと、張勇は強い興味を示してきた。

2人は、新しい形のビジネスを練り上げていった。店舗の品揃えは生鮮食料品を中心にする。これはスーパーと基本的に変わらない。しかし、異なるのは到家サービスがあることで、店舗から3km圏内に30分配送をする。また、店舗の売上の60%以上は到家サービスから得る。これにより、店舗の売上の限界が突破できる。スーパーの場合、大型店であっても、1日2万人の来店客が物理的な限界になる。しかし、スマホ注文の2万件は、アリババにとって処理が問題にならないほど小さな数字だ。小売業は、オンライン化することにより、消費者の利便性が上がり、売上限界も突破ができる。

これが、2016年のジャック・マーの発言につながっていていき、同年のフーマフレッシュ上海金橋店の開店につながっていった。

現在、到家サービスをめぐって、アリババと京東は激しい競争をしている。さらに、生鮮ECや既存スーパーも参入をして、到家サービスは小売業で最も注目されるサービスになっている。