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入居費無料のネットで話題の介護施設。入居するお年寄りは、毎日eスポーツでオンライン対戦

河南省許昌市に入居費、管理費などが一切不要の介護施設がある。日常をショートムービーで配信し、その収益化によって運営がされている。お年寄りたちは、毎日好きな娯楽に夢中になり、その姿が抖音で話題になっていると結婚と家庭雑誌が報じた。

 

ネット大好きなお年寄りが入居する完全無料の介護施設「福瑞園」

「最近、あなたのことがモーメンツに出てこないけど、どうかしたの?」

「私、最近ね、ちょっとemoなの…」

これは、樊金林さんが院長を務める入居費不要の無料の介護施設「福瑞園」で交わされているお年寄りたちの会話だ。モーメンツとは、SNS微信」(ウェイシン、WeChat)の友人グループのタイムラインのこと。emo(エモ)とはネットの流行語で、「落ち込んでいる、憂鬱」という意味だ。この福瑞園にいるお年寄りたちは、スマートフォンを使いこなし、ネットスラングを当たり前のように使う。

しかも、この福瑞園は入居費など一切の費用がかからない。そのことがネットで話題になると、入居希望が殺到し、中には30歳の人から「40年後の予約をしたい」という真面目な申し出もあったほどだ。

なぜ、この福瑞園は無料で運営ができるのか。そして、お年寄りたちはなぜ若者のようにデジタル文化に親しんでいるのか。

▲麻雀は入居者の間でも人気の娯楽。入居者たちは、毎日、自分な好きな娯楽を楽しんでいる。

おばあちゃん大好きっ子の創設者、樊金林さん

この福瑞園を創設したのは95后(95年以降生まれ、20代後半)の樊金林さん。福瑞園で働く介護士、看護士のほとんどが同じく95后だ。そのため、入居しているお年寄りたちは、樊金林さんたちが話す言葉をどんどん覚えてしまった。お年寄りたちは、まるでネットにハマっている若者のような会話をしている。

樊金林さんは、両親が出稼ぎに行っていたため、ずっと祖父母に育てられてきた。大学2年生の時、実家で一人暮らしをしていた祖母が、転んで怪我をして入院したという知らせを聞いた。樊金林さんはすぐに戻り、祖母の看護をした。そして、ずっと一人暮らしで話し相手もいない生活をしてきた祖母に対し、申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。

樊金林さんは父親に、同居ができないのかと相談したが、それは難しいことだった。父親も母親も仕事があり、家を空けることが多い。どの家庭でも同じ状況だが、祖母の安全を考えるのであれば老人ホームに入ってもらうしかないという結論になった。

▲樊金林さんと祖母。おばあちゃんと一緒に暮らしたいという思いから、樊金林さんは介護施設を創設した。

 

おばあちゃんと暮らすために介護士を目指す

その時、樊金林さんはこう考えた。今すぐは無理でも、自分が院長になって介護施設を開けばいい。そこに祖母が入居してくれれば、自分は毎日そこで仕事をするのだから、毎日祖母といっしょにいられる。

それで、樊金林さんの将来が決まった。介護士、心理カウンセラー、企業資源管理師などの勉強を始めて、資格を取得した。

父親の樊紅嶺さんは、息子のその姿に感動をした。そして、お金を借りて、2017年10月に「福寿園」という老人ホームを開設した。母親、つまり樊金林さんの祖母も入居をした。2018年、樊金林さんも父親の老人ホームで実習をした。そして、2019年に大学を卒業すると、樊金林さんは福寿園に残ってそのまま就職をした。親子で、希望を叶えたことになる。

 

明るく楽しい介護施設をつくりたい

しかし、その夢は明るい色彩ばかりではなかった。老人ホームは病院によく似ていて風景が寒く、お年寄りたちは人生の夕暮れ時のように静かにすごしている。うつむきながら、じっと「その時」がくるのを待っているだけだった。

樊金林さんは父と、もっと楽しい老人ホームをつくりたいと話し合っていた。そして、父親がお金を出すから、理想のホームをつくれと言ってくれ、2020年10月、福瑞園がオープンをした。

▲福瑞園の2人部屋。夫婦や友人同士で入居をする。ショートムービーの収益化により、入居費や管理費などのすべての費用が無料になっている。

 

誰でも18歳になれるAI特殊効果が施設内でブームに

福瑞園が楽しい老人ホームに変わるきっかけは、ある若い看護士の行動からだった。その看護士は、スマートフォンを取り出し、ショートムービー「抖音」(中国版TikTok)の特殊効果を入居しているお年寄りに見せた。それは、AIの画像変換により、中年でも高齢者でも18歳の姿に変えてくれるというものだった。

お年寄りたちは、自分の姿がスマホの中では18歳になることを面白がり、感動をし、自分の若い時代を思い出し涙を流した。そして、鏡に映る今の自分の姿を見て嘆いた。看護士や介護士たちは、「悲しまないで、もっと面白い遊び方があるよ!」といって、スマホの使い方や特殊効果のかけ方を教えていった。福瑞園では、あっという間に抖音がブームになってしまった。

▲100÷6の計算方法を解説する数学おばあちゃん。理屈は合っているのに、途中からおかしなことになってしまう。抖音で広く拡散した人気動画となった。

https://v.douyin.com/BaMWSDb/

 

▲2+2という簡単な計算をするのに、なぜか方程式や三角関数まで持ち出して計算をする数学おばあちゃん。複雑な計算の末、最後には4という正解を導き出した。

 https://v.douyin.com/BarN477/ 



若者が好きなものは、お年寄りだって好き

その姿を見た院長の樊金林さんは、福瑞園に日常をスマホで撮影し、抖音で公開をしてみた。このショートムービーが広く拡散した。スマホを使いこなすお年寄りが暮らしている介護施設として話題になったのだ。

樊金林さんは、介護施設というものを理解してもらうためのいいメディアだと感じて、それから次々と日常を撮影して、抖音に公開するようになった。

そして、「お年寄りだから」という先入観を捨て、自分たち20代が興味を持っているものをお年寄りたちにも教えるようにした。すると、意外なことにお年寄りたちは強い興味を持ってくれる。ギター、マーダーミステリー、人狼ゲーム、中国で流行しているMOBAゲーム「王者栄耀」。覚えるのに時間はかかるが、みな楽しんでくれる。さらにオレオ、ミルクティー、火鍋。自分たちがいつも食べているものを紹介すると、みな面白がって好きになってくれる。

「お年寄りだからこう」という決めつけのような先入観を捨てて、若い院長、介護士、看護士たちは、普段自分たちが好きなものをお年寄りに紹介してみると、みな気に入ってくれる。

福瑞園は、毎日が小学校のように、みんなで遊ぶ老人ホームになっていった。

▲遊ぶ入居者とそれを撮影し、ショートムービーを制作する樊金林さん。撮影に同意をしてもらうことで、無料で入居できる介護施設を実現した。

 

ムービーの収益化で無料介護施設にできないか

このような日常を抖音で公開すると、ますます全国から「いいね」の声が届くようになった。

しかし、樊金林さんはそれで満足しなかった。気になっていたのは、経済的に困窮しているお年寄りを救いたいということだった。福瑞園の入居費用は、業界の中での最安値レベルだったが、それでもかなりの額になり、入居するには平均以上の経済力が必要になる。それ以下のお年寄りたちは、息子や娘と同居をせざるを得ない。いつも迷惑をかけているという罪悪感で、肩身を狭くして暮らしている。さらに、息子や娘も経済的に困窮している場合は、悲惨な生活を送っている例もある。

樊金林さんのアカウントにはすでに200万人以上のファンがついていた。もし、ショートムービーを収益化できたら、それで介護施設が運営できないのか。そうしたら、無料の介護施設がつくれる。

 

eスポーツルームがある無料の介護施設

2022年5月、樊金林さんは120万元を投資して新しい介護施設を建設した。そして、無料で入居できるが、その代わり、ショートムービーへの出演を了解してもらう。網紅養老院がスタートした。

この無料養老院には、eスポーツ専用室がある。毎日、入居者がやってきて、王者栄耀などのMOBAのチームを組み、ネットの向こう側の若者たちと対戦をしている。対戦成績は最弱レベルだが、お年寄りたちは目を輝かせて、ボタンを連打している。

この取り組みもある入居者の希望をかなえたものだ。肺がんを患っていて、余命が限られている入居者が「最近の若い人はどんなゲームに夢中なのか?」と尋ねてきて、「一度自分もやってみたい」と言った。しかし、樊金林さんたちがゲーム環境の準備をしている間に、その入居者は病状が進行をし、寝たきりの状態となり、病院に送られ亡くなってしまった。樊金林さんたちは、それをひどく後悔した。そして、eスポーツ室を設けたのだ。ゲームを楽しむ人、それを観戦する人で、人気の部屋となった。

▲eスポーツ室で、MOBAで遊ぶ入居者たち。強さは最弱レベルだが、オンラインでの対戦を楽しんでいる。左端は院長の樊金林さん。

 

お年寄りも若者が好きなものが好き

無料の老人ホームは、次第に「網紅養老院」(ネットで人気の養老院)と呼ばれるようになった。さまざまなメッセージが寄せられる。「24歳の年寄りですが入居できますか?」「40年後に入居したいのですが、予約できますか?」。広告収入が入るようになり、経営は安定をしたが、まだまだ赤字だ。しかし、許昌市政府もこの取り組みを評価してくれ、補助金などの支援策を講じてくれ、網紅養老院の経営は安定をした。

樊金林さんは言う。お年寄りも若者が好きなものが好き。老人ホームを幼稚園のようにしたい。ネット民たちは、未来の老人ホームの姿を実現したと高く評価し、ショートムービーの人気は衰える気配がない。