中華IT最新事情

中国を中心にしたアジアのテック最新事情

滴滴のアプリ配信停止はなぜ起きたのか。VIEスキームの解消に向けて動き始めた中国政府

今年6月、滴滴がニューヨーク証券市場に上場した直後、滴滴アプリが配信停止になるという事件が起きた。滴滴は新規会員を獲得することも、アプリのアップデートもできない状況が続いている。このような厳しい処置は、以前から問題となっていたVIEスキームの解消に向けた規制が始まったことと関連していると法律修音機が報じた。

 

上場直後にアプリの配信停止となった滴滴

今年2021年は、中国政府によるテック企業への規制強化で、多くのテック企業の株価が低迷することとなった。その中でも厳しかったのが、ライドシェア「滴滴」(ディディ)に対する対応だ。

これまで中国最大級のユニコーン企業と呼ばれていた滴滴は、2021年6月11日に米国証券取引委員会(SEC)に目論見書を提出し、6月30日にニューヨーク証券取引所への上場が認められ、初値が公開価格を19%上回り、米国に上場する中国企業としては、アリババに次ぐ大型上場となった。

ところが、7月2日に、国家インターネット情報弁公室は、唐突に「国家のデータ安全と公共の利益を守るため」という理由で、「滴滴」アプリの安全審査を始め、滴滴サービスへの新規登録ができなくなった。さらに7月4日、審査の結果、個人情報を違法に収集していたという理由で、滴滴アプリの配信許可を停止した。つまり、滴滴はサービスを続けることはできるが、新規の顧客を獲得することはできず、アプリが配信できないため、アップデートをすることができず、新しいサービスを始めることや改善することができなくなっている。

当然ながら株価は低迷をすることになり、わずか2日で、滴滴は会社を存続させるために、上場廃止をも考えなけばならないところに追い込まれた。

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▲滴滴はニューヨーク市場に上場後すぐにアプリの配信停止処置を受け、その後の株価は低空飛行となっている。

 

高度成長から安定成長への切り替え準備

これだけでなく、アリババや美団、テンセントに対する独占禁止法に基づく罰金など、中国政府によるテック企業への厳しい対応が続いている。

中国の経済を牽引する一翼を担っていたテック企業に対して、中国政府はなぜ水をかけるようなことをするのだろうか。それは自らの経済を自滅させていくことになっているのではないか。中国政府が、テック企業に対して厳しい対応をしている理由は、中国の企業環境を大きく転換させようとしていることにある。

中国はこの20年、目覚ましい経済発展をしてきた。しかし、もはや高度な成長ではなく、安定成長に切り替えるべき時期になっている。成長が最優先だった時には、テック企業のような成長力のある企業が経済成長を牽引すればよかった。しかし、安定成長では、一部の企業だけが成長するのではなく、多くの企業がいっしょに成長する必要がある。中国政府が今年2021年に打ち出したスローガン「共同富裕」を企業にも適用するということが起きている。

 

劇場効果の中で行き場を失う中小零細

ひとつは独占禁止法の厳格運用だ。中国では独占という言い方ではなく、壟断(ロンドワン)と呼ばれる。壟断とは土手、あぜという意味だ。取引が行われている場所の土手の上に立ち、他人の取引の様子を眺めて情報を得ることにより、自分は有利な取引をすることができる。これはずるい行為ではないかという含みがある。

つまり、中国の独占禁止とは、その規模を利用して弱い立場の業者に圧力をかけることよりも、取引情報を独占して取引を有利に進めるという不公正さに力点がかかっている。

その不公正さは、劇場効果という言葉でよく説明される。劇場で観客が劇を見ているが、劇場のつくりが悪く、1列目の人が見づらいと感じて立ち上がる。すると、2列目の人が見づらくなるので立ち上がる。すると、3列目の人がと、結局観客の全員が立ち上がることになる。結局、見づらさは以前と同じになり、立って劇を見ることになり、全員が疲れるだけというものだ。

多くの業種で、大手テック企業がクーポン乱発合戦を始める。消費者にとっては安く物が買えるので歓迎されるが、クーポンを乱発する体力がない中小企業は居場所を失い、市場から退場をしていくことになる。この破滅的な競争構造を正さなければ、安定成長することはできないし、共同富裕の考え方にも反することになる。中国政府は、独占禁止法を厳格に運用することで、市場競争の公正さを取り戻そうとしている。

 

外資規制をくぐり抜けるVIスキーム

もうひとつは、外資との関わり方を正そうとしている。中国は、中国企業に対する外資の出資を大きく制限している。「外商投資産業指導目録」(商務部)により、情報の安全保障と国内産業の保護のため、さまざまな業種で外資の参入規制が設けられている。50%以下に規制される制限類と全く外資が出資できない禁止類の2つがあり、ネット関連産業の多くは情報安全保障の観点から禁止類になっている。

しかし、ネット関連産業の多くは、初期に大量の資金を投下し、サービスが軌道に乗ってから利益をあげるというビジネスモデルであるため、大量の資金を必要とする。現在では、中国国内の人民元投資機関も育ってきたが、2010年頃までは海外の投資機関に頼らざるを得なかった。

そこで、テック企業が使ったのがVIE構造、VIEスキームと呼ばれる手法だ。VIEとはVariable Interest Entity=変動持分事業体のことだ。簡単に言えば、事業会社の上に持株会社を設立する。この持株会社ケイマン諸島などで登記をする海外企業になる。この海外企業は中国企業ではなく、国際企業なので、自由に外資投資機関から資金を調達することができる。米国証券市場に上場する時も、事業会社本体ではなく、この持株会社を上場させる。

 

資本関係ではなく、契約関係による事実上の子会社化

ここで、「持株会社」と書いたが、この言葉は正確ではない。なぜなら、ケイマンで設立され、米国証券市場に上場し、外資投資機関から投資を受けるこの会社は、外資企業であり、その外資企業が事業会社である国内企業に投資をする=株を保有することはできないからだ。

そのため、株の保有という出資関係ではなく、契約による統治関係を結ぶ。これがVIE構造だ。

このVIE構造は、米国では適法であり、上場をすることができる。ただし、中国ではグレーゾーンになっている。VIE構造を想定した法整備がされていないので、違法ではないが、合法と言い切れる法的な根拠もない。

そのため、アリババがSECに提出した上場目論見書には「中国政府が弊社のVIE関連契約が外資規制に矛盾すると判断した場合、弊社は処罰やVIE利益を放棄するリスクに直面する可能性がある」とVIEに関するリスクに対する説明が明記をされている。

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スマホ決済「アリペイ」を運営するアントフィナンシャル(現アントグループ)は、かつて複雑な統治構造になっていた。アリババがVIEスキームにより外資が入っているため、その子会社であると決裁業者免許が降りない可能性があったため、馬雲(マー・ユイン、ジャック・マー)個人所有の投資会社が株を保有することになった。現在は、直接アリババが33%の株式を保有する形に改められている。

 

外資の参入規制を緩和し、VIEスキームを解消させる

中国政府がこのVIE構造を問題視し始めている。外資の参入規制は、国家として需要な政策であり、ある意味、VIE構造はこの参入規制の裏をかいたような手法だからだ。成長することが重要だった時期は、外資を利用して国内のインフラやサービスを充実させることは好ましいことだった。しかし、安定成長に入るには、過剰な外資参入が情報安全保障や国内産業の保護にとっては障害となる。

そのため、現在、中国政府は外資参入規制を緩和させる一方、VIE構造に関する法整備を進め、テック企業のトリッキーな構造を改めさせようとしている。

そのため、百度、アリババなどのテック企業は、米国市場にも上場しながら、香港市場にも上場するという二重上場を行った。VIE構造が取れなくなれば、米国市場で上場廃止になることも想定されるため、問題のない国内証券市場にも上場をしておくことで、資金調達の道を確保しておくためだ。

 

中国の産業構造が変わろうとしている

このような背景があることで、表面的には「テック企業いじめ」にも見える厳しい処罰、規制が続いている。しかし、それは「大きくなりすぎたテック企業を叩く」などという子どもじみた行為ではなく、産業や市場を安定成長時代に適合させるための変革なのだ。

これにより、テック企業は、従来のように華々しい成長率を維持することは難しくなる。しかし、一方で安定成長を模索することになり、なによりも新興企業や中小企業にも成長空間が生まれ、産業全体としては成長ができる体制になる。中国の産業構造は、今、大きく転換をしようとしている。