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新小売の対応は簡単ではない。在庫管理で問題を起こし、苦しむワトソンズ

店舗の在庫を近隣地域に短時間配送する新小売手法は、多くの小売業で採用されている。しかし、従来の在庫管理システムは、「店頭在庫から出荷する」という状況を想定していないために、新小売に対応したシステムに改修をする必要がある。それを怠ると在庫管理に問題が生じることになり、ワトソンズでまさにその問題が起きている疑いがあると中国科技投資が報じた。

 

中国市場で苦戦をするワトソンズ

日本でもなじみのある香港発のドラッグストア「屈臣氏」(ワトソンズ)が苦しんでいる。ワトソンズを運営する長江和記実業の2020年の財務報告書によると、2020年のワトソンズの利益は1596.19億香港ドル(約2.25兆円)。昨年から6%の減少となった。中国内の店舗売上は、-21.8%もの大幅な減少になっている。

2020年は、コロナ禍の影響があったとはいうものの、ワトソンズの中国でのビジネスはうまくいっているとは言えない。香港発の垢抜けたドラッグストアとして、女性を中心に定着をし、現在店舗数は4000店舗に達しているが、2015年から売上は減少をし続けている。これを毎年300店舗程度、店舗数を増やすことで補い、2019年にようやく売上が前年増となった。しかし、2020年はコロナ禍の影響で店頭売上が激減、大幅な売上減となってしまった。

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▲ワトソンズは中国市場で苦しんでいる。この数年、売上減が続いていて、店舗数を増やすことで、2019年にようやく前年増を達成した。しかし、翌2020年にはコロナ禍の影響で大幅減となってしまった。

 

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▲香港発のおしゃれなドラッグストアとして、中国でも人気になっているワトソンズ。しかし、ECや新小売に押されて業績面では苦しんでいる。

 

新小売への対応も進んでいたワトソンズ

ワトソンズは、この状況に手をこまねいていたわけではない。2017年から、美団(メイトワン)、菜鳥(ツァイニャオ)などの即時配送企業と提携し、前置倉方式の新小売を始めている。店舗を倉庫と見なして、スマホ注文で受けた商品を店頭在庫の中から30分配送、あるいは店舗受け取りにするというものだ。

さらに2018年には中国版TikTok「抖音」に公式アカウントを取得し、ショートムービーの配信を行っている。2019年には、店頭でのQRコードスキャン購入を開始。商品棚でQRコード決済を行い、スタッフに電子レシートを見せれば、そのまま外に出られるというものだ。さらに、2020年には、WeChatミニプログラムに正式にクラウド店舗を開設した。

このような新小売系の売上は昨年から90%も増加をしている。しかし、新小売系の売上は店舗売上に比べて圧倒的に小さいため、全体の売上に対する貢献度は限定的になっている。

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▲ワトソンズはクラウド店舗、新小売などのプロモーション、セールもしっかりと行っている。在庫問題が発生していることは、多くの専門家から残念に思われている。

 

問題が頻発しているクラウド店舗

しかも、このクラウド店舗が問題を起こしている。クラウド店舗にアクセスをすると、位置情報から最も近い実体店舗の店頭在庫が表示される。その店舗に対して、30分配送か店舗受取が選べるというものだ。配送料は1回10元程度なので、まとめ買いをするのであれば気にならない額だ。さらに、クラウド店舗だけのキャンペーンもたびたび行われるため、店舗よりもお得に買うことができる。

寧波市のある女性が、3月5日に、このクラウド店舗の「買三免一」キャンペーンを利用した。対象商品を3つ購入すると、1つが無料で購入できるというものだ。しかし、いつまで経っても出荷のお知らせがこないため、店舗に電話をしてみると「在庫が切れている」という回答だった。クラウド店舗では在庫ありになっていたことを告げると、現在、クラウド店舗のシステムがアップデートされている最中で、店舗側では在庫数を修正することができない。そのため、店舗では在庫がなくなっているのに、クラウド店舗では在庫ありになっていたと説明された。そして、申し訳ないが、注文をキャンセルしていただけないかという。来月になれば、該当の商品は入荷する予定だという。

この女性は、買三免一だから購入したので、来月にお得なキャンペーンがあるかどうかはわからないため納得がいかなかったが、しかたなく注文をキャンセルした。

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▲セールを利用すると、115元の保湿水がわずか16元で購入できることから、人気になっているクラウド店舗。しかし、在庫がなくキャンセルをして、別店舗や別の時期に購入をすると、115元を支払わなければならなくなり、消費者の不満が増えている。

 

悪徳商法とも取られかねない大問題

このようなクラウド店舗で購入したら、在庫がないためキャンセルしてほしいと言われた例が、中国科技投資編集部にも多数寄せられ、さらには消費者協会、政府サービスホットラインなどにも多数寄せられている。稀な例ではなく、欠品が常態化をしているのではないかと疑われる。

先ほどの女性は、問い合わせの中で、対応したスタッフから「40万件の商品が欠品で問題になっている」という話を聞いたため、中国科技投資編集部では、これが事実であるかどうかを確認する質問状をワトソンズ広報に送付したが、現在のところ、回答がされていない。

国電子商務協会の政策法律委員会の専門委員である趙占領氏は、この問題は、監督部門の処罰に対象になり、消費者協会や消費者からの民事訴訟にもなりかねない大きな問題だという。「悪質な商法とも取られかねない状況になっています。在庫がないか、非常に少ない商品をクラウド店舗でセールをし、注文後にキャンセルをさせる。それでも宣伝効果は大きいですし、クラウド店舗は決済まで行ってしまうので売上数字が立ちます。代金を返金しても、財務報告書の売上数字には貢献できるわけです」。

 

在庫数把握が自動化されていない可能性

一方、上海漢盛法律事務所のパートナーである李旻弁護士は、悪意のある商法とは思えず、在庫システムの技術上の問題ではないかと推測しているという。店頭在庫の把握が自動化されておらず、スタッフが手入力をするなどの非効率的な方法に頼っているため、クラウド店舗の在庫数と実体が合わないことが状態化しているのではないかという。

女性も問い合わせの中で、「在庫がゼロなのか」という質問に、スタッフが「ゼロではないが、店頭販売のために一定数を確保する必要がある」と回答し、店頭にきてくれば、該当の商品は購入できると答えたという。また、クラウド店舗で、他の店舗を指定して購入してもらえないかというアドバイスもしたという。

このようなことから、ワトソンズのクラウド店舗の在庫数把握に問題が起きていると推測できる。一般的に新小売を始める際は、在庫管理システムとPOSレジを連動させ、自動的に店頭在庫数が把握できるようにしているはずだが、ワトソンズのシステムはそうなってなく、手入力を必要とする部分があるのではないか。

 

新小売を始めるには、新小売に対応した基幹システムが必要になる

オンライン販売とオフライン販売を融合させる新小売というのは、考え方はシンプルだが、実現をするのは簡単ではない。

宅配便を利用するECであれば、ECをひとつのバーチャル店舗と見なし、従来の在庫管理システムの中で運営することができる。しかし、新小売は店頭在庫を近隣地域に出荷しなければならないため、従来の在庫管理システムを流用しようとすると、システム上対応できない部分が出て、手動での作業が必要になってしまう。店頭スタッフの業務は店頭での接客が優先されるため、在庫管理業務はどうしても後回しになり、実体の在庫数とデータの齟齬が生まれてしまう。

店頭在庫を活用する新小売をスムースに行うには、新小売を想定した在庫管理システムに回収する必要がある。しかし、それはワトソンズのような大規模小売にとっても、思い切った投資となり、将来に対する長期戦略を描く必要がある。

ワトソンズがWeChatミニプログラムでクラウド店舗を始めたのは、2020年2月。コロナ禍がいちばん厳しい時期で、店舗来店客が激減をしたため、緊急避難的に始めた。そこに無理があったようだ。

しかし、それから1年以上が経つ。この問題を解決しないと、苦労して築き上げたワトソンズのブランドイメージが崩れる事態にもなりかねない。