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アリペイ16年。大炎上した2つの黒歴史「快捷支付」と「圏子事件」

アリペイは、現在では最も高いシェアをとっているアリババのスマホ決済。しかし、ここに至るまでは数々の黒歴史がある。失敗を克服しながら成長をしてきた。その中でも大きな黒歴史が「快捷支付」と「圏子事件」の2つだとMip模板網が報じた。

 

アリペイの3つの黒歴史

アリババのスマホ決済「支付宝」(ジーフーバオ、アリペイ)が始まって16年。銀行口座と紐づけることができ、オンライン決済だけでなく、QRコードを使った対面決済を可能にしたことで、中国の決済シーンを大きく変えてきた。

現在、利用者は約12億人。中国人のほぼ全員が利用しているといっても過言ではない。しかし、そこに至るまでは、いくつもの壁を乗り越えてきた。特に、過去2度、利用者から厳しく批判をされる事態もあった。

 

決済完了率が60%しかなかった初期のアリペイ

最初の大規模炎上は2009年、すでに利用者数は2.7億人、1日の決済額は12億元と規模が大きく成長した時期だ。

アリペイは現在は、QRコードを介した対面決済や顔認証決済が有名になっているが、もともとはオンライン決済の仕組みだ。クレジットカードが広く普及しなかった中国で、ECで商品を購入したり、サブスクリプションの代金などの決済に使われた。この時、スマートフォンはまだ普及してなく、PCを使うというのが基本的なスタイルだった。

ところが、決済にとんでもなく手間がかかったのだ。銀行からU盾と呼ばれるセキュリティードングルを支給してもらい、これをUSBメモリのようにPCに挿した状態でないと決済ができない。また、銀行から支給された10桁もある確認番号、さらに複数のパスワードを入力しなければならない。7ステップも本人確認をしなければならなかった。

しかも、煩わしいだけならともかく、本人確認がうまくできないことも多く、途中で嫌になって離脱してしまうもいて、当時のアリペイのオンライン決済の完了率は60%程度であったと言われる。

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▲初期のアリペイでは、銀行から発行されたU盾と呼ばれるドングルや桁数の大きな認証コードなどを使わないとオンライン決済ができなかった。最高で認証が7ステップもあったという。

 

このままではアリペイの葬式を出すことになる

しかし、アリペイとしてはどうしようもない部分も大きかった。なぜなら、このような厳格な本人確認は、アリペイ側が設定をしたものではなく、銀行側が要求をしたものだったからだ。

その年のアリペイの年会は、昨年までのものとは大きく違った。例年であれば、アリペイの業績を報告し、その後は賑やかなお祭りのようになるのだが、この年は音楽もなく、イベントなく、暗い顔をして創業者のジャック・マーが壇上にあがり、決済の手間の問題を指摘した。「この問題を軽視すると、来年の今日は、アリペイの葬式を出すことになる」。

 

問題を解決したのはジャック・マーと彭蕾の阿吽の呼吸

しかし、どうやってこの問題を解決したらいいのか。ジャック・マーは、アリペイに右腕である彭蕾(ポン・レイ)を送り込んだ。彭蕾は、夫の孫彤宇とともに、アリババの創業前からジャック・マーの下で働いていた人で、アリババ創業メンバーであるアリババ十八羅漢の一人だ。

しかし、彼女は当時、アリババの人事の分野の仕事をしていた。金融知識もない、テクノロジーを理解しているわけではない、人事出身者にどうすれば決済の問題を解決できるのか、批判をする人も多かった。

しかし、彼女は問題の核心をすぐに把握した。アリペイのチームは、システムの都合から見て決済システムの開発を行なっていて、利用者からの目線という発想を持っていなかった。そして、決済金額を増やすことばかりを考えていたため、利用額の少ない個人消費者からのクレーム対応は後回しになっていた。

彭蕾は、この問題をKPIを大幅に変えることで対応した。特に大きかったのが最重要視するKPIを決済金額ではなく、決済完了率に置いたことだ。

一方で、ジャック・マーは銀行関係者との協議を重ねていた。銀行から見れば、アリペイは、自分たちのビジネスを蚕食しているライバルになる。そのアリペイに、決済リスクを高めてまでなぜ手を差し伸べなければならないのかと考えていた。

ジャック・マーは、不利な条件を飲み込む作戦に出た。具体的には、1回の決済で1つのパスワードで決済が完了するようにし、その代わり、決済に問題が起きた場合は、アリペイ側が責任を取るというものだった。銀行側のセキュリティに問題があっても、アリペイの責任となる可能性もあるため、対等なビジネスであれば、ありえない関係だが、それでもジャック・マーは利用者の利用体験を優先させた。

こうして、「快捷支付」と呼ばれる、現在と同じように、パスワードを入れるだけでアリペイ決済ができるようになり、決済成功率は95%に向上をした。

これにより、アリペイは主要なオンライン決済手段として成長をしていくことになる。

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▲アリペイの彭蕾。アリババ創業メンバー「アリババ十八羅漢」の一人。人事を担当していたが、ジャック・マーの命令によりアリペイを統括してきた。ジャック・マーを叱ることができる唯一の女性と言われている。現在はアリババに戻っている。

 

アリババが鬼門とするSNSで炎上

次の炎上は、2016年で、現在では圏子事件と呼ばれる。簡単に言えば、WeChatペイに対抗してSNS機能を搭載しようとしたが、そのあまりのセンスの悪さが不評で、すぐにやめてしまったという事件だ。

アリペイのライバルであるWeChatペイの強みはSNSをベースにしたスマホ決済であるということだ。WeChatペイは、元々は利用者同士で簡単に少額を送金できる仕組みだった。これにより、動画や写真、テキストなどを公開する人に対し、投げ銭ができるようになる。コンテンツ販売ができるようになる。これが、オンライン決済や対面決済に拡大をしていった。

一方、アリペイは元々がオンライン決済がルーツになっている。これが対面決済に拡大をしていった。そのため、アリペイとWeChatペイは、機能だけを見たらほぼ同じに見えるが、SNSがベースになっているかどうかという点が根本的に異なっている。SNSがあるWeChatは利用時間が長くなる。一方で、決済機能しかないアリペイは利用時間が短くなる。消費者に接触している時間が長いサービスほど有利になるのは必然だ。

このため、アリペイにとっては、SNS機能の開発と普及が大きな課題になっている。

 

不適切画像で溢れかえったアリペイのSNS

2016年11月にアリペイが開始した新機能「圏子」(チュエンズ)は、SNSというよりも掲示板のような感覚に近い。生活に関係のあるテーマ「投資」「子育て」「ジョギング」「ジム」「読書」「ゲーム」「漫画」など100のコーナーが作られ、好きなものに参加をして、写真をアップするなどして交流できるというものだった。

ところがその中の「校園日記」「白領日記」で問題が発生した。校園日記は女子大生のための掲示板で、白領日記はホワイトカラーのための掲示板だが、若い女性が中心となって、メッセージや写真が大量にアップされた。いずれも内容とは関係のない性的な興奮を誘う写真ばかりだった。中には規約に違反をした露骨なポルノまがいのものもあった。投げ銭を手っ取り早く獲得しようとした人たちの行為だった。

その反面、参加をする人は急増した。わずか1日で、校園日記は1130万人が、白領日記は1477万人が内容を閲覧した。

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▲圏子の中の「白領日記」。本来はホワイカラー女性のための情報交換の場所だったが、投げ銭を得ようと、性的な画像で溢れかえった。この写真はその中でも大人しいもので、露骨なポルノ画像も多く投稿された。

 

彭蕾の率直な謝罪が状況を変える

この圏子機能は大炎上をした。生活に必要な決済アプリの中で、ポルノまがいの写真や動画が見れてしまう。非常に不愉快だという人が運営にクレームを入れはじめた。多くの人がアリペイの中国名「支付宝」をもじって「支付鴇」と呼び始めた。いずれも読みは「ジーフーバオ」と同じだが、鴇は遊郭の女主人を表す隠語だ。

わずか2日後には、アリペイの親会社であるアントフィナンシャルの彭蕾会長は、内部で次のようなメールを回覧した。「私たちの誤り以外の何ものでもありません。この2日間は、私がアリペイにきてから7年の間で、最もつらい時期になりました。私たちは何度も困難を乗り越えてきましたが、これほど私の心を痛めたことはありません。アリババに対する愛情、アリペイに対する愛情をもって、アリババの価値観を信じ、実践しているみなさん、信頼をしてアリペイをお使いいただいている利用者のみなさん、関係者のみなさんにお詫びをします」。

そして、問題のある圏子については閉鎖、規約違反のコンテンツをアップした利用者はアカウントの永久停止、アリペイ内部の担当者の降格、利用客からの問い合わせ、ご意見は徹底して耳を傾けるという4つの施策を発表した。

これにジャック・マーが反応した。「アリババの強みは、誤りを糺す勇気を持っていることだ。アリペイは努力をし続けなければならない。アリババ人は学び続けなければならない」と言って、圏子機能そのものの停止を命じた。

こうして、アリババが本格的に手がけたSNSは、3日間で消えていくことになった。それ以来、アリババはSNSサービスに消極的になり、ECでもスマホ決済でも、SNSと連携したサービスを提供できずにいる。

 

アリババの最大の弱点は「SNSがないこと」

現在のアリペイを使うと、非常に便利で完成度が高く、死角はどこにもないように見える。しかし、その完成度は、数々のクレーム、失敗に対応することで培ってきたものだ。また、それでも「SNSとの連携が弱い」という弱みはいまだに解消されていない。

現在、単純なECは限界にきており、SNSと積極的に連携をした「ソーシャルEC」、配信主がライブ配信をして商品を販売する「ライブコマース」が台頭し始めている。いずれもSNSが重要な要素になっていて、それにつれてWeChatペイが徐々にシェアを伸ばし始めている。

中国で最も多くの人が利用し、最も多くの決済処理をするアリペイだが、曲がり角を迎えている。

 

ミドリ 手帳 日記 しあわせA トリ 12872006