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前置倉型生鮮ECの強みと弱みはどこにあるか。拡大スピードの適切な調整が鍵

コロナ禍により、需要が急増した生鮮EC。終息とともに需要は落ち着きを見せている。この急需要のうちどのくらいを留存させられるかが、今後の成長の鍵になる。上海理工大学管理学院の研究者が、上海のディンドン買菜の事例に基づき、生鮮ECの強みと弱みを分析している。その論文は、経済研究導刊2019年35期に掲載されている。

 

ECでは扱いが難しい生鮮食料品

現在、中国で最も成長している市場が生鮮EC市場だ。スマートフォンで、野菜、肉、魚などの生鮮食材を注文すると、30分程度で宅配をしてくれるというもの。もともとは、通常のECが食材を扱うところから出発したが、この方式はうまくいかなかった。翌日配送であるために不在の場合があるが、生鮮食材は宅配ボックスに置いていくわけにはいかない。また、配送時間が長時間にわたるため温度管理もしなければならない。配送にコストがかかりすぎ、消費者からは「明日の献立を先に決め、今日注文しておかなければならない」という煩わしさがあった。

 

生鮮ECを実現する前置倉、店倉合一の発想

これを解決するアイディアが「前置倉」だった。配送する消費者のそばに倉庫を作り、あらかじめそこに配送しておけば、宅配時間が短縮できるという考え方だ。消費者が注文をした場合、近くの倉庫から宅配が行われる。

ひとつの倉庫は、周辺1kmから3kmの範囲の配送を担当し、このような倉庫を多数配置していくことで、市内全域をカバーをしていく。ちょうど日本のコンビニの出店のような感覚だ。ただし、倉庫なので、お客がきて買い物をすることはできない。お客がくる場所ではないので、家賃の安い裏通りという立地でもかまわない。

これをさらに発展させて、倉庫を大型化し、店舗にもしてしまう「店倉合一」という考え方を採用したのが、アリババの盒馬鮮生(フーマフレッシュ)などに代表される新小売スーパーだ。

上海理工大学管理学院の温振鑫、許学の2人の研究者は、この前置倉方式について、上海の「ディンドン買菜」を例に強みと弱みを分析した論文「生鮮EC前置倉方式の長所短所分析ーーディンドン買菜を例に」を発表した。

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▲前置倉型生鮮ECでは、小規模の倉庫を多数配置して、市内をカバーしていく。倉庫内にはスタッフのみで、注文に応じて、商品をピックアップし、宅配をする。

 

出店場所を選ばない、規模効果を得やすい

ディンドン買菜は、上海でサービスを提供していて200以上の前置倉を配置し、上海の中心部をほぼカバーしている。注文から29分で配達する。ディンドンでは、上海市内に倉庫数500以上、配送時間15分を現在の目標として成長中だ。

前置倉の長所は2つある。

ひとつは出店場所の選択の幅が大きいことだ。実体店舗であれば、店の前の人の流量がほぼすべてを決めてしまうが、倉庫であるために、配送先の消費者に近い場所であれば、倉庫前の人の流量は考慮する必要がない。そのため、空きオフィス、空き工場、空き倉庫など、コストのやすい物件を利用することができる。特に、家賃の高い大都市で、このような低コストの物件を活用できることは大きな利点となる。

もうひとつが規模効果を活用しやすいことだ。ディンドンは現在、ひとつの倉庫で半径3km圏内をカバーしているが、前置倉の理想状態は「半径2kmをカバーし、その圏内に5万人の40歳代以下が居住している地域」だ。当然、都市部が中心になる。しかし、この5万人の消費者を掘り起こすことができれば、その規模効果は大きい。一括仕入れする食材のコストを下げられることになり、そこで利益を生み出せるようになる。

また、生鮮ECは「自宅で料理をする食材を提供する」のが基本で、生鮮食料品の他、調理に必要な調味料や副食品も提供する。生鮮食料品の利益率はきわめて低いが、調味料や副食品などの利益率は高い。このような利益率の異なる商品を同時に販売することで、総合的な利益率を見て、メインの商品である生鮮食料品の価格を下げ、競争力をますことができる。つまり、極端に言えば、生鮮食料品は赤字でも、調味料や副食品で利益を出すといったことも可能になる。

このような調整ができるのも、全体の販売量が大規模になればこそだ。前置倉は店舗ではないので、出店に関する当局の規制も少ない。スピーディーに前置倉ネットワークを拡大していくことができる。

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上海市でサービスを提供するディンドン買菜。看板を出しているが店舗ではなく、倉庫であるため、一般の客が買い物をすることはできない。すべて宅配を行う。看板を出しているのは、人々の記憶に残し、マインドシェアを高めるため。

 

ビジネスモデルが単純、地方への進出が難しい、初期投資が必要

前置倉にはもちろん長所ばかりではなく、短所もある。短所は3つあるという。

ひとつは、ビジネスモデルが単純であるということだ。生鮮食料品を仕入れて、それを販売する。収入源は売上のみということになる。スーパーの場合、生鮮食料品以外の商品も扱い、また店舗の一部を飲食店に賃貸するなども可能。また、人が集まる店舗であることを利用して、シェアリングサイクルの拠点にしたり、イベント開催など、他のビジネスも考え、収入源を多角化させることができるが、前置倉の場合は、そのような多角化が難しい。

2つ目は、地方都市への進出が難しいことだ。現在、ディンドンの客単価は45元前後で、月によって0.5元程度変動する。1回の配送コスト、販促コストの合計はは22元程度で、残りの23元から仕入れ値を引いたものが利益となる。しかし、これは大都市でも中心地域だから成立する話で、同じ上海市でも下町のスーパーの客単価は20元から30元だ。つまり、ディンドンが下町に進出した場合、利益はほとんどでないことになってしまう。ましてや地方都市に展開をしていくのは、ごく限られた地域になってしまう。

3つ目の問題が、初期投資に大量の資金が必要になることだ。前置倉を出店するだけであれば、そう大きな資金は必要ないが、物流網の構築には大量の資金が必要になる。各食材の生産地から、中央倉庫に配送し、そこから各前置倉に温度管理をした配送ネットワークを構築する必要がある。ここを外部委託することも不可能ではないが、その場合は、生鮮ECとしての競争力は弱くなる。理想は「ここでしか買えない良質の商品をお買い得価格で」だ。

すでに、美団買菜、フーマフレッシュなどの資本力のある生鮮ECが参入をしてきている。ディンドンのようなスタートアップ企業にとっては、この資本力の問題が最大の痛点で、投資資金が途切れただけで倒れてしまうというリスクが常に付き纏うことになる。

 

課題は拡大スピードの適切な調整

2人の研究者は、前置倉方式の生鮮ECが乗り越えるべき課題も3つ示している。

ひとつは、利用者の留存率を高める施策を増やすことだ。新しいサービスでは、新顧客を獲得するための施策を打ち、利用者数の拡大を図るが、同時にライバルサービスへの流出も多い。サービスがある程度軌道に乗ってくると、新規顧客の獲得コストよりも、既存ユーザーを留存させるコストの方が低くなる。ディンドンもすでにその段階に入っている。新顧客よりも既存顧客をとどめおく施策に転換をしていく必要がある。

2つ目は、当たり前だが運営コストを下げることだ。ディンドンでは2020年に黒字化の見通しを持っている。拡大期には、莫大な初期投資が必要となるため、通常運転の運営コストの削減にあまり目がいかない。しかし、黒字化が見えている今、通常運転コストを下げることが重要になってくる。

3つ目は、拡大スピードの調整だ。ディンドンのような独立スタートアップが、拡大路線で、美団やアリババのような資金力のある企業と競い合うのは不利だ。ディンドンはすでに上海市全域をほぼカバーし、次の戦略が注目されている。ここで他都市展開をするのではなく、いったん上海市でのブランド価値を高めることに努めて、それから他都市展開をする方が成功確率が高い。その点で、ディンドンは、上海市での倉庫数を500に増やし、15分配送を実現するというブランド価値を高める次の目標は理にかなっている。