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入れるだけでお金が増えるスマホ決済「アリペイ」の秘密(下)

QRコード方式スマホ決済「アリペイ」は、どこでもキャッシュレス決済ができるという利便性だけでなく、入れておくだけで年利4%以上でお金が増えていく余額宝(ユアバオ)という仕組みにも人気がある。なぜ、お金を入れておくだけで増えていくのか。その仕組みを南方週末が解説した。

 

お金が勝手に増えていくおサイフ「アリペイ」

中国ですでに決済手段の主役になっているQRコードスマホ決済「アリペイ」。どこでも使える利便性がその魅力だが、もうひとつの魅力が余額宝だ。これはお金を入れておくだけで、年利4%以上で増えていく。実体はMMF投資信託なのだが、1元単位でいつでも解約可能、即入金という手軽さで、もはや投資信託商品を買っているという意識は消え、「おサイフの奥のポケット」ぐらいの感覚になっている。入出金の操作もアリペイアプリの中から簡単に行え、これがアリペイを「お金を入れておくだけで勝手に増えていくおサイフ」にしている。銀行の普通預金口座の利息は年0.3%程度なので、アリペイ利用者のほとんどが余額宝を利用している。

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▲アリペイアプリの画面。白地右上のアイコン「Yu’E Bao」が余額宝。アリペイアプリのトップページにあり、タップすれば余額宝へのお金に出し入れができる。投資信託商品だが、おサイフの奥のポケットぐらいの感覚だ。


MMFのまとめ買いで最高利回り6.7%

この余額宝の銀行口座の10倍以上という高利回りの秘密は、「MMFのまとめ買い」だ。個人で少額のMMFを買う場合と、投資機関が大量の資金でMMFを買うときの、利回り条件はまったく違ってくる。大量購入するのであれば、交渉次第で高利回りの条件を設定することができる。

1人で洗剤を1個買うときは定価になるが、1000人で1000個の洗剤をまとめ買いすれば大幅割引できるのと同じ理屈だ。銀行にすれば、大量の少額口座を管理しなければならないコストと、1つの高額口座だけを管理するコストはまったく違う。当然、高額の顧客には有利な条件を提示できる。

つまり、余額宝は、大量の利用者のお金をまとめて、銀行で高利回りのMMFを購入し運用する。運用成績が、例えば7%だとしたら、そこから運営会社である天弘基金の経費と利益(エンジニアだけで200人のチームが必要)を引いて、残りの4%程度を利用者に還元する。過去には最高で6.7%の利回りを実現したこともある。

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▲余額宝の仕組みが一目でわかる図。顧客のお金をまとめて、大量の資金で銀行のMMFを購入する。「MMFのまとめ買い」に秘密がある。

 

世界最大の投資信託商品「余額宝」

このような仕組みで、余額宝はアリペイになくてはならない機能になっていった。半年足らずで、余額宝は中国で初めて1000億元(約1兆7000億円)を突破する投資信託となった。そして、2017年4月には世界で最も巨大な投資信託になった。利用者数は4.74億人。アリペイユーザーが5億人だから、ほとんどのアリペイユーザーが利用している。中国人の3人に1人以上が余額宝を利用している計算になる

余額宝の成功を見て、すぐにライバルも登場する。余額宝と同じように、スマホから購入できる投資信託が増え、銀行は銀行で投資信託の営業を強化する。現在では、MMFが394商品もあり、その残高合計は8兆元(約140兆円)に届こうとしている。

余額宝が始まった2013年から比べると、市場公募債の残高は、3兆元(約52兆円)から12兆元(約210兆円)に増えている。しかも、その中でMMFの割合は25%から61%に増加しているのだ。

 

普通預金が枯渇して、資金調達に苦しむ銀行

余額宝の成功は、銀行から見ると当然面白くない。MMFを運用しているのは自分たちなのに、余額宝に利益をごっそりと持っていかれる。

それだけでなく、銀行そのものの体質も厳しくなっていった。銀行のビジネスモデルは金貸しだ。お金を仕入れて、それを貸し付け、多めに返済してもらうことで利益を出す。この「お金を仕入れる」部分で、普通預金の存在が大きかった。なぜなら、わずか0.3%の利息というほとんどタダ同然で仕入れることができたのだ。その代わり、銀行引き落としや振り込み、デビットカードなどの機能をつけて、預金者サービスを提供していた。

しかし、アリペイと余額宝が登場すると、誰もが銀行普通預金よりも、アリペイと余額宝を選ぶようになる。支払いはできるし、お金の送金もできる。機能は普通預金以上。ATM引き出し手数料もない。それでいて、利息は10倍なのだ。

余額宝の残高が膨らむにつれ、銀行はタダ同然でお金を仕入れることができる普通預金を失っていった。仕入れに高いコストがかかるようになり始めた。

アリババのジャック・マー会長は、アリペイのキャッシュレス決済を始めるときに「銀行がみずから変わろうとしないのであれば、私たちが変えてみせる」と宣言をして、世間から嘲笑された。しかし、まさに銀行は変わらなければ倒れてしまいかねないところまで追い込まれてきたのだ。

 

規制と監督の外にいた余額宝

銀行の立場で見ると、不公平に感じるところも多かった。銀行は消費者に投資信託商品を販売するときに、対面をして丁寧な契約をしなければならなかった。重要事項をひとつひとつ説明をして、消費者の同意を確認し、そのプロセスをすべて録音、録画して保存することも義務付けられていた。その他、銀行はなにをやるにしても、中央銀行や政府機関の厳格な監督を受けなければならない。しかし、余額宝は新興の投資信託であり、このような規制や監督の外にいて、自由にビジネスができていた。

銀行からすれば、せめて同じルールでやってほしいと思うのは自然だし、預金者保護の観点からも正論だった。

2014年になると、余額宝のMMFを引き受けないと宣言する銀行が現れ始めた。さらに、中央銀行や政府機関も、銀行と余額宝は不公平な競争をしていて、これを正す必要があると、銀行に対する規制緩和と余額宝に対する規制を始めた。最終的には、両者とも同じルールに統合をしていくことになる。

 

余額宝の規制が始まった

2017年になると、余額宝の残高は、大手銀行一行の普通口座、定期預金の残高よりも大きくなっていた。残高が増えていくと、それだけ規制や監督に対応するためのコストが等比級数的に膨らんでいく。余額宝は、最もコストが最小化でき、利益を最大化できるスイートスポットの残高を超えてしまったと判断をした。

そこから限度額規制が始まっていく。1人が購入できる余額宝の額が25万元(約430万円)に制限され、さらに10万元(約170万円)に制限され、さらに1日に購入できる限度額を2万元(約35万円)に制限をした。

それでも余額宝に対するニーズは強く、今年の2月からは総量規制まで始めた。毎日売り出す余額宝の総額を決めて、売り切れたら買えなくなるようにしたのだ。売り出しは毎日朝9時で、だいたい9時半には売り切れている状況だったという。

この規制は、利用者から多くの不満の声があがり、5月になって解除され、24時間いつでも、自分の限度額範囲内で余額宝を購入できるようになった。さらに、5月中旬になって、今度は一気に限度額がすべて撤廃されているようだ。

今後は、このような限度額の緩和と規制を繰り返しながら、残高規模を調整していくことになるのだと思われる。

 

規模のコントロールが最大テーマ

銀行は、ジャック・マーの宣言通り、大きく変わった。消費者目線のサービスを導入し、銀行系のキャッシュレス決済である銀聯ユニオンペイ)も、すでにQRコードスマホ決済を始めている。上目線だった銀行員はいなくなり、預金者をお客様として考える空気が出てきている。

余額宝の現在の最大のテーマは、規模のコントロールだ。ダイエットをする中年のように、自分の残高を増やすでもなく減らすでもなく、ベスト体重をいかに維持をしていくか。少しでも増やしてしまうと、コストとリスクが急速に上昇する。少しでも減らしてしまうと、利益が急速に縮小していく。極めて舵取りが難しい局面を迎えている。

 

安全そうに見えて、実は危ない「灰色のサイ」

南方週末は「灰色のサイ」という言葉を使って表現をしている。草原にいるサイはおとなしく安全そうに見えるが、いざ何かがあると突進してきて、野生動物の中でいちばん危険な存在なのだそうだ。そこから、金融関係者は「一見安全そうに見えるが、実は大きなリスクを抱えている」状況を灰色のサイと表現するという。

急成長してきた余額宝、余額宝とQRコード決済の両輪で成長してきたアリペイ、いずれも難しい局面を迎えている。今後、どちらの方向に成長空間を定めていくのか。成長を止めた瞬間に死亡してしまう中国で、余額宝は重要な時期にきている。