中華IT最新事情

中国を中心にしたアジアのテック最新事情

アップルの生産は中国からベトナムへ。進む生産工場のベトナム移転。熟練工不足の課題も

アップルが生産を中国からベトナムへの移転を加速させている。それにともないEMS企業もベトナム移転を始めている。しかし、熟練工が不足をしており、品質上の問題も起きている。アップルは設計を簡素化することで対応しようとしていると愛范児が報じた。

 

Assembled in Chinaからin Vietnamへ

アップルが中国生産からベトナム生産への移行を加速している。今年2022年6月に、WWDC2022が開催され、M2チップを搭載するMacBook AirMacBook Proなどが発表されたが、供給が追いつかず、カスタムモデルでは出荷まで最大で6週間待ちにもなった。

いうまでもなく、2022年3月から5月にかけての上海市のロックダウンが直接に影響をしている。Mac関係の組み立ては、すべて上海市の広達(Quanta、https://www.quantacn.com/)が行なっている。ロックダウンの影響で工場を休業せざるを得なくなり、生産に大きな支障が生じた。

その結果、2022Q3のアップルの業績にも大き影響が出た。Macの売上は74億ドルとなり、アナリストの予測である89億ドルを大きく下回った。また、昨年同時期は104億ドルであったため、大幅縮小となった。

このことが、アップルのベトナム移行を加速させている。

▲フォクスコンのベトナム工場。すでにMaciPadの生産が始まっている。

 

中国EMS企業もベトナムへ移転

元々、アップルは、米国と中国の関係悪化から、政治的リスクを回避するためと人件費コストの問題から、ベトナム移行を始めていた。2019年にはベトナムAirPodsのテスト生産を始めている。

最新のAirPods3では、正式にベトナムでの生産を始め、300万台から400万台を生産している。これは全体の15%程度の相当する。

この動きを見て、中国のEMS(製造請負)企業も続々とベトナム進出を図っている。

鴻海科技グループのEMS企業「富士康」(Foxconn)は、2.7億元を投じて、iPadMacの生産施設をベトナムバクザン省に建設をした。この新工場は、2021年末にすでに稼働を始めている。立訊精密(LuxShare)もベトナム北部の工場で、AppleWatchのテスト生産を始めている。

▲フォコスコンのベトナム工場。内部は中国のフォクスコンとそっくりだ。

 

脱中国、ベトナム移転を完了しているサムスン

ベトナム移行を進めているのはアップルだけではなく、この点ではサムスンが2008年から試みている。ベトナム政府から土地取得、税制などの優遇策を引き出し、すでに生産を始めていて、2018年には中国から生産を完全撤退し、東南アジア移行を完了している。すでにサムスンスマートフォンの半分はベトナム生産になっている。

一方、世界の工場としてベトナムが注目される中、ベトナムの人件費コストは高騰をし始めている。2015年から2019年の間で、外資工場系の平均賃金は8.8%増加をした。そのため、サムスンはすでにインドネシアとインドに新しい工場を建設する計画を進めている。

サムスン中国企業よりも先に、脱中国、ベトナム移転を行っている。しかし、すでに人件費の高騰に悩み、インドネシアやインドへの移転を模索している。

 

熟練工不足が大きな課題

その一方で、アップルのベトナム移行には大きな課題が存在する。AirPods3では、接合部分から接着剤があふれるという事態が起きている。出荷検査ではじかれて製品としては出回らないものの、合格品率はまだまだ低いと見られている。

アップルはこのような問題を解決するために、設計の簡素化を大幅に進めている。ベトナム生産で課題となるのは習熟した技術者不足だ。現地で熟練工が育ってくるのには時間がかかる。そのため、製品の構造をシンプルにし、特殊な技能がなくても組み立てを可能にすることで、ベトナム生産品の品質向上とコストダウンを両立しようとしている。

特にMシリーズチップを搭載しているモデルでは、Mシリーズチップの機能が優れているため、内部構造をシンプルにできる。MacBook AiriPadの基盤は非常に似通ってきており、ほとんど差がなくなってきている。

この設計の簡素化はアップルにとっても大きな進化をもたらすことになる。設計が簡素化するということは、製造コストが下がり、故障が起きづらくなる。さらに、構造が単純化されることにより、より先進的な機能を追加する余地が生まれる。アップル自体も生産のベトナム移転によって刺激を受けることになる。

AirPods第3世代もベトナムで生産が行われているが、接合面から接着剤があふれるという問題が起きている。出荷検査で製品として出回ることはないものの、熟練工の不足がベトナム生産の大きな課題になっている。

▲M2 MacBook Airの基盤。アップルは設計を簡素化することで、ベトナム生産の習熟問題に対応しようとしている。MacBookiPadの基盤設計はほぼ同じになるところまで近づいている。

 

ベトナムが次の「世界の工場」になろうとしている

現在、アップルのベトナム生産を支えているのは、アップルとの付き合いが長いEMS企業フォクスコンとラックスシェアが中心だが、音響部品の「歌爾」(GoerTek)、バッテリー生産のBYDなどの関連企業もベトナム工場の建設計画を進めている。

このような効果はすでに現れていて、2022年1月から5月までの中国からベトナムへの輸出額は496億ドルで、逆のベトナムから中国への輸出額は467億ドルとほぼ同じになっている。

ちょうど20年前に中国が「世界の工場」と呼ばれて、各メーカーが中国に工場を建設し、安価な労働力の一方で、品質問題に苦労をし「安かろう、悪かろう」と言われながら、アップルを始めとする高品質製品を製造できるところまで成長をしてきた。それと同じプロセスがベトナムで始まろうとしている。

▲バッテリー、EVメーカー「BYD」のベトナム工場。多くの中国企業ベトナムに生産工場を設立し始めている。

 

 

アリババがいち早く脱GMV化。GMVではなく、CLVにもとづくEC運営へ

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明日、vol. 152が発行になります。

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今回は、脱GMV化についてご紹介します。そして、アリババがどのようなECに転換をしようとしているのかをご紹介します。

 

今年も11月11日の独身の日セール=双十一が行われましたが、例年と大きく違ったのが、アリババがGMV(Gross Merchandise Value、流通取引総額)の公表をやめたことです。

例年では会場を設置して、リアルタイムでGMVを表示し、ネットでライブ配信をしてお祭り騒ぎをしていました。しかし、今年は感染が再拡大したこともあり、このようなイベントも行われず、GMVの公表も取りやめとなりました。

このことから、多くの人が双十一の成績が相当に落ち込んでいるのではないかと疑いを持ちましたが、アリババによると昨年と同水準ということです。

このコメントに嘘はないと思います。なぜなら、アリババが昨年2021年のGMVである5400億元と同じ水準のGMVを今年も維持することは難しくないからです。

 

調査会社ベイン&カンパニー中国が面白いアンケート調査を行っていました。それは双十一の前に、「今年は昨年よりもお金を多く使うか、少なくするか」「いくつのプラットフォームで買うか」を3000人の消費者に尋ねたものです。

案の定ですが、支出に関しては「減らす」と答えた人が昨年よりも増えました。多くの人が財布の紐を固くするつもりだったのです。

▲今年の双十一では使う金額を減らすと答えた人が昨年の9%から34%に急増をした。

 

ところが、「いくつのプラットフォームを使うか」という問いに対しては、たくさんのプラットフォームを使うという人が増えたのです。5つ以上のECで購入をする予定と答えた人が36%にもなりました。

▲今年の双十一で利用するECの数を尋ねたところ、5以上のECを利用すると答えた人が、昨年の11%から36%に急増した。

 

これはどういうことなのでしょうか。今年の双十一では、多くのECが予約販売を始めました。10月の下旬頃から、セールで販売する商品とその価格を公開し、予約購入できるようにしたのです。毎年物流が逼迫をし、混乱をしながら宅配をしていましたが、今年は万が一感染拡大による制限が起きでもしたら、宅配そのものができなくなり、大きな混乱を起こすことを避けるためだったとも言われます。

このため、多くの人が、さまざまなECプラットフォームの目玉商品を見て、特にお得だと感じるものを予約購入しました。そのため、利用するプラットフォーム数が大きく増え、今年は節約をするつもりだったものが昨年と同じくらいには買ってしまうという現象が起きたようです。

重要なのは、GMVというのはアリババやEC側が価格や割引率を操作することで、数字をつくれるということです。まだ、どのようなものが双十一で売れたかの統計は出てきてしませんが、双十一と関係なく必要なもの=トイレットペーパーや洗剤、買い置き食品などを買った人も多かったのではないかと思います。つまり、セールの趣旨である「独身で頑張っている自分に対するご褒美」という買い方は減って、通常の買い物がだいぶ入ってきたのではないかと想像しています。

 

2019年に、双十一のGMVについて、面白い騒ぎが起こりました。尹立慶というネット民が、2019年4月にウェイボーで「タオバオ2009年から2018年の独身の日セールデータの捏造」という文章を発表しました。双十一のGMVの数字は、アリババが捏造したものであると批判した内容です。そして、その数字の捏造の仕方もわかっているとして、今年(2020年)の双十一のGMVは2676.37億元または2689.00億元のいずれかになると予言をしました。

 

この時には、この文章はほとんど注目されませんでした。ところが11月になって双十一が終わってみると、GMVは2684億元となり、この人の予言がほぼ正確にあたったことから大きな話題になりました。

この人は過去10年分の双十一のGMVをExcelに入れて、多項式曲線で近似をすると、適合率が99.94%を超えてしまったことを問題視しました。通常の自然データはここまできれいに曲線近似することはできません。これは意図的につくられた数字ではないか、数字はリアルなものではなく捏造されたものではないかと訴えたのです。近似曲線を2020年まで延長をすれば、2020年のGMVを予測することができます。そこから予測をし、ずばりと当てたのです。

このデータをCSV形式で掲載しておきますので、みなさんもExcel多項式近似を行って2020年のGMVを予測してみてください。

▲双十一のGMVをプロットして、回帰式(予測式)を適用すると、翌年の双十一のGMVが簡単に予測できてしまった。

 

,

2009,0.5

2010,9.36

2011,52

2012,191

2013,350

2014,571

2015,912

2016,1207

2017,1682.69

2018,2135

2019,2684

2020,

 

あまりに騒ぎが大きくなったため、アリババは反論をしました。このGMVを捏造しているという話はデマにすぎないと否定しました。さらに、双十一のイベント会場でリアルタイムで表示されるGMVの数字は、世界中の人が見ているもので、捏造などが入り込む余地がないものだと主張しました。そして、そもそもアリババはGMVを捏造する必要がどこにもないということを訴えました。

このアリババの主張はほんとうだと思います。なぜなら、アリババはGMV数字を捏造などしなくても、さまざまな施策により、GMV数字をつくれるのです。例えば、ある商品について5%割引をするとどのくらい販売数が増えるかなどというビッグデータをアリババは山ほど保有しています。

毎年、双十一には目標のGMVが設定され、これが各部門にブレイクダウンされ、各部門では割引クーポンや広告の戦略を考え、目標GMVを達成するにはどうしたらいいかを考えます。アリババはこの操作の精密さが極限まで進んでいるために、毎年ぴたりと目標数字を達成します。

つまり、GMVの数値が曲線近似で高い適合率を示すのは、数字を捏造しているからではなく、それだけアリババのマーケティング技術が高いことの証明になっているのです。

 

一方で、アリババにとって、GMVがマーケティング技術によって自由自在につくれるものであるなら、GMVが増えた減ったと議論することは意味がなくなってしまいます。アリババではすでに2016年頃から、ECの頭打ち感を感じていて、GMVを伸ばすことにこだわることをやめよう、別のKPI(Key Performance Indicator、重要業績指標)を探そうという動きをしてきました。もはやアリババにとってはGMVは重要な業績指標ではなくなっているのです。ですから、今年の双十一では公表をやめたのです。

では、GMVが重要でないとするなら、小売業はどの指標を使って成長しているのか、業績が改善しているのかを見ればいいのでしょうか。

今回は、脱GMV化についてご紹介します。

 

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vol.150:勢いのある種草ECに対抗するタオバオ。電子透かしを活用したユニークな独自手法を確立

vol.151:原神の売上は東京ディズニーランドとほぼ同じ。90后企業miHoYoの新しいビジネスのつくり方

 

特集・独身の日セール

 

 

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広がる後払い「BNPL」。東南アジアでの普及は、ECプラットフォームとの連携が鍵になる

ECとオフライン小売のシステムを構築できるパッケージサービス「SHOPLINE」が、シンガポールのBNPL「Atome」と提携した。東南アジアでは、銀行口座やクレジットカードの普及率が低いため、BNPLとの提携が大きな鍵になるとSHOPLINEが報じた。

 

欧州で広がるBNPL、東南アジアにも波及

クレジットカードやスマホ決済に続く、第3の決済手段であるBNPL(Buy Now Pay Later、後払い)が広がりを見せている。BNPLは、簡単な審査ですぐに利用をすることができ、クレジットカードの分割払いやリボ払いに相当するサービスを受けることができる。多くの場合、年会費、分割手数料、利子などはかからないか、きわめて低額だ。

「The Global Payments Report」(worldpay)によると、最もBNPLの利用が進んでいる欧州ではすでにオンライン決済の7.4%を占めるようになり、2024年には13.6%にまで増えると予測されている。

東南アジアでは、このBNPLが期待を集めている。BNPLはオンラインアカウントのみで利用を開始することができ、銀行口座を持たない人の割合が高い東南アジアの若年層での利用が期待をされている。

▲BNPLが最も浸透している欧州では、ECでの決済の7.4%がすでにBNPLになっている。すでに欧州では、EC決済で最もよく使われるのはクレジットカードではなく、スマホ決済になっている。「The Global Payments Report」(worldpay)より引用。

 

簡便な信用審査で使えるBNPL

なぜ、BNPLは、簡単な審査で利用ができるのか。クレジットカードのように信用情報を調査しないと焦げ付きという決済事故が頻発するのではないか。もちろん、その危険性はあるが、当初は利用できるショッピング枠を小さく設定し、使ってもらいながら、利用履歴という最も信頼できる信用情報を分析して、ショッピング枠を大きくしていく。これにより、決済事故が起きても、初期の小さな損害で済む。

決済手数料は販売をする加盟店側から徴収をする。どのくらいの料率であるかは公開されていないが、クレジットカードなどの料率よりも高いと見られている。

 

店舗側に業績使用改善の大きなメリット

では、加盟店側は、なぜ手数料の高い決済手段に対応をするのか。店舗の業績指標が大きく改善をするからだ。多くのEC利用者が、手元にお金がないという理由で購入をあきらめている。ローンを申し込むのは手続きが煩わしい、クレジットカードの分割払いなどでは高額の手数料が必要になる。さらにはクレジットカードなどのオンライン決済手段を持たない/持てない人もいる。そういう理由からあきらめてしまう。しかし、BNPLであれば、アカウントを作成するだけですぐに利用ができ、なおかつ分割手数料は必要がない。

このようなことからEC加盟店の業績指標が大きく改善される。BNPLで最大手のKlama(https://www.klarna.com)では、BNPLを導入すると「コンバージョン(購入率)が30%上昇」「平均客単価が41%上昇」するとアナウンスしている。EC加盟店にとっては、高い手数料を支払っても、それ以上の効果が得られることになる。

▲東南アジアは、銀行口座、クレジットカードの所有率は高くない。BNPLが有力なオンライン決済手段になると期待されている。シンガポール地下鉄でのAtomeの広告。

 

ECプラットフォームとBNPLの連携が始まっている

このBNPLを利用して、香港発のEC/オフライン販売サービスを提供するSHOPLINE(https://shopline.hk/)と、シンガポール発の領創集団(Advance Intelligence Group)のBNPLサービス「Atome」が提携をして、東南アジアに進出をしようとしている。

SHOPLINEは小規模から中規模の事業者に対して、ECの構築を容易にするパッケージを提供している。提供されているテンプレートに、商品情報などを入力していけば簡単にECが開設できるというサービスだ。また、オフライン小売の販売管理システムも提供され、オンラインとオフラインの販売を一括管理することができるようになる。

SHOPLINEの現在の顧客企業は、そのほとんどが香港と台湾だ。東南アジアに市場を拡大するためには、利用しやすい決済手段を提供する必要がある。香港と台湾では、銀行口座もクレジットカードも普及をしているため問題はなかったが、東南ジアに進出をするにはBNPLが必要になる。そのような理由でAtomeと提携することになった。

すでにAtomeは1万社以上に採用され、対応EC店舗は3万軒を突破した。SHOPLINEとAtomeの連合は、シンガポールインドネシア、マレーシア、ベトナム、フィリピン、タイ、日本、中国などに進出をし、これと香港と台湾を合わせて、アジアの10代市場をカバーしようとしている。

 

 

マイクロソフトを辞職し、ゴミ拾いに。ゴミ王子と呼ばれる青年がリサイクルビジネスを確立するまで

マイクロソフトを辞職し、リサイクル事業の分野で起業をした青年がいる。廃品回収の人の仕事を奪う、モデルの未熟さ、資金の枯渇など数々の困難に直面したが、最後に救ってくれたのは地方都市政府の支援だったと国学万象が報じた。

 

マイクロソフトを辞職し、ゴミ拾いに

中国には「ビンを拾う」という特殊な表現がある。街中で捨てられているペットボトルを拾い集め、洗って売るというもので、最も稼げない仕事とされる。よく使われるのは、親が小さな子どもに「勉強しないと、将来、ビンを拾うことになる」と戒めるというものだ。

しかし、中国の経済が成長し、大量に物質消費をするようになると、リサイクルが大きな課題となり、「ビンを拾う」仕事の重要性は日増しに増している。そこに、30歳でマイクロソフトの幹部となった人が、辞職をして、四川省に行き、ゴミを拾うビジネスを始めたことが話題になっている。

マイクロソフトを辞職して、リサイクル事業「緑色地球」を起業した汪剣超。同僚や上司は応援してくれたが、妻は大反対だった。

 

超エリートの汪剣超

この話題の人物は、汪剣超(ワン・ジエンチャオ)。1998年に中国科学技術大学のコンピューター学科に入学。2005年には、中国科学院ソフトウェア研究所で修士号を取得した。この時、ちょうどマイクロソフト北京市に研究機関を設置し人材を募集していたため、マイクロソフト中国に入社をした。

その選りすぐりの人材の中でも、汪剣超は優れており、すぐにプロダクトマネージャーを経て、昇進をしていった。この時、ある女性と知り合い、子どももできた。いわゆる勝ち組で、誰からも羨ましがられる生活をしていた。

 

ゴミの分別回収に衝撃を受ける

2010年、汪剣超は同僚とともに、米国シアトル市のマイクロソフト本社に出張をした。会議が終わって外に出てみると、そこにゴミ箱が並べられていた。複数の色のゴミ箱が用意されていて、色別に捨てられるゴミが決まっているようだった。しかも、それはマイクロソフトだけのことでなく、街中に出ても、複数の色分けされたゴミ箱が並べられている。

汪剣超はこのような分別の仕組みを初めてみた。中国ではゴミ箱はひとつであり、ゴミはすべてゴミ箱に捨てればよかったからだ。

同僚に聞いてみると、ゴミを分別回収し、リサイクルをして製品として蘇らせているのだという。ネットで検索をしてみると、分別とリサイクルに関する情報が大量に見つかった。これは中国ではまったく知られていない考え方だった。

▲中国でも現在では分別回収の考え方が広がっている。しかし、以前は環境という観点ではなく、「お金になるゴミ」と「お金にならないゴミ」という分類方法だった。

 

中国は経済的価値で分別をしていた

中国に帰ってから、調べてみると、中国でも分別の概念は存在していたことを知った。それは「お金になるゴミ」と「お金にならないゴミ」という分別概念だった。段ボール箱、金属、缶類、ペットボトルはお金になるためゴミ箱には捨てずに分別をする。それ以外のものはゴミ箱に入れるという考え方だった。

また、衣類、靴、テーブル、木材などは、リサイクルができるのに、お金に変える方法が存在しないために、ゴミとして捨てられていた。

汪剣超は、この中国の考え方を変えなければならないと感じた。しかも、その方法は簡単であるかのように思えた。なぜなら、中国人はお金になるゴミは分別をしてくれるのだから、環境の観点からリサイクルをすべきゴミがお金になる仕組みを用意すればいい。

 

起業に、同僚は賞賛、家族は大反対

汪剣超は、マイクロソフトを辞職して、ゴミのリサイクルの会社を起業したいと上司や同僚に相談した。多くの同僚が、簡単ではない起業になるが、それが実現できたとしたら素晴らしい事業になると応援をしてくれた。

しかし、妻は大反対だった。マイクロソフトのような高給がもらえる仕事を捨てて、ゴミ拾いを仕事にするというのだ。妻のことや子どもの将来のことを真剣に考えてくれているのかと怒った。

汪剣超は自分の体験を説明し、社会的にも意義のある仕事であることを説明し、最終的に妻はマイクロソフトを辞職することには同意をしてくれた。しかし、絶対に自分は、ゴミ拾いの仕事を手伝うことだけはしないと言い張った。

 

既得権益者の仕事を奪ってしまった分別回収ビジネス

2011年2月、汪剣超と妻、子どもは北京から四川省成都市に引っ越し、「緑色地球」(グリーンアース)という企業を立ち上げた。

そして、ゴミの分別をガイドするアプリを開発し、それをリリースした。まずは分別の考え方を広めることが必要だった。ところが、このアプリはまったくといいほど利用されなかった。

いきなりのつまづきで、汪剣超は実際の街中に出て、ゴミがどのように回収されているのかを調べ始めた。そして、わかったのが、中国人がゴミの分別の概念が理解できないのでなく、緑色地球のゴミの分別では、既得権益者の利益を奪ってしまうということがわかった。

多くは老人だが、天秤はかりを持ち、各家庭を周り、段ボール箱やガラスビン、金属を回収して歩く。わずかな買取り料金をゴミを出した家庭に置いていく。老人は集めたゴミを業者に持ち込むとお金になるというものだ。緑色地球のアプリを使って、ゴミを分別して捨ててしまうと、このような廃品回収の仕事を奪ってしまうことになる。

わずかなゴミの買い取り料金を惜しんでいるわけでも、廃品回収が儲かる仕事で既得権益を放さないというわけでもなかった。福祉政策が立ち遅れている中国では、年金がもらえない高齢者もたくさんいる。そのような高齢者は廃品回収やビン拾いをして、わずかな生活費を稼ぐしかなかった。市民はそれがわかっているために、家庭内でゴミを分別して、廃品回収がくるのを待っている。一種の民間から生まれた福祉政策になっていたのだ。

▲お年寄りは今でも廃品回収をしている。稼げるのはわずかな額だが、貴重な収入源になり、福祉政策が立ち遅れている中国では一種の年金代わりになっている。

 

廃品回収を仕事にしている老人に普及をさせる

汪剣超は、このような廃品回収の老人にこそ、緑色地球のアプリを使ってもらおうと考えた。廃品回収が扱っているのは、段ボール、ガラスビン、金属が主なものだが、緑色地球では、この他に、古紙、ペットボトル、缶類なども分別の対象となり、センターに運び込んでもらうことで、量に応じたポイントが貯まる。そのポイントは、歯磨き粉や歯ブラシ、タオル、桶といった日用雑貨に変えることができる。

そのことを説明すると、廃品回収をする老人たちは、お金になるゴミだけでなく、緑色地球アプリで扱うゴミも回収するようになり、廃品回収を通して市民にも緑色地球アプリが広がり始めた。

 

モデルが未熟なため、離脱者が続出

しかし、その広がりは小さな範囲で止まってしまった。汪剣超が利用者のところを回って話を聞くと、アプリに問題が多いことが発覚をした。まず、登録をする操作が煩雑でわからない人が続出していた。さらに、ポイントがもらえても、そのポイントがすぐに使えないことが大きな不満になっていた。一定のポイントを貯めないと、商品に変えることができない。ポイントを貯める途中で嫌になってアプリを使わなくなってしまう。さらに、日用品が宅配されてくるというのも不満だった。多くの人が、どこかの店舗などで受け取りする方がわかりやすくいいというのだ。

最初はアプリを使ってくれても、長続きをせず、途中で使わなくなってしまう人が多かった。

 

今度は資金の枯渇

緑色地球はアプリの改善を急いだ。しかし、今度は資金が枯渇をするという問題が起き始めた。起業するときに100万元を超える投資資金を集めたが、アプリ開発や回収の仕組みを構築することに使ってしまい、売上はほとんどないために、資金が底をつき始めた。汪剣超は自分の資産を取り崩して、従業員の給料を支払うようなところまで追い込まれた。

▲数々の困難に直面した「緑色地球」は地方都市の支援により救われた。現在では行政と協調しながら事業を進めている。

 

地方都市政府の支援により軌道に乗る

それを救ってくれたのが、成都市を始めとする地方政府だった。緑色地球の活動を評価してくれ、環境政策の助けにもなることから、困窮を訴えると、地方政府が出資をしてくれるようになった。合計で400万元の資金が集まり、倒産の危機を免れることができた。

また、地方政府が積極的に緑色地球のアプリを推奨してくれたことも大きな追い風となった。現在では、600の町で、20万以上の家庭がアプリを使ってくれるようになり、毎日30万トンのゴミを処理し、そのうちの90%がリサイクルに回せるようになっている。

2017年からは、緑色地球は黒字化を果たし、1000万元の利益を出せるようになっていた。汪剣超は、成都市では、次第に「ゴミ王子」と呼ばれるようになっていた。2020年には、1288トンのリサイクルゴミを回収し、中国の環境政策に大きな貢献をするようになっている。

 

故宮博物院のデジタルツイン。人流を可視化することで、適切な案内が可能に

施設や都市のデジタルツイン化が進んでいる。ドローン測量により、建築物のデータ化が手軽になったからだ。図僕軟件はデジタルツインをウェブ、モバイル、VRなどで操作できるシステムを開発した。デジタルツインが手軽に扱えるようになることで、観光施設の管理などに大きく貢献をすると期待されている。

 

仮想空間の中で設計から試験まで

現実の世界を仮想空間の中に再現をするデジタルツイン。工業製品の多くはCAD(Computer Aided Design)の中で設計される。ゼロから設計モデルを制作することもあるが、組み立て設計では、それぞれの部品メーカーからCADデータをもらい、CADの中で組み立てを行うこともある。

CADの中でできるのは組み立てだけではない。さまざまな試験が行える。動作試験を始め、耐性試験や物理シミュレーションなどが可能になる。自動車や航空機であれば空力的なシミュレーションも可能になる。

従来は、設計図で設計を行い、試作品を使って、現実世界の中で試験を行い、問題箇所を修正するということをしなければならなかった。それが、仮想空間の中で設計から試験までが行えるようになってきている。

故宮博物院のデジタルツイン。精密な測量により、細部まで再現されている。これが専用ソフトではなく、ウェブでも扱えるようになった。

 

建築物や都市を仮想空間に再現するデジタルツイン

この発想を工場、建築物、都市にまで拡張したのがデジタルツインだ。現在、建築物のデータ化は、外観に関しては、ドローン撮影などの空中撮影からほぼ自動化ができるようになっている。さらに建築図面などから内部構造データを作成することで、仮想空間に建築物がそのままそっくり、双子のように再現ができるようになる。

これだけでは、ただの3Dモデルにしかすぎない。ここに現実世界に設置されたセンサーから情報を重ね合わせることで、さまざまなことができるようになる。例えば、テーマパークが全体のデジタルツインを作成し、現実の園内に設置されたセンサーから人流を把握し、デジタルツイン上に表現をすることができる。混雑をして人流が滞っているような箇所が発生した場合に、スタッフを派遣したり、誘導掲示を変更することで、混雑を解消することができるようになる。

▲現在の人流をヒートマップで可視化。参観順路を変えることにより、混雑を解消することも可能になる。

 

ウェブ上でデジタルツインが操作ができる

図僕軟件(トゥープー)は、このデジタルツインをウェブやモバイル、VRなどで操作できるツールHT for Webを販売している。HTML5上で動作させることで、PCやスマートフォンからデジタルツインの操作が可能になる。

従来は、デジタルツインのような重たいデータを扱うには、専用のアプリケーションが必要になったが、ウェブで可能になることにより、利用のハードルが大きく下がる。

その図僕が故宮博物院紫禁城)のデジタルツインを作成し、デモとして公開している。

 

故宮のデジタルツインは、センサー情報も集約

故宮は敷地72万平米、建築面積15万平米と広大で、ここに70以上の建築物があり、部屋数は9000を超える。このすべてが仮想空間の中に収められている。

この3Dデータ空間の中を移動するだけでも、クラウド旅行として意味がるが、HT for Webのメリットはここから先にある。故宮のさまざまな箇所に設置された防犯カメラ、センサーの情報を集約して、ウェブ上で可視化されるだけでなく、さまざまなシミュレーションが行えるようになる。

 

観光客を空いているトイレに誘導する

最もわかりやすいのはトイレ案内だ。故宮は古い施設であるために、来訪者数に対してトイレの数が少ない。しかも、多くの観光客が太和殿から北門にかけての中心線に集中をする。このルートにあるトイレはいつも行列をすることになる。一方、東西に外れる部分は観光客も少なく、トイレは空いている。トイレ利用のギャップが起きていて、観光客に不満を与えている。

トレイには入り口のセンサー、個室ドアの開閉センサーなどが設置されていて、利用状況をリアルタイムで把握ができるようになっている。また、入り口に防犯カメラを設置し、画像解析をすることで行列の人数も把握することができる。

これをデジタルツイン上に重ね合わせることで、トイレの使用状況、混雑状況が一覧できるようになる。それだけではなく、故宮内の案内掲示を液晶ディスプレイなど表示内容を変えられるものにしておけば、トイレ案内の表示を、混雑しているトイレから空いているトイレに変えることで、トイレの混雑を緩和することができるようになる。

デジタルツイン内では、このような表示変更は、トイレ状況、人流、表示ディスプレイ位置などから計算をさせることで自動化が可能だ。

▲トイレの利用状況、混雑状況から、適切なトイレ案内ができるようになる。

 

人流をヒートマップで可視化し、適切な避難誘導を

故宮内に設置された人流センサー、あるいは防犯カメラ映像からの画像判別により、人流のヒートマップを作成することができる。このような密集地域では、トラブルの発生確率も上がるため、整理スタッフを効率的に派遣することができるようになる。

特に重要なのが避難経路だ。万が一火災などの事故が起きた場合、観光客は避難経路の指示に従って、外に脱出をすることになる。しかし、故宮は広く、どこの避難口が近いのかは、瞬時に判断ができない。また、火災現場が避難口方向にあった場合は、かえって危険を増やしてしまうことになる。

このような状況では、多くの人がパニックになり、ちょっとしたきっかけで非合理的な行動を取り始め、火災の規模はたいしたことがなくても、避難者による圧死など人災が起きてしまう可能性すらある。

デジタルツイン上では、火災発生箇所、人流ヒートマップなどから、適切な避難経路を自動計算させることができる。これに基づき、スタッフが誘導をしたり、避難掲示を変更して、安全に避難誘導ができるようになる。

デジタルツインによる管理は、故宮だけでなく、商業ビル、工場、鉄道駅、観光地、地区、都市などにも有効だ。今後、デジタルツインによる運営管理が広がっていく可能性がある。

▲災害時には、現在の人流ヒートマップから、最適の避難プランを立て、観光客を適切に誘導することができる。

 

野性のインド象を鉄道事故から守れ。AI画像判別を利用したインド象軌道内侵入警告システム

インド南部のマダックカライ森林でインド象鉄道事故から守るAIシステムが導入された。軌道内に侵入したインド象をAI画像判別し、アラートを出すというものだ。インド象鉄道事故死は、密猟よりも多く、野生のインド象の保護に貢献すると期待されていると九派新聞が報じた。

 

10年で186頭のインド像が鉄道事故で死亡している

2010年から2020年までの10年間、インドでは1160頭のインド象が自然死以外の原因で死んでいる。

その中で最も多い原因は、電線などに接触をした感電死で741頭。第2位の原因が鉄道軌道上に侵入をして列車との衝突が186頭。多くの人が想像する密猟による死亡は169頭と3位。さらに4位は、人間が生産したものを食べた中毒死で64頭となる。特に人的要因で死亡する象の数は増加傾向にある。

2017年の統計では、インドに2万9964頭の野生のインド象がいて、32の保護区を設定して保護をしているが、このような原因で減少傾向にある。

インド象が軌道内に侵入し、列車と接触して死亡する例は、10年で186頭に及んでいる。

 

インド象鉄道事故を避けるさまざまな案

インド環境省では、インド象鉄道事故問題に取り組むため、今年2022年初めに鉄道省環境省のスタッフからなる常設委員会を設置し、対策を協議していた。

委員会では、鉄道を渡るための回廊を用意する案が提出された。鉄道を渡らなくても、自由に移動ができる地下道か陸橋を設置するという案だ。また、象の通り道になっている地区では、警告看板を設置し、列車の運転士に注意を促すという案も出された。また、鉄道脇の樹木を伐採し、更地とし、列車の運転士がいち早く象の存在に気づけるようにするという案も出された。

▲この10年で、1160頭のインド象が自然死以外の要因で死亡している。死亡原因は、感電死、鉄道事故死、密猟、中毒死の順番になっている。

 

AIを活用したインド象警告システムが採用

インド南部のマダックカライ森林では、AIを使った象侵入警報システムが採用された。このシステムでは、象が最も鉄道を渡る地点を中心に、半径50mをレッドゾーン、半径100mをオレンジゾーン、半径150mをイエローゾーンとし、それぞれに応じた警告を発報する。

イエローゾーンに象が侵入すると、森林監視員にアラート。オレンジに侵入すると、森林監視員と現場の森林保護作業員、鉄道駅長にアラート。レッドに侵入すると、森林監視部門、鉄道部門へのアラート、さらに通過予定の列車の運転士にアラートが出される。

インド象の監視システム。設備としては通常の防犯カメラと同じ構成であるため、コストもかからない。

 

インド象の画像判別は人力では難しい

このシステムは、カメラと太陽電池パネル+バッテリーが主な要素で、撮影した風景映像の中から象をAIが画像判別して、象を確認するとアラートを発報する仕組みだ。

象は地面や樹木の色と同じであるため、監視カメラを設置して、人間の目で監視をするのには限界がある。また、夜間に象が出没することもあり、その場合は監視カメラの目視では見逃すことになる。また、象の侵入はたびたび起こるものではなく、そのために人が監視をした場合、集中力を保つことは難しい。このような理由から、AIによる画像判別を応用した監視システムが以前から研究されていた。

また、象による人間の被害もある。毎年50万世帯の農家が作物を荒らされるなどの被害に遭っている。道路や住宅地に出没し、興奮をしたインド象によって年間500人が命を落としている。この監視システムが効果を発揮すれば、このような人を守る監視システムにも応用ができ、人と象が共存できる環境をつくれるのでないかと期待されている。

インド象の色は、地面や樹木と同じ色であるため、監視カメラ映像を人間が監視する方法はほとんど不可能。AIによる画像判別であれば見逃すことはなく、夜間もインド蔵の存在を感知することができる。