中華IT最新事情

中国を中心にしたアジアのテック最新事情

中国のユニコーン企業(1):滴滴出行

時価総額が5億ドルから10億ドル以上あると見積もられているのに、上場をしない企業ーーユニコーン企業。投資家から熱い視線を浴びるユニコーン企業は、米国だけではなく中国にも数多く存在する。科技企業価値は、そのようなユニコーン企業を紹介している。今回は、ライドシェアの滴滴出行

 

旅行者はタクシーがまったく拾えない

中国の都市市民のほぼ全員が困っているのが、タクシーが拾えないこと。もともと、タクシーの台数が少なく、捕まえづらい状況はあったが、現在では、旅行者はまずタクシーを拾えない。どこに行くのでも、地下鉄とバスといった公共交通で移動することを前提にしなければならなくなった。

現地の人が、スマートフォン滴滴出行アプリを使って、タクシーを呼んだり、ライドシェアを利用しているため、タクシー自体はたくさん走っているものの、ほとんどすべてが乗車か迎車になっていて、手をあげても停まってはもらえない。レストランやホテルでタクシーを呼んでもらう時も、担当者は以前のように電話で呼ぶのはなく、スマホタブレットから滴滴出行を使って、タクシーを呼んでくれる。

 

周囲から反対されたタクシーサービスのアイディア

滴滴出行は、中国の大手IT企業BAT(百度、アリババ、テンセント)の3社から投資を受けている唯一のユニコーン企業で、今年5月に交通銀行などから55億ドル(約6100億円)の投資を受け、企業価値が500億ドル(約5兆6000億円)を突破したと公表した。

創業者の程維(てい・い)氏は、アリババでアリペイ関連の仕事をしていた。アリババの本社は杭州市にあったため、杭州から北京に出張する機会が多かった。そこで、タクシーが捕まらないということを何度も経験した。程維氏は、「スマホでタクシーが呼べるサービスをやったら受けるのではないか」と考えたが、周囲の誰もが反対をした。「タクシーの運転手がスマホを使いこなせるわけがない」と言うのだ。

当時の都市のタクシー運転手は、農村からの出稼ぎというのが相場だった。農村から都市に膨大な出稼ぎ人口が流れ込んでいた頃で、運転免許さえあれば、タクシーは高収入が手軽に得られる仕事のひとつだったのだ。その代わり、タクシーの”民度”は高いとは言えなかった。稼ぎを増やすために、早く目的地に着いて、次のお客を拾いたい。渋滞にぶつかると、反対車線を逆走する、歩道に乗り上げて爆走するということが珍しくなかった。多くの運転手が携帯電話は持っていたが、若者の間で流行し始めていたスマホに興味を示す運転手は稀だった。

f:id:tamakino:20170921094235j:plain

滴滴出行の創業者、程維氏。自身の「タクシーが捕まらない」という経験から、スマホでタクシーを呼べるサービスを始め、ライドシェアなどにも乗り出している。サービスを提供するだけでなく、当初からデータ分析をして、そのデータを販売することを考えていた。

 

タクシーのマッチング効率は劇的に改善

程維氏にとって、それは大きな問題には思えなかった。それでも社内の反対が強いため、アリババを退社して、起業をすることにした。2012年7月、北京市に北京小桔科技有限公司を設立し、9月に滴滴出行アプリを公開した。

スマホを見たこともない運転手のために、無料でスマホを配布し、社内でスマホ講習会を開きながらのスタートだった。

滴滴出行は、利用者運転手の双方から歓迎された。タクシーを捕まえるのに毎回苦労をする都市で、スマホで呼んで数分待っているだけでいい。タクシーのユーザー体験は大きく改善された。

タクシーの運転手もからも歓迎された。乗車賃の3割程度が滴滴出行の利用料として控除されてしまうが、賃走率が格段に上がったのだ。乗客を目的地で降ろした後、スマホの運転手専用アプリを開くと、近隣の需給ヒートマップが表示される。乗客が多いと予測されるのに、タクシーの台数が少ない場所が地図上に表示されるシステムだ。そのヒートマップを見て、近隣のホットスポットに向かえば、大体途中でスマホからの予約が入る。従来は、乗客を乗せている時間が2割か3割程度で、後は空車のまま車を走らせていたが、滴滴出行では6割から7割の時間を乗客を乗せて走ることができるようになった。乗車賃の3割を控除されても、手取り金額は大幅に増えた。

f:id:tamakino:20170921094234p:plain

滴滴出行が公開した朝の通勤時のヒートマップ。赤い部分が、移動したい人が多いのに、タクシーが捕まらない場所。運転手はこの赤い部分に向かえば、効率的に乗客を捕まえることができる。

 

ウーバーとの激しいシェア争い

2013年にはテンセントから1500万ドル(約16億8000万円)の投資を受け、アップルのアップストアから中国のベストアプリのひとつに選ばれた。2014年には、ユーザー数が1億人を突破、契約ドライバーも100万人を超え、米国の投資集団からの投資も受けるようになる。その中にはアップルの名前もある。そして、一般ドライバーが参加するウーバー型のライドシェアサービスも始め、2015年にはウーバーチャイナとの激しい戦いが始まる。

当初、ライドシェアに関する中国政府の態度は慎重なものだった。ライドシェアはあくまでもビジネスではなく、消費者の善意に基づく行動であるべきだとして、「ドライバーが利益を得てしまうような料金設定」を禁じた。ところが、滴滴出行のドライバーもウーバーチャイナのドライバーも、利益を得ようと思って、自分の車でタクシーサービスを行う。そこで、両者とも料金設定はドライバーの利益が出ないレベルの価格水準に抑え、同時にドライバーに対しては報奨金を出すことにした。つまり、報奨金がドライバーの儲けになる。それで、ライドシェアに参加するドライバーを集めようとした。

しかし、滴滴出行とウーバーチャイナの競争が激しくなると、クーポンやキャンペーンなどで、乗客に対する実質的な割引価格も競うように提供するようになった。滴滴出行もウーバーチャイナも、乗客にディスカウントを与え、ドライバーには報奨金を与え、収益はどんどん悪化をしていくはずだった。

 

ディスカウント合戦に敗れたウーバーチャイナ

ウーバーチャイナでは、この「儲からない構造」が大きな問題になった。ウーバーチャイナには、運営にさまざまな問題があったと言われるが、最も大きな問題は、この「儲からない構造」になってしまったことだった。これをウーバー本社が問題にしただけでなく、ウーバーチャイナの投資家たちが問題にした。おそらく「投資資金を引き上げたい」というような話も出たのだと思われる。ウーバー本社は、ウーバーチャイナはこれまでだと感じ、2016年8月に株式交換滴滴出行に売却をすることを決定した。ウーバーチャイナを持って事業を続けるより、滴滴出行の株を保有した方がいいという判断だった。

 

データを売り、そちらで収益を上げる滴滴

ウーバーチャイナが「儲からない構造」になってしまったのに、滴滴出行はなぜ「儲かる構造」を維持できたのだろうか。ここが、滴滴出行がウーバーの1枚上を行っていた部分だ。滴滴出行は、ライドシェア、タクシーサービスなどを提供することが本業だが、最初からこの提供サービスはデータを収集するためと割り切っていたようなところがある。

創業当初から、優秀なアナリストを集め、データ分析をし、その結果を販売する、あるいはさまざまな業種のコンサルティングをすることで、収入を得てきた。例えば、「金曜日の夜、北京の人は火鍋を食べにいくか、北京ダックを食べにいくか」という問いに滴滴出行は答えることができる。火鍋屋まで利用する人と、北京ダック店まで利用する人のデータを掘り出せばいいのだ。

しかも、単なる量的な比較だけではない。「どこから火鍋屋に向かったのか」もわかる。そのユーザーの乗車履歴を分析すれば、どこが自宅で、どこが職場であるかもわかるだろう。職場の場所と自宅の場所がわかれば、おおよその職業、おおよその年収までも推測ができる。どのような社会階層の人が、どのような行動を取るかが、滴滴出行はデータを分析することでわかるのだ。

もちろん、滴滴出行を利用せずに、地下鉄やバスで移動する人もたくさんいる。しかし、タクシーやライドシェアで移動する人は、公共交通で移動する人よりも、年収が高く、消費力も高いことが容易に想像されるので、滴滴出行は、あらゆる消費サービスに対して「どのような人がいつ利用しているか。どこに路面店を出すのが適切か」「まだ獲得できていない顧客群はどこに流れているか」など、さまざまな答えを出すことができるのだ。これが滴滴出行の収益を支えている。

f:id:tamakino:20170921094303p:plain

北京市の朝夕の通勤時の需要マップ。このようなデータ分析を元に、地下鉄やバスなどの公共交通の整備計画を立てることができる。

 

自動車は、データの収集IoT装置

滴滴出行は、最近では各都市政府の交通部関係者専用のプラットフォームを設立し、無償での情報提供を始めた。滴滴出行の利用データを公開することで、都市の交通問題を解決するために役立てもらおうという試みだ。

当初、行政は、ライドシェアサービスを認めてしまうと、タクシー業界が崩壊をする上に、規制にかからない質の悪いタクシーが氾濫し、消費者の権利が保護できないと、滴滴出行のようなサービスに否定的だったが、滴滴出行のこのような「データで利益を上げ、社会貢献をする」という姿勢が評価され、どの都市でも滴滴出行を新たな交通インフラとして認めるようになっている。

「タクシーが捕まらない」課題を解決したい。そこから滴滴出行はスタートしたが、それだけではユニコーン企業に成長することはできなかった。「自動車は都市移動のデータ収集装置」という冷静な見方があり、それを適切な業界に販売することで収益を上げ、社会貢献をすることで、都市の交通問題を解決したいという“自社のミッション”を持ち続けたことが、成長の鍵となっている。

f:id:tamakino:20170921094249p:plain

滴滴出行が分析したタクシー利用者とバス路線の比較。地図情報の武夷マンションでは、需要が多いのに、バス路線が途中までしかきていない。バス路線を延長することで、利用者の利便性は上がり、交通問題を解決することができる。

トミカ №051 トヨタ クラウン コンフォート タクシー (箱)

トミカ №051 トヨタ クラウン コンフォート タクシー (箱)