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音のない、手話だけのライブ配信。聴覚障害者初の弁護士が、法律相談ライブ配信を主催

音がなく、手話だけのライブ配信をする弁護士がいる。聴覚障害を持つ譚婷さんだ。譚婷さんは、同じく聴覚に障害を持つ人のために無料の法律相談ライブ配信を週に1回開いていると環球人物雑誌が報じた。

 

聴覚障害者としての初めての弁護士、譚婷さん

譚婷(タン・ティン)さんは、まだ数ヶ月の娘が眠りについたのを見て、夫に目で「先に寝て」と合図をした。深夜になると、娘が夜泣きをするが、夫婦はその声を聞くことができない。二人とも聴覚に障害があるからだ。そのため、交代で子どもの横で不寝番をしなければならない。

譚婷さんは、8歳の時に医療ミスに遭い、聴覚を失った。道を歩いていても、車のクラクションも聞くことができない。そのような状況の中で、譚婷さんは四川省の小さな村を出て、重慶師範大学の特殊教育系で学び、重慶華代弁護士事務所に勤め、聴覚障害者として初めての弁護士となった。

聴覚障害を持つ弁護士、譚婷さん。主に聴覚障害を持つ人の法律相談を行なっている。

 

聴覚を失うと、声も失う

8歳の時、耳の辺りが突然痛くなり病院に連れて行かれたが、適切な治療を受けることができず、聴覚を失ってしまった。聴覚を失うと、発声能力も奪われる。どれだけ大声を出しているつもりでも、自分の声を聞き取ることができない。正しく発音したのかどうかもわからない。次第に発音が乱れていき、ついには両親も譚婷さんがなんと言っているのかがわからなくなってしまった。譚婷さんは次第に声を出さなくなり、声帯も縮小してしまった。

さらに、自分は両親にとって重荷になっているとも感じた。自分のために医者を探し回り、蓄えていたお金もなくなってしまった。その罪悪感から、譚婷さんは次第に内向的になり、学校にも通わなくなってしまった。

▲譚婷さんは、一時は引きこもるほど内向的になったが、障害を持っているのは自分だけではないということを知り、重慶大学の受験に挑戦をした。

 

手話ができる弁護士、唐師さん

5年後、障害者のための特別支援学校の存在を知り、復学をした。そこで譚婷さんは、障害に悩んでいるのは自分だけはないということを知った。それからは勉強が好きになり、飛び級もし、2013年には重慶大学に合格をした。

2017年に大学を卒業すると、重慶華代弁護士事務所が聴覚障害者を募集していることを知り、応募をし、採用された。この重慶華代弁護士事務所では、唐師さんが主任を勤めていた。唐師さんは、中国で最初の聴覚障害者と手話で話ができる弁護士だ。両親が聴覚障害を持っていたため、手話を覚え、現在は聴覚障害者のために手話ができる弁護士として活動をしている。

▲手話ができる弁護士、唐師さん。自身は健常者であるため、聴覚障害を持つ弁護士が必要だと考え、譚婷さんに司法試験を受けることを勧めた。

 

聴覚障害者が置かれている厳しい状況

その主な活動は、聴覚障害者が犯罪を犯した時に弁護をすることだという。聴覚障害者の犯罪率は、平均よりも高いという悲しい現実がある。「現在、中国には3000万人の聴覚障害者がいます。しかし、その中で高等教育を受けられたのは1%にすぎません。障害者教育がほとんど普及をしていないため、文字すら読めない人もたくさんいます。結果として、遵法意識も低くなってしまうのです」と唐師さんは言う。

唐師さんは、活動を始めてから、聴覚障害者が置かれた厳しい状況を知り、力の限り活動をしてきた。しかし、自分自身は聴覚障害者ではないため、どうしても理解が及ばない部分がある。そこで、事務所で聴覚障害を持った人を採用し、手伝ってもらおうと考えたのだという。

▲友人との電話は、ビデオ通話で手話でできるようになった。テクノロジーが発達することにより、障害が日常生活の障害ではなくなりつつある。

 

三度目の挑戦で司法試験に合格

これにより、譚婷さんが採用され、司法試験を受けることを勧められた。しかし、合格率10%以下の難関試験だ。勉強方法も教科書で学ぶのは問題がないものの、法律の議論ができない。そこで、字幕がついている動画を探して、教科書と動画で法律を学んだ。

697の生活、朝6時から夜9時まで週7日間学ぶ生活が2年間続いた。しかし、司法試験には落ちてしまった。翌年も挑戦したが再び不合格。三度目の挑戦でようやく合格をして、中国で最初の聴覚障害を持つ弁護士となった。

 

自分の声を取り戻した譚婷さん

譚婷さんは弁護士事務所に勤めるようになってから、言葉を取り戻した。自分の声を自分で聞くことができないため、発音が乱れ、相手が聞き取れなくなってしまったため、話すことをやめてしまったが、それを変えたのはスマートフォンだった。自分の声を聞きとり、文字に起こしてくれるアプリがある。これを使って、話し、うまく文字が起こせない時は発音をし直すなどして、話す練習を重ねていった。相手に理解できる発音ができるようになるまでは長い時間がかかったが、現在では手話と口話を併用している。

ライブ配信中の譚婷さん。聴覚障害を持つ人の法律相談に乗っている。会話は手話が中心となるため、無音の静かなライブ配信となる。

 

聴覚障害者のための法律相談ライブ

さらに、譚婷さんはスマホを使って、週に1回ライブ配信を行なっている。聴覚障害を持つ人のための法律相談を行なっている。しかし、そのライブ配信は普通とはかなり違っている。音声がなく、すべて手話で行われるのだ。譚婷さんが動きをとめると、ネット回線が切断されたように見える。

譚婷さんは「たくさんの聴覚障害者のために、私は表に出なければいけないと思いました」と言う。

ある聴覚障害のある女性が健常者の男性と結婚をした。しかし、暴力を振るわれる。暴力により流産もしてしまった。夫は離婚に同意をせず、女性は家出をするしかなかった。

また、聴覚障害があり、適切な教育を受けられなかった女性が、騙されて結婚証明証に署名をしてしまった。彼女は結婚の取り消しを求めて法律相談にきたが、自分で署名をしたという事実が重く見られ、取り消しは難航をした。譚婷さんは、健常者はさまざまな権利が法律により守られているけど、障害者はその保護の網から漏れてしまっていると感じた。このような状況を変えるために、譚婷さんはライブ配信を行なっている。