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今回は、内巻と躺平についてご紹介します。
この2つのネット流行語は、日本のメディアでもよく紹介されるようになってきました。内巻(ネイジュアン)は内部競争、躺平(タンピン)は寝そべりと訳され、中国社会はものすごく競争が厳しく、若者たちは達観をして競争から離脱をし、寝そべって過ごすようになっているというストーリーに乗せられ、中国の激しい競争社会が若者を無気力にしているというニュアンスで語られます。
この解釈が間違いであるとまでは言いませんが、中国でこの2つの言葉が社会学者まで巻き込んで大きな議論になっているのは、より深いレベルでの中国社会の問題だからです。中国の問題というより高度成長をした社会に必然的に訪れる課題でもあるからです。
もし、「競争が厳しいから降りちゃう人がたくさん出ている」という話であるなら、20年前から中国はそうでした。降りてしまう人のことは脱落者と呼ばれて顧みられることはありません。それがなぜ、2020年以降になって、この問題が大きな議論になっているのか。ここが大きなポイントであり、私たち日本社会もまったく同じ課題を抱えています。
この内巻という言葉が流行したきっかけははっきりとしています。中国の一流大学である清華大学の学生が「これが清華大学の内巻だ」として、1枚の写真をアップしました。
https://view.inews.qq.com/k/20201004A0B2GC00?web_channel=wap&openApp=false
▲自転車に乗りながらパソコンでレポートを書く学生の姿が、内巻という言葉が流行するきっかけになった。
その写真とは、夜遅い時間にたくさんの学生が自転車で寮に戻る中、ある学生が自転車に乗りながら、パソコンを開き、器用にレポートを書いているというものです。これが「清華大学の巻王」として一気にネットに拡散しました。
この写真を見て、「清華大学のようなトップ校では、ここまでしないと競争に負けてしまうのか」という感想を持つことも可能で、そうすると、日本のメディアで言われている「厳しい競争に負けて…」というストーリーとうまく合致します。
しかし、拡散した理由は少し違っていて、多くの人が「そこまでやるの?」というおもしろ画像として捉えたのです。日本風に言えば「コーヒー吹いた」に近い感覚です。この微妙なニュアンスの違いも、内巻が抱える問題を理解していただければ、わかっていただけると思います。
この内巻という言葉は、社会学の学術用語です。先ほどの写真を投稿した清華大学の学生はこの学術用語を知っていたのだと思われます。
最初に社会学でこの言葉が注目を浴びたのは、黄宗智という社会学者が1986年に著した「東北の農村の経済と社会の変遷」の中で使われたことからでした。農村の経済がなぜ頭打ちになるのか。その原因を「内巻化」という言葉で説明したのです。
黄宗智が研究対象としたのは、19世紀から20世紀の農村であり、当時の農業というのは機械化がほとんどされていません。生産性をあげるには投入する労働力を増やす以外の方法がほとんどありませんでした。農村も当然経済を発展させたいと考えます。そのためには、何らかの方法で労働力を確保して、投入する労働力を増やしていくしかありません。労働力を増やすと、確かに収穫量はあがります。しかし、なぜか報酬は増えず、労働者が増えた分、一人あたりの報酬は減少してしまうという現象が起こるようになります。
なぜそのようなことが起こるのか理由は簡単です。生産量が増えても、需要は急には大きく変わらないため、市場原理により生産物の単価は下がっていきます。市場原理が理想的に働いているとすると、この農村は労働力を追加して生産量を増やしても、総収入はあがらず、一人あたりの報酬は少なくなり、かえって貧しくなってしまうのです。これが中国の農村が抱えている課題だということを、黄宗智は指摘をしました。
じゃあどうすればいいのかというと、方法は2つしかありません。ひとつは機械化をして生産性をあげ、投入する労働力を減らすことです。総収入は変わらなくても、労働者の数が減るため、一人あたりの報酬は増えていきます。もうひとつはブルーオーシャンに漕ぎ出すことです。例えば、付加価値の高い商品作物に転換をすることで、総収入を大きく増やして成長することができます。
しかし、人間というのは基本的に保守的にできていますので、言葉で言うほど簡単なことではありません。機械化をして生産性を上げようとすると、「では、不要になった人はどうやって生きていけばいいのだ」という反論が出ます。付加価値の高い作物に転換をしようとすると「失敗をしたら誰が責任を取るのだ」という反論が出ます。特に、成長が止まっている社会では、既得権利意識が高まるため、このような変化を阻む声が強くなります。
黄宗智は、内巻化には3つの特徴があると指摘しています。継続性、増進性、発散性の3つです。つまり、内巻は長く続き、程度が深まり、他の地域にも伝播をしていくということです。つまり、内巻化が一度始まってしまうと、そこから抜け出すことは容易ではないということです。
中国の2010年台はIT革命が急速に進んだ10年になりました。この時代も、競争は厳しく、多くの人が「命を削るほどの」努力を惜しまず、「996」(朝9時から夜9時まで週6日の勤務体制)をするのがあたり前でした。
それでも不満を述べる人は多くありませんでした。なぜなら成果がどんどん出るため、仕事にやりがいはあり、残業代もたっぷり出て、うまくすれば会社の株式を与えられ、株式公開でもすれば富豪になることができます。しかし、2019年にこの996という言葉がネガティブに取り上げられ、過剰労働が社会的な問題となりました。この辺りで、はっきりと中国経済に内巻が起こっていたのです。
2019年4月11日、アリババの創業者、馬雲(マー・ユイン、ジャック・マー)は、996についてある発言をし、世間から大きな批判を浴びました。ジャック・マーは内巻化が始まる前に活躍をした人なので、長時間労働の何が悪いという考え方なのです。長時間労働は「福」であるとまで言って、炎上をすることになりました。少し長くなりますが、実に味わい深いスピーチなので引用します。
996について、国内で話題になっている。私個人の見方だが、996は一種の大きな福だと思っている。なぜなら、多くの企業、多くの人は、996が絶好のチャンスだとは考えていないからだ(ライバル企業に勝てるチャンスになるという意味)。若い時に996をやらなくて、いつやるのか?一生996をしないで生きてきたことが、自慢になるのか?この世界では、誰もが成功しようと思い、誰もが美しい生活を欲し、誰もが尊敬されたいと願っている。みなさんに問いたい。人よりも努力をし、人よりも時間を注ぎ込まないで、どうやって成功できるのだろうか?
996の話は今日以降しない。でも、私自身は12時間労働を週に12日やってきた。この世界に996の人はたくさんいるが、1日12時間、13時間働く人もたくさんいて、私たちよりも苦労をし、私たちよりも努力をし、私たちよりも聡明な人がたくさんいる…(中略)。
アリババとはどんな企業か。この世から不可能なビジネスをなくす(すべての社会課題をビジネスによって解決できることを実証するという意味)。それがアリババのミッションだ。そのために私たちはつらい仕事をしている。あなた方に、アリババは楽な仕事だなどと言って騙したことは一度もない。「不可能なビジネスをなくす」などと言うことは信じられないだろうか。私たちはそれをやってきた。
今日、私たちはこれだけ大きな企業になり、遠大なミッションを持っている。それを実現するために、代価を払わないなどということが可能だろうか。絶対に不可能だ。だから、私たちは、アリババにくるなら、毎日12時間働くつもりできなさいと言っている。それが嫌なら、あなたはアリババにきて、いったい何をするつもりなのだろうか。私たちは8時間しか働かないお気楽な人たちではないのだ。
今の時代の経営者として、12時間労働を従業員に強要しているのであれば大きな問題ですが、内巻化以前に成功した中国人としてはごく一般的な考え方です。「私たちは8時間しか働かないお気楽な人たちではないのだ」と言うように、普通のことをしていたら脱落するというのがあたり前のことでした。
しかし、内巻化が起きている社会では、この考え方は逆効果です。黄宗智が研究対象にした農村の村長も、ジャック・マーと同じように「みなさんに問いたい。人よりも努力をし、人よりも時間を注ぎ込まないで、どうやって成功できるのだろうか?」と村民に問いかけて、内巻化を悪化させていたかもしれません。
今回は、例を示しながら内巻とは何かをご紹介します。最後にテック企業がこの内巻に対してどのような対応をしているのかをご紹介します。
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