中華IT最新事情

中国を中心にしたアジアのテック最新事情

改革は「10年観察をして、3年考え、1年で実行」。店舗スタッフ網紅化で、私域流量の獲得に成功した宝島眼鏡

SNSをうまく活用し、私域流量を獲得して好調な業績を上げているのが、眼鏡小売の宝島眼鏡だ。しかし、高島眼鏡は、1997年に中国進出をしてから一貫して、デジタル改革を絶え間なく続けきたと中欧国際工商学院が報じた。

 

SNSを利用し業績を上げる宝島眼鏡

眼鏡小売の宝島眼鏡が、SNSをうまく使いこなして業績を上げている。微信(ウェイシン、WeChat)の公式アカウントの登録者数は1000万人を超え、ライブコマースは15万人が視聴する。さらに、7000名の従業員が、大衆点評、小紅書、知乎、抖音などに累計8000以上のアカウントをつくり、日々、情報を発信している。

このような体制で、私域流量(プライベートトラフィック、企業が直接消費者とつながる)を獲得し、業績を伸ばしている。しかし、この状態を作りあげるまでには長い時間と努力が必要だった。

▲評判となっている「ARバーチャル試着」。スマホカメラで自分の顔が移り、そこに商品をバーチャルにかけた様子を見ることができる。顔を横に向けても眼鏡がきちんと追従する。

 

小規模ほど、DX導入コストは小さく、変革スピード速い

宝島眼鏡は台湾の眼鏡小売チェーンだったが、1997年に中国市場に進出をした。それ以来、中国の眼鏡小売業界をリードし続けてきた。他の眼鏡小売チェーンが店舗数を急激に拡大させる中、宝島眼鏡は店舗拡大に走らず、サービスを充実させる戦略をとった。2015年には「専業化+デジタル化」の戦略を打ち出し、約1600名の検査師を養成し、数千の検査機を導入した。

2001年に、宝島眼鏡は、本格的なデジタル化を進めた。当時、ERP(Enterprise Resources Planning)=統合型基幹システムの導入が企業のデジタル化の大きなテーマになっていた。それまでは、営業、物流、経理、経営などで独立した基幹システムを使っていたが、データを一元化し、基幹システムを統合し、リアルタイムでの状況把握をすることで、決断のスピードを早め、経営効率を高めていこうというものだ。しかし、問題は導入のための費用が高くつくということで、ある程度の規模以上の企業でなければ導入できないと見られていた。中堅企業にとっては「ERPを導入すれば死ぬ可能性があり、ERPを導入しなければ死が待っている」とまで言われていた。

この時、宝島眼鏡は店舗数が30程度と小さなチェーンでしかなかったのに、ERPの導入を決定した。チェーンが小さい時の方がERPの導入コストは安くつき、変革のスピードは速い。世間一般の発想と違い、宝島眼鏡は小さい企業ほどERPの投資効果は大きいと判断をした。

ここから宝島眼鏡の本格的な成長が始まっていく。

 

ECへの進出で、店舗売上が減少する危機

5年後、宝島眼鏡は天猫、京東などのECに積極的に進出をしていく。価格の透明性が高く、利便性の高い購入体験を顧客に提供をする必要があると感じたからだ。2012年には正式にEC部を設置し、各ECと提携していくだけなく、店舗販売とEC販売を連結するO2Oを模索していく。

他の眼鏡小売チェーンよりも早くECに対応をしていったため、標準品の眼鏡、サングラス、レンズ洗浄液の3つがECで好調に売れた。

しかし、問題が発生した。確かにオンラインでの売上は伸びるが、その分、オフライン=店舗での売上は下がっていく。しかも、オンラインでの増加分は、オフラインでの減少分をすべて補ってはくれない。オンラインに集中をすればするほど、利益は縮小をしていく。

この問題に悩まされた宝島眼鏡は、そのままオンラインにシフトをしていくのではなく、独自の道を模索する必要に迫られ、2015年に「専業化+デジタル化」の戦略を打ち出した。

▲宝島眼鏡の天猫旗艦店。ECでは眼鏡を探して買うだけになってしまい、目の健康サービスを提供するのが難しい。そこで、店舗スタッフを網紅化する計画を進めた。

 

眼鏡を売るのではなく、目の健康サービスを提供する

宝島眼鏡が持っているリソースは、検査機、検査師、サービス、商品の4つであると定義し、眼鏡小売チェーンではなく、目の健康センターを目指すという目標を立てた。宝島眼鏡は眼科医療の最前線であると定義をして、目の疾病に関するスクリーニングテストも店舗で行うことにした。

これを行うため、視力検査機だけでなく、医療検査機も導入し、検査師も育成をした。これにより、糖尿病網膜症などが発見できるようになり、医療機関に顧客を紹介することができるようになり、視力に悩む顧客に対しても、近視矯正手術、コンタクトレンズ、眼鏡のどれが適切なのかを検査結果からアドバイスができるようになった。

また、このような検査結果は、WeChatで送付をし、その人に合わせた保険適用などの情報提供も行う。

▲宝島眼鏡では、眼鏡の販売ではなく、目の健康サービスを販売すると定義をし、医療用の検査機器を導入し、大量の検査師も養成した。

▲宝島眼鏡では、会員になると無料で視力+7種類の検査を受けることができる。検査結果はSNS「WeChat」で送られてくる。

 

店舗を目の健康センターに

このように、眼鏡という商品を販売するのではなく、目の健康に関するサービスを販売し、WeChatで顧客とつながることで、結果的に、顧客が宝島眼鏡のコンタクトレンズや眼鏡を買ってくれるようになり、売上もあがるようになっていった。消費者にしてみれば、自分の目の健康について詳しく知っている眼鏡店で買うことで安心感を得られる。

当然、顧客の情報はデータベース化をされ、店舗スタッフは全員がタブレットかPCを持ち、顧客の詳細情報をいつでも見られるようになっている。購入履歴、目の健康状態、ポイント残高だけでなく、接客時に得られた顧客からの情報も記録をされていく。

このような情報は、クラウド上で自動分析され、目の健康の分析表を出力するだけでなく、顧客の言語で理解できる解説が付けられる。この分析表に基づいて、顧客の接客を行い、適切な商品を紹介していく。

 

オンライン顧客は店舗に足を運んでもらえない

しかし、宝島眼鏡は再び課題を感じた。店舗では、スクリーニング検査を入口にして、適切な商品を紹介することで売上に結びつけるという流れができあがったものの、いきなりECにアクセスをし、商品だけを購入して、それ以降宝島眼鏡とのお付き合いが切れてしまう顧客がいる。しかも、ECが発展をすればするほど、そのような顧客の割合が増えていく。このような顧客を、店舗と同じような長いお付き合いができる顧客に転換をしていく必要がある。

そこで、2019年に、私域流量の獲得を図ることにした。

▲小紅書の宝島眼鏡の本アカウントでは、目の健康に関する豆知識を発信している。

 

店舗スタッフをSNSの人気者にする

宝島眼鏡のポイントは、まずスクリーニング検査を受けてもらい、顧客自身の目の健康状態を知ってもらうことから始まるということだ。スクリーニング検査はオンラインではできないので、店舗にきてもらう必要がある。

そのために、ほぼすべての店舗スタッフを網紅(ワンホン、ネットの人気者)化する計画を立てた。組織を大きく改変し、MCNとMOCの2つの部署を新設。MCNは従業員に対して情報発信の仕方を教育し、支援をする部署だ。MOCは会員となった顧客に適切な情報を提供をする会員運営の部署。

このMCNが、7000名の店舗スタッフに情報発信の仕方を教育し、各店舗スタッフがそれぞれにSNSで発信をする体制を整えた。その発信による成果はスタッフによってさまざまだが、重要なのは「SNSで見たスタッフが実際に店舗で働いている」ということだ。これにより、店舗に来店する人を増やし、スクリーニング検査を受けてもらうことで会員を増やしていく。その後は、WeChatでつながり、適切な商品を紹介していくという私域流量の流れが確立した。

▲小紅書での、店舗スタッフたちによる発信。店舗に行けば、動画に登場するスタッフが実際に働いている。これにより、店舗に来店することを促している。

 

報奨あり、罰則なしで情報発信

しかし、各従業員に自由に発信をさせるというのは企業としてリスクもある。不適切な情報発信をして、宝島眼鏡のブランドを毀損してしまうことも起こり得る。かといって、発信する内容のガイドラインを厳しくすれば、横並びの情報発信となり、私域流量の獲得が難しくなる。そこで、宝島眼鏡は、常識的なガイドラインは定めたものの、原則としては自由な発信ができるようにし、なおかつ「報奨あり、罰則なし」の方針を貫くことにした。

このような私域流量の獲得で、ノルマを設定するのは最悪の結果を招く。「閲覧数を毎月○○件以上」などのノルマを設定し、それを達成できないスタッフの評価を下げるようなことをすると、ノルマ未達成のスタッフが止むに止まれず際どい発信をしてノルマを達成しようと考え、事故が起こる。

そこで、優れた内容を発信しているスタッフや、大きな私域流量を獲得したスタッフを表彰し、報奨金もだし、その内容をスタッフ間で共有できるようにした。これにより、成果があがらないスタッフは、自然に成功事例を真似をするようになる。真似をするうちに、店舗ごとに独自の工夫がされていくようになる。

 

長年DXを進めてきたからこそ私域流量が獲得できた

2020年、新型コロナの感染拡大で、店舗は大きな打撃を受けた。宝島眼鏡も例外ではなく、一部の店舗を閉鎖せざるを得なくなっている。しかし、それがますます私域流量の獲得に向かわせることになった。

2020年、宝島眼鏡では私域流量からの売上が前年の5倍に成長をした。現在、店舗数1100店、店舗スタッフ7000名の眼鏡小売チェーンに成長をしている。宝島眼鏡が私域流量の獲得で成功できたのは、私域流量の獲得手法がうまかったということよりも、それ以前から戦略的に専業化+デジタル化を進めてきてことにある。私域流量の獲得はあくまでも、この大きな戦略のひとつの表れにすぎない。それ以前のERPの早期導入、商品からサービスへの転換という改革があったからこそ、私域流量の獲得に成功をし、業績に結びつけることができた。

 

改革は「10年観察をして、3年考え、1年で実行する」

宝島眼鏡の親会社である星創視界の王智民会長は、企業にとってデジタル化というのは万里の長城のようなもので、必要だからといって急につくるわけにはいかないと言う。長い年月をかけて、基礎から少しずつ積み上げていくしかないのだという。王智民会長は「10年観察をして、3年考え、1年で実行する」ことがデジタル化には重要だという。まずは10年しっかりと市場と顧客を観察して、何が重要なのかを理解し、それから、どのような仕組みが必要なのかを考える。しかし、決断をしたら短期で導入をして、企業を大きく変革していく。これこそがデジタル化の核心だという。