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伝説の火鍋チェーン「海底撈」の業績が悪化。社恐族と呼ばれる若者たちは静かに食事を楽しみたい

海底撈の業績が悪化をしている。ひとつは値上げの影響だが、もうひとつは変態級接客と呼ばれる手厚いサービスが、若い世代に好まれなくなっていることがある。若い世代は少人数で静かに食事を楽しむ傾向が出ており、海底撈はコンセプトを変える必要に迫られていると帥真財経が報じた。

 

火鍋チェーン「海底撈」の業績が大幅悪化

人気だった火鍋チェーン「海底撈」(ハイディーラオ)が、業績を悪化しているだけでなく、イメージも悪くして、消費者が離れ始めている。

今年2022年8月に、海底撈は2022年中期の財務報告書を公開したが、これによると2022年上半期の営業収入は167.64億元(約3200億円)となり、前年同時期の200.9億元から16.6%の減収となった。純損失は2.67億元となり、昨年同時期の純利益9650.8万元から大きく後退した。

▲海底撈はコロナ禍により大きな影響を受け、店舗調整を行なっているが、それでも損失拡大が止まらない。

 

値上げに加えて、イメージを悪化させるニュースも

ところが、同時に報道されたあるニュースが、人々の海底撈に対するイメージを悪化させている。海底撈の創業者の一人、施永宏氏がシンガポールで住居を購入したというニュースだ。その住居はクルニーパークレジデンスで、シンガポールの元首相、リー・クアン・ユーの長女が所有していたもので、価格は5000万シンガポールドル、つまり人民元換算で約2.5億元となる。

偶然にも、海底撈の損失とほぼ同じであることから、「海底撈が買ってあげたのか?」と揶揄をされている。海底撈はここのところ、断続的に値上げをしている。それでも業績が悪化をしているのに、経営層にはまだまだ余裕があるようだとイメージを悪くさせている。

▲共同創業者の施永宏氏が購入したシンガポールのマンション。価格は2.5億元(約47億円)と、海底撈の2022年上半期の損失とほぼ同額であったことが話題になった。

 

店舗調整でも止まらない業績悪化

海底撈は、2021年11月に「キツツキ計画」を公表して、経営の立て直しを行なっている。業績の悪い300店舗を一気に休業するというものだ。ただし、閉店ではなく休業で、2年以内に再開をするとしている。従業員のリストラは行わず、配置転換を進める。

海底撈は、2019年、2020年、2021年上半期にそれぞれ308店舗、544店舗、299店舗の新規開店を行い、2021年6月末時点で世界に1597店舗を展開していた。この拡大戦略が海底撈の成長の源泉になっていたが、業績が苦しくなると不採算店舗が増え、業績を悪化させる要因にもなっていた。キツツキ計画は、この拡大戦略を改め、休業をした上で、採算性を確認し、再開するというものだ。

このキツツキ計画により、実質的な海底撈の店舗数は1300店舗前後になっていると見られる。

しかし、今回の2022年上半期の業績を見る限り、このキツツキ計画の効果は限定的でさらに業績が悪化をしている。

▲コロナ前の海底撈は、入るのに行列をするのがあたりまえだった。しかし、コロナ禍以降、海底撈の行列を見ることは少なくなっている。

 

変態級接客で人気となった海底撈

その理由は、2つある。

ひとつは、海底撈のコンセプトそのものが時代に合わなくなってきたということだ。海底撈は「変態級」とも呼ばれる手厚いサービスで人気を得てきた。テーブルに座ると、来店客は食べる以外のことはする必要がない。スタッフがエプロンをつけてくれ、タレをつくってくれ、調理もしてくれる。頼んでもいないのに、デザートや果物を無料で持ってきてくれる。

一時はどの店舗も大人気で、予約をしないと長い行列に並ばなければならないほどだった。すると椅子を出してくれ、飲み物や果物を無料サービスしてくれる。さらに、店内には無料の幼児用遊び場、ネイルサロン、靴磨きのコーナーまで用意されている。さらに、このサービスは拡大をし、最近では店内に無料のシャンプーサービス、マーダーミステリー(シナリオに従って犯人を推理するリアルゲーム)まで備えられている店舗まである。

これが楽しいと、海底撈は人気が爆発をした。

▲海底撈はとにかく楽しい火鍋チェーン。常にイベントが行われ、大家族や宴会需要が多かった。

▲店内には無料のネイルサロン、無料の靴磨きなどもあり、長時間滞在してたっぷりと楽しむことができる。価格は高めだが、それでも多くの人が料金以上の楽しみが得られると感じていた。

 

時代に合わなくなった海底撈の接客

かつて海底撈の主力のお客さんは、大家族と職場の宴会だった。大人数でやってきて、賑やかな海底撈で楽しく交流をする。それが海底撈の風景だった。

しかし、コロナ禍により、このような大人数グループがほぼいなくなった。複数世代の家族がそろって食事をすること自体が避けられ、数名単位の各家族ごとの食事にシフトをし、企業は大人数での食事会をできるだけ避けるように勧めている。必要があって大人数で食事をする必要があっても、海底撈のような賑やかな飲食店ではなく、静かな飲食店で個室を予約するようになった。

海底撈は主力のお客さんをコロナ禍によって失ってしまった。

 

若い世代は静かに食事を楽しみたい

また、このような手厚いサービスを好むのは、80后(40代以上)の中高年世代が主であり、20代、30代はかえって鬱陶しく感じる人が増えている。

20代、30代の若い世代は大人数での食事をそもそも避ける傾向があった。恋人や夫婦の2人づれ、あるいはそこに小さな子どもを入れた3人、友人との4人までのグループが主体で、それも静かな飲食店でゆっくりすることを好むようになっている。

また、スタッフが食事の途中で介入してくることを嫌う。海底撈のスタッフは、常に客席を見ていて、賑やかさの足りないテーブルを見つけると、おすすめのタレを持って行ったり、無料サービスの果物を提供したり、火鍋のアクをすくったりする。さらに、手延べ麺などのパフォーマンスも常時行われており、テーブルの近くまで行って楽しませる。

それは中高年にとっては楽しいサービスだが、静かに話をしたい若い世代にとっては会話のじゃまをされているように感じる。

 

社恐世代はカウンター席やデリバリーを好む

若い世代で流行語になっているのが「社恐」(シャーコン)だ。社会の中での人との触れ合いを恐怖するという意味で、人との関わりがSNS経由にシフトをして、対面での関わりを避ける若者の行動を自虐的に表したものだ。SNSでは「社恐に適した飲食店ガイド」などのような記事も出回り、1人または2人でプライバシーを確保して静かに食事ができる飲食店が紹介をされているほどだ。

若者たちは、カウンター席主体のファストフード的な店舗や、デリバリーを好むようになっている。

海底撈でも、若い世代の客層にアプローチできていないことを問題し、若者の間で流行しているリアルマーダーミステリーや密室脱出ゲームを店内に設置するという試みを行なっているが、若い世代の間でのマインドシェアは低下の一途をたどり続けている。

 

値上げにより地方都市で客離れが起きている

もうひとつの理由がやはり値上げの影響だ。以前の海底撈は、火鍋店としては決して安くなかったが、サービスが手厚いためコスパは悪くないと考えられ、「庶民が行ける高級店」というポジションを獲得していた。

しかし、度重なる値上げにより、本当に高級店になってきてしまっている。火鍋というのは本来は低価格の食事であり、庶民の食べ物だった。海底撈は、この庶民的な食べ物の格上げをしたという点で大きな貢献をした。しかし、あまりに高くなりすぎて、客離れが起こり、さらに回転火鍋(具材を回転させ、自分でとる方式)など人件費を抑制して低価格で火鍋を提供する店舗が登場するなど、再び、火鍋は庶民的な食べ物に回帰しつつある。

この値上げは、一線都市と呼ばれる北京、上海、広州、深圳ではあまり大きな影響は出ていない。客席回転率は3.0回/日であり、昨年同時期とほぼ変わっていない。しかし、二線都市以下では影響が出ている。二線都市では3.1回から3.0回に、三線都市以下では2.9回から2.8回に落ちている。

一線都市の住人は、収入が高いため、多少の値上げがあっても自分の行動を変えないが、二線都市以下では収入に限りがあるため、行動を変えて、他の火鍋店に流れていると推測できる。

▲流行している回転火鍋。回ってくる食材を自分で選び、串の本数で精算をする。安上がりであることがウリで、本来庶民の食べ物であった火鍋が原点回帰をしている。

 

苦境に立たされる伝説の火鍋チェーン海底撈

施永宏がシンガポールに豪邸を購入したことはともかく、人々の中での海底撈の心理的なポジションが、コロナ禍をきっかけに変化をしたことは明らかだ。

海底撈は今年2022年3月からはバーベキューのデリバリーやブラインドボックス(開けるまでどれが入っているかわからないシリーズものフィギュア)、NFTアートの発売などを始め、若い世代に対応をしようとしているが、現状ではその効果が現れているとは言えない。

1994年に四川省簡陽市で、テーブル4卓の小さな火鍋屋からスタートした海底撈は、その変態級サービスで奇跡のような成長をし、中国の火鍋チェーンNo.1の地位に登りつめた。海底撈は、その地位を保ち続けることができるのか。多くの人が注目をしている。