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中国を中心にしたアジアのテック最新事情

自分の本名が商標権侵害に。商標ビジネスに狙われるインフルエンサーの名前

中国で人気の網紅「敬漢卿」の名前が、商標権侵害で警告を受けた。しかし、敬漢卿は彼の本名。いわゆるグレーな商標ビジネスが網紅の名前を狙い撃ちにしているとAaahaoが報じた。

 

整備されてきた中国の知的財産権の扱い

知的財産権侵害の問題では、つい最近まで中国は常に加害者だった。海外の商品を真似る、海外のコンテンツをコピーするというのは当たり前で、海外の権利者から訴えられても、関係法規が整ってなく、有効な手を打てないという状況が続いていた。

しかし、中国の経済が成長するとともに、その状況は改善に向かっている。例えば、アニメを中心とした動画共有サイト「bilibili」、通称Bサイトでは、以前は日本のアニメを違法コピーして、そこにボランティアたちが中国語字幕をつけて、公開するということが常態化をしていた。それが現在では、きちんと著作権処理をした動画を共有するようになっている。他の動画共有サイトと同じように、違法コピーした動画をアップロードすると発見されて削除をされる。

このように多くのサービス、企業が知的財産権の問題については、国際ルールや国内法を守るようになっている。その要因になっているのが、米ナスダック市場への上場だ。違法動画を共有しているようでは、海外証券市場に上場をすることができない。大型の資金調達をするためには、国際ルールを守らざるを得なくなっているのだ。

 

自分の本名が使えなくなった網紅「敬漢卿」

中国の知的財産権関連の法律が整備されてくると、今度はその関連法を悪用して、お金儲けをしようと考える人たちもいる。そういう人たちの矛先は、中国国内に向かっている。

その中でも、ネットで大きな騒ぎになっているのが、敬漢卿(ジン・ハンチン)事件だ。敬漢卿は中国の動画で人気となった中国版ユーチューバー=網紅。彼は、本名を使って網紅となった。ところが、ある企業により「敬漢卿」が商標登録されてしまい、敬漢卿の名前で動画を公開したり、グッズを販売すると、商標権の侵害となると警告を受けたというもの。自分の本名が使えなくなるという理不尽な事態になっている。

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▲敬漢卿のbilibiliでの配信映像。熱いものを早食いする、大量に食べるなど、他愛もない内容だが、それが受けている。

 

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▲敬漢卿はbilibiliで訴えた。「22年使ってきた自分の名前が使えず、改名する必要があると言われた。どうやって自分の権利を守ったらいいのだ」というもの。敬漢卿の名前は、本名であるだけに問題は深刻だ。

 

網紅ビジネスにとって、頭の痛い問題になっている商標権

敬漢卿は、ファンが1400万人もいる網紅で、現在22歳。非常に珍しい名前で、子どもの頃から名前を珍しがられることが多く、2014年に自分で撮影した動画を公開した時から、ネットでも本名の敬漢卿を使っている。

動画の内容はいわゆるおもしろ動画だ。50個のレモンを一気食いすることに挑戦をする、使い捨てライターが何回火がつくのか、連続してつけて確かめるなど、身近な内容で人気となった。

現在、月の売上は10万元(約150万円)を超え、100万元(約1500万円)の投資資金を集めるほどになっている。個人の副業ではなく、もはや本業だ。

これが、他人によって商標権を登録されてしまったのだから、敬漢卿にとっては抜き差しならない状況になっている。改名をして続けることが現実的だが、その場合、ファンは今まで通りついてきてくれるだろうか。あるいは、敬漢卿の名前を使いづけて、法廷闘争をする道もあるが、果たして勝てる見込みはあるだろうか。

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▲敬漢卿のbilibili公式ページ。bilibiliだけでもファン数は650万人を突破している。複数メディアの累計ファンは1400万人に達する。本名なのに自分の名前が使えないという事態に追い込まれている。

 

次々と狙われる網紅の名前

このような網紅の名前が、商標ビジネスから狙われている。著名な網紅は、個人でやっている域を超えて、制作スタッフ、マネージメントスタッフを抱えた企業になっている。重要な商標である網紅の名前を登録していなかったのは、企業としての落ち度だと考えることもできる。

実際、敬漢卿の名前も、7社から商標登録の申請が出されていた。また、ゲーム実況をして300万人のファンがいる「落星解説」も、敬漢卿に商標権侵害の警告を出したのと同じ企業から商標登録され、警告を受けている。

この企業は、安徽省蕪湖市に2017年8月29日に創業した企業で、資本金はわずか20元という不思議な企業だ。創業後、すぐにさまざまな商標権申請を始め、現在までに103の商標を申請している。敲笑辣条哥、農人Y頭などの有名な網紅の名前も含まれている。この被害にあった網紅によると、使用禁止の警告を受けた後、35万元(約530万円)で商標権を買い取る話を持ちかけられたという。

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▲ゲーム実況で人気の網紅「落星解説」も、敬漢卿の商標を登録した企業から、同じように商標登録され、被害を受けている。

 

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▲同じく名前を商標登録されてしまった網紅「農人Y頭」。農村に生まれ、農村の生活を動画で配信して人気になっている。

 

法廷闘争を選んだPapi醤、改名を選んだ王老吉

この問題がどのような決着を見せるのかはまだ不透明だ。2017年、網紅の草分け的存在である「Papi醤」も、同じように名前を商標登録され、関連グッズを勝手に発売されたことがあった。しかし、この時は商標審議委員会に提訴をして、結局、この悪意のある商標登録は無効にされている。

また、王老吉事件を引き合いに出す人もいる。王老吉(ワンラオジー)というのは、中国で有名な涼茶ドリンク。漢方が入っているお茶で、かなり甘い冷たい飲み物だ。特に辛い料理を食べる時、食べた後の飲み物として人気がある。

この王老吉は、広州白雪山医薬集団が販売をしていたが、これに食品総合企業「加多宝」がライセンス契約を結び、王老吉を販売をし、これが爆発的な人気になった。10年のライセンス契約が切れ、契約を更改する際、広州白雪山医薬集団の総経理が賄賂をもらい、ライセンス料を不当に安く設定した汚職事件が発覚、有罪判決を受けた。広州白雪山医薬集団と加多宝の間で、更改したライセンス契約の有効性を巡って訴訟になっていた。

結局、加多宝では、ドリンクの名前を「加多宝」に変えて販売を続けることになった。この顛末が大きな話題になったこともあって、多くのファンは名前が変わっても加多宝を飲み続けた。敬漢卿も名前を変えて、配信を続ければ何の問題もないと見る人もいる。

しかし、網紅の名称が、商標ビジネスからターゲットにされていることは間違いない。網紅も、企業としてきちんと対策をしていく必要に迫られている。

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▲中国の網紅のビジネスを切り開いたPapi醤。Papi醤もかつて名前を商標登録され、関連グッズを勝手に発売されるという被害にあっているが、法廷闘争を経て、自分の名前の権利を取り戻している。