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独自のポジションを確保するソーシャルEC「小紅書」。始まりは、海外買い物情報サービス

若い女性に深く刺さっているソーシャルEC「小紅書」。ECというよりも、写真やテキストを中心にしたSNSとして楽しまれている。この独自なポジションを確保する小紅書は、米国で生活をする2人の中国人の出会いから始まったと邱処機が報じた。

 

若い女性に特化したソーシャルEC「小紅書」

「小紅書」(シャオホンシュー、RED)は、創業8年目で、現在3億人の利用者、1.4億人の月間アクティブユーザー(MAU)を獲得し、その67%が女性で、80%が90后、00后(20代、10代)ということから「垂直EC」とも呼ばれる。広く浅くさまざまな属性の消費者に利用される「淘宝網」(タオバオ)や「京東」(ジンドン)とは異なり、特定の層に特化をしたECだからだ。

 

小紅書=インスタグラム+TikTok+EC

しかし、使っている多くの利用者はECという意識はあまりない。化粧品、美容、食品、海外旅行といった若い女性が好きなジャンルに特化をしたインスタグラムとTikTokを合わせたようなSNSで、ついでに製品が購入できるぐらいの感覚だ。

多くのECが、陳列棚の構造を電子化をして、その下に口コミ情報を交換するSNS機能をつくるのに対して、小紅書の場合は、SNSが前面にあり、その上にEC機能が載せられている感覚だ。

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▲小紅書のアプリ。ECアプリというよりは、インタグラム+TikTokといった方が理解しやすい。テキストや写真、ムービーが投稿され、海外旅行情報などが交換されている。このようなコンテンツから商品購入に結びつけるのが小紅書のビジネスモデル。

 

行動する優等生だった創業者

このユニークな「SNS EC」「ソーシャルEC」とでも呼ぶべき小紅書を創業したのは、湖北省武漢市生まれの毛文超(マオ・ウェンチャオ)。1985年に銀行家の家庭に生まれた毛文超は、小さい頃から優等生だった。しかし、ただの優等生ではなく、人から慕われるリーダーシップのある子どもだった。

中学生の時、補習授業の学費が100元から200元に唐突に値上げをされたことがある。多くの家庭が不満に感じたが、学校が決めたことなので反対をしても変わることはない。クラスの級長であった毛文超は、学費の提出前に銀行をまわり、クラス全員の学費を硬貨に両替し、大きな麻袋に入れて提出をした。意味はないが、不満の意を示すことができ、生徒や親たちは溜飲を下げた。

毛文超は、そういう人を惹きつけ、行動する優等生だった。

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▲創業者の毛文超。行動力のある優等生だった毛文超は、米国留学中に両親を米国に招いた経験から小紅書の着想を得た。

 

コンサルファームに入社、社費留学で米国留学

2003年に、上海交通大学に進学をした毛文超は、自分で起業をしようと考えていた。しかし、大学で学んだだけでは起業はできない。経営コンサルファームの「ベイン」に入社をし、仕事をしながら、スキルを身につけ、人脈をつくることにした。

朝8時に出社をし、夜12時すぎまでコンサルタントとしての仕事をし、後は寝るだけという生活が4年続いた。その仕事ぶりが認められ、2011年に、ベイン社内のMBA米国留学生に選ばれた。これにより、スタンフォード大学に留学し、MBAの取得を目指すことになった。

 

スタンフォード大学で刺激を受ける

スタンフォード大学は、シリコンバレーに近い位置にある大学で、グーグルやeBay、HPなどの企業人が講演やセミナーを行う。2年生になると、エバン・シュピーゲルという聴講生と親しくなった。彼も起業を考えており、話が合う。互いに面白い講義を教え合い、一緒に講義を受ける間柄になった。

しかし、半年後に、エバン・シュピーゲルは、客員講師としてスタンフォード大学で授業を行うようになり、毛文超は学生として出席をすることになった。この授業から生まれたのが、投稿した写真やビデオが設定した時間で消えてしまう共有アプリ「スナップチャット」だった。

身近なところから成功者が生まれたことで、毛文超の起業に対する思いはますます強くなっていった。カリフォルニアの中国人会にも顔を出し、中国人投資家とも面識を持つなど、人脈も着々と構築していった。

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▲共同創業者の瞿芳(左)と毛文超(右)。ショッピングモールでの偶然の出会いが小紅書が生まれるきっかけになった。

 

ショッピングモールで人生を変える出会い

しかし、毛文超の人生を変えることになる出会いは、偶然によるものだった。毛文超はあるショッピングモールで、故郷の両親に送るものを買うために、武漢にいる両親と電話で話をしていた。その電話が終わると、満面に笑みを浮かべた女性が近づいてきて、「あなたは武漢の人でしょう?私も武漢生まれなんです」と言う。それが、後に小紅書を共同創業することになる瞿芳(チー・ファン)だった。

瞿芳は北京外国語大学を卒業後、ベルテルスマンに入社をし、高給を得ていた。買い物が好きで、休日になるとショッピングモールに行くことが多く、そこで懐かしい武漢訛りの中国語を話す中国人を見かけて声をかけてしまった。

2人は親しくなり、毛文超が起業を考えているという話をすると、瞿芳も手伝いたいと言う。あとは何のビジネスをするかが問題だった。

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▲共同創業者の瞿芳。創業当時からコンテンツ運営を担当している。女性向けコンテンツ、芸能人によるプロモーションの方向に走り、他のECとは異なるテイストを打ち出した。

 

海外の観光情報はあっても、買い物情報がない

2013年の春節休みに、武漢にいる毛文超の両親が米国に遊びにくることになった。観光と買い物がしたいという。そこで、ネットを使って観光情報と買い物情報を調べてみると、観光については膨大な情報が見つかるものの、買い物情報についてはほとんど見つからない。中国語情報はほとんどなく、英語情報でも地元の米国人向けの買い物ガイドはあっても、外国人向けの情報はほとんどない。

中国は経済が発展し、豊かになり始めていて、海外旅行がブームになっていた。中国人向けの海外買い物ガイドという情報はビジネスになるのではないかと考えるようになった。

この着想を瞿芳や投資家に話すと、海外買い物ガイドを中国人向けコンテンツとして提供し、越境ECで利益を得るというビジネスモデルがうまくいくのではないかという話になった。

 

リスクをとって起業した「小紅書」

しかし、起業をするには問題がある。毛文超はベインの社員であり、社費で留学をしている。留学を中断して退社するとなると、留学費用100万元を返金する義務が生じる。瞿芳もベルテルスマンで高給をもらっている。毛文超の起業に参加をするのであれば、その高給を放棄しなければならなくなる。

それを励ましたのが、投資家の徐小平だった。毛文超が弁済すべき留学費用も含めて投資をすると言う。2013年6月、毛文超と瞿芳は、中国に帰国をし、上海の小さなマンションで、行吟信息科技を創業した。プロダクトは「小紅書」と命名された。

 

海外買い物ガイドから始まった小紅書

初期の小紅書は非常にシンプルなサイトだった。運営側が香港、日本、韓国、シンガポール、米国の買い物ガイドを作成し、PDF形式のミニマガジンとして発行をする。読者はこれをダウンロードして読むというものだった。その内容は詳細で、具体的な店舗名を出し、セールの情報なども掲載されている。これにより、すぐに数十万のダウンロードがされた。

しかし、すぐに問題が生じた。ひとつは運営側だけでコンテンツを作成するのが限界に達してしまったことだ。もうひとつは、それまではPCで閲覧することを前提にしていたが、スマートフォンの普及が始まり、アプリ形式にする必要が生まれたことだ。

そこで、2013年末には、小紅書アプリを開発し、運営が編集するコンテンツだけでなく、利用者が書き込むことができるユーザー主導のコンテンツアプリにシフトをさせていった。

また、ターゲットを香港やマカオに遊びにいく女性と定め、上海空港の免税店と提携して、ショッピングペーパーバッグに小紅書をダウンロードするためのQRコードをつけた。これにより、海外ショッピング系SNSとして成長をしていく。

特に大きかったのが、毛文超自身が香港に行ってiPhone5sを購入した体験を投稿したことだった。利用者から値段や並んだ時間や在庫の豊富さ、銀聯カードが使えるのか、中国への持ち込みはどのような具合なのかという質問が寄せられ、それに丁寧に答えていった。これにより、小紅書は海外で買い物をするときに、リアルな状況を知ることができるSNSとして名前が知られるようになっていき、会員数が1000万人を突破した。

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▲小紅書は保税区に倉庫を持ち、海外製品の越境ECを特色としている。

 

越境EC、リコメンドシステム、人気俳優によるプロモーション

さらに、保税区域内に20棟の倉庫を設置し、2014年末からは越境ECも始めた。2015年には、グーグルにいた郗小虎(シー・シャオフー)をCTOに招き、エンジニアチームをつくり、機械学習によりコンテンツをリコメンドするシステムも開発した。

2016年には、俳優の胡歌(フー・ガー)と提携して、「胡歌と小紅書の三泊三日」キャンペーンが大きな話題になり、大量の新規ユーザーを獲得することになった。胡歌は若くして成功した人気俳優だったが、その人気がやや低迷をしていた。しかし、2015年のテレビドラマ「琅琊榜」の出演で、人気が再ブレイク。俳優としての絶頂期を迎えていた。胡歌はその絶頂期に突然、休業宣言をする。自分の人生を生きる時間がほしくなったという理由だ。

「胡歌と小紅書の三泊三日」はまさにそのタイミングで行われたキャンペーンで、胡歌が一人の中国人としてアジア圏を旅し、その中で小紅書を使ってショッピングを楽しむというドキュメンタリー的コンテンツだ。これが、胡歌の人気と、胡歌の素の顔が見られることから多くの視聴者を集め、小紅書の利用者を大きく増やすことになった。

ここから、小紅書に歌手や俳優が発信をすることが増え、小紅書はスターたちが普段、どんなものを買っているのかを知ることができるSNSにもなっていて、小紅書の人気を支えるひとつになっている。

 

https://www.bilibili.com/s/video/BV18s411z7Lu

▲人気コンテンツとなった「胡歌と小紅書の三泊三日」。人気俳優の胡歌がアジアを旅行するドキュメンタリータッチのコンテンツ。胡歌の素顔が見られるということから大きな話題になった。

 

独自のポジションを確保している小紅書

小紅書はECとしても、SNSとしても、他とは異なっている。販売される商品は海外製品、化粧品、服飾、健康食品という若い女性が好むものが中心で、SNSも網紅(ワンホン、ネットでの人気者)よりも、芸能人の発信が中心になっている。そのため、若い女性といっても、10代から20代前半という若い層が中心になっている。この層は、経済力はあまりなくても、行動力があるため、小紅書の中でスターをフォローし、追っかけをする人たちも登場している。

利用者規模では、タオバオ、京東、拼多多(ピンドードー)と比べれば小さいが、その分利用者に深く刺さっている。独特のポジションを獲得しているECだ。