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離職率“120%”だったアリババは、なぜ人材重視企業に変われたのか

今日、中国で人材を最も大切するにする企業「アリババ」も、かつては離職率“120%”というブラックな時代があったという。それがなぜ人材重視の企業に変われたのか。それはグーグルの創業者ラリー・ペイジがジャック・マーに語った一言だったと創業道与術が解説した。

 

かつての離職率は月10%。年に換算すると120%?

アリババはエンジニアを大切にする企業として有名だ。中国では法外とも言える報酬を出し、社内結婚を奨励し、自前のマンションまで建設し、社員に相場の半分以下で分譲している。

しかし、最初から人材を大切にする企業だったわけではない。2005年か2006年頃、創業道与術の著者がアリババを訪問して、人事部門の担当者に「今、離職率はどのくらいですか?」と尋ねると「エンジニア、営業ともに10%前後です」と答えたという。「それは素晴らしい!」と言うと、担当者は「10%というのは月10%です」と言う。毎月1割もの社員がやめているのだ。著者は、これでは一年にしたら、120%になってしまうではないか。アリババは毎年社員が総入れ替えしているのかと驚いたという。

 

グーグルのライバルはNASAオバマ政権

「人材を重視する」企業に変われたののは、2009年にジャック・マーが米シリコンバレーの視察をした時の経験が大きい。ジャック・マーは、アップル、グーグル、マイクロソフトスターバックスなどの企業を訪問した。そして、必ず「貴社のライバル企業は誰ですか?」という質問をした。

グーグルの創業者ラリー・ペイジの答えはよそとは違っていた。普通は、同業他社の名前を挙げる。しかし、ラリー・ペイジは「グーグルのライバルは、NASAオバマ政権」と答えた。

なぜなら、グーグルのエンジニアがNASAオバマ政権に大量に流出していたからだ。しかも、報酬はグーグルの5分の1になってしまうのにだ。つまり、グーグルは、壮大な夢を描くという点でNASAに負けており、社会に貢献するという点でオバマ政権に負けている。だから、NASAオバマ政権が最大のライバルだとラリー・ペイジは答えた。ジャック・マーにとって訪米視察の最大の成果がこの一言だった。

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▲アリババの創業者、ジャック・マー会長。アリババも創業当初は、人を大切にしないブラックな企業だった。しかし、グーグルの創業者ラリー・ペイジの一言により考え方を一変させる。

 

アリババが行なった3つの人事改革

帰国したジャック・マーは人材採用に関して、3つの改革を行った。ひとつは、それまでの能力重視から人物重視にシフトしたことだ。いくら能力が高い人が集まっても、職場というのは異なる性格の人間が長時間いっしょにいて、ひとつのことを協力して行わなければならない。能力が高くても、協調性のない人がいると、チーム全体でのパフォーマンスを下げてしまうのだ。

アリババは、採用面接で共通してある質問をする。「あなたがこれまでの人生で、克服してきた最も辛いことはなにか?」というものだ。千差万別の答えが返ってくるという。ある者は「電車賃がなくて、歩いて家まで帰った」という平凡な答えをするし、そのまま映画化してもいいような感動的なストーリーを告白する者もいる。ありえない不幸に直面した時に、それを乗り越えようとするところに、人柄はいちばんよく現れる。

このような質問で、能力だけではなく、人間性が優れた人を採用する。

 

採用は少数の幹部社員で決める

2つ目は、採用決定権を幹部社員に集中させるということだ。社員数が増えてくると、経営者本人が採用面接を行い、最終決定をするということが難しくなっていく。それは仕方のないことだが、以前のアリババは、幹部社員が忙しいという理由で、採用決定を下に下に任せる傾向が進んでいた。

中には、人事採用のプロという人を外部から招き、その人任せにしている部門もあった。しかし、これではアリババ文化が途絶えてしまう。アリババ文化を体感している幹部社員が人材採用をしてこそ、アリババ文化に合う人材が採用できる。2ヶ月前にアリババにやってきた人事採用のプロは、自分の文化に合う人材を採用してしまう。その人材が、アリババの中でうまくやっていけるかどうかはわからない。採用決定をできるだけ下に任せず、可能な限り、上級社員が行うようにする。

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▲社員大会でのジャック・マー。マイケル・ジャクソンの紛争で登場した。普段は真面目なジャック・マーも、社内でのイベントの時だけは弾け、場合によっては道化役を買って出る。これが社員の心を掴んでいる。

 

低水準の給与所得者から抜擢するアリババ独特の採用方式

1と2は、他の企業でも多かれ少なかれ実行していることだが、3つ目はアリババ独特の考え方かもしれない。アリババは「平凡な人間が集まって、非凡なことを成し遂げる」が最高のことだと考えている。

給与1万元の職を募集するとき、普通は給与が8000元から1万元の人の中から選ぼうとする。しかし、アリババは給与が3000元とか4000元の人を集めて、その中から選ぼうと考える。

元の給与が8000元の人が1万元の職を得ても、転職による昇給は2000元でしかない。この人は、よそに1万2000元の職があれば、さっさと転職してしまうだろう。ところが、給与が3000元の人が1万元の職を得たら、給与は3倍にもなる。すぐに転職をしようとは考えない。

もちろん、8000元の人であれば3人面接すれば、1人採用に足る人を見つけることができる。しかし、3000元の人であれば30人は面接しないと採用に足る人を見つけることができない。

採用は上級社員の仕事だから、ただでさえ忙しいのに、業務の負担はさらに大きくなる。それでもやらなければならないのだ。アリババにとって、最も重要な仕事だからだ。

 

平均勤続年数は2.47年。定着率を高める試みが続いている

アリババは新卒を採用するときも、清華大学北京大学上海交通大学といった超一流大学にはリクルート活動をしない。武漢郵電大学、華中科技大学など二流ともいえる大学に積極的にリクルート活動をする。これも、先ほどと同じ原理で、簡単に転職をせず「平凡な人が集まって非凡なことを成し遂げる」アリババの文化に合っている人を発掘できるからだ。

といっても、転職をするのが当たり前の中国で、アリババの離職率だけが極端に低いというわけにはいかない。アリババの平均勤続年数は2.47年と短い。米国のIT企業が3年程度、中国のIT企業が2年程度であることを考えれば、悪い数字ではないが、まだまだ定着率が高いとは言えない。アリババが、さまざまな福利厚生策を取っているのも、離職率を下げる努力を現在も続けているからなのだ。

シリコンバレーとアリババに共通した考え方は「エンジニアが輝けば、会社も輝く。業績は後からついてくる」というものだ。優秀なエンジニア、社員をいかに定着させるか。世界のIT企業はそこで競争をしている。