マイクロソフトを辞職し、リサイクル事業の分野で起業をした青年がいる。廃品回収の人の仕事を奪う、モデルの未熟さ、資金の枯渇など数々の困難に直面したが、最後に救ってくれたのは地方都市政府の支援だったと国学万象が報じた。
マイクロソフトを辞職し、ゴミ拾いに
中国には「ビンを拾う」という特殊な表現がある。街中で捨てられているペットボトルを拾い集め、洗って売るというもので、最も稼げない仕事とされる。よく使われるのは、親が小さな子どもに「勉強しないと、将来、ビンを拾うことになる」と戒めるというものだ。
しかし、中国の経済が成長し、大量に物質消費をするようになると、リサイクルが大きな課題となり、「ビンを拾う」仕事の重要性は日増しに増している。そこに、30歳でマイクロソフトの幹部となった人が、辞職をして、四川省に行き、ゴミを拾うビジネスを始めたことが話題になっている。
超エリートの汪剣超
この話題の人物は、汪剣超(ワン・ジエンチャオ)。1998年に中国科学技術大学のコンピューター学科に入学。2005年には、中国科学院ソフトウェア研究所で修士号を取得した。この時、ちょうどマイクロソフトが北京市に研究機関を設置し人材を募集していたため、マイクロソフト中国に入社をした。
その選りすぐりの人材の中でも、汪剣超は優れており、すぐにプロダクトマネージャーを経て、昇進をしていった。この時、ある女性と知り合い、子どももできた。いわゆる勝ち組で、誰からも羨ましがられる生活をしていた。
ゴミの分別回収に衝撃を受ける
2010年、汪剣超は同僚とともに、米国シアトル市のマイクロソフト本社に出張をした。会議が終わって外に出てみると、そこにゴミ箱が並べられていた。複数の色のゴミ箱が用意されていて、色別に捨てられるゴミが決まっているようだった。しかも、それはマイクロソフトだけのことでなく、街中に出ても、複数の色分けされたゴミ箱が並べられている。
汪剣超はこのような分別の仕組みを初めてみた。中国ではゴミ箱はひとつであり、ゴミはすべてゴミ箱に捨てればよかったからだ。
同僚に聞いてみると、ゴミを分別回収し、リサイクルをして製品として蘇らせているのだという。ネットで検索をしてみると、分別とリサイクルに関する情報が大量に見つかった。これは中国ではまったく知られていない考え方だった。
中国は経済的価値で分別をしていた
中国に帰ってから、調べてみると、中国でも分別の概念は存在していたことを知った。それは「お金になるゴミ」と「お金にならないゴミ」という分別概念だった。段ボール箱、金属、缶類、ペットボトルはお金になるためゴミ箱には捨てずに分別をする。それ以外のものはゴミ箱に入れるという考え方だった。
また、衣類、靴、テーブル、木材などは、リサイクルができるのに、お金に変える方法が存在しないために、ゴミとして捨てられていた。
汪剣超は、この中国の考え方を変えなければならないと感じた。しかも、その方法は簡単であるかのように思えた。なぜなら、中国人はお金になるゴミは分別をしてくれるのだから、環境の観点からリサイクルをすべきゴミがお金になる仕組みを用意すればいい。
起業に、同僚は賞賛、家族は大反対
汪剣超は、マイクロソフトを辞職して、ゴミのリサイクルの会社を起業したいと上司や同僚に相談した。多くの同僚が、簡単ではない起業になるが、それが実現できたとしたら素晴らしい事業になると応援をしてくれた。
しかし、妻は大反対だった。マイクロソフトのような高給がもらえる仕事を捨てて、ゴミ拾いを仕事にするというのだ。妻のことや子どもの将来のことを真剣に考えてくれているのかと怒った。
汪剣超は自分の体験を説明し、社会的にも意義のある仕事であることを説明し、最終的に妻はマイクロソフトを辞職することには同意をしてくれた。しかし、絶対に自分は、ゴミ拾いの仕事を手伝うことだけはしないと言い張った。
既得権益者の仕事を奪ってしまった分別回収ビジネス
2011年2月、汪剣超と妻、子どもは北京から四川省成都市に引っ越し、「緑色地球」(グリーンアース)という企業を立ち上げた。
そして、ゴミの分別をガイドするアプリを開発し、それをリリースした。まずは分別の考え方を広めることが必要だった。ところが、このアプリはまったくといいほど利用されなかった。
いきなりのつまづきで、汪剣超は実際の街中に出て、ゴミがどのように回収されているのかを調べ始めた。そして、わかったのが、中国人がゴミの分別の概念が理解できないのでなく、緑色地球のゴミの分別では、既得権益者の利益を奪ってしまうということがわかった。
多くは老人だが、天秤はかりを持ち、各家庭を周り、段ボール箱やガラスビン、金属を回収して歩く。わずかな買取り料金をゴミを出した家庭に置いていく。老人は集めたゴミを業者に持ち込むとお金になるというものだ。緑色地球のアプリを使って、ゴミを分別して捨ててしまうと、このような廃品回収の仕事を奪ってしまうことになる。
わずかなゴミの買い取り料金を惜しんでいるわけでも、廃品回収が儲かる仕事で既得権益を放さないというわけでもなかった。福祉政策が立ち遅れている中国では、年金がもらえない高齢者もたくさんいる。そのような高齢者は廃品回収やビン拾いをして、わずかな生活費を稼ぐしかなかった。市民はそれがわかっているために、家庭内でゴミを分別して、廃品回収がくるのを待っている。一種の民間から生まれた福祉政策になっていたのだ。
廃品回収を仕事にしている老人に普及をさせる
汪剣超は、このような廃品回収の老人にこそ、緑色地球のアプリを使ってもらおうと考えた。廃品回収が扱っているのは、段ボール、ガラスビン、金属が主なものだが、緑色地球では、この他に、古紙、ペットボトル、缶類なども分別の対象となり、センターに運び込んでもらうことで、量に応じたポイントが貯まる。そのポイントは、歯磨き粉や歯ブラシ、タオル、桶といった日用雑貨に変えることができる。
そのことを説明すると、廃品回収をする老人たちは、お金になるゴミだけでなく、緑色地球アプリで扱うゴミも回収するようになり、廃品回収を通して市民にも緑色地球アプリが広がり始めた。
モデルが未熟なため、離脱者が続出
しかし、その広がりは小さな範囲で止まってしまった。汪剣超が利用者のところを回って話を聞くと、アプリに問題が多いことが発覚をした。まず、登録をする操作が煩雑でわからない人が続出していた。さらに、ポイントがもらえても、そのポイントがすぐに使えないことが大きな不満になっていた。一定のポイントを貯めないと、商品に変えることができない。ポイントを貯める途中で嫌になってアプリを使わなくなってしまう。さらに、日用品が宅配されてくるというのも不満だった。多くの人が、どこかの店舗などで受け取りする方がわかりやすくいいというのだ。
最初はアプリを使ってくれても、長続きをせず、途中で使わなくなってしまう人が多かった。
今度は資金の枯渇
緑色地球はアプリの改善を急いだ。しかし、今度は資金が枯渇をするという問題が起き始めた。起業するときに100万元を超える投資資金を集めたが、アプリ開発や回収の仕組みを構築することに使ってしまい、売上はほとんどないために、資金が底をつき始めた。汪剣超は自分の資産を取り崩して、従業員の給料を支払うようなところまで追い込まれた。
地方都市政府の支援により軌道に乗る
それを救ってくれたのが、成都市を始めとする地方政府だった。緑色地球の活動を評価してくれ、環境政策の助けにもなることから、困窮を訴えると、地方政府が出資をしてくれるようになった。合計で400万元の資金が集まり、倒産の危機を免れることができた。
また、地方政府が積極的に緑色地球のアプリを推奨してくれたことも大きな追い風となった。現在では、600の町で、20万以上の家庭がアプリを使ってくれるようになり、毎日30万トンのゴミを処理し、そのうちの90%がリサイクルに回せるようになっている。
2017年からは、緑色地球は黒字化を果たし、1000万元の利益を出せるようになっていた。汪剣超は、成都市では、次第に「ゴミ王子」と呼ばれるようになっていた。2020年には、1288トンのリサイクルゴミを回収し、中国の環境政策に大きな貢献をするようになっている。