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明日、vol. 081が発行になります。
今回は、主要2社が米国上場を行う生鮮ECについてご紹介します。
生鮮ECは、野菜や肉、魚といった生鮮食料品をスマホで注文すると、40分から1時間程度で宅配してくれるサービスです。この大手2社の「毎日優鮮」(メイリー、ミスフレッシュ)「ディンドン買菜」の2社が6月9日に米国証券取引委員会(SEC)に目論見書を提出して上場を申請しました。目論見書の提出時間はわずか1時間しか違わなかったといいます。
しかし、6月25日に、毎日優鮮がナスダック市場で株式を公開すると、初日に初値から25.7%も下落するという前途多難なスタートとなりました。
▲6月25日にナスダック市場で株式を公開した毎日優鮮の株価は初日に25.7%も下落し、その後も下落傾向が続いている。
毎日優鮮もディンドンも現在、赤字経営です。それは投資家にとってあまり大きな問題ではありません。ビジネスモデルが優れていて、いずれ黒字化ができるのであれば、株価は数倍にも跳ね上がり、配当どころではない利益が期待できるからです。むしろ、今赤字であってくれた方が、避ける投資家もいるため、割安で株を買えるのでかえって都合がいいと考える投資家もいるでしょう。
しかし、それはいつか黒字化ができるからそう思えるのです。もし、ビジネスモデルに問題があり、永遠に黒字化ができないものであれば、株はいつかただの紙屑になってしまいます。株価が下がり続けるということは、そのように悲観的に考える投資家が多いということです。
アリババの新小売スーパー「盒馬鮮生」(フーマフレッシュ)の責任者、侯毅(ホウ・イ)総裁は、ライバルのディンドンに対してこう評したことがあります。「ディンドンが上海で営業を始めても、フーマフレッシュの販売には何の影響もありませんでした。前置倉は投資資金も小さく、配達地域を素早くカバーしていくことができます。でも、あくまでも過渡期の形態なのです。商品品目を増やすことが難しいため、消費者を惹きつけるには、必然的に価格競争にならざるを得ません。永遠に投資資金を消費し続けるだけで、黒字化の可能性は見えないのです」。
前置倉とは、前線倉庫のことで、コンビニ程度の規模の倉庫を市内に配置し、その周辺の住宅に配送をします。この前置倉を多数配置することで、市内全域をカバーしていこうという考え方です。
この発言は、2019年6月のものです。フーマフレッシュは、(消費者の目も意識しているのでしょうが)生鮮ECなどまったく眼中にありませんとでも言いたげでした。
その後、コロナ禍が起き、外出規制が行われると、買い物が市民の大きな悩みとなり、生鮮ECは一気に利用者を増やしました。それが今日の上場申請に結びついています。しかし、侯毅総裁の言う「永遠に黒字化の可能性は見えない」というのは、現在でもあてはまっているかのように思います。
もちろん、毎日優鮮もディンドンも、黒字化の努力は進めています。面白いのは、その黒字化への道=出口戦略が2社でまったく違っていて対照的である点です。
生鮮ECについては、「vol.001:生鮮ECの背後にある前置倉と店倉合一の発想」でもご紹介をしていますが、だいぶ以前のことでもあり、再度生鮮ECの仕組みをご紹介し、その後で、毎日優鮮とディンドンがどのような出口戦略を考えているのかをご紹介します。それを読んでいただいて、果たして生鮮ECは「黒字化の可能性は見えないのです」という侯毅総裁の言葉が正しいのか、あるいは両社が努力しているようにいずれ黒字化を達成し、株価が急騰することがあるのかを、投資家になったつもりで、ご自身で判断していただければと思います。
その説明に入る前に、侯毅総裁の「(生鮮ECは)あくまでも過渡期の形態なのです」というところにひっかりを感じた方も多いと思いますので、ここを説明しておきます。
言葉というのは使う人の自由であり、こういう定義が正しいとか正しくないと言うのは無意味なことだと思いますが、生鮮ECを「新小売」と呼ぶのには無理があります。ただ、日本のメディアだけでなく、中国のメディアですら、新小売を「デジタルを活用した新しいスタイルの販売方法」程度に解釈して、目新しい小売手法を何でも新小売と呼んでもてはやす傾向が続いています。
それでも意味は通じるので、めくじらを立てることでもないと思いますが、「アリババが提唱した新小売」「ジャック・マーが提唱した新小売」と言い方をする時は、アリババの創業者、馬雲(マー・ユイン、ジャック・マー)の定義に従うべきではないかと思います。侯毅総裁などのアリババ関係者は、ジャック・マーの定義による「新小売」という言葉を使うので、これを単なる「新しい販売スタイル」程度に解釈をすると、アリババ関係者の発言を正確に理解することができなくなります。
ジャック・マーの定義とは「オンライン小売とオフライン小売は深く融合して、すべての小売業は新小売になる」というものです。オンラインの小売とオフラインの小売が深く融合するということがポイントで、生鮮ECはオンライン小売のみなのですから新小売ではありません。
「すべての小売業は新小売になる」と考えているアリババ関係者にとっては、オンライン小売のみの生鮮ECが「あくまでも過渡期の形態なのです」というのは当然のことなのです。
この新小売という考え方は、アリババよりもはるか昔から議論されてきたものです。1990年代の終わりに、当時は書籍のオンライン小売が中心だったアマゾンが成長し、既存の店舗形式の書店を圧迫するようになります。すると、「クリック&モルタル」という言葉が使われるようになりました。クリックはオンライン小売、モルタルはオフライン小売を表し、両者をうまく融合することで小売業は成長できるという考え方です。
米国では、企業を表す言葉で「ブリック&モルタル」という言葉が使われます。レンガで作られた社屋、モルタルで作られた店舗を表しています。これをもじって、クリック&モルタルという言葉が生まれました。
基本的な考え方は、ジャック・マーの新小売と変わりありません。しかし、大きな違いは、クリック&モルタルは概念的なもので、実現するための仕組みについては誰も言及できなかったのに対して、ジャック・マーは、概念だけでなく、具体的な新小売スーパーという事業を始めたことです。20年近く、オンライン小売周辺の人が頭を悩ませてきたことを、(外から見る限りでは)いとも簡単に解決してみせたのです。
この新小売スーパーの発案者は、現在のフーマフレッシュ責任者の侯毅総裁です。侯毅は元々、EC「京東」(ジンドン)の従業員で、京東がECで生鮮食料品を販売するにあたって、従来の翌日配送の物流では時間がかかりすぎることや、温度管理が難しいという課題を解決するため、まったく別の物流体系を構築した新小売スーパーの企画を提案しましたが、京東上層部はこの企画を採用しませんでした。
あきらめきれない侯毅は、社外に理解者を探すようになります。そこで出会ったのがジャック・マーでした。ジャック・マーは、この新小売スーパーの企画を見て、自分の中でまだ言語化できていなかった「新小売」という概念に到達したのだと思います。
侯毅はメディアに対して、こう語っています。「私たちフーマフレッシュはオフラインでの消費者体験を重視しています。生鮮ECの前置倉はECの延長線上でしかなく、ECでは郊外の大規模倉庫だったものが、前置倉は住宅地内の小規模倉庫になったという違いしかありません。新小売の本質とは、ネットテクノロジーが小売での消費者体験を変革していくところのあるのです」。
前回の「vol.080:中国主要スーパーが軒並み減収減益の危険水域。もはや店頭販売だけでは生き残れない」でも触れましたが、新小売スーパーでは、注文方法が「スマホ/店頭」の2種類、受け取り方法が「宅配/持ち帰り」の2種類あり、それを自分の都合で2×2で組み合わせて購入スタイルを決めることができます。
この新小売が目指すのは、購入行動のステルス化です。つまり、意識して「買い物をする」という行動を取らなくても、普通に生活をしているだけで、必要な製品が目の前に現れてくるようにすることで、購入機会を増やそうというものです。これは中国では「人が商品を探す」から「商品が人を探す」への変化だと言われるようになっています。
そんなことが可能なのか。実例があります。日本の自動販売機の飲料販売です。現在、飲料の自動販売機は228万台が設置され、売上高は2.1兆円を超えています。一本の平均価格を120円と仮定して計算すると、175億本になります。日本の赤ちゃんからお年寄りまで、2日に1回は自動販売機の飲料を飲んでいることになります。これでも、ピーク時の2/3ほどの市場規模に縮小しているのです。
昔は、公園や駅、広場などに公共のゴミ箱が置かれ、コンビニのゴミ箱も外に置かれていたため、缶やペットボトルの捨て場に困ることはありませんでした。そのため、道を歩いていて、喉が渇いたら、道端にある自販機で缶飲料を買い、飲みながら歩いて、見つけたゴミ箱に捨てるということができました。以前は、飲料をわざわざ買いに行く必要はなく、目的があって歩いていて、途中で自販機があったら飲料を買えばよかったのです。購入のための行動というものが必要なくなっていました。
バイパス沿いのファミレスやファストフードも同じです。わざわざ探さなくても、車で走っていて、途中でファミレスを見つけたら入って、食事をすればいいのです。究極の小売業とは、このように「買い物に行く」作業がまったく存在しなくなり、消費者は自分の目的に沿った行動をとっているだけで、その経路に必要な商品が現れてくるという世界観です。
今回、取り上げる「生鮮EC」は、ここまでの変革を起こすことはできません。「スマホで注文する」という買い物行動は取る必要があります。ただし、それが従来の「スーパーに行く」という買い物行動に比べて、圧倒的に負担が小さいので利用のハードルが大きく下がります。生鮮ECは、この利便性がねらいであり、新小売のように「ネットテクノロジーが小売での消費者体験を変革していく」ということまでは考えていません。むしろ、従来の消費者体験に近い形でありながら、利便性はきわめて高いため、移行しやすいというところに強みがあるビジネスです。
その意味で、じゅうぶんに新小売に対抗できるビジネスであり、実際にディンドン、毎日優鮮の2社は多くの顧客を獲得しています。しかし、問題は「永遠に投資資金を消費し続けるだけで、黒字化の可能性は見えないのです」という部分です。フーマフレッシュの侯毅総裁は、新小売スーパーの優位性を強調するためにこういう発言をしたのでしょうか。それとも、客観的な判断として発言しているのでしょうか。
ディンドン、毎日優鮮の2社が上場申請をしたことにより、目論見書が公開され、両社の詳しい経営数字が明らかとなりました。この数字を使いながら、両社の黒字化の可能性を探っていきます。
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今月発行したのは、以下のメルマガです。
vol.079:再び動き始めた顔認証技術。中国の主要プレイヤー6社の戦略
vol.080:中国主要スーパーが軒並み減収減益の危険水域。もはや店頭販売だけでは生き残れない
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