中華IT最新事情

中国を中心にしたアジアのテック最新事情

中国のAIユニコーン企業「曠視科技」が上場失敗。中国AI、初めての挫折

中国人工知能業界のスター企業「曠視科技」が香港の上場に失敗をした。曠視科技はアリババに顔認証技術を提供するなど、AIスタートアップとしては最も期待されていた企業だ。失敗の原因は商用化の難しさが指摘されている。今後、AIスタートアップにはいかに商用化、黒字化をするかが求められるようになると電商報が報じた。

 

人工知能のトップ企業が上場を断念

曠視科技(Megvii Technology)は、中国AIスタートアップの中でも最も名前が知られ、有望視されていた企業だ。アリババが曠視科技のテクノロジーをアリペイの顔認証決済などに採用したことで、一気に曠視科技の名前が知られるようになった。さらに、アリペイのペット保険では鼻紋識別の技術も使われている。これはスマホを使って、ペットの鼻紋で個体識別を行い、ペットの治療時、死亡時などに速やかに保険金を支払うというものだ。

人工知能を使った認証技術を次々と開発している曠視科技が香港上場を断念せざるを得ない状況になっている。

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▲アリババのスマホ決済「アリペイ」が提供している顔認証決済ユニット。普及の途上で、コロナ禍となり、多くの人がマスクをするようになったことも大きな逆風となった。

 

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▲曠視科技のFace++技術は、防犯カメラにも利用されている。アリクラウドの「都市ブレイン」では、防犯カメラから顔認識をし、公安局のデータベースと照合して、身分を割り出す。逃亡犯などの検挙につながっている。

 

中国最強のAIチームと呼ばれた曠視科技

曠視はアリババが注目をするのも当然のAIスタートアップの中でのトップ企業だ。創業者の印奇(イン・チー)は、清華大学の「姚クラス」の出身。姚クラスとは清華大学の理系の学生から選抜されたエリートチームで、数学オリンピック物理オリンピックなどの選手を養成するクラスだ。スポーツでのオリンピックチームに相当する。

印奇はこの姚クラスに属し、26歳で曠視を起業した。創業メンバーの3/4清華大学出身者で占められている。創業すぐに顔認証プラットフォームFace++を公開、2016年にはフォーブス誌の「30 under 30アジア版」の一人に選ばれた。

マイクロソフトやグーグルの中国研究チームを立ち上げたことで知られる李開復は、曠視を評してこう言ったことがある。「彼らは近年見たことがない最強のチームだ。普通の開発チームは優れた技術を1つか2つ持っている。でも、彼らはすべてにおいて優れているのだ。このようなパワフルなチームというのは、黎明期のグーグルぐらいしか他に知らない」。

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▲創業者の印奇は、2016年にフォーブス誌の「30 under 30アジア版」の一人に選ばれている。

https://www.forbes.com/30-under-30/2020/asia/#7bd0f0fd6938

 

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▲創業メンバーの多くは清華大学出身者。中国トップクラスの若手人工知能研究者が集まって創業したのが曠視科技だ。

 

アリババに技術提供をすることで急成長

曠視の名前が知られるようになったのは、ジャック・マーのおかげだ。2015年、ドイツのハノーファーで開催されたデジタル展示会CeBITで、メルケル首相も出席したプレゼンテーションで、ジャック・マーは、顔認証を使ってアリペイ決済をし切手を1枚購入するデモを行った。この顔認証技術を曠視が提供していた。

これ以降、曠視は、アリババのスマート物流、芝麻信用スコアなどに顔認証技術、人工知能技術を次々と提供していく。アリババ傘下のアントフィナンシャルが曠視に投資をし、曠視の最大の株主となるまでになった。これにより、曠視は中国AI関連最大のユニコーン企業となった。

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▲2015年、ドイツのハノーファーで開催されたデジタル展示会CeBITで、ジャック・マーは顔認証決済で切手を購入するというデモを行った。この技術を提供していたのが曠視科技だった。

 

黒字化が果たせない中国人工知能スタートアップ

20198月、ジャック・マーが引退をする1ヶ月前、曠視は香港証券取引所に上場を申請した。しかし、一部には急ぎすぎという声もあった。果たして、香港市場は上場を認めず、上場に失敗をしてしまった。

その最大の理由は黒字化が果たせていなく、黒字化ができる目処も立っていないことだ。2016年、2017年、2018年の損失は、3.428億元、7.59億元、33.5億元と拡大をしており、2019年上半期には損失が52億元を超えた。黒字化どころか、赤字幅がどんどんと拡大している最中なのだ。

さらに、昨201910月に、米国の輸出規制をするエンティティーリストに登録をされてしまったことがダメ押しとなってしまった。つまり、米国企業が曠視に何かを販売しようとする場合は、個別に輸出許可を得ることが必要になる。事実上の輸出禁止措置だ。曠視がどの程度米国企業に依存をしているかは不明だが、打撃になっていることは間違いない。

さらに、人工知能産業が踊り場にきていることも影響していると言われている。この数年、中国では人工知能がブームとなり、多くのスタートアップが登場している。ところが、商業化に手間取り、利益を出せない時期が長引いているため、投資家の撤退が目立つようになっている。曠視でも、株主構成の変更があったため、投資家の撤退気分が広がっているのではないという観測がされている。曠視では「経営陣を改善するための措置で、撤退をした株主はいない」と説明しているが、疑問を拭い切れているとまでは言えない。

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マイクロソフトの「小氷」(シャオアイス)は、歌を聞いたり、絵を見たりして、模倣し、そこから創造をするという人工知能エンジン。技術力は高いが、商業化が難しく、マイクロソフトから分離をすることになった。

 


【好想你 I Miss U】Joyce Chu 四葉草 ft. Microsoft Xiaoice 微軟小冰 (Audio Version)

▲中国マイクロソフトが開発をした人工知能「小氷」。歌を聞いて学習して歌えるようになる。

 

マイクロソフトも「小氷」を分離、人工知能業界に吹く逆風

20207月には、マイクロソフトが開発した人工知能プラットフォーム「小氷」(シャオアイス)がマイクロソフトから分離をして独立会社となった。チャットができて、歌が歌えて、絵が描ける人工知能だが、人が歌うのを聞いて、実際の絵を見て、模倣をすることで学習をし、歌えたり、新しい絵画を描けたりできるようになるクリエイティブな人工知能だ。

その技術力には目を見張るものがあるが、商業化が難しい。ここが問題になって、マイクロソフト本体から切り離されて、自分たちでお金を稼ぐ道を探さなければならなくなった。

中国のAI界に起きている異変はある意味シンプルだ。投資家たちは「そろそろお金を稼いでくれ」と言っているのだ。曠視が「急ぎすぎ」と言われながらも上場を急いだのもこの辺りに理由があるのかもしれない。

しかし、AIのトップユニコーン企業が上場に失敗をした衝撃は大きい。他のAIスタートアップでも、商業化が急がれることになる。それがAIの普及に寄与をすることになるのか、あるいは未成熟なAIが蔓延し、AIのイメージを悪化させてしまうことになるのか、それはわからない。中国のAI産業は踊り場に差し掛かっている。

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