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中国のユニコーン企業(3):創新工場

時価総額が5億ドルから10億ドル以上あると見積もられているのに、上場をしない企業ーーユニコーン企業。投資家から熱い視線を浴びるユニコーン企業は、米国だけではなく中国にも数多く存在する。科技企業価値は、そのようなユニコーン企業を紹介している。今回は、スタートアップインキュベーターの創新工場。

 

スタートアップ企業を孵化させるインキュベーター

現在、経済の活力の源泉となっているのはスタートアップ企業だ。さまざまなスタートアップが起業し、ビジネスの仕組みを変えていく。老舗企業は、その波に流されないように自らを改革していく。その競争こそが、経済を成長させている。

スタートアップ企業を大量育成するのに必須なのが、インキュベーターアクセラレーターと呼ばれる養成機関だ。起業家たちは、ビジネスそのものに興味があるが、会社設立のための登記手続きや資金調達にはさほど興味がなく、苦手な人が多い。そこで、そのような起業周りのことを支援するのがインキュベーターアクセラレーターと呼ばれる機関だ。起業家は、自分たちのビジネスを構築することだけに集中ができるようになる。

この機関は、それだけでなく、シードファンドとしての機能も持っている。企業をするのに必要な資金を投資する。投資の方法は、登記したばかりのスタートアップ企業の企業価値を概算して、そのうちの一定割合の株式を購入する形、あるいは転換社債(後に株式に転換できる社債)などの形で行われる。つまり、投資したスタートアップ企業が成功をすれば、投資資金は100倍にも1000倍にもなる可能性がある。これがインキュベーターの運営資金となる。

 

中国のインキュベーター「創新工場」

インキュベーターの場合、起業家たちのオフィスまでも用意される。と言っても、多くの場合、体育館のような場所にデスクを並べ、パーティションで区切ったような空間だ。狭いところに起業家の卵が押し込められ、周囲と競い合いながら起業を目指す。いわゆるブートキャンプ方式だ。アクセラレーターの場合は、オフィスは用意されず、各自自分のオフィスを近所に確保して企業を目指す。

世界で最も有名なアクセラレーターは、ポール・グレアムが主催するYコンビネーターだろう。この養成機関からは、ドロップボックスやAirBnBなどの企業が誕生している。

中国でも、このインキュベーター事業が盛んになってきた。その中でも、成功をしたのが、北京市に拠点を構える創新工場だ。創立者の李開復は、マイクロソフトアジア研究所を設立後、グーグル副社長、アジア地域社長などを努めてきた中国IT界の重鎮だ。2009年9月に創新工場を創立し、2011年には、2500チームの応募を受け、39のスタートアップを世に送り出した。創新工場への投資金額も2.5億元を超えたが、創新工場が生み出したスタートアップの企業価値の合計は50億元を越えていると推測される。

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▲創新工場の創設者、李開復氏。グーグル、マイクロソフト、アップルと主だった企業の経営陣に加わり、中国、アジア方面の指揮をとってきた中国IT界の大物。

 

エンジェル投資は、将来への投資

企業への投資はさまざまな段階で分類されている。主にエンジェルラウンドとAラウンド以降に分類される。エンジェルラウンド投資というのは、その対象企業がまだビジネスをスタートさせていない段階での投資だ。まだビジネスが動いていない段階での投資なので、リスクはものすごく大きい。しかし、当たれば大きい。

一方で、Aラウンド以降の投資は、すでにビジネスが動き始めてからの投資なので、リスクはさほど大きくはない。しかし、投資効率はあまり高くはなくなる。

重要なのは、エンジェル投資は新しいビジネスを生み出すためのもので、Aラウンド以降の投資は、どちらかというと投資家が利益を得るための投資だということだ。つまり、エンジェル投資とAラウンド以降の投資の比率を見ていけば、新しい企業が生まれてくる活力があるかどうかがある程度わかることになる。

このような投資が盛んになった2008年、米国ニューハンプシャー大学の研究によると、米国には26万人のエンジェル個人投資家が活動していて、5万5480の企業に合計192億ドルのエンジェル投資を行ったという。また、コンサルティング企業、プライスウォーターハウスクーパーの調査によると、一般的な企業投資は3700件で総額280億ドルだった。約40%がエンジェル投資ということになる。

同年、清科集団の調査によると、中国の企業投資総額は493.02億ドルで、米国を上回っているが、エンジェル投資額は5億元から10億元の間と推定され、これは1.5億ドル程度で、米国の192億ドルとは比べようもなく、中国は将来への投資がほとんどできていなかった。

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▲創新工場のフリーデスク。誰でも無料で使えるデスクで、ここで仕事をしていて、スタッフの目に止まると、投資を受けられるチャンスがやってくる。現在、北京、上海、深圳の3拠点がある。

 

中国の未熟な投資家たちを育てる

李開復は、この問題を解決しようと、2009年に創新工場を創設した。ただし、創新工場は米国型のインキュベーターとはやや趣きが異なっている。一般的なインキュベーターは、養成機関の趣きが強く、投資資金は大物個人投資家あるいは投資機関に頼ってしまうことが多い。しかし、李開復は、創新工場を個人投資家と起業家の出会いの場としようとした。当時の中国には、起業家はもちろん、個人投資家も少なかったため、同時に両者を要請しようとしたのだ。

当時の中国の個人投資家といえば、ビジネスで成功したなどの理由で有り余る資金を得て、「なにか儲かる投資先はないのか」と探し回り、よく確かめもせずに投資をし、失敗をすれば誰かに当たり散らすという未熟な投資家が多かった。そのため、投資家の養成も必要だった。

 

中国人が海外企業へ投資をする窓口としても機能

創新工場は、IoT、ロボティクスなどの分野に集中して投資をし、最近では中国内にこだわらず、海外のスタートアップ企業にも投資をしている。専門家によると、創新工場の功績は、中国内の若者に起業のチャンスを与えたことだけでなく、中国に成熟した個人投資家を育てたことが大きいという。

中国は市場が大きいので、ビジネスで成功をすると、本人も想像していなかった大金が手に入るチャイナドリームがある。成功して、大金をつかんだ後、贅沢の限りを尽くして、挙げ句の果てに身を持ち崩してしまう人も多い。創新工場は、そういう人々に、「戦略的な投資をして、有望な若者に世に出るチャンスを与える」という社会貢献をする機会を与えた。

この創新工場の企業理念が理解されるようになると、次々と投資家が集まってきて、創新工場への投資も相次ぎ、2016年には45億元(約760億円)の投資資金を集め、ユニコーン企業の仲間入りを果たした。

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▲創新工場が投資をした主なスタートアップ。最近では中国企業に限らず、世界のスタートアップに出資をしている。投資家たちは中国人が多く、中国人が海外のスタートアップに投資をする窓口としても機能している。

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