中華IT最新事情

中国を中心にしたアジアのテック最新事情

ホワイトカラーに増加する「隠れ貧困」と「初老症」

いろいろな問題を抱えながらも6%台の経済成長を続ける中国。10年前、20年前と比べれば市民の暮らしぶりは明らかに豊かになっている。しかし、一方で、ホワイトカラーの90%が焦燥感に悩まされるという調査結果もあり、さらには隠れ貧困と呼ばれる層が出現していると富書が報じた。

 

職場は都心でも、住居は5人のシェアルーム

26歳の女性、張さんは広州市中心のきれいななオフィスビルの中にある企業で働いている。しかし、「毎日ものすごく忙しいのですが、なぜ忙しいのかがわかりません。プレッシャーは山のように大きく、毎日眠れません」と言う。

張さんは、朝6時に起き、それから着替え、身繕いをして、5人でシェアしている部屋からオフィスに向かう。シェアルームといっても、おしゃれなものではなく、家賃を節約するために、古い住宅の部屋を友人5人で借りている。まるで学生寮のようだ。「汚れて煤けた壁に、ぶら下げた電球が影を揺らします。それを見ていると、時々無性に声をあげて泣きたくなることがあります」。

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▲ホワイトカラーのストレス要因。いちばんの理由は給料が安いことだが、給料が高ければ高いなりに別のストレス要因が生まれてくる。

 

給料は安く、親の面倒も必要な空白の世代

それでも張さんは懸命に働かなければならない。なぜなら、まだ仕事を覚えきることができず半人前であるため、給与も安いからだ。中国の企業の多くは、初任給は安く、成果次第で給与が急激にあがっていく方式のところが多い。裏を返せば、成果を出せなければ、安い給料のまま働き続けなければならないということだ。

さらに、張さんの両親はすでに定年退職をしており、親の生活の面倒も見なければならない。早く一人前になって高い給料をもらえるようにしなければならない。

「21歳の頃が、私の黄金時代でした。夢がたくさんあって、恋愛もして、美味しいものも食べました。社会にでて、それが反転してしまいました」。

 

経済成長に乗り遅れた親世代と、給与がまだ低い子世代

30歳前後の世代(85年生まれから90年生まれ)は「空白の世代」だと言う人もいる。貧しかった中国が豊かになり始めた頃、親はすでに中年で、新たに興った製造業やIT企業に転職することができず、豊かになるチャンスに間に合わなかった。一方で、子ども世代は貧しさの残る中国に生まれたので、必ずしも高い教育が与えられたわけでもない。

この世代から後は、親も豊かになり、子どもも豊かな中国に生まれ育ち、高い教育を受けられている。張さんの世代は「20年働いてもマンションも買えない」と言われ、家がないということは中国では結婚できないということに直結をする。

給料は安いといっても、26歳としてはそう悪いわけではない。しかし、今後、親の面倒を見て、自分のマンションを購入して、結婚をして、子供を生んで、その子に教育を与えてと考えると、絶望的な気持ちになってしまう。ただただ、毎日、忙しく働くしかないのだ。

 

月収80万円でも「隠れ貧困層

33歳の男性、李遷も北京の都心のきれいなオフィスビルに勤めている。大学を卒業後、北京に出てきて、そこで恋愛をし、結婚、2人の子どもが生まれた。今の手取りは月5万元(約80万円)とかなりの高給取りだ。親が田舎から出てきて、子どもの面倒を見てくれるので、ベビーシッターを雇う必要はないが、親の生活費を出さなければならないため、ベビーシッターよりも高くついている。李遷は北京にマンションを購入したため、そのローンと共益費にも悩まされている。

車も持っていて、今は確かに人から羨ましがられるような生活をしている。しかし、「いつまで今の高給の仕事を続けられるのか。今のいい暮らしをいつまで維持できるのか」と不安げに語り、自分は「隠れ貧困層」なのだという。

 

都市戸籍がない子どもは都市の学校に入学ができない

隠れ貧困という言う理由は、子どもの学校の問題だ。李遷も妻も地方出身者であるために北京市の戸籍を持っていない。子どもも北京市の戸籍は取得できず、就学年齢になっても北京市の小学校には入学ができないのだ。

道は3つしかない。学費がものすごく高い北京市の私立学校に入れるか、田舎に帰って田舎の小学校に入れるか、親を田舎に返し、子どもを預けて田舎の小学校に通わせ、両親は北京市で仕事をするかだ。

私立学校に入れるには、月80万円の給料ではまったく足りない。生活が破綻してしまう。田舎に移住をすると、今度は仕事があるかどうかすらわからない。親子離れ離れで暮らすのは論外。そんな切ないことはしたくないし、北京市で生まれて豊かな暮らししか知らない子どもがいきなり田舎に行って生活に馴染めるとも思えない。

私立にやるにしても、田舎に帰るにしても、今の「いい暮らし」は維持ができない。だから、将来貧困になる確率が極めて高い「隠れ貧困層」なのだと言う。

 

給与に比例してストレスが増加する都市ホワイトカラー

都市部のホワイトカラーの給与はどんどん上がっていっているが、一方で、ストレスも比例して増加している。

中国のホワイトカラーの間で、猛烈に拡散したマンガがある。2人の会話で、一人が「ジップロックを買ったよ。これで、シャワーを浴びながらスマートフォンが使えるから、浴室でも仕事ができるようになった」と自慢げに語ると、相手が「ぼくもオフィスから離れて仕事をしたことがあるよ。病院の集中治療室だけどね」というものだ。

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▲ホワイトカラーの間で拡散したマンガ。「ジップロックを買ったので、スマホを中に入れれば、シャワー中でも仕事ができるようになったよ」「僕はこの間オフィス以外で仕事をしたよ。病院の集中治療室だけどね」と言うもの。

 

中国でも新語に登場した「過労死」

中国でも過労死という言葉が定着し始めている。上海の外資系コンサルファームに勤めていたコンサルタントが、2011年4月に死亡したが、ネットでは過労死だったと言われている。その本人のウェイボーの書き込みが残っていて、それが多くのホワイトカラーの涙を誘っている。

「出かけて、草の上に寝転がって、太陽を浴びたい」「夜の上海は明るい。星が見える場所に行って休暇を取りたい」というツイートが並び、体の不調を訴えるツイートが増えていき、そして同僚が過労死をしたことを報告するツイートが現れ、その後、ツイートが途絶えてしまう。

 

生活習慣病が低年齢化して、空白世代を襲う

中国家庭報と連合微医研究が合同で公開した「2017一級都市ホワイトカラー健康状況および医療行為報告」では、「初老症」という新語が登場した。2013年から2017年の5年間で、慢性疾患の患者は24%から32%に増えた。それだけでなく、高血圧と悪性腫瘍の患者の平均年齢が0.78歳低くなり、糖尿病患者の平均年齢が0.5歳低くなったという内容だった。

つまり、25歳から35歳の空白の世代は、そろそろ生活習慣病にも注意しなければならない年齢で、以前は中高年や老人のものだった病気が、この世代にも押し寄せている。まだ30歳なのに「初老症」に注意をしなければいけなくなっている。

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▲中国家庭報が公表した「初老症」。生活習慣病の平均年齢が低くなり続けていることを警告したもの。空白の世代(25歳から35歳)で、もはや初老症に注意をしなければならなくなっている。

 

今日努力をしないものは、明日職探しに努力することになる

高給をもらっている都市のホワイトカラーの多くが、8時半に出社し、退社するのは午後10時か11時が当たり前になっている。友人と会うとき、待ち合わせは午後11時が多いという。それから1、2時間カフェでコーヒーを飲んで話をして、タクシーか滴滴のライドシェアで帰宅をする。翌日も6時には起きて、8時半に出社しなければならない。

それでも仕事で、手を抜くことはできない。親が豊かで、貧しさを知らない黄金世代の20代がどんどん企業に入社をしてきているからだ。彼らはみな高い教育を受け、親の面倒を見る必要もないので、高給をすべて自分のために使うことができる。性格も明るく、発想も豊かだ。うかうかしていると、下の世代に追いやられてしまうのだ。

中国の勤労者の間でよく口にされる格言。「今日仕事に努力しない者は、明日職探しに努力することになる」。一見、羨ましい都市生活を送っているホワイトカラーたちも疲弊している。