中華IT最新事情

中国を中心にしたアジアのテック最新事情

香港の運び屋から始まった宅配企業「順豊」。成長の鍵は低価格戦略

中国の宅配物流を支えている順豊。荷物扱い量は中国郵政に次ぐ多さだ。しかし、20年前の創業時は、香港と大陸のグレーな運び屋が出発点になっている。成長できたのは低価格戦略をとったため、低コスト意識、サービス品質を常に向上させてきたからだと 欣欣網が報じた。

 

運び屋から始まった巨大宅配企業「順豊」

中国の宅配大手「順豊」(シュンフォン、SFエクスプレス)は、創業わずか20年

の2019年には売上が1121.93億元(約1.7兆円)と、1000億元を突破した。従業員数は30万人以上、66機の貨物専用航空機を所有する企業になった。

しかし、この巨大企業は、大資本が背後にいるのではなく、創業者が始めた「運び屋」の小遣い稼ぎから始まっている。まさに0から1にし、100に成長した企業なのだ。

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▲現在の順豊のトラック。SF Experessが国際ブランド名。日本でも配送を行なっている。SFは順豊(ShunFeng)の頭文字。

 

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▲順豊は専用の貨物航空機を所有している。これにより、中国国内の長距離配送を行っている。

 

上海生まれの香港人、創業者の王衛

創業者の王衛(ワン・ウェイ)は、1971年上海で生まれた。父親は人民解放軍でロシア語の通訳官を務めていた。母親は大学の講師だった。経済的にも豊かな知的な雰囲気のある家庭だった。

しかし、王衛が7歳の時、一家は香港に転居をした。王衛は理由を語っていないが、おそらくは政治的な理由ではないかと思われる。王衛の親の職歴は、香港では考慮されず、親は肉体労働をするしかなくなってしまった。

これが、王衛の人生に大きく影響をする。当時の香港はビジネスが絶好調の頃で、王衛も、成人したら、何らかの商売をするものだと思って育ったのだ。

高校を卒業したが、王衛は大学に進むことをせず、親戚の商売を手伝うことにした。広東省仏山市の順徳にある染物工場の工員となった。ここが王衛のすべての出発点になっている。ブルーカラーの労働者から出発をして、今日の巨大企業を作り上げたのだ。

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▲創業者の王衛(右)。上海の知的な家庭に生まれたが、香港に移住し、生活が苦しくなった。そのため、若い頃から何か商売をしたいと考えるようになったという。

 

香港に生まれた大陸進出熱

90年代、中国の改革開放が始まり、香港にとって中国は新たなフロンティアとなり、香港は活況に沸いた。8万社を越す香港の製造業が、中国国内に工場を作り始めた。安い人件費、安い土地代を活かして、価格競争力のある製品を製造するためだ。そのうちの5万社が、香港から近い広東省の深圳、東莞、広州を含む珠江デルタ地帯に集中をしている。当時の珠江デルタ各都市では、「毎日、新たな香港系企業が創業している」と言われたほどだった。

王衛もこの熱気の中で、広東省仏山市順徳で起業をしたが、うまくいかず失敗をしてしまった。しかし、若い王衛は失ったものは何もなく、得たものは大きかった。多くのビジネス上の知り合いを作ることができたからだ。

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▲初期の頃の順豊の作業の様子。肉体労働であり、今日の順豊の姿を予想していた人は、創業者の王衛ぐらいなものだった。

 

運び屋というグレービジネスを始めた王衛

王衛は、順徳と香港を忙しく行き来していた。すると、知人から荷物を運んでくれないかと頼まれることがあった。多くの香港人が、中国国内に単身赴任をしていたため、家族との間で、手紙や荷物をやりとりしたいが、当時の郵便事情は、配達に時間がかかる上、香港と中国間では税関を通らなければならず、荷物が届かないことも多かった。輸出入が認められていないものは没収されてしまうし、当時の中国では関係者がくすねてしまうことすらあった。

そこで、知人たちは、仕事で行き来をしている王衛に荷物を託したのだ。もちろん、ただではなく、王衛の小遣い稼ぎとなった。

 

「ねずみ」と呼ばれた従業員6名の順豊

王衛は、すぐにこれを事業化しようと考えた。香港と順徳間の配送会社だ。そこで、1993年に、父親から10万元を借り、友人と順徳で「順豊」を創業する。また、香港の九龍呉淞街にある宝魂商業センターの中に小さな店舗を借りて、香港側の集積拠点とした。従業員6名のささやかな宅配企業だった。

企業というより、「運び屋」といった方がいいくらいの規模だった。当時、中国での荷物の配達は、中国郵政以外認められていなかった。あくまでも配達ではなく、順豊の拠点から拠点へと荷物を運んでいるだけという苦しい建前のグレーなビジネスだった。そのため、関係者から「ねずみ」と呼ばれていたほどだ。

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▲香港の九龍呉淞街にある宝魂商業センターの中に、順豊の最初の集積所が設けられた。最初はここから中国の順徳の間を、運び屋のように荷物を運ぶグレービジネスだった。

 

配達料は半額、数でこなして利益を出す

しかし、このねずみたちの結束は強かった。仕事を取るために、ライバルの配達料金の半額ほどで荷物を引き受けていたため、利益は薄いにもほどがあった。それで利益を出すには数をこなすしかない。7人は、同じ家に住み、同じ食事を食べ、朝から深夜まで働いた。その中でも、いちばん働いていたのが王衛で、睡眠時間は3時間から4時間程度だったという。

この王衛はいちばん働いているということが、小さな順豊の求心力となり、結束が強まっていった。

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▲初期の順豊は、従業員がとにかくまめに働く。価格を安くし、数をこなすことで利益を出すしかなかったからだ。

 

たびたび行われる猫のネズミ狩り

彼らがねずみと呼ばれた理由は、違法配達の取締りが強化されていったからだ。香港と中国を結ぶ道路では検問が行われ、公安が荷物をチェックする。ここで違法配達が発覚をすると、罰金を課せられることになる。順豊もたびたび罰金を支払うことになる。

検問をする公安は「猫」、違法配送業者たちが「ねずみ」と呼ばれた。

事業は順調で、売上は上がっていったが、利益のほとんどは罰金で取られてしまう。

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▲中国の街中では、このオート三輪をよく見かける。末端の個別配送に使われる。

 

薄利だからこそ生まれた低コスト体質とサービス品質

王衛は、このようなことを繰り返していても、順豊は成長できないと考え、2つの改革を行なっていった。ひとつは、配送を可能な限り効率化してコストを下げることだ。もうひとつは配達エリアを華南地区全体に広げること。そして、華東、華中、華北と全国展開をしていこうと考えた。

1995年には、順豊は全国をカバーするようになっていた。香港と順徳だけの配送時代に、仕事を取るために価格を安くし、それでは利益が出ないので、業務の効率化を徹底させた。

これが強い競争力となって、順徳は全国拡大をしても強かった。例えば、順豊には黎明期から「収1派2」というルールがある。これは荷物の発送の申し込みから1時間以内にピックアップに行き、配送拠点から2時間以内に出荷するというものだ。低価格で利益を出すために業務効率化を追求し、それが顧客に対するサービス品質に跳ね返ってきている。

2008年には、中国で全国をカバーしている唯一の宅配企業となった。現在では、中国郵政に次ぐ規模の宅配企業となり、中国のECビジネスを支えている。

 

 

 

シャオミが北京に建設した無人の暗闇工場。すべての工程が自動化

小米(シャオミ)が北京市に建設した「暗闇工場」が話題になっている。暗闇と言っても違法な製品を作っているわけではなく、すべての工程が自動化されたために人の関与が不要となり、工場内の照明が不要になったという意味。暗闇の中で、製造機械だけが黙々と24時間動いて、製品を製造する未来の工場だと21世紀経済報道が報じた。

 

暗闇工場ではスマートフォンが生産されている

シャオミの創業者、雷軍(レイ・ジュン)CEOは、シャオミ創立10周年記念公演で、北京市の南東にある亦荘鎮の工場を紹介した。

この工場は、すべての工程が自動化され、人の介入なしに生産ができるようになっている。世間では「暗闇工場」と呼ばれている。なぜなら、無人で作業が行えるため、照明をつける必要がない。暗闇の中で24時間体制で生産が行われているからだ。

年間100万台のスマートフォンを製造できる能力があり、シャオミ10の10周年記念版と透明筐体版は、この暗闇工場で製造された。

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▲小米が公開した暗闇工場の写真。撮影のために照明をつけているが、通常は一切の照明が消される。

 

研究施設も併設され、シャオミの研究拠点に

この暗闇工場の建築面積は1.86万平米(東京ドームの半分弱)、建設費は6億元(約93億円)。

工場の他に、新材料、新技術を研究するための大型実験室、製造設備の自動化を研究する実験基地が併設されている。シャオミが必要とする新素材、新技術を生み出す拠点にする計画だ。


小米智能工厂,新工艺:黑灯工厂

▲小米が公開した暗闇工場の公式ビデオ。検品、管理までも自動化されていて、人の介在を必要としない。学習能力を備え、稼働するほどシステムが改善されていくという。

 

運営を学習する工場。フラグシップモデルの生産が中心に

一般的な工場でも製造そのものは、製造する製品によっては、ほぼ自動化をされている。しかし、異常が起きたときに停止させる、製造物を検査して機器を調整するということは人間がやらなければならない。

しかし、シャオミの暗闇工場では、この部分も自動化されている。雷軍の説明によると、ビッグーデータ、分析エンジン、ダイナミックナレッジグラフ、自然言語理解、アダプティブ制御などの技術を使って、複雑な問題に対しても識別、判断、推理、予測を行うという。また、学習能力があり、稼働するほどシステムの精度は上がっていく。

しかも、廉価版スマートフォンなどの製造制度が緩やかなものを製造するのではなく、新技術を投入したフラグシップモデルを中心に生産をしていくことになるという。

 

毎分60台のスマホを製造し、24時間稼働する暗闇工場

このスマート工場については、雷軍CEOは、すでに2019年11月に「北京亦荘国際展示センターから車で10分かからない場所に未来工場を建設している」と明かし、「5G時代のスマート工場になる。研究開発とフラグシップモデルの実験工場となり、12月には正式稼働をする。第一期の生産能力は100万台を見込んでいる」と説明している。それがこの暗闇工場だった。

暗闇工場では毎分60台のスマートフォンを生産できる。従来の工場と比べて60%以上生産能力が上がることになる。今後、シャオミのフラグシップモデルは、この北京暗闇工場で生産されることになる。

 

 

EC「京東」のライフサイクル手法。ビッグデータ解析によるマーケティング

まぐまぐ!」でメルマガ「知らなかった!中国ITを深く理解するためのキーワード」を発行しています。

明日、vol. 042が発行になります。

 

中国のECは踊り場に差し掛かっています。ECだけでなく、すべてのビジネスが踊り場だと言ってもいいかもしれません。このメルマガの「vol.011:人口ボーナス消失とZ世代。経済縮小が始まる」でも扱った人口ボーナス消失問題です。

改革開放以降、中国の30代と40代という消費と労働力の主力世代は常に増え続けてきました。しかし、いよいよ減少に転じているのです。

主力世代が増加し続けている間は、日本の高度経済成長期と同じで、普通にしているだけでビジネスが拡大をしていきます。お客さんの数が増えていくのですから、よほどおかしなことをしない限り、ビジネスは勝手に成長してくれます。

しかし、一早く日本は人口減少期に突入しました。こうなると、お客さんの数が減っていくので、普通にしているだけではどんどんビジネスが縮小していってしまいます。昨年と同じ水準を維持するだけでも、相当な努力が必要になります。今、日本はまさにこの状態になっています。みんな、ものすごく努力をしているのに、ビジネスが成長せず、現状を維持するだけでも疲弊する。努力に対しての成果があまりにも小さく、心が折れそうになります。

 

中国もいよいよ消費と労働の縮小傾向が始まっています。現在の40代後半の人口に比べて、20代前半は25%減、10代後半は30%減となります。この世代が、消費と労働の主力になる5年後、10年後、あらゆるビジネスが25%減の縮小を余儀なくされます。

若い世代を中心とする商品ではすでにその影響が出ています。ファストファッションは軒並み苦しんでいますし、自動車も頭打ち傾向がはっきりとしてきています。

そのために、中国企業はテクノロジー活用に懸命になっているのです。新小売テクノロジーで新たな消費者とのチャンネルを構築する。無人テクノロジーで人手不足に対応をする。人工知能テクノロジーで新たな市場を発見する、創造する。

人口ボーナス消失に対応するのはテクノロジーである。中国の各企業はそこをしっかりと認識しています。

 

中国の大手ECサイト「京東」(ジンドン)は、日本ではアリババほど有名ではありませんが、テクノロジー志向の企業です。アリババは基本的にはマッチング型のECです。売りたい人と買いたい人をマッチングさせる。それ以外の物流などはそれぞれでお好きなところをお使いくださいというのが出発点です。現在では、決済、クラウド、物流などの企業を傘下に治めるようになりましたが、ECのすべてのプロセスをアリババだけで行なっているわけではありません。日本で言えば、楽天型の「開いたEC」です。

一方で、京東は物流、配送、倉庫などを自前で持ち、自前で戸別配送まで行う「閉じたEC」です。もともとは、創業者の劉強東(リュウ・チャンドン)が、北京の中関村に開いた商店「京東マルチメディア」で、CD-Rなどのメディアやドライブを販売したのが始まりです。そこから、扱い品目を増やしながら成長したきたので、倉庫も仕入れも配達も自分たちでやるというのが自然だったようです。

そのおかげで、ドローン配送や無人配送カートなどの技術は進んでいて、すでに一部地域では公道を使った無人配送を行っています。

 

もうひとつ京東が有名なのは、「ユーザーライフサイクル」という仮説に基づいたマーケティングを行っていることです。これはシャンプーや洗剤など、日用の消耗品、ひとつの商品に対しての消費者の購入態度には一定のライフサイクルがあるという仮説です。

と言っても難しいものではありません。次のグラフは、1人の消費者が1つの商品に対しての接し方を表したものです。単純に、縦軸は購入量だと思ってください。潜伏期(低潜期、高潜期)は、その商品のことをよく知りませんから、試しに少しだけ買ってみます。そして、引入期で買い始め、成長期では消耗したら買うという定期購入になります。しかし、少し飽きてきて成熟期で買う頻度が減り、衰退期では他の同類の商品を買うようになり、流失期で買わなくなるというモデルです。

仮説と言っても、難しいものではなく、なんとなく納得できるモデルではないでしょうか。

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▲ユーザーのライフサイクルのグラフ。低潜期で商品を知り、引入期でその商品の定期的な購入が始まり、衰退期で別の商品を買い始めるというもの。「ユーザーライフサイクル運営白書」(ニールセン、京東)より引用。以下の図版も同白書より引用。

 

京東の戦略のポイントはこの後にあります。一般的なEC、商店では、「売れているからもっと売ろう」と考え、成長期や成熟期にあるユーザーに対してプロモーションを行います。しかし、これは正しいことだろうか?と京東は問いかけます。すでにたくさん買っているお客さんに対して、「もっと買ってください」とプロモーションをかけたところで、お客さんはもう買ってくれません。安いからと言って、シャンプーを2倍使うようにはならないからです。

京東の考え方は逆で、潜伏期と衰退期の部分でプロモーションをすべきだ。ここは購入量が少ないブルーオーシャンではないかといういうものです。伸び代がたくさん残されている。

潜伏期にプロモーションをすることで、いち早く成長期に入ることができます。衰退期でプロモーションをすることで、成長期の山を長引かせることができます。こうして、成長期の山を前後に伸ばすことで、売上を上げていくというのが京東の考え方です。

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▲左は一般的なプロモーションの考え方。すでに買ってくれているお客さんに対してプロモーションをするため投資効果が得られない。京東は赤い部分の潜伏期と衰退期にプロモーションをかける。ここは伸び代がたくさんあり、投資効果が期待できる。

 

では、どの消費者が、ある商品に対して、潜伏期や衰退期にいるということを知ることができるのでしょうか。ここが京東の膨大な販売データをビッグデータ解析をするキモになります。

当然ながら、京東ではその真髄は公開していません。しかし、触りの部分、概要部分はさまざまな白書やビジネス教材の形で公開をしています。そのような公開されている資料を使って、今回は、京東のライフサイクル手法をご紹介します。

 

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一流校でなくても成功できる。アリババ、テンセント、バイトダンスの創業者は非一流校出身

中国で一流大学を卒業した優秀な学生を、破格の高給で雇用する傾向が進んでいる。そのため、一流校を志望する高校生が増えているとも言われる。確かに、一流大学の卒業者には成功者が多い。しかし、二流校以下の出身者でも起業に成功している例はいくつもあると青企同行が報じた。

 

一流校への進学志向が再び強くなり始めている

ファーウェイが、201万元(約3100万円)の初任給で雇用する「天才少年」計画が話題になっている。すでに8名が内定を得たが、今年2020年では20名から30名、来年2021年は200名から300名を雇用する予定だ。

ただし、当たり前だが、普通の人が採用されるわけではない。ファーウェイに天才少年として入社した張霽は、華中科技大学の時代から、教授や同級生に「スーパー大学生」と称賛される存在で、博士号を取得すると同時に、さまざまな国際会議で論文発表を行い、有名な存在だった。

似たような計画をエンターテイメントポータルの「網易」(ワンイー)でも行っている。こちらは学部新卒限定で、年棒は50万元以上(約780万円)。急速に需要が増しているオンライン学習講座の講師をしてもらう。

しかし、その応募条件が厳しい。清華大学北京大学、上海復旦大学、南京大学、浙江大学、華中科技大学、人民大学というQS世界大学ランキングの上位50位以内に入る大学の卒業者に限定され、数学、物理、化学、生物、情報の5つの国際コンテストで国家級の受賞経験があるか、高考(共通入学試験)で、省の100位以内、市の20位以内に入っている必要がある。

2019年の大学学部卒業者の平均初任給は5440元。年棒換算で6万5280元(約102万円)、大都市部ではこの数倍が相場であるとはいうものの、50万元の年棒は破格ではある。

このような企業の雇用戦略が話題になるにつれ、高校生の間では再び一流校への進学志向が強くなっているとも言われる。

 

非一流校出身でも成功したジャック・マーとポニー・マー

確かに、中国のトップ高である清華大学北京大学の出身者が、テック企業を創業して成功している例は多い。IT桔子の調べによると、清華大学は1800名、北京大学は1100名のテック企業創業者を輩出している。本人が優秀であるというだけでなく、同級生から刺激を受け、さまざまな人脈を作ることができる「一流の環境」が大きく作用している。

しかし、このような一流校ではない大学の出身者で、起業をして成功している経営者もたくさんいる。最も有名なのは、アリババの創業者、馬雲(マー・ユイン、ジャック・マー)だ。数学が苦手であるため、2回大学受験に失敗し、3回目の受験で、杭州師範大学に入学をした。それも、英語が頭抜けてできることから、高校の教師たちが運動をした上での特例入学だった。

テンセントの創業者、馬化騰(マー・ホワタン、ポニー・マー)もそうだ。当時の高考で900点満点中739点を取り、どの大学でも好きに選べる好成績だったが、あえて地元の深圳大学を選んだ。ポニー・マーが専攻したかった計算機科学は、当時、まだ多くの大学の設置されてなく、深圳大学にあったため選んだという。また、ポニー・マーは海南島生まれであるため、深圳市以外の大学に進学をし、市外に居住すると、深圳市の都市戸籍を失ってしまうことも関係したとも言われている。

深圳大学は一流校とは言えないものの、ポニー・マーに優れた環境が与えられなかったというわけではない。テンセントを起業して、後に「テンセント五虎将軍」と呼ばれるようになる4人の仲間は、いずれも深圳大学で知り合った人たちだ。

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▲大学時代のジャック・マー。数学の成績が悪く、大学受験に二度失敗をしている。

 

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▲大校生の頃のポニー・マー。天文学者になるのが夢だった。

 

女性が多く、海鮮が美味しい基準で大学を選んだバイトダンス創業者

バイトダンスの創業者、張一鳴(ジャン・イーミン)も、天津市の南開大学出身で、一流校だとは言えない。張一鳴は、そもそも一流校に入ることを目指していなかった。大学を選ぶ時、4つの条件を考えたという。「ガールフレンドがほしいので女性が多い大学」「海に近く、海鮮が美味しい街」「実家から遠く、親と離れて暮らせる場所」「冬には雪が降る街」。

この条件で、211の大学を調べて行った結果、4つの条件をすべて満たすのは南開大学しかなかったという。生物工学を専攻し、教授になることが目標だったのに、南開大学の生物系にはわずか1点足りなく、仕方なく電子工学を専攻したという。

しかも、入学してすぐに失望したという。静かで学ぶにはうってつけの環境だったが、張一鳴が望んでいたのは、賑やかで大学生にしかできないバカ騒ぎが年中起きている環境だったのだ。後悔をしたが遅かった。張一鳴は、唯一自分の中で面白いと思ったプログラミングばかりしていた。それが後のバイトダンスの創業につながっていく。なお、当時のガールフレンドが現在の妻であり、南開大学は、4つの条件のうち1つは満たしていたことになる。

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▲今日頭条を操業して成功した頃の張一鳴。この頃から、機械学習に取り組んでいた。

 

猛勉強の末、推薦入学だった拼多多の創業者

ソーシャルEC「拼多多」(ピンドードー)の創業者、黄(ホワン・ジャン)も大学で挫折をしている。黄杭州市のごく普通の家庭に生まれた。母親はシルク工場で働く工員だった。しかし、黄は小さな頃から、常にいちばんでないと納得ができない性質だった。高校では杭州市いちばんの一流校、杭州外国語学校に入学をした。

高校でも常に成績が学年1位でなければ納得せず、猛勉強をした。そして、最終学年になると、浙江大学への推薦が決まった。黄は悩んだという。浙江大学は、清華大学北京大学から見れば見劣りがするが、華南地区ではトップクラスの大学だ。そのまま推薦で浙江大学に進むか、あるいは高考を受けて、清華大学北京大学を狙うか悩んだのだ。

結局、黄浙江大学への推薦を選ぶ。その時、大きな喪失感があったという。それまで学生の本分は勉強であると考え、すべての時間を勉強に注ぎ込んできた。しかし、その代わりに、大人に反抗する気持ちや、青春を楽しみたい気持ちを抑え込んできた。生き方として間違っていたのではないか。それ以来「60%の幸福」ということを考えるようになる。

この力が抜けたことで、米国ウィスコンシン大学への留学、グーグル入社、拼多多の創業という道が開けてきたと黄は考えている。

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▲拼多多が成功した頃の黄。勉強熱心で常に成績は1番だった。しかし、推薦で大学に進学したことから、自分の生き方を見直した。

 

受験でポカをやり三流校に進学した滴滴出行の創業者

滴滴出行(ディーディー)の創業者、程維(チャン・ウェイ)は、典型的な受験失敗組だ。母親は数学の教師をしており、程維も小さな頃から数学の才能が突出していた。清華大学北京大学も狙える成績を取っていた。ところが、高考の数学の試験で、綴じられた試験問題の最後の1ページに気がつかず、3問をまるまる未解答のまま提出するという失敗をした。

それで、北京化工大学というかなりランクの下の大学に進むしかなかった。程維は「中国のどこで生まれても、北京で暮らしてみたい」と小さい頃から思っていたので、北京市の大学であればと考えたようだ。しかし、大学を卒業してからは就職に苦労をすることになる。保険の外交であったり、一時期は足裏マッサージ店のスタッフとして働いていたこともある。

それが、学歴にはこだわらないアリババに入社し、法人営業職でめきめきと頭角を現し、同僚や上司に支えられて、滴滴出行を操業することができた。程維にとって、大学は不本意だったが、アリババという企業がビジネスを教えてくれ、仲間と出会う大学の代わりをしてくれた。

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滴滴出行がトップシェアを握った頃の程維。大学受験では大失敗をし、後に卒業をしてから苦労をすることになる。

 

一流大学に失望をした百度の創業者

百度バイドゥ)の創業者、李彦宏(リ・イエンホン、ロビン・リー)は、北京大学に入学をしたが、大きな失望を味わうことになった。李彦宏は、高校生の頃から情報科学という分野に興味を持ち、大学で学びたいと考えていたが、当時の中国の大学で情報科学をきちんと教える学部はまだ存在しなかった。そこで、北京大学図書館情報学を目指して入学したのだ。そこで、デジタル情報学のようなものも学べると思っていた。

しかし、実際に、大学で教わったのは、図書カードの作り方だった。情報学と言うにはあまりにも古い図書分類の手法ばかりを教わる。中国の最高の大学でもこのレベルなのかと失望をして、ニューヨーク州立大学への留学を決意する。卒業後、そのまま米国でダウ・ジョーンズインフォシークでエンジニアとして働いた。特に、インフォシークでは検索エンジンの開発に携わり、それが中国に帰国してから百度を創業することにつながっていった。

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▲大学時代のロビン・リー。北京大学という一流校に入学したが、授業の内容は望んだものではなく、大きな失望を味わった。

 

必要なことはネットから学んだ網易の創業者

面白いのは、出身大学など厳しい条件をつけて新卒者を雇用する計画を進めている網易の創業者、丁磊(ディン・レイ)も大学で挫折をしていることだ。高考の成績はよかったが、一流大学に進学できる予想ラインをわずかに1点超えているだけだった。実際には、成績上位者から進学したい大学を選択していくため、丁磊は安全を考えて、ランクの低い成都電子科技大学を選んだ。

丁磊はパソコンに夢中になっていたが、親が「これからは通信技術の時代だ」と言うのを聞いて、マイクロ波通信を専攻した。しかし、その学科はわずか30名しかいない成都電子科技大学の中でいちばん小さな学科だった。授業も面白いとは思えず、丁磊は図書館でコンピューターを独学し、勝手に計算機関係の授業に出席し、コンピューターばかりを触っていた。

丁磊は、大学で教わったことは、起業してから何ひとつ役に立っていないと公言している。大学の意義は、論理的思考能力と、自分で学ぶにはどうすればいいかが身につくことだと言う。「まったく講義を聞かず、本を読めば、数週間でひとつの学問分野の概要は把握ができるようになった。それが、後にインターネット時代になって大きく、必要な分野のことはすべてインターネットから学べるようになった」と語っている。

その網易が、出身大学の条件をつけた高級人材の雇用計画を進めている。大学共通入試である高考は毎年6月に行われる。今年2020年は、コロナ禍にもかかわらず、1071万人が受験し、2010年以来の記録となった。少子高齢化により、高校生の数は減少傾向であると言うものの、大学を志望する学生は年々増えており、高考は今後も厳しさが増していくと見られている。

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▲網易を創業した頃の丁磊。現在はすっかり貫禄がつき、別人のようになっている。

 

 

 

写真からその人そっくりのフィギュアを人工知能技術で生成する「方仔写真館」

インキュベーター「創新工場」のデモデーが開催され、高い評価を受けたのが「方仔写真館」。写真からその人そっくりのブロック組み立てフィギュアを人工知能技術を使って生成するというもの。すぐにでもビジネス化が可能だという評価を受けたと量子位が報じた。

 

創新工場のデモデーで話題になった「方仔写真館」

マイクロソフトアジア研究所、グーグル中国などに在籍をした李開復(リ・カイフー)は、現在、スタートアップインキュベーター「創新工場」を率いている。若いテック系起業志望者を集め、支援をし、投資をするというビジネスだ。

その創新工場のデモデーにあたるのが、DeeCampだ。2018年から開催され、今年2020年で3回目となる。その中から登場した「方仔写真館」(ファンザイ)が話題になっている。

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▲アップルのティム・クックCEOの写真から人工知能が設計したフィギュア。

 

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▲写真から特徴をとらえたブロックフィギュアを生成できる。世界にひとつだけのフィギュアが作成できる。

 

人工知能がその人そっくりのブロックフィギュアを作る

方仔写真館は、人物の写真からその人の特徴を抽出し、それをレゴのような積み木フィギュアに変換してくれるというもの。27個の部品を設計し、それぞれの形、色などが人工知能によって決定される。

李開復は、すぐにビジネス化が可能なアイディアだと絶賛し、最優秀賞を与え、10万元(約155万円)の賞金を授与した。

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▲肌や髪の毛の色、その時にきている服の柄なども再現される。

 

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人工知能は、頭部、胸部、腰部、足などのパーツに分けて特徴を抽出し、ブロックのサイズ、形状、色などを決定していく。

 

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▲写真から本人の部品ごとの形状、色、服などの特徴を抽出し、各部品を設計していく。

 

背景にあるのは爆発的な盲盒ブーム

その背景にあるのは、近年の中国での盲盒(マンフー、ブラインドボックス)のブームがある。盲盒はシリーズキャラクターフィギュアだが、箱を開けてみるまで、どのキャラクターが入っているか分からないというもの。みな、自分のお気に入りキャラクター、レアなキャラクターを当てようと、よく売れている。

方仔写真館が生成するフィギュアは、この盲盒と同サイズであり、世界にひとつのフィギュアが作れることから、盲盒好きの若者の心をつかむことができそうだ。

基本は、自分の写真を送信して、それを人工知能が解析をして、ブロックを設計するというものだが、有名人など人の写真に基づいてブロックを生成することもできる。自分なりのキャラクターシリーズを揃えることも可能になる。

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▲中国では、この数年、盲盒がブームになっている。さまざまなフィギュアシリーズだが、開けてみるまでどのフィギュアが入っているか分からないというもの。

 

街中に撮影ブースを設置する構想も

方仔写真館は、すでにビジネス化に向けて準備中だ。構想では、街中に撮影ブースを設置し、その場で撮影からブロック生成を行う方式と、ウェブやアプリなどで写真を送信して、ブロックを配達する方式の2つが検討されている。海外への対応は明らかにされていないが、国内でのビジネスが順調であれば、当然、海外対応も考えられることになる。

中国で過熱する盲盒ブームが、人工知能テクノロジーによって、次の段階に進むかもしれない。

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▲現在の構想では、オンラインサービスの他、街中に撮影ブースを設置し、その場で写真を撮り、ブロックフィギュアを生成できるようにすることも考えられている。

 

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▲方仔写真館の開発メンバー。DeeCampで高い評価を受け、現在ビジネス化に向けた作業を行なっている。

 

 

初任給は3100万円。ファーウェイが始めた天才少年プロジェクト

今年、華為(ファーウェイ)に入社した新卒社員の初任給が年棒201万元(約3100万円)であることが話題になっている。これは創業者肝煎の「天才少年」プロジェクトで、優れた才能を発掘するプロジェクト。今年は8人の天才少年がファーウェイに入社する予定だと長江日報が報じた。

 

組織活性化のために天才少年を集めるファーウェイ

昨2019年6月、ファーウェイの創業者、任正非(レン・ジャンフェイ)総裁は、電子メールで、2019年中に20名から30名程度の天才少年を招聘する計画を明らかにした。その目的は、ファーウェイにナマズ効果を起こすことだとしている。

ドジョウの群れに捕食者であるナマズを入れると、何匹かは食べられてしまうが、その他のドジョウは生き延びるために必死になり活性化される。天才をファーウェイに高給で入社させることで、組織全体を活性化するのが目的だ。

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▲社員全員に送られた任正非のメール。天才少年プロジェクトのことが説明されている。

 

初任給の最高は年棒3100万円

その中でも、最高の年棒が与えられたのは、華中科技大学卒業の張霽(ジャン・ジー)だった。張霽は1993年生まれ。入学した時から、教授や同級生から「スーパー大学生」と称賛される存在だった。2016年に計算機科学で博士号を取得し、そのまま華中科技大学武漢光電国家実験室で学び続けていた。

国際会議で論文を発表する中で、ファーウェイの研究者から注目をされ、ファーウェイの天才少年プロジェクトに応募するように勧められた。

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▲初任給年棒3100万円でファーウェイに入社した天才少年、張霽。大学生の頃からスーパー大学生として注目される存在だった。ファーウェイの組織に刺激を与えるのが目的。

 

人がファーウェイを作る任正非の人材観

また、同じく華中科技大学大学院出身の姚婷(ヤオ・ティン)も注目されている。データベースの専門家で、年棒は156万元(約2400万円)。

2019年は、年棒89.6万万元から201万元までの天才少年が8名内定を得て、今年2020年に続々と入社をしてきている。

任正非のメールによると、2020年は天才少年計画を200名から300名規模に拡大することになっている。対象は中国人だけでなく、グローバルになるという。

任正非は、常々、日本の戦後の高度経済成長について言及をしている。「日本は敗戦をして、何もなくなった。でも、人だけがいた。それが高度経済成長という奇跡を可能にしたのだ」。

ファーウェイにとって最も大切なのは人材であるという任正非の人材観は、創業の時から一貫している。

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▲同じく天才少年プロジェクトで入社した姚婷。データベースの専門家。今年は8人の天才少年が入社する予定。

 

 

 

ジャック・マーから10億元を引き出したアリクラウドの父「王堅」

独身の日セールの莫大なトランザクションを支えているのは、アリババのクラウド「アリクラウド」だ。しかし、王堅がアリクラウドの開発に着手をした時は、逆風しか吹かなかった。ジャック・マーから10億元を騙し取ったとまで言われた。しかし、現在のアリクラウドはアリババのサービスを支え、毎年4500億元を稼ぎ出していると三角男が報じた。

 

1日で10億件以上のトランザクションを処理するアリクラウド

今年も11月11日独身の日セールが近づいてきた。昨2019年のセールでは、アリババの「天猫」(Tmall)では、わずか1日で売上が2648億元(約4.1兆円)、12.92億個の宅配便が発送された。

これを支えるインフラにとって、この桁外れの注文と決済は、もはや国家級サイバー攻撃の規模だ。この処理を可能にしているのがアリババのクラウドサービス「アリクラウド」だ。

アリババにとって、独身の日セールはプロモーション経費が大きく、赤字イベントになる。それでも行う理由は、淘宝網タオバオ)、天猫などのEC利用者の拡大だが、もうひとつ、アリババのクラウド、物流、プロモーションの実戦演習になっている。毎年、売上記録を更新しながら、アリババはECとしてのインフラを大幅に強化することで成長してきた。

エンジニアたちは、独身の日セールの1ヶ月前からは、もはや自宅に帰ることはできず、社内にテントを貼って、そこで寝泊りをするという。

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▲10月になると、アリババ社内にできるテント村。11月11日の独身の日セールに向けて、すべての部署で準備に追われ、帰れない人が出てくる。準備期間は1ヶ月に及ぶ。

 

アリクラウドの父「王堅」

このアリクラウドをスタートさせたのが王堅(ワン・ジエン)で、現在ではアリクラウドの父と呼ばれる。

王堅は、30歳で杭州大学の心理学教授になるという英才だったが、人間工学、マンマシンインタフェースなどが専門分野であったため、活躍の場を大学以外に求めるようになった。

1999年、37歳の時に杭州大学を辞職して、マイクロソフトアジア研究院に転職をする。この研究機関には、当時、中国の人工知能研究のトップ研究者が集結をしていた。グーグルから移籍してきた李開復、百度バイドゥ)総裁となった張亜勤、キングソフトCEOとなった張宏江、マイクロソフトグローバル副社長となった沈向洋など、中国トップクラスの人工知能研究機関となり、「人工知能士官学校」と呼ばれた。王堅は、このマイクロソフトアジア研究院の常務副所長にまでなった。

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▲アリババのクラウド「アリクラウド」を開発した王堅。現在ではアリクラウドの父と呼ばれている。

 

ジャック・マーに直言。それが縁でアリババに移籍

2008年に、アリババの技術総監である劉振飛が、技術的な相談をするため、王堅に面会を求めた。これが縁になって、ジャック・マーとも面会することになる。王堅は、ジャック・マーと初めて会ったときに、大胆にも「テクノロジーを掌握しなければ、将来、アリババの影も形もなくなることになると思います」と言い放ってしまった。

ジャック・マーは、この失礼で大胆な提言に怒ったりしなかった。なぜなら、王堅の言葉は、ジャック・マーが心中抱いていた不安をずばりと言い当てていたからだ。2009年、王堅はジャック・マーの強い要望で、アリババに移籍をし、クラウドシステムの開発を任されることになる。

 

当時は否定的な見方がされていたクラウド

今でこそ、クラウドは当たり前のインフラだが、当時はそうではなかった。クラウドという言葉が最初に使われたのは、2006年8月のグーグルの検索エンジン戦略会議の席上で、当時のエリック・シュミットCEOが初めて持ち出した概念だ。

しかし、多くの専門家が反発をした。サン・マイクロシステムズのジョナサン・シュワルツCEOは「ネットワークコンピューティングを新しい言葉に置き換えただけじゃないか」と言い、オラクルのラリー・エルソンCEOは「すでに我々がやっていることで、宣伝文句を変えただけじゃないか」と言った。もちろん、クラウドが普及してしまうと、強力なライバルになるため、ポジショントークの側面はあるものの、クラウドは理解されなかったし、反発、懐疑も多かった。

それは中国も同じだった。百度のロビン・リーCEOは「古い酒を新しい瓶に詰めたものにすぎない」と言い、テンセントのポニー・マーCEOは「100年後なら可能かもしれないけど」と言った。

それだけではない。王堅を中心にクラウド開発部隊が組織されたが、そのメンバーたちからして「クラウドって何?。私たちは何を開発すればいいのか?」という議論から始めていた。

 

脱IOEという具体的な目標を設定した王堅

王堅は、このクラウドに対する理解が進まない中、脱IOEというわかりやすい目標を設定した。当時の中国の大手企業は、どこも、IBMミニコンピューター、オラクルのデータベース、EMCのストレージ、ネットワークを使うというのが定番だった。この3つをすべて廃止することが目標だとしたのだ。そのためには、データセンターに高い計算能力、処理能力を持たせる必要がある。PCや携帯電話という端末は、クラウドの操作をし、結果を見るだけの存在になる。この目標を掲げることで、クラウドが何であるかを理解させていった。

 

冷房が壊れ、停電をする環境で始まったクラウド開発

2009年9月、正式にアリクラウドが設立され、王堅たちの開発が始まった。ジャック・マー肝煎のプロジェクトだったが、与えられた予算は多くはなかった。そのため、最初のオフィスは北京の賃貸オフィスの狭い一間で、エアコンも半ば壊れているような古いビルだった。さまざまな機器が動いているため、冬は暖かかったが、夏は耐えられない暑さだったという。そこで王堅は、毎日、氷屋に大きな氷を2つ配達させ、それをテーブルの下に置いて、足をつけて、冷をとっていた。

しばらくして、ジャック・マーが視察にやってきた。王堅たちは、クラウドのデモをジャック・マーに見せる予定だった。ところが、その時に、ビル全体のブレーカーが落ちてしまったのだ。ジャック・マーは30分待たされて、ようやくデモを見ることができたという。

 

離職率80%、お荷物と呼ばれ、詰められる王堅

開発は難航した。そもそもクラウドなどという誰も見たことがなく、使ったことがないものを開発しようとしているのだ。王堅の頭の中にイメージはあったが、それをどう実現すればいいのかは王堅もわからない。仕事は過酷。方向性はぶれる。オフィスはボロボロ。王堅チームの離職率は80%にも達していた。

次第にアリババ内部で、アリクラウドは「アリババのお荷物」と呼ばれるようになっていた。すでに10億元(約155億円)の経費を使っているのに、稼いだ金額はゼロに等しかった。アリババの内部では、王堅を詐欺師ではないかと囁く声も聞かれ出した。王堅はジャック・マーから10億元を騙し取ったのだとひどいことを言う人もいた。

 

会議で追及され、泣き出した王堅

2012年8月、王堅がアリババのCTOに就任することが決まると、不満が爆発した。アリババの例会で、王堅の解雇を要求する声が上がってきたのだ。さらにアリクラウドチームの解散も要求された。このとき、矢面に立たされた王堅は、あまりの反発の強さに驚いて、社員の前で泣いてしまった。どうしていいか分からなくなってしまったのだという。

その時に、ジャック・マーが発言をした。「王堅にもう少し時間をあげてほしい。テクノロジーはアリババの生命線だ。みなさんにお願いをする。王堅を支持してあげてほしい。王堅を信じてあげてほしい」。

これはジャック・マーの発言としては極めて異例だった。ジャック・マーは、何かを決めるまでは徹底的に考えるが、いざ決断をしたら絶対に譲らない。絶対に人に頭を下げない。しかし、この時、ジャック・マーは王堅のために、社員に向かって頭を下げた。誰も何も言えなくなってしまった。

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▲CTO就任の時に、各方面から批判され、うろたえ人前で大泣きしてしまったクラウドの父、王堅。これを救ったのがジャック・マーの言葉だった。

 

クラウド始動。ジャック・マーは大笑いして、ご飯をお代わりした

王堅はアリクラウドが始動した日のことを覚えている。「チーム全員が大泣きしました。私も泣きました。ジャック・マーに成功の報告をすると、彼は大きく笑って、ご飯をおかわりしました」。

2013年、11月11日独身の日セールのトランザクション処理の75%はアリクラウドが担当した。故障もトラブルもなく乗り切った。それ以来、アリクラウドは毎年の独身の日セールによって鍛えられ、2019年の国際シェアは4.9%となり、AWS、Azure、GCPに次ぐ第4のクラウドサービスに成長をしている。

2019年、アリクラウドは4500億元(約7兆円)の営業収入を挙げている。王堅は、かつてジャック・マーから10億元を騙しとったとしても、4500億元のお返しをしているのだ。

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▲2019年のクラウドサービスの市場シェア。圧倒的なトップはアマゾンのAWSだが、アリクラウドもグローバルベースで第4位に入ってきている。中国と東南アジアが主な市場になっている。Canalys調べ。