近年、地下鉄の終着駅に住む若者が増えている。中心地への時間はかかるものの、物価と家賃が安いためで、オフィスに乗換なしで行ける地下鉄の終着駅が選ばれる。しかし、そこは北京の外れであり、終着駅は北京にしがみつく、最後のよすがとなっていると毎日人物が報じた。
安い家賃を求めて地下鉄終着駅に住む若者たち
北京市は人口2189万人、面積は1万6410平方キロもある(東京都の7.5倍)巨大都市だ。地下鉄は25路線が運行され、450の駅がある。総延長は783kmになる。東京メトロは9路線、195km。都営地下鉄を合わせても300km(私鉄を含めれば北京を上回る)。
これだけの都市になると、中心部は不動産価格が高騰し、普通の給与では住めなくなる。そのため、地下鉄の終着駅に住む若者が増えている。通勤に時間はかかるが、家賃は安く、乗り換えなしで始発に座っていけるからだ。地下鉄の中では、音声読み上げでビジネス書を読んだり、タブレットで専門書を読み、自分への投資の時間に充てる。そんな若者が増えている。
待遇悪化で、終着駅にしか住めない
昨年10月、大学を卒業して北京にきた陳曦(仮名)は、わずか4000元しか持っていなかった。13号線と昌平線の乗り換え駅である西二旗で住む場所を探そうとしたが、交通が便利な地域であることから大手テック企業が住居補助を出し始めたため、この辺りの家賃も上昇している。2部屋あるマンションは月8000元(約14.5万円)にもなっている。
結局、陳曦は従姉妹の家に居候することにした。従姉妹の住まいは北京の中心に近い朝陽区にある。しかし、ワンルームなので、2人で1つのベッドに寝るしかない。昼間、従姉妹は仕事に行き、陳曦は面接に行く。仕事を決めて、その会社の場所に合わせて住むところを決めるつもりだった。
しかし、今は職探しに向いている状況ではない。政策による規制も厳しくなり、北京のテック企業はリストラをするようになっている。陳曦は200通も履歴書を送ったが、面接を取り付けられたのは4社だけだった。
一月後、陳曦はあるオンライン教育の企業に採用された。月給は月8000元だった。入社してみてわかったが、去年、陳曦と同じ職位に入社した人は彼女の倍の給料をもらっていた。
いろいろ考えて、地下鉄4号線の終着駅、天宮院付近でワンルームを見つけ、契約の翌日に引っ越した。わずか12平米の狭いワンルームで、月1900元(約3.5万円)の家賃だ。会社は中関村にあり、地下鉄に40分以上乗らなければならないが、乗り換えなしで通える。
家賃だけでなく物価も安い終着駅
5年前、大学を卒業して北京で営業の仕事に就いた許海洋(仮名)は、4号線の西苑、生物医薬基地、1号線の九棵樹、10号線の豊台駅と住む場所を替えてきた。いずれも中心部に近いわりに家賃が安い場所だ。しかし、結局、S1線の終着駅である石廠に越した。給料は年々上がっていったが、家賃は年々下がるようにしてきたのだ。
北京の北側は南側よりも家賃が高い。また、終着駅に近づくほど家賃は安くなっていく。豊台駅に住んでいた頃は、12平米のワンルームが月2100元だったが、石廠では42平米のマンションがわずか200元で借りることができる。
今、目をつけているのは、北京の北東の15号線の終着駅、俸伯だ。ここは以前、俸伯村といい、家賃はびっくりするほど安い。月500元で一軒家を借りることができる。光熱インフラ、エアコン、WiFi、温水器が完備している2階建80平米の一軒家でも1000元程度で借りることができる。しかも、以前は村であったために物価が安い。アイスクリームは2元で、アイスキャンディーは知らないメーカーのものばかりだが、1本0.5元で買うことができる。
大手テック企業社員も終着駅をねらう
しかし、許海洋が俸伯付近で物件を探してみると、意外にもバイトダンスの社員が多く住んでいることがわかった。バイトダンスのオフィスは15号線の六道口にあるため、56分かかるものの、乗り換えなしで通うことができるからだ。六道口にはバイトダンスだけでなく順豊科技、新浪VRなどのオフィスもあり、六道口でワンルームを探すと月6000元ほどになる。それであれば、通勤時間はかかるものの、1000元で一軒家に住みたいという人が一定数いるのだ。
街灯もない帰り道
しかし、終着駅に住むのは経済性はあるが、安心を犠牲にしなければならないこともある。小寒(仮名)は、5号線の終着駅の1つ手前の天通苑から徒歩30分の半截塔村に住んでいたことがある。レトロな筒子楼(廊下の両側に部屋が並ぶアパート)だったが、両側は廃墟で、窓から空を臨むと大量の電線が視界を遮るような部屋だった。夜になると、地下鉄の駅から自宅までの道路に街灯はなく、風が吹くとレジ袋が舞い上がる。彼女の父は心配をして警報器を買って与え、小寒はスマートフォンのライトをつけて道を照らしながら帰宅をする。
北京からこぼれ落ちていく人々
それでも北京にしがみつくこともできない人もいる。胡英俊(仮名)は、10号線の蘇州街にあるテック企業に勤めていたため、昨年7月に16号線の終着駅である北安河に引っ越した。オフィスまでは少し歩くか、シェアリング自転車を使うことになるが、16号線の蘇州橋を使えば、1本で通えるからだ。北安河に3部屋80平米ある集合住宅を借りた。そして、1部屋に自分で住み、2部屋は月600元で他人に貸すことにした。しかし、そこに住む人はだいたい3ヶ月で北京から去ってしまう。
00后(2000年以降生まれ、20歳前後)の男性が住んだことがある。彼は高専を卒業して、インターン実習をした企業に入社をした。しかし、月5000元の給料だという話だったが、いろいろ天引きされて手取りは3000元しかなかった。そのため、この部屋に住むための保証金も両親から借りるしかなかった。
引っ越してきた当日、毛布すら買うことができず、床にそのまま寝ようとしている。胡英俊は見かねて、古い毛布を1枚プレゼントした。3ヶ月後、彼の母親が病気になり、彼はわずかな蓄えで医療費を支払い、胡英俊に実家に帰ることになるかもしれないと言った。それっきり、戻ってこず、音信不通になっている。
次に入居したのは、ミルクティースタンドの店員や不動産の営業をして、ある金融会社に転職をしたばかりの青年だった。しかし、この金融会社は違法な貸付を行なっているようなところだった。突然、彼は音信不通になって1ヶ月、唐突に胡英俊に電話をかけてきて、身分証がカタに取られてしまったので身動きが取れない。実家にも手が回っている。すまないけど、部屋の荷物を持ってきて欲しいという。それっきりになってしまった。
2人とも北京に住んでいるのに遠距離恋愛
胡英俊も似たような身の上だった。大学に進むことができず、守衛をしたり、就職詐欺にあったり、他人を騙すような仕事をしたこともある。胡英俊はネットの消費者金融から1万元を借りて、コンピューターの専門学校に入った。そこを卒業することでようやく安定した仕事に就くことができた。
胡英俊の恋人は、1号線の伝媒大学に住んでいる。彼女の家に行くには2回も乗り換えて、乗っている時間だけで1時間40分もかかる。歩く時間を考えると2時間は必要になる。同じ北京に住みながら、二人はまるで遠距離恋愛をしているようだと笑っている。
北京は大きな篩、終着駅は最後のよすが
北京というのは大きな篩のような都市で、外からやってきた人はこの篩にかけられ網目からこぼれ落ちていく。胡英俊がこぼれ落ちずにしがみつけていられるのは幸運なことだと感じている。
北京地下鉄の終着駅は、北京のはずれであり、中心部から外へと流れていき、そこからさらに外流れることは北京から落ちこぼれることを意味している。若者たちは、北京の終着駅でこの巨大都市にしがみつこうとしている。