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起業熱が再び高まる。火をつけた90年代生まれの3人の天才少年

中国で起業熱が再び高まっている。それに火をつけたのは、3人の天才少年と呼ばれる30代の若者の成功があると市界Proが報じた。

 

第5世代の起業家、3人の天才少年

中国の起業家を世代別に分類する方法はいくつかあるが、馬雲(ジャック・マー、アリババ)と馬化騰(ポニー・マー、テンセント)を第1世代(60年代生まれ)、李彦宏(ロビン・リー、百度)を第2世代(1968年生まれだが、70年代生まれに分類)、程維(チャン・ウェイ、滴滴)と黄(ホワン・ジャン、拼多多)を第3世代(80年代生まれ)、遅れて起業した張一鳴(ジャン・イーミン、バイトダンス)を第4世代(80年代生まれ)とするのが一般的だ。

これらの起業家の興した企業がいずれも大企業に成長した今、第5世代と言われる90年代生まれの若い起業家の活躍が目立つようになっている。その中でも注目をされているのが、「3人の天才少年」と呼ばれる楊植麟(ヤン・ジーリン、月之暗面)、姚頌(ヤオ・ソン、東方空間)、彭志輝(ポン・ジーホイ、智元機器人)だ。

 

学生の時から活躍をした3人の天才少年

2011年8月、広東省汕頭市、湖南省長沙市からそれぞれ19歳の若者が北京市に向かった。清華大学に入学をするためだ。汕頭市の姚頌は電子工学を専攻し、長沙市の楊植麟は熱エネルギー学を専攻した。翌年、江西省吉安市から、四川省成都に向かう若者がいた。彭志輝だ。電子科技大学に入学をするためだ。

清華大学に入学した姚頌は、自分は秀才ではないが、実践研究に才能があることに気がついた。そのため、1年生の時から研究室に入室し、集積回路などのハードウェア関連の研究を始めた。

同じ大学にいた楊植麟は熱エネルギー学よりも計算機科学に興味を持ち、転向をした。在学中に20本以上の論文を書き、そのうちの10本以上は楊植麟が筆頭著者になっている。さらに国際的にも活躍し、NVIDIAFacebook ParlAIの賞を受賞している。清華大学を卒業後は、米カーネギーメロン大学に留学をし、博士課程を4年で修了するという秀才ぶりを示した。

2人が大学で力を蓄えている頃、電子科技大学の彭志輝は、アルゴリズムとハードウェアに興味を示し、あらゆるコンペに参加をし、40個近い賞を受賞するメダルコレクターになっていた。2017年、大学院に進学するときに、動画共有サイト「ビリビリ」に「稚暉君」という名前で、動画の投稿を始めた。ものづくりをする過程を動画で公表し、人気の配信主となった。

▲東方空間の創業者、姚頌。技術検証をしながら段階を踏んで開発する手法を拒否し、いきなり直登する手法で、引力1号の打ち上げをわずか3年で成功させた。

▲楊植麟。対話型AI「Kimi」を開発し、中国ではChatGPTよりも使われるようになっている。バイトダンスの創業者、張一鳴が投資をしている。

▲彭志輝。ファーウェイの天才少年プロジェクトにより採用され、ビリビリでは人気のメイカー系投稿主と活躍していた。人型ロボット開発の「智元機器人」には百度やBYDが投資をしている。

 

社会に出て成功をした天才少年

3人の天才少年のうち、いちばん早く社会に出たのは姚頌だ。2016年3月、清華大学を卒業した姚頌は、2人の清華大学の同級生とともに「深鑑科技」を起業した。AI半導体を開発する企業だ。当初は資金調達に苦労をしたが、開発をしたチップが評価され、米ザイリンクスに買収され、姚頌はザイリンクスのAI関連のディレクターとなった。

この時、楊植麟はカーネギーメロン大学に在籍をしていた。しかし、清華大学の同級生と「循環智能」を起業、2019年に博士号を取得すると、グーグル、メタ、ファーウェイからオファーを受けたが、拒否をし、循環智能に専念をすることにした。循環智能は、大規模言語モデルLLM「盤古」を開発し、これがファーウェイに採用されることになった。

大学院を卒業した彭志輝は、OPPO研究院でAIアルゴリズムエンジニアとなったが、2020年、ファーウェイの天才少年プログラムに応募をして、高給をもらってファーウェイのサイエンティストとなった。

 

バイトダンスの張一鳴が投資をした「月之暗面」

ここまでであったら、優秀な学生が成功をしたというストーリーにすぎない。しかし、3人はここからさらにもう一段飛躍をする。

バイトダンスを創業した張一鳴は、機械学習系のAIテクノロジーを使って、それまでとは次元の異なるリコメンドエンジンを開発した。それがニュースキュレーション「今日頭条」、ショートムービー「抖音」「TikTok」に結実をした。いずれも、「自分が見たいと思っていたコンテンツが無限に配信されてくる」感覚を与えることにより、中毒性があるとまで言われた。しかし、OpenAIのChatGPT以降、自分たちのAIテクノロジーがもはや古くなっていることを感じた張一鳴は、大規模言語モデル(LLM)に詳しい若い研究者と積極的に会うようになる。その中の一人が循環智能の楊植麟だった。

この面会の後、2023年4月、楊植麟は「月之暗面」(Moonshot、https://www.moonshot.cn/)を創業し、張一鳴は香港で個人投資会社を設立し、ムーンショットに投資をした。ムーンショットは、2023年10月、驚くべきスピードで対話型AI「Kimi」を公開した。それまでの対話型AIを大きく超えて、20万字までの中国語が入力できる。これにより、詳細かつ複雑なプロンプトが入力できるようになり、対話型AIに数多くの知的作業を行わせることができるようになった。あっという間に、対話型AIを本格的に使いたい人々から支持をされ、2024年2月には投資資金の合計が10億ドルを超え、ユニコーン企業となった。創業わずか1年という早業だった。

 

わずか3年で固体燃料ロケットの打ち上げに成功

ザイリンクスのディレクターだった姚頌は、次に自分が何をすべきかを見つけるために、投資会社「経緯中国」(Matrix)に転職をした。そこで宇宙ビジネスと出会った。米国のスペースXの状況を見ていて、このままでは中国は追いつけないほど遅れをとってしまうという危機感を感じ、2021年、ロケット開発の「東方空間」(オリエンスペース、https://www.orienspace.com/)を創業した。

2024年1月11日、東方空間は、わずか3年で固体燃料ロケット「引力1号」を開発し、山東省沖の海上からの打ち上げに成功をした。重量405トン、推力600トンという固体燃料ロケットとしては過去最大級のものだ。

この成功により、東方空間の企業価値は60億元程度になり、ユニコーン企業にまであと一歩のところにきている。

▲東方空間が打ち上げに成功した「引力1号」。推力600トンと固体燃料ロケットとしては最大級。今後は、液体燃料ロケットの開発やブースターの自律回収技術などに挑戦をする。

 

第5世代の起業家が主役に躍り出てきている

ファーウェイのサイエンティスト、ビリビリの科学系人気投稿主「稚暉君」という二足のわらじを履く彭志輝は、自律走行する自転車の開発過程を公開して、中国だけでなく、世界からも注目されるメイカー系インフルエンサーとなった。自律走行という結果よりも、姿勢制御にジャイロを使い、そのジャイロの制御を、ゲーム開発環境「Unity」の中で機械学習させるという手法が多くの人から称賛された。

2023年2月、彭志輝はファーウェイを退社し、人型ロボット開発「智元機器人」(Agibot、https://www.agibot.com/)を創業した。創業わずか3ヶ月で百度、BYDなどが投資をし、ユニコーン企業となった。8月には最初の製品を発表するというスピードだ。2024年2月には、上海臨港集団と提携をし、上海市に人型ロボットの量産工場を建設する調印をした。

この3人の成功に、同世代は大きな刺激を受けている。彼らはまだ30代半ばなのだ。この3人の天才少年が先頭となり、90后(90年代生まれ)の起業熱が高まることが期待されている。

▲稚暉君(彭志輝)が開発をした自律する自転車。ジャイロが搭載され、その回転数を変えることで姿勢を制御するという仕組みだが、ジャイロ制御の機械学習に、ゲーム開発環境「Unity」を利用するなど、その手法のユニークさが多くの人から絶賛された。