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大ヒットする「宏光MINI EV」の衝撃。なぜ、50万円で車が販売できるのか。その安さの秘密

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明日、vol. 095が発行になります。

 

今回は、中国でヒットになっている電気自動車(EV)の五菱「宏光MINI EV」(ホングワン)についてご紹介します。

宏光ミニは、上汽通用五菱(ウーリン)が、2020年6月に販売を開始したEVで、エントリーモデルは2.88万元(約51万円)という価格が話題になりました。サイズは日本の軽自動車とほぼ同じで、最高時速は100km/h、満充電航続距離は120km、エアコンはなしという、いろいろ割り切っている部分はありますが、何よりもその安さが衝撃で、売れに売れています。

歩く代わりに使う車ということで「代歩車」とも呼ばれています。中国人が「代歩車」という言葉を聞いた時、すぐに思い浮かべるのは電動スクーターです。つまり、宏光ミニは、自動車というより、電動スクーターと同じカテゴリーの乗り物だと見做されているのです。

 

この宏光ミニの購入層は2つあります。ひとつは、地方の通勤車として売れています。中国では都市人口が2020年末に60%を超えました。以前は、農村から仕事を求めて、北京や上海といった大都市に出るのが一般的でした。大都市に行かないと仕事が見つからないからです。しかし、なんのスキルもなく働ける仕事というのは、いわゆる清掃や建設関係が多く、賃金は高くありません。大都市は生活コスト高くつきます。

一方で、地方都市の経済も回るようになってきて、遠くの大都市に行かなくても、近くの地方都市でも仕事が見つかるようになってきました。そのため、北京、上海どの一線都市の流入人口は2020年に初めて減少に転じましたが、新一線、二線都市以下の流入人口はあいかわらず増えて続けています。つまり、地方都市の人口が急激に増加をしています。

このような地方都市では、大都市のように地下鉄を整備する経済力はなく、公共交通が大きな課題になっています。ライトレールのような路面電車、あるいはレールのないスマートレール(路面にペイントした特殊塗料を読み取って走る路面電車)、高架を走る低速リニアなどさまざまな都市交通が提案されていますが、建設計画が人口増加に追いついていません。結局は、バスに頼るしかありません。

そのため、通勤用にマイカーを買いたいという人が多いのですが、地方都市の労働者にとって自動車はまだまだ高い商品です。買えないわけではありませんが、かなり思い切った決断が必要になる商品です。そこに、宏光ミニのような低価格の自動車が登場したため、これだったら買えると売れているのです。

 

もうひとつの購入者層が、都市の若い女性たちです。日本でもそうかもしれませんが、中国の女性も運転免許は取得したものの、運転に苦手意識を持っている人が多い傾向があります。しかも、中国の運転状況は日本とは別世界です。よく、運転が荒いという言い方をされますが、荒い、乱暴というよりも、合理性が行きすぎて、わずかな隙間でも詰めてくる余裕のない運転なのです。高速でも車間はぎりぎりに詰めてきます。空けていると「もう1台入れるじゃないか。無駄なことするな」と言わんばかりです。以前と比べれば、だいぶ車間を空け、余裕のある運転をするようになっていますが、それでも日本の感覚で運転をしたら、すぐに接触事故を起こすことになりそうです。

また、都市の中の駐車場が圧倒的に不足をしているため、とにかく縦列駐車が多い。それも日本のように、前後を空けた縦列駐車ではなく、前後の空きがほとんどない難易度の高い縦列駐車です。どうやって入れたのか、どうやって出すのか不思議になるほど詰め方です。

そういう状況なので、女性だけでなく、男性でも実は運転に苦手意識を持っている人は多いのではないかと思います。それが軽自動車並みに小さな車であれば、取り回しが楽で、駐車などの細かい運転操作も楽になります。週末に高速道路で遠出をするのでなければ、小さな車ほど運転しやすくなります。地方では「これだったら買える」ですが、都市の女性にとっては「これだったら運転できる」という理由で売れています。

 

そして、宏光ミニのうまいところは、インテリアなどはコストダウンのためにシンプルを突き詰めていますが、デザインレベルは高いということです。つまり、お金のかかる部分はケチるけど、知恵でなんとかなる部分はしっかりと仕事をしているということです。

五菱の宏光ミニ特別サイト(https://www.sgmw.com.cn/E50.html)を見ていただければわかりますが、インテリアのデザインは非常にうまいと思います。ダッシュボードの操作盤は、ラジオ、送風切り替え、USB端子とシンプルですが、1箇所にまとめられ、オレンジの枠線で囲まれ、車内の視覚的なアクセントになっています。さらに、同じオレンジのラインを使い、アクセルペダルには「+」、ブレーキペダルには「ー」マークがつけられています。このペダルのマークは不要なものでデザイン上の遊びですが、ユーモアを感じます。

消費者というのは、こういうエンジニアやデザイナーが楽しんでつくった感覚を敏感に感じとります。都市の女性たちは、このデザイン性を感じとり、しかも都市女性にとっては低価格の自動車であることから、生まれた金銭的な余裕を改造に回します。その改造ぶりはそれぞれの個性によります。アニメの絵を車体に描いた痛車もあれば、内装にこだわって自分好みの空間にしている人もいます。さらに、大規模な改造をして、六輪車にしてみたり、戦車のような外観にしている例もあります。

五菱も、このような楽しみ方がされていることをすぐに察知して、中国版TikTok「抖音」の公式チャンネルで改造車の紹介をしています。これにより、カスタマイズ、改造が流行し、企業では広告のために自社製品を活かした改造車をつくり、イベントなどで展示するようになっています。

 

つまり、宏光ミニが売れている理由は「地方都市でも購入可能な価格」「運転しやすいサイズ」「改造を促すデザイン性」の3つということになります。

その中でも大きいのが、なんといっても2.88万元という価格です。もちろん、燃料車の設計や製造ラインを流用するなど、あらゆる工夫によるものですが、それでも安い。この安さはどうして実現できたのでしょうか。

先日、ある人と話をしていたら、その方は「中国の安い労働力を使って…」とおっしゃっていましたが、10年前ならともかく、今ではこれは現実とズレた古い見方であることは、このメルマガ読者であれば実感をされていることと思います。

今、製造業の経営者の頭痛の種は、人件費と土地代の高騰です。賃金の高い安いは、物価との兼ね合いなので、一概には比較できませんが、私の感覚では、中国の労働者の報酬は、物価を考慮に入れれば日本の労働者とそう変わらないのではないかと思います。ドルベースで絶対額を比較してしまえば、まだまだ差はありますが、もはやその差だけで激安商品がつくれる状況ではなくなっています。

 

一部の製造業では、安い人件費を求めて、インドや東南アジアに移転する動きも起きています。しかし、それが大きな流れにならないのは、熟練度との見合いの問題です。東南アジアに移転をすれば、人件費は下がるけど、熟練度は下がり品質は落ちるという問題があるからです。

中国の一般的な工場であっても、技術レベルは非常に上がってきています。ここは侮らない方がいいと思います。日本の工場の品質は世界一と私たちは胸を張りますが、それは精密な工程を必要とする部分の話であって、コモディティ化した一般的な製品の組み立てなどでは、もはや日本との差はないと考えておいた方が間違いありません。私たちは、アップルのiPhoneなどの製品の品質を非常にもてはやしますが、実際に製造しているのは中国の富士康(フォクスコン)や立訊精密などの中国EMSなのです。このような企業では、多数の熟練工が育ってきていて、品質を支えています。

フォクスコンは、人件費の高騰から、以前からインドなどを中心に脱中国移転を進めていますが、文化の違いや品質面で相当に苦労をしているようです。

 

では、宏光ミニはどうして2.88万元という価格を実現できたのでしょうか。五菱はただ安くつくるというだけでなく、政府のEV政策をよく研究し、補助金などを実に巧妙に利用して、販売計画を立ててきました。宏光ミニのヒットの裏には、商品企画の勝利がありました。今回は、宏光ミニはどうして安く販売できるのか、そしてどのような商品企画戦略を取ったのかをご紹介します。

 

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