中華IT最新事情

中国を中心にしたアジアのテック最新事情

リアルな行列はなくなっても、クラウド行列に悩まされる中国市民

タクシー、飲食店、チケット、病院予約はクラウド化され、スマホから簡単に購入、予約できるようになり、街中での長い行列というのは少なくなっている。しかし、その一方で、クラウド内での「行列」に悩まされるようになっていると半月談が報じた。

 

行列はなくなっても、クラウド内に行列

この20年で、中国の生活は様変わりをした。20年前、中国人は何をするにも長い行列に並ばなければならなかった。列車の切符を買うには駅の行列に並ぶ。具合が悪くなり病院に行ったらまず予約を取るために行列に並ぶ。それが今やスマートフォンの中で行えるようになった。

利便性は大きく向上したものの、今度はその急激な変化による歪みも起きている。リアルな行列は少なくなったものの、今度はクラウドの中にバーチャル行列ができているのだ。

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春節旧正月)の帰省バスのチケットを求めて行列する人たち。現在は、帰省バスのチケットもスマホ購入に対応するバス会社が増え、このような光景も次第に過去のものになりつつある。しかし、今度は、のんびりしていると、オンラインのチケットがすぐに売り切れになってしまうという問題が生じている。

 

終電に間に合わなければライドシェアを呼ぶ

半月談の記者は、上海の陸家嘴の地下鉄駅を取材した。ここは東方明珠塔を始めとする高層建築が立ち並ぶ地域。金融系の企業のオフィスが多く、上海でも最も華やかな地域だ。しかし、オフィス街であるために、地下鉄の終電は11時と意外に早い。この終電に乗り遅れた人たちは、地下鉄駅前にあるタクシー乗り場に長い行列をするのが以前の姿だった。

しかし、現在、その行列は少なくなっている。滴滴出行に代表される網約車(ライドシェア)をスマホで呼ぶ人が多くなっているからだ。ライドシェアは、あくまでも個人の車に相乗りさせてもらうという建前(実際はタクシーと変わらない)なので、タクシー乗り場などの規制を受けない。運転手と乗客が好きな場所で落ち合い、乗せてもらえばいい。

 

時間帯によっては、数十人の利用者待ち

タクシー待ちの行列は減ったものの、今度はネット上での行列が起きている。網約車を利用しようとすると、利用者が殺到しているために、数十人後、場合によっては100人以上が網約車を待っていることがある。帰宅の手段がなくなった人は、結局待っているしかない。以前はタクシー乗り場に行列していたものが、コンビニコーヒーでも飲みながら階段にでも腰掛けていられる分、ましになった程度でしかない。

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▲昔ながらの行列は少なくなったが、人気のカフェに行列するのは、ひとつのエンターテイメント感覚で若者に受けている。喜茶では、すでにモバイルオーダーの仕組みを導入し、行列しなくても購入できるようになっているが、それでも行列をする人がいる。

 

足元を見て、高額要求をするタクシーまで出現

半月談記者は、上海の高級ショッピングモール新天地付近の深夜も取材した。タクシー乗り場の行列はほとんどないが、やはりネット上では網約車の待ち行列ができている。

記者は4台のタクシーが空車表示のまま止まっているのを発見した。声をかけると、80元で市内に乗せていくという。上海市内であればだいたい20元程度で済むはずだ。みな網約車ばかり使うようになり、ネット上では網約車待ちの人が溢れる時間帯がある。その時に、こうして待っていると、値段は高くてもすぐ乗りたいという乗客が見つかるのだという。

 

スマホを使わない人には、昔よりも不便になっている

上海市民のある女性は、半月談の取材に応えた。「私の母はネットでチケットを買ったり、車を呼んだりすることはできません。なので自分一人では遠くにいけません。父親は滴滴出行の使い方が理解できず、一度、実家から上海に出てきたときは、高徳地図アプリが表示した経路通りにやってきました。その時、滴滴出行を使うルートが表示されて、自動的に予約まで入るのですが、父親はそれに気がつかず、時間になって運転手がから電話がかかってきて、叱られ、キャンセル料を5元取られました」。

スマホを使いこなせない人にとっては、昔と変わらないか、それ以上に不便になってしまっている。

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▲大病院の支払い、診察受付には長い行列ができるのがごく普通の光景。これも最近ではクラウド化が始まり、スマホから予約、支払いができるようになりつつあるが、今度は診察受付が開始時間から数分でいっぱいになってしまうという現象が起きている。

 

スマホ世代は行列する権利まで奪われている

上海市民のある男性は、半月談の取材に応えた。「私は上海の浦東に住んでいますが、母親は足が悪く、浦西に住んでいます。母親が出かける時は、私がタクシーを呼んであげています。自分でスマホを使って呼ぶのは難しいからです」。

以前は行列をしていた列車の切符、タクシー、レストランはすべてスマホできるようになっている。映画館や芝居の座席も、いい場所はスマホですぐに予約されてしまい、直接劇場に行っても、チケットは売り切れか、見づらい座席しか残っていない。スマホが使えない両親たちにとっては、行列に並ぶ権利さえ奪われてしまっていると男性は言う。

地方から北京の病院にきたある女性が、半月談の取材に応えた。「地元で病院をスマホで予約をしようとしたのですが、数秒でその日の予約が埋まってしまい、予約を取ることができないのです。仕方なく、大きな病院がたくさんある北京に出てきました」。

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▲ショッピングモールのセールの行列に並ぶ人たち。結局、どこまで行っても、人口の多い中国から行列はなくならない。

 

クラウド内でも早い者勝ち、ネット弱者は忘れられていく

生活サービスの多くが、ネット化されて、スマホを使いこなせる若者や現役世代にとっては利便性の高い社会になった。ネットの予約そのものが混み合うこともあるが、事前予約や、追加料金を支払って優先予約するなどの仕組みも導入され始めているので、適正な追加コストを支払ってもいいという人には非常に快適な社会になりつつある。

しかし、スマホが上手く使いこなせない、サービスの仕組みがよく理解できないというネット弱者にとっては、かえって利便性が低下をしている。以前と同じように、何をするにも行列をしなければならないが、ネット弱者は高齢者であることが多く、行列に耐えるだけの体力も失われていく。

ネット弱者は購買力も小さいので、企業が問題意識を持ちづらいのも大きな問題だ。このまま利便性と収益だけを追求して、世の中がどんどん先に進んでいくのか、どこかでネット弱者をも取り込む方向に転換するのか、中国社会の公共心が試されようとしている。