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「中高年はキャッシュレス決済が苦手」はただの思い込み。導入に成功した台湾庶民派スーパー「全聯」

キャッシュレス決済というと中高年の利用率が上がらないとどの国でも問題になる。しかし、中高年はキャッシュレス決済が苦手なのではなく、現金で不自由を感じていない人が多いのだ。台湾の庶民派スーパー「全聯」は、顧客の大半が中高年。しかし、ECの攻勢に対抗をするため、わずか3年で中高年に独自のスマホ決済「PX Pay」を定着させることに成功したと何必WHYが報じた。

 

庶民派スーパー「全聯」が目指した独自スマホ決済

台湾に行くと、街中で目に付くスーパーは「全聯」(PX Mart)だ。大規模スーパーからコンビニサイズの小規模スーパーまで、台湾全土に1000店舗を展開し、徒歩20分圏内で、全人口の80%をカバーしている。品揃え的には特に変わったことはなく、優待、安売りが多い「庶民の味方」的なスーパーだ。

その全聯が、ECの脅威にさらされている。台湾でもShopee、PChome、momoなどのECが使われるようになり、実体店舗の経営が苦しくなり始めている。全聯も何らかの対抗策を考えなければならない。

そこで、全聯が始めたのが、独自のQRコードスマホ決済「PX Pay」だ。既存のキャッシュレス決済に対応するのではなく、独自のスマホ決済を始めることで、レジの業務効率を上げることでコストダウン、同時に顧客の囲い込みをしようと考えた。

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▲全聯は、台湾でいちばんよく見かけるスーパー。大型のスーパー店から、コンビニサイズの小規模店まで、台湾全土で1000店舗を展開する庶民派スーパーだ。

 

中高年もスマホは使っている。問題は習慣を変えるきっかけ

しかし、問題は、そう簡単に独自のスマホ決済を使ってもらえるかという大きな問題が立ちはだかる。全聯の主要顧客は、「ママとおばあちゃん」を中心にした中高年。台湾でもキャッシュレス決済は普及が進んでいるが、その主力は若者層であり、全聯の主要顧客である中高年の女性は、現金を使う人が多い。

一方で、50歳以上の人のスマートフォン使用率は94.5%にも達している。台湾ではほぼ全員がスマホを使っていると言っても間違いではない。また、50歳以上の人でもスマホ決済のことは知っている。ただし、実際に使おうと考える人、使っている人はごくわずかだ。

バイスは持っている、でもスマホ決済は使おうとしない。この状況を変えることができるか。全聯は、丁寧にステップを踏んで、独自のスマホ決済を普及させる作戦を組み立てていった。


【全聯福利中心】2019 全聯經濟美學 - PX Pay 支付教學

▲PX Payの紹介ビデオ。QRコードスマホ決済としては、一般的なもの。しかし、これを「ママとおばあちゃん」を中心にした中高年に普及させたところに、全聯の画期的な部分がある。

 

スマホ決済の前に中間段階として電子マネーカードを導入

スマホ決済を使わない現金派に、「なぜスマホ決済を使わないか」を尋ねたアンケートで、回答の第1位は、若者も中高年も「安全性が不安」というものだった。第2位は「現金決済に慣れているから」だが、若者の場合は38.9%がそう回答したのに対し、中高年は46.7%がと差がある。つまり、全聯の場合、中高年の「現金決済に慣れている」という習慣をどのようにして変えるかが鍵になる。

そこで、全聯はいきなりスマホ決済を導入するのではなく、2018年に電子マネーカードを全面導入した。事前にレジや専用機でチャージをし、それでタッチ決済するというものだ。

まずは、現金以外の決済方法に慣れてもらい、安全性に対する不安を払拭する。レジの業務効率は電子マネーカードでも効率化できる。それを通じて、現金以外の決済習慣を広めていこうとした。

そのため、ただ電子マネーカードを導入するのではなく、チャージの優待を行った。チャージをすると、その金額よりも数%多くチャージされる。お得感で、電子マネー利用者を増やしていった。

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▲中高年(50-64歳)、非中高年(18-49歳)それぞれに、なぜスマホ決済を使わないのかを聞いた結果。安全性と現金に慣れているという理由が多く、特に中高年では現金決済の習慣を変えたくないという人が多い。これをどう変えるかが大きなテーマになった。東方線上2018年調査。

 

電子マネーは大失敗。チャージ不足エラーが頻発

ところがすぐに課題が生じた。チャージ不足が多発をしたのだ。電子マネーカードに今いくらチャージされているかを知るにはチャージ機かレジで確認する必要があり、「ママとおばあちゃん」には今、いくら入っているのかがわからない。

そのまま、レジで決済しようとして、チャージ不足のエラーが出てしまうということが頻発した。結局、現金を出し直して、カードにチャージをし、それで再度決済をやり直すということになる。

レジの業務効率はかえって悪化をしてしまい、利用者には「やっぱり電子決済は面倒。現金の方がわかりやすい」というネガティブな印象を与えてしまうことになった。大失敗だった。

 

お釣りを自動でチャージ。お得なポイントカードとして再導入

そこで、2019年1月、全聯は次の作戦を実行する。それは、電子マネーカードで決済をするのではなく、現金で決済してもらうが、お釣りを電子マネーカードに戻すという方式だった。これであれば、「ママとおばあちゃん」にも慣れているポイントカードの感覚で使える。レジで残高を確認して、決済額より残高が大きい場合のみ「電子マネーカードでも支払えますよ」と案内する。

お釣りを返す手順がなくなり、レジの効率は大きく改善し、消費者は現金を出さずに電子マネー残高で決済ができると、得をしたかのような気分になった。さらに、最初から電子マネーカードで決済をした場合は、一定確率でくじが当たって、自動的に当選金額がチャージされる仕組みも導入した。これで、くじに当たりたい人は、事前に残高をチャージ機で調べておき、最初から電子マネーカードで決済をする人も増えていった。

つまり、電子マネーカードを決済ツールではなく、「お釣りやくじでポイントが溜まっていく、お得なカード」として活用したのだ。全聯としては、現金以外の決済方式に慣れてもらうのが目的なので、それでよかった。

2018年は電子マネーカード利用者が31.3万人だったが、この施策を行った1ヶ月後の2019年2月には61.3万人に急増した。多くの人が、キャッシュレス決済カードとしてではなく、「お釣りやくじでポイントが貯まるお得なカード」「ポイントが貯まるとそれで買い物もできる」と認識していた。

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▲台湾のレジの接客は、一般的に丁寧で親切。スマホ決済の使い方が分からなくても、レジスタッフが親切に押してくれる。全聯は、スマホ決済をレジ業務効率を上げるだけでなく、全聯と顧客の結びつきを強化するためのツールとして捉えている。

 

スマホなんでも相談をする「ママさんヘルバー部隊」を配置

そして、2019年5月から順次、スマホ決済「PX Pay」を導入していった。専用アプリを入れることで、QRコード決済ができる。チャージをして決済するのが基本だが、クレジットカードの決済も可能。また、電子マネーカードと紐づけることで、電子マネーカードのチャージ金額を移動させることもできる。

しかし、全聯の主要顧客である「ママとおばあちゃん」にとって、スマホに決済アプリを入れ、さまざまな登録や設定をするというのは敷居が高い。

そこで、全聯は、主要顧客と同世代の「ママさんヘルバー部隊」を組織した。各店舗の中高年女性スタッフに、顧客のPX Pay導入をヘルプするのが仕事だ。一人あたり20分をかけるのだという。アプリをインストールして、設定をするだけでなく、顧客のスマホの空き容量が少なくてインストールできない場合は、相談しながら不要なアプリを削除していくことまでする。さらにはスマホ相談、世間話もするため、1時間以上かかる例もあったという。

しかし、これが地域の顧客と店舗の結びつきを強化することになった。顧客にとっては、同世代のスタッフと顔なじみになったため、決済アプリ以外のことも気軽に相談をされるようになった。

全聯のPX Payの狙いは、「顧客との結びつきを強化し、囲い込みをする」ことなのだから、この「ママさん部隊」は大成功だったのだ。

さらに、2019年10月には、PX Pay利用者が、知り合いにPX Payを導入してインストールさせると、20台湾ドルの優待チャージが受けられる紹介優待制度も導入した。

2019年12月には、200万人の電子マネーカード会員がPX Payに移行し、さらに300万人の新規会員を獲得することに成功した。この新規会員のうち、60%は紹介優待制度によるものだ。

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▲PX Payでは、さまざまな優待制度も行っているが、日本や中国のスマホ決済と比べると控え目。全聯の素晴らしいところは、顧客と同年代のアドバイザーを店舗に配置し、店舗と顧客の結びつきを強化したところにある。

 

新小売サービスPX Go!もスタート

全聯はさらにEC「PX Go!」も開始した。スマホアプリから商品を注文し、宅配してもらえるもので、決済はもちろんPX Payで行われる。

ここにも全聯は工夫をしている。ECというよりも、主要顧客である「ママとおばあちゃん」の視点に立ったサービス展開をしている。もっとも使われているのは、お米、油、液体洗剤といった重たい商品、トイレットペーパーのようにかさばる商品だ。全聯の顧客の多くは自宅から歩いて買い物にやってくる。「ママとおばあちゃん」にとって、重たい商品を持って帰るのはかなりつらいことになる。そこで、店舗で「PX Go!で注文すれば楽ですよ」とママさん部隊が促していく。店舗で買って、宅配してもらえる新小売的な販売方法だ。

もうひとつは分割配送だ。コーヒー、紙おむつ、ティッシュペーパー、鶏肉などを大量パックで販売し、それを定期的に分割して宅配してくれる。顧客からすれば、消耗品が切れているかどうかを気にかけることから解放される。また、PX Pay会員の知り合いと共同して購入することもできる。もちろん、大量一括購入になるので、価格的には割安になっている。

このような宅配は、中央倉庫からではなく、店舗ごとに店舗在庫から配送をする。現在まだ達成できていないものの、注文から2時間で配送することが目標だ。全聯は徒歩20分圏内で人口の80%をカバーしているとはいえ、それは地図上のことで、実際に20分歩いて店舗にやってきてくれる顧客は多くはない。より近い他店スーパーやコンビニを利用していることだろう。PX Go!は、このような圏内の遠方客を取り込むことも視野に入れている。

2019年11月に始まったPX Go!はわずか1ヶ月で3000万件の注文を獲得することに成功した。

 

デジタル対応で、将来の中高年にも対応完了

中高年を主要顧客とする全聯は、普通に考えたら将来性があるとは言えない。若い世代は、現金よりもスマホ決済を好み、実体店スーパーよりもECとコンビニを好むだろう。若い世代が年をとって中高年になる頃には、現金決済中心のスーパーは市場を失ってしまうことになる。

しかし、電子マネーカードから始まって、全聯はスマホ決済を導入し、新小売ECまでスタートさせた。現在の中高年顧客の「スマホ決済はよくわからない」「重たい荷物を持って帰るのは苦痛」という痛点を解消したばかりでなく、若い世代のライフスタイルに合った形にもなった。

その成功の鍵となったのが、「丁寧な施策」と「スピード感」だ。スマホ決済に不安を感じている顧客に対して、同年代のスタッフを対応させ、丁寧に掘り起こしをしていく。そして、いきなりスマホ決済ではなく、電子マネーカードを間に挟み、ステップを踏んで、利用者に慣れていってもらう。

全聯は、この一連の施策を最初からロジックとして組み立てていた。そのため、スピード感も異常に早い。電子マネーカードの導入が始まったのは2018年。そして、わずか1年後にはスマホ決済導入、2年後には新小売EC導入まで進んでいる。

このスピード感が、顧客に対して「どんどん便利になっている」と感じられている。「中高年は現金派でキャッスレス決済を使わない」は単なる思い込みでしかないことを全聯は証明した。

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