デザイナーがデザインをする時には、大量の商品写真や現物を参考にする。その情報収集もデザイナーの大きな仕事のひとつだ。ここをAIでアシストすることによりデザイン業務効率を大幅に改善したのが「知衣」だ。また、幅広い商品情報を参考にできることから、中国アパレルで問題になっている盗作、類似の問題も解決できると創業邦が報じた。
アパレルデザインはAIがアシストする時代
AI技術を使って中国のアパレル業界を大変革するのではないかと言われているテック企業がある。浙江省杭州市を拠点にする知衣科技(ジーイー)だ。主力製品は、アパレルデザインをアシストしてくれるAI SaaS「知衣」だ。SNSの情報や淘宝網(タオバオ)などのECでの既存商品の写真から、デザイナーが望むスタイル、柄のバリエーションを無数に表示してくれる。デザイナーは、流行している商品を起点にし、ブランドやデザイナー自身の嗜好に応じた変化をつけることで、デザインをする際の参考にすることができる。
知衣科技によると、このAIアシストを利用すると、従来は1日1件から1.5件程度のデザインを制作するのが限界だったものが、1日4件程度のデザインが可能になるという。
中堅アパレルへの浸透が変革の鍵になる
すでに中国の10億元以上のアパレルブランドの70%が「知衣」を利用している。知衣の2021年の売上は4億元(約71億円)、純利益は1億元を見込んでいるが、3年以内に顧客企業数1万社、売上150億元(約2700億円)を目標にしている。大きな目標だが、創業者の鄭沢宇(ジャン・ザーユー)CEOは強い自信を持っている。高瓴、万物資本、涌鏵、君聯などのベンチャーキャピタルから2億元のBラウンド投資も獲得した。
アパレル市場の大手企業数は少なく、多くは年商数千万元から数億元の中堅企業だ。このような企業では、伝統的な手作業に基づくデザイン、人の足で稼ぐマーケティングが行われている。ところが、実際の服飾市場の中心となっているのはこのような中堅企業群だ。このレイヤーに知衣を導入してもらい、AIを活用したデザインを行うことで、知衣は成長ができ、中国のアパレル産業を変革できると自信を持っている。
企業が求めているのはソリューション
しかし、今の成功をするまでには長い時間と失敗の積み重ねがあった。創業者の鄭沢宇は北京大学に進学をし、在学中に起業をすることを目標にしていた。領域はAIによるリコメンドに絞っていた。しかし、卒業が近づくと、自分のスキルが不足していることに気がつき、米国のカーネギーメロン大学に留学をしてAIを学ぶ。
修士号を取得すると、そのまま2015年にグーグルに入社をし、グーグルの機械学習プラットフォーム「TensorFlow」(テンサーフロー)と出会った。
このテンサーフローを利用して、2016年にグーグルの同僚たちと米国で起業した。しかし、失敗をした。鄭沢宇は当時を振り返る。「最初の起業は、業界を定めず、多くの領域の企業にAIプラットフォームを提供しようというものでした。しかし、私たちはAIの機能を提供するだけで、それを普通のビジネスサイドの人間が使いこなせるツールを提供していなかったのです。企業が求めているのはAIインフラではなく、ソリューションだということに気がつきました」。
中心プレイヤーがテクノロジー未導入のアパレル業界
しかし、この起業の失敗は無駄ではなかった。業界を定めずにAIインフラを提供しようと考えたために、多くの業界の専門家と接する機会に恵まれた。そこで、アパレル産業という成長空間を発見した。
アパレル産業は、企業が集約されてなく、中規模の無数の企業が業界の中心的役割を担っている。その中心プレイヤーの多くは、規模の問題から、テクノロジーの導入が進んでいなかった。このようなアパレル産業にAIインフラを提供することができれば、大きな成長空間を得ることができ、同時に産業全体を変革できるかもしれない。
鄭沢宇は、中国のアパレル業界がまさにその状態にあると感じ、2018年に中国に帰国をして知衣科技を設立した。
アパレルのスマイルカーブ。設計に注目
とはいえ、アパレル企業にどのようにAIインフラを提供すればいいだろうか。インフラやプラットフォームを提供しただけでは使ってもらうことはできず、ソリューションの形に落とし込む必要があることは、前回の企業の失敗から学んでいた。では、どんなソリューションを必要としているだろうか。
鄭沢宇は、アパレル産業も製造業と同じようにスマイルカーブを持った産業であることに気がついた。設計・製造・販売という業務の流れの中で、収益性が高いのは上流の設計と下流の販売であり、製造は収益性が低い。グラフにすると、下に頂点が向いた曲線になり、スマイルの口の形になる。
鄭沢宇はアパレル産業の設計と販売の領域にねらいを絞っていった。
アパレル情報キュレーションで再び失敗
そこで、情報をリコメンドするSaaSを開発した。デザイナーが必要としている流行情報を、ネットやSNSから抽出をして、そのデザイナーがどのような情報を見る傾向があるかを機械学習し、表示をするというものだ。いわば、デザイナー向けのAIキュレーションだ。
しかし、ほとんど利用されることはなかった。ねらいは悪くはないものの、機械学習の方向性が間違っており、リコメンドされる情報が、デザイナーが求めるものとずれていた。原因は、鄭沢宇たちがアパレルデザイナーの仕事や考え方を理解せずに、一般的な情報コンテンツのリコメンドと同じように機械学習モデルを組み立ててしまったことにある。
そこで、鄭沢宇のチームは、1ヶ月の間、協力をしてくれるアパレル企業のデザイナーに貼り付き、徹底したシャドーイングを行った。これにより、デザイナーがどのような情報を必要としているのかを学び取った。
デザイナーの仕事の半分以上は足を使った市場調査
これにより開発されたのが、SaaS「知衣」だ。デザイナーは11月になると、翌年の春に発売する衣類のデザインを始める。デザイナーがまずやることは、今、どんなものが売れているかを調べ、来年の春にはどのようなものが流行りそうかを考えることだ。
そのためには、各アパレルブランドのサイトやECを端から見て、さらにモールなど実際に販売されている小売の現場に行き、インスタグラムなどのSNSやアパレル系のインフルエンサーの発言などを調査する。
デザイナーの仕事の半分以上は、この調査業務になっている。この業務をAIが補助をすることをできないか。創業して3年、知衣科技は10億枚を超えるファッション画像を収集し、整理をした形で保存されている。さらに、1日100万枚以上のファッション画像を収集し、整理をする仕組みも開発済みだった。
このような画像を、スタイル、柄、素材、季節、ファッション用途など数十の属性、さらに1000以上の画像解析による内部タグに基づいて、デザイナーの利用履歴からデザイナーが注目する観点を機械学習し、1枚のファッション画像から、デザイナーが求めるバリエーション画像を大量リコメンドする仕組みを開発した。
アパレル業界で課題になっている盗作、類似問題を避けられる
このサービスは、デザイナーの調査作業の負担を軽減することになり、次第に利用をしてくれるアパレル企業が増え始めた。
しかし、利用するアパレル企業が注目をしたのは、知衣科技も想像していなかったメリットだった。
デザイナーはさまざまな情報を見て、触発されることでデザイン作業をするが、一人の人間が注目する情報というのは、30ほどのブランド、50人ほどのインフルエンサーが限界だという。
それで何が起こるかというと、似たポジションにあるアパレル企業はほぼ同じ情報をウォッチしているため、生まれる新商品が似たり寄ったりになってしまうことだ。また、非常に狭い情報に基づいて新作のデザインを行うため、いわゆる盗作問題もたびたび起こる。
それがこの「知衣」を利用して、大量のバリエーション情報に基づいてデザインをすることにより、オリジナリティーの高いデザインができるようになった。
従来は、一人のデザイナーが1日に1件から1.5件のデザインをするのが限界だった。しかし、「知衣」を導入すると4件程度のデザインが可能になる。しかも、オリジナリティーの高いデザインになる。
これにより、「知衣」は多くのアパレル企業に導入されていった。
リアルタイムファッションからフォアキャストファッションへ
さらに、知衣では、未来の流行を予測するリコメンド機能も提供している。しかし、ファッションの流行は国ごとに異なり、さらにたったひとつの商品により、流行の流れが変わることもあり、予測は簡単ではないという。そのため、知衣科技は東華大学、理工大学などと共同でラボを設立している。ECの販売データやSNSのデータからトレンドを予測するAIの精度を高めていくことに挑戦をしている。
アパレルにテクノロジーを積極的に応用する例としては、SHEIN(シーイン)が成功している。しかし、SHEINは今の流行を読み取り、大量に新作を製造し、短期間で市場で販売するというリアルタイムファッションだ。知衣科技は、未来の流行を予測し、それに基づいて新作を製造するフォアキャストファッションを目指している。この「知衣」が広がっていくと、アパレル業界でAIを活用してデザインとマーケティングを行うのは、最先端の手法ではなく、標準的な手法になっていく。アパレル業界が今、大きく変わろうとしている。