中華IT最新事情

中国を中心にしたアジアのテック最新事情

国内からの知財パクリ問題に直面するテンセント

中国と言えば「パクリ」という言葉に代表される知的財産の無断使用のイメージが強い。国際社会からはたびたび非難されている中国が抱える問題のひとつでもある。しかし、スマホゲームの世界では、「海外からのパクリ」の時代は終わり、「国内からパクられること」に頭を悩まされる時代になっていると王者栄耀T縁夢が報じた。

 

社会問題になるほど流行が続く「王者栄耀」

テンセントの開発したゲーム「王者栄耀」のブームが相変わらず続いている。王者栄耀は、2015年テンセントの天美工作室が開発したMOBA(マルチユーザーオンラインバトルアリーナ)。5人対5人で戦えるスマホ用ゲームで、登録ユーザー数は2億人を超えている。

王者栄耀が人気になった理由のひとつが、ペイトゥーウィンと呼ばれていたスマホゲームの中で、早い段階でペイトゥーファンの考え方を取り入れたことにある。ペイトゥーウィンとは課金をしてアイテムを買うと、ゲームの進行が早くなったり強くなったりする。課金をたくさんしたものが勝つという構造。一方のペイトゥーファンは、課金をせずに無料プレイをしても強さは変わらない。操作に習熟し、優れた戦略をとるものが勝つ。課金は、アバターの見た目を飾るためのアイテムを買うことに使う。

運営側から見ると、一見、ペイトゥーウィンの方が利益が上がりそうだが、利益が上がる期間が短くなる。ペイトゥーファンは利益の爆発力はないものの、長期にわたって人気が続く。ゲームのライフタイム収益を考えると、ペイトゥーファンの方が大きくなるとも言われる。

無料で遊べるために、特に小学生の間で大人気となり、王者栄耀は社会問題にもなり、12歳以下は1日1時間しか遊べないようにする制限を設けなければならないほど人気になっている。

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▲王者栄耀のブームはいまだに続いている。MOBAと呼ばれるゲームで、複数のプレイヤーが協力して、他チームと戦うというもの。技量と戦略で勝ち負けが決まるため、無料でもじゅうぶんに遊べるところがヒットの要因。

 

今度は国内からのパクリが始まっている

もちろん、この王者栄耀は、テンセントにも莫大な利益をもたらしている。それまで中国のゲームと言えば、海外のゲームの「パクリ」ものが多かった。なんとなく似ているレベルであればともかく、ソースコードが流出しているのではないかと思うしかないほど似ていて、登場するキャラクターだけが違っているというものも多かった。

しかし、王者栄耀が登場すると、今度は、王者栄耀のパクリゲームが続々と登場することになっている。今までパクる側だった中国も、いよいよパクられることを心配しなければならなくなっている。

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▲オリジナルの王者栄耀とコピーゲームのモバイルレジェンズ。登場するキャラクターもそっくりなら、ゲームシステムもほぼ同じだ。しかも、開発者が元テンセント社員。

 

元テンセント社員が王者栄耀そっくりのゲームをリリース

その中でも、大きな話題になっているのが徐振華の事件だ。徐振華は2009年にテンセントのゲーム部門に入社し、ネットゲームの開発責任者にまでなっていた。そして「軒伝奇」というウェブベースのMOBAを作りヒットをさせた。その手腕が評価され、テンセントの株式を購入する権利が与えられ、そのまま行けば、テンセントの役員になることも可能な地位まで登り詰めた。

しかし、徐振華は起業する道を選んだ。2014年1月に沐瞳科技を設立し、独立をした。

この沐瞳科技がモバイルレジェンズというMOBAゲームをリリースした。しかし、これが王者栄耀そっくりなのだ。似ているというレベルではなく、誰が見てもコピーゲームにしか見えない。しかも、王者栄耀の人気に引っ張られて、モバイルレジェンズもすぐに人気ゲームになった。


Mobile Legend vs King of Glory (王者荣耀) - Hero Comparison

▲王者栄耀とモバイルレジェンズが酷似していることには多くの人が気がついていて、両者を比較するビデオも多数公開されている。

 

沐瞳科技に3億2000万円の賠償命令

テンセントの創業者であるポニー・マーは激怒したと伝えられる。どこの誰かがわからないものが、低い技術レベルでパクリをしているのであればともかく、元テンセントのゲーム開発責任者がパクっているのだ。王者栄耀の開発に直接加わっていないものの、先行する「軒伝奇」の成功があったため、王者栄耀チームがさまざまな協力を仰いだことは間違いない。徐振華は王者栄耀の開発を内部から知ることができる立場にいた。

しかも、徐振華は、テンセントの株式を購入する権利を与えられた時、一定期間、競合するビジネスを行わない契約にサインをしている。

テンセントは、上海の法廷にこの問題を訴えた。一審では、競合するビジネスを行わない契約に違反したことを問題にし、徐振華がテンセントに違約金373万元を支払えという判決になったが、双方とも不服で上告をした。

二審では、徐振華がテンセント株を得たことによる利益を返却するべきだとして、

1940万元(約3億2000万円)を支払えという判決になった。

テンセント側はこれでも納得がいかず、モバイルレジェンズが王者栄耀の著作権を侵害しているとして、沐瞳科技に対してゲーム運営の停止と賠償金を求めた訴訟を起こしている。


第一次玩 - 王者荣耀

▲王者栄耀の人気はアジア圏から欧米圏まで飛び火しようとしている。ユーチューブにはゲーム実況も多数アップロードされている。

 

国内からのパクリに悩まされる時代に入った中国

現在の判決は、あくまでも競合するビジネスを行わないという契約に違反した賠償金であり、著作権に関する審理はこれからになる。しかし、この契約違反に対する賠償金としては、中国では最高額のものになったという。テンセントはあくまでも「著作権侵害」で勝訴判決を勝ち取りたい意向だ。

「パクリの中国」というイメージはもはや薄れて、中国国内からさまざまな分野で、オリジナリティーの高い商品、サービスが登場してきている。しかし、純国産のメガヒットが登場するようになると、今度は中国国内でのパクリが問題になりつつある。IT業界はでは、このテンセントの訴訟を見て、自社製品が他社の知的財産を侵していないかどうかの検討をするところも出てきている。

特に、IT企業を離職して、競合するビジネスを一定期間行わない契約をしながら、同業のビジネスを始めて、訴訟沙汰になる例が増えている。このような契約は、世界中で行われているものであり、社内のノウハウが流出するのを防ぐ方策のひとつだが、今の中国では軽視されているところもあるようだ。この問題が、中国IT産業の大きな弱点になっていく可能性がある。