中華IT最新事情

中国を中心にしたアジアのテック最新事情

米国、中国、シンガポール、それぞれの接触追跡テクノロジー。課題となったプライバシーと効果の関係

新型コロナの感染拡大で、シンガポールは独自に接触追跡システムTraceTogetherを開発している。プライバシーを守るため位置情報を取得しないなど、バランスの取れた仕様になっている。しかし、自主的な利用であるため、利用率は3割未満だと見られている。感染拡大防止効果とプライバシー保護のバランスという大きな課題があったと国家治理が報じた。

 

スマートシティの好例、シンガポールのTraceTogether

中国の都市政策で最も重要なキーワードになっているのが「智慧城市」(スマートシティ)だ。都市内の交通信号、防犯カメラなどをネットワーク化し、都市クラウドで処理をすることで事故、事件などの突発事態に対応をするというものだ。

交通渋滞状況を監視し、渋滞が発生しそうになると、その道路の交通信号を次々と青に変えて渋滞を発生させないようにする「緑の波」などは複数の都市がすでに実行をしている。また、交通監視カメラ映像から交通事故をAIが判別し、被害程度を予測、緊急車両をいち早く出動させ、緑の波で現場到着を早めるということも行われている。

このようなスマートシティに重要な事例として、復旦大学管理学院の劉傑教授は、新型コロナの感染対策として用いられた接触感染者追跡システム「TraceTogether」に注目をしている。

シンガポールの感染者数の推移。変異株が登場してからは感染拡大が起きているが、初期の段階ではうまく封じ込めができていた。

 

オーストラリアなどでも採用されたTraceTogether

新型コロナの感染拡大対策は、陽性者と濃厚接触をした人を、潜伏期間中に隔離をするということが基本になる。もし、濃厚接触者を短時間で確実に隔離をすることができれば、理屈上は、感染の拡大は止まる。

シンガポールでは、この濃厚接触者の判断にスマートフォンの近距離無線通信Bluetoothが利用された。一定程度の信号強度があれば接近したと判断することができる。このような考え方のテクノロジーはアップルとグーグルが共同開発したContact Tracing(https://covid19.apple.com/contacttracing)が最も有名で、日本を始め、世界各国の保健当局がこのContact Tracingを利用した追跡アプリを開発して公開している。

シンガポールはアップルとグーグルよりも早く、独自にBluetoothを活用したBlueTraceを開発した。このBlueTraceはオープンソースとされ、オーストラリア、ニュージーランドアラブ首長国連邦などが採用をしている。


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シンガポールのTraceTogetherの紹介ビデオ。プライバシーにも配慮した素晴らしい仕組みだったが、自主的な利用であったため利用率は3割未満だったと言われる。

 

携帯電話基地局を利用した健康コード

中国の場合は、アリババと杭州市政府により健康コードが開発され、ほぼ全国に広がっている。しかし、健康コードは同じ携帯電話基地局に一定時間以上いると「接近」と判断され、同じ携帯電話基地局を使っていた人の中に陽性者が出ると、その人も高リスクと判断される。健康コードは、濃厚接触を個別に把握するものではなく、接触状況から感染リスクを判定し、高リスクの人は自宅で自己隔離、低リスクの人は外に出て経済活動に参加するという、予防と経済を両立させることを狙ったものだ。

劉傑教授は、健康コードだけでなく、今後のスマートシティ構築のために、より個人レベルの接触を追跡できるTraceTogetherのような仕組みもよく研究する必要があるとしている。

▲TraceTogherにはアプリ型とトークン型がある。スマートフォンを持っていない人はトークン型を携帯することで、接触追跡が可能となる。

 

プライバシーに配慮し、位置情報を取得しない

シンガポールのTraceTogetherは、2020年3月20日という早い時期に最初のアプリがリリースされた。しかし、問題になったのはプライバシーへの配慮と情報収集の両立だった。そこで、TraceToghetherは、GPSなどの位置情報を収集しない方針にした。陽性者が発生した場合、その人が誰(正確には携帯電話番号)と接触をしたかはわかるが、どこで接触をしたかはわからない。

また、陽性者が発生した場合、その人の接触情報を自主的に提供してもらい、接触者の携帯電話に連絡がいく。連絡を受けた人は、自分の判断で、接触情報を提供するかどうかを選べる。また、25日以上古い接触情報は自動的に削除される。

つまり、まずTraceTogetherアプリをインストールするかどうか、接触情報を提供するかどうかを選択でき、プライバシーを侵害しないという建て付けだった。しかし、実際には必要な場合の接触情報の提供は強く求められ、強制に近いという批判もある。

また、実際に陽性と判断されると、保険当局の聞き取り調査に協力をせざるを得ず、そこでは行動履歴などが詳しく尋ねられる。この点もプライバシー保護の観点から問題となった。

シンガポール政府は7割の人がTraceTogetherをオンにしてくれれば、感染拡大を効果的に防げるとして目標にしていたが、現実にはこのような懸念から実際のインストール数は3割に達していないと見られている。

それでも、TraceTogetherによって、陽性者検出から2日以内に濃厚接触者に対応をすることができるようになり、濃厚接触から陽性判定された患者の少なくとも10%以上はTraceTogetherによって把握をされたという。また、2021年4月の段階で、もしTraceTogetherがなく、人手による追跡調査のみであったら見逃していた陽性者が少なくとも75人いることが報告されている。

トークン型のTraceTogetherは、街中の自販機でも提供された。

 

強制では人権を制限する、協力では利用率があがらない

今回の新型コロナの感染拡大では、AppleGoogleのContact Tracing、シンガポールのTraceTogether、中国の健康コードという3つのテクノロジー応用が行われた。この中で、最も効果を上げたのは中国の健康コードだ。ただし、これは地方政府による実質的な強制であり、プライバシー保護の点では大きな問題がある。健康コードでは高リスクを示す赤や黄色になると、公共交通を利用することはできず、多くの屋内施設に入ることも拒否をされる。健康コードそのものを利用するかどうかは自由だが、利用しない場合は赤と同じ扱いになるため、行動は大きく制限される。

一方、Contact Tracing、TraceTogetherは、市民に協力をしてもらい自主的に接触情報を提供してもらうことでプライバシー侵害の問題をクリアしようとしたが、市民の中には不安を感じる人も多く、利用率が上がらない。新型コロナの感染拡大は、人類に大きな課題を残すことになった。

 

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