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メガネ率が増える中国。小中学生で半数以上、高校生では8割以上。なぜ近視が増えるのか

中国の子どもたちの目に問題が起きている。小中学生では半数以上、高校生では8割以上が近視になっている。近視に対する誤った考え方と、学習第一で屋外で過ごす時間が短くなっているのが原因だと藍橡樹が報じた。

 

児童で50%以上、高校生で80%以上のメガネ率

中国の子どもたちの間で近視が増加していることが社会問題になっている。2018年に、国家衛生健康委員会が発表した「全国児童青少年近視調査報告」では、小中学校の児童の近視率は53.6%となり、諸外国に比べ突出して多く、社会的な関心事となった。

また、2021年に北京大学中国健康発展研究センターが発表した「情報化時代の児童青少年近視予防報告」では、児童の近視率は60%を超えていると報告をされている。同じ基準の調査ではないとは言え、わずか3年間の間に近視率が大きく増加をしたことになり、それは多くの教育関係者、親などの実感とも符合する。

さらに、高校生だけに限ると近視率は80.5%で、眼鏡をしていない方が少数派になっている。さらに報告書は10年以内に、中国の近視患者は9.6億人になり、最悪のシナリオでは11億人に達することもありえるとしている。

▲メガネ率が高くなる中国の子どもたち。小中学生では半数以上が近視になっている。

 

小学生の間に近視が増加をする

近視率が増加するのは小学生の間だ。小学校1年生では15.7%であるものが、小学校6年生になると59.0%までになる。中学校の3年間ではわずかしか増えない。近視になる年齢が低下をするということは、後の高校生、大学生、成人になった時に強度近視になる確率が高くなるということだ。強度近視になると、眼鏡で補正するだけは済まず、眼疾患の発症リスクも高まっていくことになる。

オーストラリア国立大学のブライアン・ホールデン教授によるアジア人の児童629人に対する追跡調査でも、6歳で近視になっても、対応をして近視の進行を抑えることにより、強度近視になることを避けられることがわかっている。

▲高校生では8割が近視。過剰な学習へのプレッシャーで、屋外で過ごす時間が短くなっているのが原因だと言われている。

 

近視は予防が第一、3歳からの視力検査が有効

このように中国で近視が多い理由は、誤った俗説や習慣が根付いてしまっているからだ。多くの親は、子どもからの「黒板がはっきりと見えない」という訴えを聞いて、視力検査を受けさせ、近視であることを知る。しかし、眼科医は3歳までに視力検査を受け、以降は6ヶ月ごとに受けることを勧めている。近視になってから対処するのではなく、近視になる前に対処することで、将来強度近視になるリスクを軽減することができるとしている。

また、多くの親が「近視は成長とともに治ることがある」と信じている。成長期にある子どもは、近視の症状が一時的に改善されたかのように見えることもあるが、基本的には近視は進行をしていく一方になる。そのため、「しばらく様子を見る」は悪い選択で、少しでも子どもの視力に問題を感じたら、眼鏡屋ではなく眼科医に行き、精密な検査をしてもらい、眼科医のアドバイスに従って対処することが重要だ。また、「眼鏡をかけると近視の進行が早くなる」も俗説にすぎない。むしろ、見づらいのに眼鏡をしていないと、一生懸命見ようとして目の筋肉を酷使することになり、かえって近視の進行を早めてしまうことがある。

▲近視を和らげる目のトレーニングもある。近視は予防が大切で、専門家は生後3歳までに視力検査を受けることを推奨している。

 

屋外で過ごす時間が短すぎる子供たち

中国の子どもに近視が多い理由は、学校の勉強のプレッシャーが大きく、屋外ですごして遠くの風景を見る時間が少ないことが原因だ。67%の児童が屋外ですごす時間が1日2時間未満であり、29%の児童が1日1時間未満だった。73%の児童が必要とされる睡眠時間をとれていない。

さらに、そこに電子デバイスの使用が増え、近視率を上昇させていると考えられている。電子デバイスも「明るすぎると目に悪い」という俗説があり、画面を暗くして使わせている親がいるが、これも近視をかえって進行させてしまう。目の健康にとって必要なのは、周囲の明るさと画面の明るさの差をつくらないことだ。明るさの差があると、目の調節機構が忙しく動いて、目を疲労させることになる。多くのデバイスでは、外界の明るさを測定して、画面の明るさを自動調節する機能がある。それを使うのが最も安心できる。

 

 

中国の民間ロケット打ち上げ企業が、海上から引力1号の打ち上げに成功

衛星打ち上げは、もはや民間の宇宙ビジネスになっている。中国の民間企業「東方空間」は、海上から引力1号の打ち上げに成功をした。今度は、スペースXに追いつくために、ロケットの回収技術と液体燃料ロケット技術の開発をすることになると最華人が報じた。

 

中国の民間宇宙企業が打ち上げに成功

宇宙開発は、国家プロジェクトから民間ビジネスにシフトをしている。その最先端を行くのは米スペースXで、低軌道の衛星打ち上げビジネスは、ほぼスペースXに独占されている状態だ。その確実さと打ち上げコストの低さから、他を圧倒している。

このイーロン・マスクの牙城に挑んでいるのが「東方空間」(ORIENSPACE、https://www.orienspace.com/)だ。東方空間は、世界最大の固体燃料ロケットを開発し、2024年1月11日、「引力1号」は打ち上げに成功をし、3機の衛星を軌道に投入した。

高さ29.5m、重量405トン、推力600トンという巨大固体燃料ロケットで、液体燃料ロケットに比べて扱いがしやすく、打ち上げ費用を小さく抑えることができる。低軌道であれば6.5トン、太陽同期軌道であれば4.2トンまで衛星を積載することができる。低軌道であれば標準的な衛星を30個程度同時に打ち上げることが可能になる。

しかも、この巨大ロケットを船上から打ち上げる海上打ち上げに成功をした。投入する軌道に合わせて、海上の最適な場所から発射することができるようになり、燃料も節約することが可能になる。

▲打ち上がる引力1号。重量405トンは、日本のH2ロケットの1.5倍程度。

▲打ち上げに成功し、スタッフを抱き合う姚頌CEO(手前)。段階をへるのではなく、いきなり打ち上げることを主張しただけに、成功した喜びは大きかった。

 

32歳のCEOは、わずか3年でロケットを開発

このイーロン・マスクに挑戦をした東方空間の創業者は、まだ32歳の姚頌(ヤオ・ソン)CEO。しかも、29歳からロケット開発を始め、わずか3年でこの成功にまで漕ぎつけた。

姚頌CEOは、1992年、湖南省生まれ。小さい頃から成績がよく、長沙第一中学(日本の高校に相当)から清華大学の電子工学系に進学をした。高校生の頃から物理コンクールなどで入賞するなど活躍をしていた。

清華大学でも、筆頭筆者となった3本の論文が国際学術誌に掲載されるなど活躍をし、卒業の時期が近づくと米カーネギーメロン大学など複数の大学から特待生待遇でのオファーがあった。しかし、姚頌は米国に留学する道を選ばず、中国に残って起業する道を選択した。

▲姚頌CEOは高校生の頃から科学コンクールで入賞をする優秀な学生だった。

▲東方空間を創業した姚頌CEO。宇宙ビジネスがスペースXに独占されることに挑戦するために起業した。

 

AI関連の起業で成功した姚頌

2015年、姚頌は清華大学の同級生たちと、「深鑑科技」(DEEPHi)を創業した。このスタートアップはロケットとは無関係で、セキュリティと自動運転の2分野にAIを応用することを目的にしたものだ。

しかし、船出は甘くなかった。最初の1年で50以上の投資機関を回ったものの、投資をしてくれる投資会社はひとつもなかった。清華大学を卒業したというだけで、大金を投じてくれる人がいるほど、世の中は甘くはなかった。

深鑑科技は1年間苦しんだ後、シリコンバレーでデモを行い、そこでようやく500万ドルのエンジェル投資を獲得することに成功をした。この資金を元に、顔認識などのセキュリティー系のプロセッサを開発し、これが注目を浴びた。中国のNVIDIAとも言われるようになり、2018年7月、英国のザインリクスが3億ドルという破格の価格で、深鑑科技を買収した。

姚頌たちは成功をして、お金の自由を手に入れた。

 

スペースXの独占に挑戦をする

姚頌は次に何をしようかと考え、後学のために投資会社「経緯中国」(Matrix)に入社をした。経緯は当時、民間の宇宙関係企業に投資をしており、姚頌は経緯を通じて、民間宇宙開発の世界に触れるようになる。

その中で、当然注目をせざるを得ないがスペースXだった。スペースXは、低軌道衛星という最も需要が多い分野で、低コストの打ち上げをねらっている。科学的な発想の宇宙開発ではなく、ビジネス視点での宇宙開発を行なっている。しかも、知れば知るほど、スペースXが将来の宇宙ビジネス市場を独占することが明らかになってくる。このままでは、宇宙ビジネスはスペースXに独占をされてしまう。その焦りが姚頌の次の起業の動機になった。

 

段階を踏むのではなく、ゴールに直登する

2021年、姚頌は29歳で、東方空間を共同創業した。もう1人の共同創業者は、長征11号のチーフデザイナーだった布向偉だった。さらに、清華大学出身者を集め、ソフトウェア開発を行った。

東方空間は創業してすぐに根深い路線対立が生じた。大型ロケットを開発するには、まずは小さなオモチャのようなロケットで実験をし、自分たちの技術を確認しながら徐々に大きなロケットにシフトをしていくというのが常識だった。しかし、姚頌CEOはこの考え方に反対をした。それは、国家プロジェクトでの考え方だというのだ。「安全性を考慮する考え方は理解できる。しかし、それは民間宇宙企業の考え方ではない。民間はコストについても、安全と同じように重要なのだ」と言って、試験打ち上げを繰り返しながら、徐々に大型をするのではなく、一気に頂上へ直登することを提案した。

技術に関しても、主流である液体燃料ロケットではなく、枯れた技術である固体燃料ロケットを選択した。推力が大きく、保管も容易で、最短12時間で打ち上げ準備が完了するため、機動性も高い。さらに、船舶から打ち上げるという技術開発を行い、地球の自転を利用することができ打ち上げに有利な赤道に近い場所から打ち上げることができるようになる。

 

1月、海上から引力1号の打ち上げに成功

こうして、2024年1月11日、山東省沖から「引力1号」の打ち上げに成功をした。中国では中国版スターリンク「GW」の計画を進めており、10年で1.3万機の通信衛星を打ち上げる予定だ。これは1日あたり3.5機を打ち上げるという無謀な計画だ。しかし、東方空間が引力1号の打ち上げに成功したことで、この無謀な計画は現実的な計画になった。

しかし、東方空間の本格的な開発が始まるのはこれからだ。ブースターやロケットの回収技術がまだ確立をしていない。すでにスペースXは回収技術を確立しており、衛星を放出したロケット、ブースターは自分で地上に戻ってきて再利用することでさらにコストを下げることが可能になっている。

▲打ち上げを待つ引力1号。船上打ち上げに成功し、今後は打ち上げに有利な海上を選んで打ち上げをすることができる。

▲集まった観客たちは、迫力のある引力1号の打ち上げを堪能した。

 

今後の課題は液体燃料と回収技術

また、打ち上げ能力を高めるために、液体燃料ロケットの開発も進んでいる。引力2号では、液体燃料ロケットと固体燃料ブースターの組み合わせとなり、引力3号では、回収技術を確立する。

姚頌は、メディアから「中国のイーロン・マスク」と呼ばれるようになっているが、姚頌自身はそれを否定している。「中国の民間宇宙産業はまだまだ長い道のりを経なければならない。私はイーロン・マスクを追いかけている人間だ」と言う。回収技術の試験は1年後、引力2号の打ち上げは2年後を予定している。

▲引力1号の全体像。高さ29.5m、重量405トン、推力600トンという巨大固体燃料ロケット。

 

 

成長してきたWeChatのライブコマース。新興ブランド、中年男性ターゲットに強い特徴

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今回は、WeChatのライブコマースについてご紹介します。

 

ライブコマースのプラットフォームというと、以下の4つが主なものになります。

1)抖音(ドウイン、中国版TikTok):最も大きなプラットフォーム。グルメ、旅行関連のチケットが好調。

2)タオバオライブ:淘宝網タオバオ)の中のライブコマース。タオバオ達人が、タオバオで販売されている商品をピックアップして紹介。

3)快手(クワイショウ):抖音のライバル。メーカーやブランドの社長が自ら出演するCEOライブコマースが人気。

4)小紅書(シャオホンシュー、RED):女性が多いSNSで、女性用品、趣味用品などが中心

 

ここに2021年2月に微信(ウェイシン、WeChat)が、「視頻号」(チャンネル)機能を搭載しました。抖音とほぼ同じのショートムービー共有機能です。なお、訂正があります。今までこの機能を、私は「WeChatチャネルズ」と表記をしていました。これは、テンセントが使っている英語表記が「WeChat Channels」になっていたからです。しかし、WeChatアプリの日本語表示では「チャンネル」という用語が使われていることに気がつきました。そこで、以降、テンセントの表記に合わせて「WeChatチャンネル」という言葉を使うようにします。

このWeChatチャンネルは、業界では王者の対応だと見られていました。ご存知のとおり、WeChatは中国人のほぼ全員が使うという国民的アプリです。そこに抖音が急速に利用者を獲得してきましたが、WeChatは同様の機能を搭載するだけで、抖音の勢いにブレーキをかけることができます。WeChatチャンネルは、そのような対抗策であって、ライブコマースなどの小売ビジネスは盛り上がらないだろうと多くの人が考えました。特に小規模業者は、あっちでもこっちでもライブコマースを配信するほどのマンパワーもありません。WeChatはライブコマースプラットフォームとしては注目されずにきたところがあります。

 

ところが、テンセントの財務報告書では、2023年からWeChatチャンネルに関する言及が目立つようになり、大きな成果があがっていることがアピールされるようになりました。具体的な数値は記載がないのもの、毎回、財務報告書の特記事項として触れているため、テンセントがかなり力を入れている機能だということがわかります。

例えば、こんな風に書いてあります。

 

■2023年度第2四半期

・当社の広告事業は顕著な高速成長を実現しました。広告プラットフォームへの機械学習の適用とチャンネルの収益化によるものです。

・WeChat利用者数は健康的に増加をしています。チャンネル、ミニプログラム、モーメンツでは利用者の使用時間が増加をしています。特にチャンネルの使用時間はほぼ2倍になりました。

・(ネット広告事業は)業界平均を超える成長をしました。この成果は、広告プラットフォームの機械学習システムをアップグレードしたこと、広告主のチャンネルに対する広告出稿の強い意欲によるものです。自動車、交通業界を除き、ほぼすべての業種で、当社に対する広告支出が2桁成長をしました。

・ネット広告事業は2023年Q2の営業収入は34%増加して250億元となりました。これは、チャンネルの広告に対する強い需要、当社の機械学習システムの改善、昨年2022年Q2の収入が低かったことがあります。2023年Q2のチャンネルの広告収入は30億元を超えました。

 

■2023年度第3四半期

・当社は堅実で質の高い成長を実現しました。利益率が顕著に上昇し、利益が出せる構造を構築することができました。チャンネルとミニゲームという新しい事業が利益率の向上に貢献をしました。

・チャンネルの総配信量は、昨年同時期から50%以上増加をしました。

・WeChatの内循環広告(ミニプログラム、チャンネル、公式アカウント、企業WeChat)収入は昨年同時期から30%以上増加しました。WeChatの広告収入全体の半分以上を占めています。

・チャンネルの広告収入の伸びが顕著で、配信量、利用者平均利用時間も増加をし、広告の配信割合も安定をしました。

 

■2023年度第4四半期

・チャンネルの利用者平均利用時間も倍増しました。リコメンドアルゴリズムが最適化をされたことにより、日間アクティブユーザー数、平均利用時間も増加をしました。当社は、チャンネルの創作者に対し、収入を増加させ、ライブコマースを促し、創作者とブランドのマーケティング活動を支援していきます。

 

財務報告書は、上場をしている香港証券取引所に提出をするもので、誤ったことを書くことはできません。そのため、不用意に数字を出さない書き方になっていますが、それでも「顕著に」「質の高い成長」など、言葉の端に、テンセントの自信が透けて見えてきます。

総合をすると、次のようなことが言えそうです。

・2023年、WeChatチャンネルは大きく成長し、広告の収益化が順調に進んでいる。

機械学習システムの最適化により、リコメンド機能が強化をされ、これが飛躍の要因になっている。

・チャンネルによるライブコマースの収益化の段階に入っている。

 

つまり、ライブコマースを行う小売業者にとって、WeChatチャンネルが無視できなくなってきたのです。しかし、WeChatチャンネルは、これまでのライブコマースプラットフォームとはさまざまなことが大きく違っています。そのため、戸惑う業者が多く、あちこちで「WeChatチャンネル研究」のようなグループができ始めています。そこで、今回はチャンネルが今までのライブコマースと何が違うのかをご紹介したいと思います。

 

ライブコマースを行うときに、どのプラットフォームを選ぶかはとても重要です。プラットフォームの性格が異なるからです。日本でも企業の公式アカウントを出す時に、XにするのかLINEにするのかインスタグラムにするのかは検討をすると思います。公式アカウントの目的に合わせて、適切なプラットフォームを選ぶ必要があるからです。それと同じで、ライブコマースプラットフォームも性格が異なっているのです。それは、SNSの結びつきの強さを軸に整理するとわかりやすくなります。

SNS(Social Network Service)は、すべてまとめてSNSと呼ばれてしまいますが、利用者の結びつきの強さを軸とすることで分類をすることができます。

1)非常に弱い結びつきしかないもの:視聴者同士がメッセージを交換することはほとんどありません。例)タオバオライブ。

2)フォロー/フォロワーという上下関係での結びつき。人気のあるインフルエンサーをフォローしてその人のライブコマースを見るもの。例)抖音、快手

3)ネット上で対等な関係として結びつくもの。特定の趣味や感覚などを軸に利用者が集まり、その中心にいる人がライブコマースを行う。人数は少ないが、コンバージョンは高く、客単価も高くなる傾向がある。例)小紅書

4)対面で知り合っている人が基になるSNS。例)WeChat

もちろん、この4つはきれいにわかれるわけではなく、グラデーションのように重なり合っています。それでも、WeChatチャンネルが特殊な存在であることがわかると思います。

 

WeChatチャンネルやそのライブコマースについては、あまり盛り上がらないのではないかとも言われていました。WeChat利用者の母数が巨大なので、利用率は低くても毎日数億人が見るという数字だけは出てきます。でも、それだけで、収益をあげるのは難しいのではないかと見る人もいました。その理由は主に2つあります。

WeChatは、日本でのLINEとよく似たポジションのSNSで、実際に対面で知り合った人と後で連絡を取るのに使われることが多くなっています。中国では仕事上で面会した人とは、名刺交換ではなく、WeChatのアカウント交換をするようになっています。また、若者が街で異性を見かけて「WeChatのアカウント教えて」とナンパをするのも定番の光景になっています。つまり、WeChatに登録をするのは、実際に会ったことがあり、顔を知っている人が中心になります。

これが、ムービーの自由な拡散の障害となっていました。WeChatチャンネルで見たムービーは自動的に友人にも推薦されることになります。明示的に「朋友圏」(モーメンツ)に転載をすることもできます。つまり、ムービーを自由に見ているわけですが、どんなムービーを見ているかは友人たちが知る可能性があり、どことなく人の目を気にしてしまうのです。

この少しの公共性があるために、WeChatチャンネルは広がらないだろうと見る人もいました。あまりに低俗な映像ばかり見ていると、それが知り合いに知られてしまう可能性があるからです。特に若者は、そういうことを気にせず済む抖音や快手を使うだろうと考えられました。

 

もうひとつ懸念をされていたのが若者は利用しないだろうということです。若者はすでに抖音、快手、タオバオライブ、小紅書を使っていて、大きな不満があるわけではありません。わざわざ特徴のあまりないWeChatチャンネルのライブコマースを見に行く必要はないわけです。そのため、WeChatチャンネルを使うのは、中高年が主体となり、中高年は若者や現役世代ほどライブコマースで買い物をしません。ご存知の方も多いかと思いますが、中国では重要な消費者は順番に「若い女性>子ども>中年女性>若い男性>高齢者>犬>中年男性」であると冗談半分で言われます。これはあながち間違いではありません。中年男性も物欲がないわけではありませんが、今まで使ってきてなじんでいるブランドの商品を選ぶ傾向が強いのです。プロモーションを行っても効果があがりづらい消費者群なのです。

 

ところが、テンセントの財務報告書によると、ネット広告の増収分に対するWeChatチャンネルの貢献が小さくありません。また、報道によると、2023年のWeChatチャンネルの流通総額(GMV)は1400億元(約2.9兆円)になってきました。他のライブコマースプラットフォームと比べるとまだまだ小さな数字ですが、戦えるステージには達しています。

▲各種ライブコマースプラットフォームの2022年の流通総額(チャンネルは2023年)。タオバオはECと不可分であるためライブコマースでのGMVは不明。各種報道を整理。

 

あまり注目されていなかったWeChatチャンネルはどうやって成長してきたのでしょうか。そして、どのような性格を持ったライブコマースなのでしょうか。そして、どのような小売業者であればWeChatチャンネルのライブコマースに適しているのでしょうか。今回は、WeChatチャンネルのライブコマースの成長についてご紹介します。

 

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セルフ方式のビュッフェが続々登場。スイーツやホテルの高価格帯ビュッフェも

経済が冷え込む中国で、飲食店がセルフ方式のビュッフェに活路を見出している。オフピークの時間帯に、バイキング方式で料理を提供するものだ。スイーツ店やホテルも参入し、セルフ方式ビュッフェが定着をしようとしていると餐飲老板内参が報じた。

 

続々登場するバイキング方式のセルフ朝食

中国経済が冷え込んで、人気となっているのが「自助餐」だ。ホテルの朝食のようなバイキング形式を取り入れた飲食のことだ。自助餐を取り入れる飲食チェーンが次々と登場している。

昨年2023年の初めに、台湾ブランドの豆漿を中心にした「永和大王」、お粥を中心にした「谷連天」、豆漿を中心にした「漿小白」などが、朝食の時間帯に3元などの格安価格で、好きなメニューを食べられるセルフサービスメニューを提供して人気となった。また、火鍋で有名な「海底撈」も今年1月に108元のセルフ朝食メニューのテスト販売を上海で行った。

自助餐の魅力は、安いということが最も大きいが、出費が事前に確定をするという点が好まれている。安いと思って入った飲食店で、追加のメニューを頼んでいたら結局高いものについた、そういうことが起こらない。出費を抑えたい、お金は計画的に使いたいという、今の市民の心理をうまくついた販売形式になっている。

▲台湾の豆漿チェーン永和大王も3元ビュッフェを始め、好評を得ている。

▲著名な火鍋チェーン「海底撈」も108元食べ放題のテスト販売を行ったところ好評だった。

 

高価格帯ビュッフェも盛況

安い価格で質素なメニューという自助餐のイメージも変わってきている。香港ブランドのスイーツチェーン「満記甜品」では、2023年6月に35元で食べ放題のデザートビュッフェをテスト運用し、その後、価格を48元に改定して、正式投入している。

このデザートビュッフェは、平日の10時から13時までで、利用するには、事前にオンラインで予約をする必要があるが、どの店舗でも満席状態になっている。デザート店にとっては、10時から13時という昼食の時間帯はオフピーク時間帯だった。朝食にスイーツを食べる人はいるが、昼食に食べる人は少ないからだ。このトラフィックの少ない時間帯をデザートビュッフェにあて、客数は10倍以上に増加をしたという。

▲スイーツチェーン満記甜品では、客数の少ない昼の時間帯に48元のデザートビュッフェを初めて、その時間帯の客数は10倍以上になった。48元のデザートは安くないが、食べ放題というところに魅力を感じて、多くの人が押し寄せている。

 

ホテルでもビュッフェサービスを始める

バイキング形式のビュッフェを朝食で提供してきたホテルも、ビュッフェのオープン化を進めている。マカオ市のMGMマカオでは、12888元で1年間ビュッフェを自由に利用できる年間パスの販売を始めている。価格は高いが、1日あたりにすればわずか35元で、食事の質を考えれば格安とも言え、近隣のオフィスワーカーに利用をされている。

 

3元朝食で成功した南城香

自助餐で有名になったのは、地域密着系の飲食チェーン「南城香」だ。八宝粥、豆漿など7種類の朝食メニューが3元で食べることができ、おかわり自由の食べ放題なのだ。

提供されているのは基本メニューが中心で、それを何杯もおかわりして満腹になるという人はあまりいない。日本の感覚で言えば、ご飯が食べ放題になっている感覚だ。そのため、ワンタン、油条(揚げパン)、サンドイッチなどを追加メニューとして取る人が多く、以前の単品注文の頃と比べて、朝食時間帯の売り上げは倍増をしている。

▲地域密着系飲食チェーン南城香では、3元の朝食を出して成功をしている。朝食だけでなく、通常価格の昼や夜の客数が伸びている。

 

オフピーク時間帯にセルフ方式であるため低価格が実現できる

自助餐は、来店客が自分で食事をとって自分の席に持っていく方式であるため、少人数のフロアスタッフで運営することができる。また、メニューもお粥や豆漿、パンなど作りおきが可能なものが中心となるため、調理スタッフの負担も少ない。

それぞれの飲食店のオフピーク時間帯にうまく自助餐を設定することができれば、売上が増加するばかりでなく、来店してもらうことで、メインの時間帯にもきてもらえるようになる。消費者の心理が萎縮をする中で、この自助餐は広範囲の飲食店に広がっていくのではないかと見られている。

 

 

台湾人の6割が「現状維持」を望む。独立と統一の間で引き裂かれてしまっている台湾人

台湾の国立政治大学選挙研究センターでは、1994年から毎年、台湾独立/統一に関する意識調査を行なっている。2023年の調査では、「現状維持」61.1%、「独立」25.1%、「統一」7.4%という結果になったとフォーカス台湾が報じた。

 

台湾人の6割が「現状維持」を希望

「台湾有事」という言葉を毎日のようにメディアで目にするようになっているが、当の台湾人たちはどう感じているのだろうか。

台湾の国立政治大学選挙研究センターでは、1994年から台湾独立/統一に関する意識調査を行なっている。これによると、最も多かったのは「永久に現状維持」の33.2%だった。さらに「現状を維持して後に決定」27.9%を加えると、61.1%が現状維持派だった。

独立派は「どちらかというと独立」「独立」を合わせて25.1%、中国との統一派は「どちらかというと統一」「統一」を合わせて7.4%となった。つまり、多くの人が、曖昧な形での現状維持を望んでいることになる。

▲台湾の国立政治大学選挙研究センターによる意識調査。香港の民主化運動で独立派が上昇したことを除けば、現状維持が主要な意見であることは変わっていない。

 

独立も統一も選択したくない台湾人

台湾人の立場に立つと、独立か統一かを決めることは簡単ではない。台湾人は独立と統一の間で引き裂かれてしまっている。

中国との統一に賛同ができない理由は、中国の国家優先の統治体制に組み入れられることは誰もが嫌うからだ。1947年に台湾政府が成立をした時、実態は軍事政権であり、言論の自由などなかった。そこから、多くの民主化運動を経て、多くの人の血を流しながら、現在の自由な社会を手に入れてきた。中国と統一をするということは、時代を逆戻しすることになり、自由のために命を落としてきた先人たちに合わせる顔がなくなると考えている。

中国と統一をする場合でも、高度な自治区など、現在の台湾の社会体制が維持されることが絶対条件だと考えている人が多い。しかし、香港の現状を見ていると、それが叶えられないことがはっきりとしている。これにより、2018年から「どちらかというと独立」が急上昇をしている。

 

独立できない2つの理由

では、中国と袂を分かつことができるかというと、それも難しい。ひとつは経済問題だ。中国市場に進出をしている台湾企業は少なくない。有名なのはカップ麺の康師傅、豆漿の永和大王、スナック菓子の旺旺、メガネの宝島メガネ、電子機器製造の富士康(フォクスコン)など、大陸の中国人たちが中国企業だとすら思い込んでいる台湾ブランドがたくさんある。独立を強行すれば、このような中国でのビジネスを失うことになる。

もうひとつ大きいのが、儒教的な考え方に基づく、自分たちのルーツの問題だ。台湾には、福建省などの中国から移住をした人たちが多く、儒教の考え方では、先祖の霊を祀ることが何よりも重要だとされる。そのため、台湾人でも、中国にある先祖の墓参りをしたいと考える人は多く、歳を取ったら中国に移住して墓を守りたいと考える人もいる。中国と袂を分かってしまうと、それができなくなる。

これは心の問題であり、日本人でも故郷に実家があることが心の拠り所となっている人は多い。都会に生活基盤を築いても、どこか漂泊しているような虚しさを感じることがある。それと同じで、中国の社会体制がどんなものであれ、中国とのつながりを完全に断ち切ることはできないという感情がある。

 

それでも備えは進める台湾

現状維持を望む人が多い台湾だが、台湾有事をまったく考えていないわけではない。台北市政府は2023年7月に市民に対し、「台北市全民国防応変パンフレット」を配布した。そこでは、人民解放軍という言葉は使われていないものの、敵軍が空襲をした場合にどう避難をすべきかが分かりやすくまとめられている。

しかし、ある市民からの指摘で、敵軍の軍服を紹介した図版が誤っていることが発覚をし、訂正版を配布する事態となった。人民解放軍の古いタイプの制服に基づいた図版を載せてしまったのだ。切迫感に欠ける話だが、ここに「現実的だとは思えなくても備えはしておく」という台湾人の考え方が見える。

台湾人の考え方は「現状維持」。ただし、台湾有事のリスクが0でない限り、可能な対応はしておくというのが台湾の考え方だ。周囲が「台湾有事」と騒ぎ立てるのは、当の台湾人にとっては「現状維持」が難しくなる困った状況なのかもしれない。

▲台湾有事に備えて、台北市では敵軍が攻めてきた時にどう行動すればいいかをまとめたパンフレットを配布している。「中国」「人民解放軍」という言葉は使われていないものの、敵軍が攻めてきた時にどう行動すべきかがわかりやすくまとめられている。

▲パンフレットには敵軍(人民解放軍)を識別するために、制服などのイラストが掲載されていたが、市民の指摘により、古いタイプの制服が掲載されていたことが発覚をした。現在では訂正版が配布されている。

 

 

人型ロボットが自動車工場で働く。品質管理AIを内蔵し、人の代わりに検査を行う

UBTECHの人型ロボット「Walker S」が、NIOのNEV生産工場で研修を始めた。中国だけでなく、米国でも人型ロボットを生産工場に導入する例が増え始めてきた。工場では、人とロボットが協働して働く時代が始まろうとしていると毎日経済新聞が報じた。

 

自動車工場で働き始めた人型ロボット

優必選(UBTECH、https://research.ubtrobot.com/)の人型ロボット「Walker S」が、深圳市にある蔚来汽車(NIO)の新エネルギー車(NEV)の生産工場で研修に入った。Walker Sは、UBTECHが開発した産業用人型ロボット。人型であるため、既存の製造ラインに入って、人の代替をすることができる。UBTECHは、開発時から複数のNEV生産企業と接触をしており、自動車の生産工場に導入することを目指している。

▲Walker Sは、車のエンブレムを取り付ける作業も行なった。

 

品質管理システムを内蔵した人型ロボット

Walker Sは、NIOの生産工場で、ドアロックの品質検査、シートベルトの検査、ヘッドライトカバーの品質検査を行なっており、さらには車のロゴを車体に貼る作業もこなした。

Walker Sには、AIによる品質管理システムが搭載されていて、車のドアロックの映像を収集して、品質問題を確認し、工場の品質検査システムにOK/NGの信号を返す。

シートベルトの品質検査では、手を車内に入れ、シートベルトを下げる動作を行い、シートベルト機構に問題がないことを確認する。

▲シートベルトの品質検査では、手でシートベルトを引き出して、その映像から品質検査を行う。

▲ドアロックの品質検査では、ドアロックの映像を撮影し、それをAIで解析して、不具合がないという信号をシステムに返す。

▲工場内で移動するWalker S。移動できるため、生産ラインの状況に柔軟に対応できる。

 

日本では下火になった人型ロボット開発

UBTECHは、さまざまな産業応用可能なロボットを開発している。最も広く知られているのは、配膳ロボットで、飲食店などで、人などを避けながら、注文したテーブルまで食事を運ぶ。

人型ロボットの開発に関しては、2010年ぐらいまでは日本で盛んに試みられたが、その後、下火になってしまった。その後、2015年頃から中国の大学や企業で盛んに開発が進められるようになり、UBTECHもそのような企業のひとつで、2023年12月には香港に上場を果たすほどまで成長をした。

UBTECHでは、工業生産、商業サービス、ホームコンパニオンの3つの分野で、人型ロボットが使われるシナリオを想定して、人類を反復で退屈な労働から解放することをミッションとしている。これはテスラのイーロン・マスクCEOの考え方とも一致をする。マスクCEOは、人間とロボットの比率は2:1が適切で、最終的には100億台から200億台の人型ロボットが、さまざまな分野で、人間の代わりをすることになると予測をしている。

▲日本でもすでにおなじみになっている配膳ロボット。UBTECHの配膳ロボットでは日本の飲食店でも働いている。

▲UBTECHの案内ロボット。人や障害物を避けて移動し、話しかけると音声で施設内のガイドをしてくれる。

▲人型ロボットの特許件数の取得時期の分布。左から「ホンダ」「ソニー」「サムスン」「トヨタ」「セイコーエプソン」「ソフトバンク」。右から2つ目の優必選(UBTECH)は2015年以降、大量の特許を取得している。

 

米国でもロボットが工場で働く

自動車生産工場で、“研修”を始めた人型ロボットはWalker Sが最初ではない。米国のスタートアップ「Figure」(https://www.figure.ai/)が、米サウスカロライナ州BMW工場で1月早く研修を始めている。テスラが開発している人型ロボット「Optimus」も、テスラの自動車生産工場で稼働することを目的としている。

2010年までの人型ロボットはメカニカル技術が基本になったものだったが、現在の人型ロボットはAIを実装するのが当たり前で、高度な判断ができるようになっている。これからの工場は、単純作業は産業用ロボット、高度な作業、危険性を伴う作業は人型ロボット、繊細さを必要とする超高度な作業は人間ということになっていきそうだ。

 

 

 

欧州EV市場は中国とテスラに侵食される。UBSの衝撃的なレポート

スイスの金融機関UBSが衝撃的なレポートを公開している。欧州のEV市場は、中国メーカーとテスラに侵食され、既存メーカーはシェアを大きく落とすという内容だ。その理由は、BYDがすべてのパーツを自社生産していることにより、品質とコストを両立させていることにあると両抖雲が報じた。

 

スイスUBSの衝撃的なレポート

電気自動車(EV)の市場予測について、スイスの金融機関UBS傘下のUBSエビデンスラボが、衝撃的とも呼べるレポートを公開している。「BYD teardown:Will Chinese EVs win globally?」(BYD分解検証:中国EVはグローバルで成功できるか?)というもので、中国のEVが欧州市場でも躍進をし、現在のシェア3%から2030年には20%にまでなるという内容だ。同様にテスラも2%から10%に増え、既存メーカーのシェアは95%から70%にまで低下をし、グローバルサプライヤーとともに大きな打撃を受けるというものだ。

UBSエビデンスラボでは、過去にテスラモデル3、フォルクスワーゲンVW)ID.3を分解して検証した経験があり、今回、BYD「海豹」(シール)を分解して検証したところ、中国メーカーはコストが圧倒的に小さく、欧州市場に参入をしてくれば大きな競争力を持つと結論づけた。

▲UBSの予測による欧州市場の変化。2030年には中国メーカーのシェアが20%、テスラが10%となり、既存メーカーは大きくシェアを落とすことになる。

▲UBSの予測による中国市場の変化。2030年にはEV化率が80%を超え、既存グローバルメーカーはほぼ居場所がなくなる。

 

UBSが想定する4つのシナリオ

UBSは、やみくもに「中国EVが躍進をする」と主張しているわけではない。レポートでは複数のシナリオを想定している。「EVシフトが進む/進まない」「市場がオープン/クローズ」の2軸により、4つのシナリオを想定した。

1)EVシフトが進まず、市場がオープンのシナリオ:確率5%

EVシフト政策が後退をし、バッテリー価格の上昇、充電設備の普及の遅れなどにより、消費者は燃料車を選択する。中国EVは参入はするものの売れない。既存グローバルメーカーが市場を支配する。

2)EVシフトが進まず、市場がクローズのシナリオ:確率15%

EVシフト政策が後退をし、輸入車にはさまざまな参入障壁が設けられる。中国メーカーは欧州市場に入っていくことができず、既存グローバルメーカーが市場を支配する。

3)EVシフトが進み、市場がクローズのシナリオ:確率30%

欧州市場が輸入車に関税をかけるなどして既存メーカーを守ろうとする場合。しかし、中国は当然の反応として報復関税をかけるため、欧州メーカーは中国市場を失うことになる。また、競争が起こらないために、既存メーカーのEVは価格が高止まりをし、政府は補助金などの大規模な支出を迫られることになる。中国とテスラは欧州域内に生産工場を設立する形で参入をしていく。

4)EVシフトが進み、市場がオープンのシナリオ:確率50%

市場の健全性を損なうような参入障壁を設けず、オープンな競争が進む場合。中国メーカー、テスラが欧州市場に参入し、自由な競争の中で、コストパフォーマンスに優れた中国メーカーとテスラが一定のシェアを持つ。ポルシェやフェラーリなどの高級車に特化をしたメーカー以外は、大きな影響を受けることになる。

レポートでは、最後のEVシフトが進み、市場がオープンな場合のシナリオの実現確率を50%とし、その場合、どのようなことが起きるかをさまざまな角度で検証している。

▲UBSが想定する4つのシナリオ。数値はシナリオの実現確率。

 

バッテリーだけでなく駆動系コストも中国とテスラが強い

レポートでは、BYDシール、テスラモデル3、VW ID.4の3車種のコストを比較している。圧倒的に異なるのが、バッテリーコストだ。VWはkWhあたりのコストが、BYD、テスラと比べてかなり高い。バッテリーの量産技術が出遅れていることが伺える。

さらにショッキングなのが、モーターの動力をタイヤに伝える駆動系のコストでも、VWは高くなっていることだ。本来は、歴史のある自動車メーカーが得意としなければならない部分だ。それが高いということは、燃料車の技術がじゅうぶんにEVに転換できていないことが伺える。

▲3車のコストの比較。ID.4はバッテリーだけでなく、自動車会社が得意としなければならない駆動系にもコストがかかっている。テスラは自動運転を重視しているためADASにコストがかかっている。

▲BYDシール、テスラモデル3、VW ID.4のスペックの比較。ID.4はサイズは変わらないのに重たい自動車であることが目立つ。

 

BYDが東欧での生産を始めるとVWは負ける

レポートでは、VW ID.4とBYDシールの競争力を見るシミュレーションを行っている。現在、BYDはハンガリーのセゲト市に生産工場を設立する計画を進めている。ID.4は欧州では5.09万ドルで販売をされていて、利益率は1台あたり5%程度になる。UBSエビデンスラボはBYDシールのコスト構造を明らかにし、東欧で生産した場合、利益率がID.4と同じ5%だった場合、販売価格は3.61万ドルになると試算した。ほぼ同じスペックのEVが1万ドル以上の価格差が出ることになる。

もし、ID.4がシールに対抗するために、シールの販売価格+10%にまで値下げをした場合、利益率は-17%になり、シールと同価格にした場合は利益率が-27%にまでなってしまう。コストパフォーマンスでは、ほぼ勝負にならない。これにより、BYDを中心とした中国EVが大きく躍進すると結論づけた。

▲BYDシールが東欧生産を始めた場合のシミュレーション。ID.4がシールより10%高い価格にまで値下げをすると、利益率は-17%の赤字になってしまう。

 

垂直統合をしているBYDの強み

では、なぜ、BYDはここまで低コストでEVを生産することができるのか。レポートが指摘をしているのは、BYDが垂直統合を進めていることだ。BYD、テスラは、ほとんどのパーツを自社生産している。BYDがグローバルサプライヤーに頼っているのは、ADAS(Advanced Driver-Assistance System、先進運転支援システム)に必要なチップをクアルコムから調達をしているぐらいだ。

パーツを自社生産すると、技術や人材のリソースを適正配置することができ、全体設計と部分設計をきめ細かく調和させることができる。

その最たる例が、BYDのCTB(Cell To Body)技術だ。これはバッテリーを保護するためのパッケージを自動車のボディ構造の一部として利用するというもので、ボディとバッテリーパッケージが一体化されている。これで生産コストが大きく下げられるだけでなく、居住空間を広く取ることが可能になった。さらに巧みに設計することで、ボディ全体のねじれ剛性も高くなる。ボディがねじれないということは、走行が安定をし、乗り心地がよくなる。スポーツカーや高級車が求める性能のひとつだ。

▲各社の部品調達先割合。BYDは多くの部品を自社生産することで、コストと品質を両立させている。

 

子会社化を進めリスク分散をするBYD

一方、既存メーカーは、設計と組み立てに専念をし、パーツ生産はサプライヤーに頼るというピラミッド型統合をしている。全体設計と部分設計を調和させることは、サプライヤーとの密なコミュニケーションが必要となる。これにより、メーカーとサプライヤーの結びつきが強くなりすぎることがあり、馴れ合いが生じてしまい、技術の進化や変化が起こりづらくなるリスクがある。

もちろん、BYDやテスラのような垂直統合にも問題はある。それは図体が大きくなりすぎるため、肝心のセールスが落ちてしまうと、一気に業績が悪化をしてしまうことだ。そのため、BYDでは各部門の子会社化を進め、子会社はBYDのパーツ生産を優先しながらも、他のメーカーのサプライヤーとしての仕事もするようになっている。別口の収入を確保することで、リスクに対応しようとしている。

2022年は、この子会社化が一気に進んだ年となり、年度報告書によると、この年に247社もの子会社を設立している。

 

落とし穴にはまっている欧州EV市場

レポートは、4つのシナリオを想定しており、欧州市場で中国メーカーとテスラが躍進をするシナリオが現実のものとなる確率は50%としている。これ以外の、既存メーカーが市場をリードできるシナリオにするには、EVシフトを遅らせるか、欧州市場を閉鎖的にするしかない。しかし、欧州の戦略は、世界に先駆けてEVシフトを進め、他市場でも優位なポジションを取るというものだったわけだから、その思惑は崩れることになる。

欧州市場は、EVシフトを進めれば、中国メーカーとテスラに欧州市場を奪われ、EVシフトを遅らせば、海外市場を失うという落とし穴にはまってしまっている。