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生鮮EC2社が米国で上場申請。生鮮ECの最大のテーマは黒字化

買菜、毎日優鮮の生鮮EC2社が相次いで米国で上場申請をした。しかし、先にナスダックに上場した毎日優鮮は公開初日に株価が下落するなど前途多難なスタートになっている。生鮮ECの最大のテーマは黒字化だと商業数据派が報じた。

 

生鮮EC2社が赤字上場

生鮮食品をスマホで注文すると30分ほどで宅配してくれる生鮮ECの「毎日優鮮」(メイリー)、「叮買菜」(ディンドン)が、6月9日に米国証券取引委員会(SEC)に相次いで目論見書を提出して、上場を申請した。毎日優鮮はナスダック市場に、叮買菜はニューヨーク市場に上場をする。目論見書の提出は、わずか1時間違いという、文字通り「先を争って」の申請となった。

しかし、6月25日、先にナスダックで株式を公開した毎日優鮮は、初日で株価が25.7%も下落するという前途多難のスタートとなった。

前途多難なのは、叮買菜も同じだ。なぜなら、両社とも赤字運営であるために、黒字化が大きなテーマになっているからだ。しかし、識者の中には、果たして生鮮ECが黒字化するのは可能なのか?と首をひねる人も多い。生鮮ECの黒字化のどこに難しさがあるのだろうか。

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▲16都市に展開をする毎日優鮮。システム投資を行い業務効率化を図ることで、黒字化を目指している。

 

倉庫から近隣に配達をする生鮮EC

生鮮ECは、「前置倉」(前線倉庫)と呼ばれる仕組みで配送を行う。前置倉は市内に分散配置する小型倉庫で、1つの倉庫で半径3kmから5km程度の配達エリアをカバーする。いわば「客のこないコンビニ」だ。店舗ではないので、立地にこだわる必要はなく、店舗スタッフも最低限ですむ。店舗運営に比べて圧倒的に運営コストが小さくて済む。ここから、注文のあったお宅に電動バイクなどで配達をするという仕組みだ。

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▲29都市に展開をする叮買菜。上場申請後も拡大路線を走っている。

 

飛躍の機会になった新型コロナの感染拡大

生鮮ECにとって飛躍のチャンスとなったのがコロナ禍だった。2020Q1の時期に、都市ではロックダウンが行われ、多くの人が外出を控えた。日常の生鮮食料品の買い物も困るため、多くの人が生鮮ECや新小売スーパーなどの配達をしてくれるサービスに注目をした。叮買菜はこの時期に営業収入を大きく増やし、それ以降、右肩上がりの成長が続いている。叮買菜にとって、コロナ禍がジャンピングボードとなり、上場の目が見えてきたことになる。

しかし、同じく上場をした毎日優鮮は、コロナ禍以降も営業収入が増えていない。株価が下落したのもこのような状況が影響している可能性が大いにある。しかし、これは、黒字化に向けて、両者の戦略の違いなのだ。

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▲両社の営業収入の推移。叮買菜は新型コロナの感染拡大以降、拡大が続いている。一方の毎日優鮮は新型コロナ以降も低迷をしている。

 

黒字化戦略が異なっている2社

両社の純利益(純損失)を見てみると、両社ともコロナ禍による需要拡大期には純損失が大きく減少し、経営状態が一気に改善された。しかし、叮買菜はその後、以前にもまして純損失幅が拡大をしている。一方、毎日優鮮はじわじわと損失幅は大きくなっているものの、損失幅を抑えようとしている。つまり、叮買菜はコロナ禍という好機を得て、以前にも増して拡大路線を取り、毎日優鮮は経営体質の改善を急ぎ、一気に黒字化を達成しようとしているように見える。

実際、上海から始まった叮買菜は、現在29都市に950の前置倉を展開している。一方、毎日優鮮は16都市に展開をし、2019年には1500の前置倉を展開していたが、現在は631に大幅削減をしている。需要予測をするシステムを開発し、少ない倉庫で効率的に配達できる仕組みの構築を進めている。

実際、両社の運営コストを2019年と2020年で比較をすると、叮買菜は17.41億元から31.42億元と増加をしているが、毎日優鮮では54.8億元から49.4億元へと減少している。

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▲両社とも赤字運営になっている。拡大をしている叮買菜は損失幅を広げながら拡大路線を走っている。毎日優鮮はシステム投資を行い、損失幅が減少をしてきている。

 

黒字化ラインにほど遠い生鮮ECの注文件数

いったい両社に黒字化の目処はあるのだろうか。「叮買菜:前置倉モデル、宅配に注目した社区EC」(海通証券)によると、叮買菜の黒字化ラインは、1日1倉庫1250件のオンライン注文件数だと推算されている。

買菜の目論見書の数値(倉庫数、営業収入)から計算をすると、現在の1日1倉庫の注文数は574件となる。黒字化ラインの半分もいかない状態だ。叮買菜の梁昌霖CEOは、かつて「客単価65元、1日1倉庫で1000件」が理想的な状況だと述べたことがあるが、その状態までもまだまだ大きな開きがある。

毎日優鮮も同様の計算をしてみると463件となる。ビジネスモデルが異なるので、1250件が黒字化ラインとは限らないが、毎日優鮮も黒字化ラインには程遠いことは明らかだ。

 

購入頻度を高める叮買菜、客単価を上げ、コストを下げる毎日優鮮

もちろん、両社ともに黒字化への努力は続けている。叮買菜ではリピート率と購入頻度をあげることに集中をしている。叮買菜がスタートした最初の1年間はリピート率はわずか38%だった。初回クーポンにつられて1回は使ってみるものの、2回目がないという人が多かったのだ。しかし、現在は50%を超えているという。また、平均購入回数も月4回だったものが、2020年は6.5回に目標設定していた(達成できたかどうかは不明)。

一方、毎日優鮮は、システム投資を行い業務効率を上げて運営コストを下げ、同時に客単価をあげていく戦略だ。1時間配送されるのは4300種類だが、翌日配送品を2万種類も用意している。これにより客単価は94.6元と、生鮮ECの中では頭ひとつ抜けた高さとなっている。また、飲食店などに配送するtoBサービスの展開も始めている。飲食店で食材が不足をした時に、スタッフがスーパーに走るのではなく、毎日優鮮に注文をしてもうおうというものだ。

 

黒字化が最大のテーマとなっている生鮮EC

買菜、毎日優鮮とも黒字化が大きなテーマになっているが、その出口戦略がはっきりと違ってきた。叮買菜は創業時から変わらず、拡大路線を走り、リピート率、購入頻度、客単価を改善することで黒字化を目指している。一方で、毎日優鮮は拡大路線は抑え、業務効率をあげることでバランスさせ、翌日配送やtoB配送など周辺領域に新しい市場を発見し、それで黒字化を目指している。

同じビジネスモデルで、同じ時期にIPOを申請した両社だが、その戦略は大きく違い始めている。どちらが先に黒字化を達成するのかが注目されている。

 

 

名物女性エンジニアが退職を迎えた日。期待される女性エンジニア比率の向上

ITシステム開発企業「盛安徳軟件」の名物女性エンジニアが退職の日を迎えた。管理職へのオファーは何度もあったが、それを拒否して、30年間現場に居続けた女性エンジニアだ。中国でも女性ITエンジニアの比率は低いことから、女性エンジニアにとって王世瑩さんは、ひとつのお手本になっていると盛安徳軟件が報じた。

 

30年最前線にいた女性エンジニアが引退

エンジニア35歳引退説が言われる中国のテック業界で、30年間、ソフトウェア開発のITエンジニアを務めてきた女性エンジニアが定年退職を迎えたことが話題になっている。

定年退職を迎えたのは、盛安徳軟件(シャインテックソフトウェア)の王世瑩(ワン・シーイン)さん。30年間、ソフトウェア開発の最前線で働いてきて、この14年は決済ソフトウェアGovolution社の仕事に専念をしてきた。王世瑩さんは退職の挨拶でエンジニアの楽しさを語った。「プログラミングをする感覚が好きなんです。問題に直面した時は悩みますけど、その問題を解決した感覚が好きなんです」。

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▲退職の日、同僚や部下がささやかな宴席を設けてくれた。管理職にならず、最後の日まで最前線でコードを書く仕事をしていた。

 

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▲王世瑩さんの退職の日。仕事と家庭を両立させてきた王世瑩さんには、同僚や部下の尊敬が集まっている。

 

仕事は忙しても仕事だけの人生ではなかった

この14年間、Govolution社向けの開発はJavaで行われた。王世瑩さんのキャリアは、まさにJavaの進化史と重なっている。そのため、常に勉強が必要な仕事だった。

仕事は忙しく、帰宅時間が深夜の2時、3時になるのはよくあることだった。ある時、帰宅時間が朝8時になってしまい、ようやく自宅に着く寸前になって、同僚から電話がかかってきて、緊急対応で会社に戻ったこともある。

しかし、仕事が人生のすべてだったわけではない。彼女の息子は、清華大学に入学し、現在は米国留学をしている。

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▲30年間、最前線で働いてきた王世瑩さんも仕事が終われば、一人の女性であり、一人のお母さん。ITエンジニアは子育てに有利だと感じているという。

 

ITエンジニアは子育てに有利

王世瑩さんは言う。「ITエンジニアは、子育てがしやすいと思います。なぜなら、ITエンジニアはみな真面目だからです。私が自宅で仕事をしたり、勉強をする姿が、自然に子どもが自分で学ぶ姿勢を作りました。子どもはおもちゃよりも先に私のパソコンを使い始めました。夕食後に勉強をしている私の姿が、一つのシグナルとなって、夕食後は勉強をするようになり、本を読む習慣がつき、本が好きになりました。本を読む、学ぶ習慣は1日で身につくものではありません。まず、親がその習慣を続ける必要があります」。

王世瑩さんの好きな言葉は、Every little step adds up to a giant leap.だという。

 

まだ少ないITエンジニアの女性割合

「2020-2021中国開発者調査報告」(CSDN)によると、ITエンジニアの男女比は30歳以下でも10%と、中国の女性エンジニア比率は決して多いわけではない。40歳以上の女性エンジニアの割合は、3%と珍しい存在だ。

その女性エンジニアが定年退職まで現場で頑張り続け、ITエンジニアとして退職をした。女性でもITエンジニアとして頑張れる、歳をとってもITエンジニアとして頑張れる。エンジニアの間で大きな話題になっている。

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▲「2020-2021中国開発者調査報告」(CSDN)によるITエンジニアの基本情報。女性エンジニアの割合は30歳以下の若い世代でもまだ10%程度だ。

 

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▲ITエンジニアの収入分布でも男女の差がまだある。ただし、女性エンジニアは若い世代での比率が高いため、それも影響している。

 

 

 

生鮮EC「ディンドン買菜」「毎日優鮮」が米国上場へ。生鮮ECの黒字化はほんとうに可能なのか

まぐまぐ!」でメルマガ「知らなかった!中国ITを深く理解するためのキーワード」を発行しています。

明日、vol. 081が発行になります。

 

今回は、主要2社が米国上場を行う生鮮ECについてご紹介します。

生鮮ECは、野菜や肉、魚といった生鮮食料品をスマホで注文すると、40分から1時間程度で宅配してくれるサービスです。この大手2社の「毎日優鮮」(メイリー、ミスフレッシュ)「ディンドン買菜」の2社が6月9日に米国証券取引委員会(SEC)に目論見書を提出して上場を申請しました。目論見書の提出時間はわずか1時間しか違わなかったといいます。

しかし、6月25日に、毎日優鮮がナスダック市場で株式を公開すると、初日に初値から25.7%も下落するという前途多難なスタートとなりました。

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▲6月25日にナスダック市場で株式を公開した毎日優鮮の株価は初日に25.7%も下落し、その後も下落傾向が続いている。

 

毎日優鮮もディンドンも現在、赤字経営です。それは投資家にとってあまり大きな問題ではありません。ビジネスモデルが優れていて、いずれ黒字化ができるのであれば、株価は数倍にも跳ね上がり、配当どころではない利益が期待できるからです。むしろ、今赤字であってくれた方が、避ける投資家もいるため、割安で株を買えるのでかえって都合がいいと考える投資家もいるでしょう。

しかし、それはいつか黒字化ができるからそう思えるのです。もし、ビジネスモデルに問題があり、永遠に黒字化ができないものであれば、株はいつかただの紙屑になってしまいます。株価が下がり続けるということは、そのように悲観的に考える投資家が多いということです。

 

アリババの新小売スーパー「盒馬鮮生」(フーマフレッシュ)の責任者、侯毅(ホウ・イ)総裁は、ライバルのディンドンに対してこう評したことがあります。「ディンドンが上海で営業を始めても、フーマフレッシュの販売には何の影響もありませんでした。前置倉は投資資金も小さく、配達地域を素早くカバーしていくことができます。でも、あくまでも過渡期の形態なのです。商品品目を増やすことが難しいため、消費者を惹きつけるには、必然的に価格競争にならざるを得ません。永遠に投資資金を消費し続けるだけで、黒字化の可能性は見えないのです」。

前置倉とは、前線倉庫のことで、コンビニ程度の規模の倉庫を市内に配置し、その周辺の住宅に配送をします。この前置倉を多数配置することで、市内全域をカバーしていこうという考え方です。

この発言は、2019年6月のものです。フーマフレッシュは、(消費者の目も意識しているのでしょうが)生鮮ECなどまったく眼中にありませんとでも言いたげでした。

その後、コロナ禍が起き、外出規制が行われると、買い物が市民の大きな悩みとなり、生鮮ECは一気に利用者を増やしました。それが今日の上場申請に結びついています。しかし、侯毅総裁の言う「永遠に黒字化の可能性は見えない」というのは、現在でもあてはまっているかのように思います。

もちろん、毎日優鮮もディンドンも、黒字化の努力は進めています。面白いのは、その黒字化への道=出口戦略が2社でまったく違っていて対照的である点です。

生鮮ECについては、「vol.001:生鮮ECの背後にある前置倉と店倉合一の発想」でもご紹介をしていますが、だいぶ以前のことでもあり、再度生鮮ECの仕組みをご紹介し、その後で、毎日優鮮とディンドンがどのような出口戦略を考えているのかをご紹介します。それを読んでいただいて、果たして生鮮ECは「黒字化の可能性は見えないのです」という侯毅総裁の言葉が正しいのか、あるいは両社が努力しているようにいずれ黒字化を達成し、株価が急騰することがあるのかを、投資家になったつもりで、ご自身で判断していただければと思います。

 

その説明に入る前に、侯毅総裁の「(生鮮ECは)あくまでも過渡期の形態なのです」というところにひっかりを感じた方も多いと思いますので、ここを説明しておきます。

言葉というのは使う人の自由であり、こういう定義が正しいとか正しくないと言うのは無意味なことだと思いますが、生鮮ECを「新小売」と呼ぶのには無理があります。ただ、日本のメディアだけでなく、中国のメディアですら、新小売を「デジタルを活用した新しいスタイルの販売方法」程度に解釈して、目新しい小売手法を何でも新小売と呼んでもてはやす傾向が続いています。

それでも意味は通じるので、めくじらを立てることでもないと思いますが、「アリババが提唱した新小売」「ジャック・マーが提唱した新小売」と言い方をする時は、アリババの創業者、馬雲(マー・ユイン、ジャック・マー)の定義に従うべきではないかと思います。侯毅総裁などのアリババ関係者は、ジャック・マーの定義による「新小売」という言葉を使うので、これを単なる「新しい販売スタイル」程度に解釈をすると、アリババ関係者の発言を正確に理解することができなくなります。

ジャック・マーの定義とは「オンライン小売とオフライン小売は深く融合して、すべての小売業は新小売になる」というものです。オンラインの小売とオフラインの小売が深く融合するということがポイントで、生鮮ECはオンライン小売のみなのですから新小売ではありません。

「すべての小売業は新小売になる」と考えているアリババ関係者にとっては、オンライン小売のみの生鮮ECが「あくまでも過渡期の形態なのです」というのは当然のことなのです。

 

この新小売という考え方は、アリババよりもはるか昔から議論されてきたものです。1990年代の終わりに、当時は書籍のオンライン小売が中心だったアマゾンが成長し、既存の店舗形式の書店を圧迫するようになります。すると、「クリック&モルタル」という言葉が使われるようになりました。クリックはオンライン小売、モルタルはオフライン小売を表し、両者をうまく融合することで小売業は成長できるという考え方です。

米国では、企業を表す言葉で「ブリック&モルタル」という言葉が使われます。レンガで作られた社屋、モルタルで作られた店舗を表しています。これをもじって、クリック&モルタルという言葉が生まれました。

基本的な考え方は、ジャック・マーの新小売と変わりありません。しかし、大きな違いは、クリック&モルタルは概念的なもので、実現するための仕組みについては誰も言及できなかったのに対して、ジャック・マーは、概念だけでなく、具体的な新小売スーパーという事業を始めたことです。20年近く、オンライン小売周辺の人が頭を悩ませてきたことを、(外から見る限りでは)いとも簡単に解決してみせたのです。

 

この新小売スーパーの発案者は、現在のフーマフレッシュ責任者の侯毅総裁です。侯毅は元々、EC「京東」(ジンドン)の従業員で、京東がECで生鮮食料品を販売するにあたって、従来の翌日配送の物流では時間がかかりすぎることや、温度管理が難しいという課題を解決するため、まったく別の物流体系を構築した新小売スーパーの企画を提案しましたが、京東上層部はこの企画を採用しませんでした。

あきらめきれない侯毅は、社外に理解者を探すようになります。そこで出会ったのがジャック・マーでした。ジャック・マーは、この新小売スーパーの企画を見て、自分の中でまだ言語化できていなかった「新小売」という概念に到達したのだと思います。

侯毅はメディアに対して、こう語っています。「私たちフーマフレッシュはオフラインでの消費者体験を重視しています。生鮮ECの前置倉はECの延長線上でしかなく、ECでは郊外の大規模倉庫だったものが、前置倉は住宅地内の小規模倉庫になったという違いしかありません。新小売の本質とは、ネットテクノロジーが小売での消費者体験を変革していくところのあるのです」。

 

前回の「vol.080:中国主要スーパーが軒並み減収減益の危険水域。もはや店頭販売だけでは生き残れない」でも触れましたが、新小売スーパーでは、注文方法が「スマホ/店頭」の2種類、受け取り方法が「宅配/持ち帰り」の2種類あり、それを自分の都合で2×2で組み合わせて購入スタイルを決めることができます。

この新小売が目指すのは、購入行動のステルス化です。つまり、意識して「買い物をする」という行動を取らなくても、普通に生活をしているだけで、必要な製品が目の前に現れてくるようにすることで、購入機会を増やそうというものです。これは中国では「人が商品を探す」から「商品が人を探す」への変化だと言われるようになっています。

そんなことが可能なのか。実例があります。日本の自動販売機の飲料販売です。現在、飲料の自動販売機は228万台が設置され、売上高は2.1兆円を超えています。一本の平均価格を120円と仮定して計算すると、175億本になります。日本の赤ちゃんからお年寄りまで、2日に1回は自動販売機の飲料を飲んでいることになります。これでも、ピーク時の2/3ほどの市場規模に縮小しているのです。

昔は、公園や駅、広場などに公共のゴミ箱が置かれ、コンビニのゴミ箱も外に置かれていたため、缶やペットボトルの捨て場に困ることはありませんでした。そのため、道を歩いていて、喉が渇いたら、道端にある自販機で缶飲料を買い、飲みながら歩いて、見つけたゴミ箱に捨てるということができました。以前は、飲料をわざわざ買いに行く必要はなく、目的があって歩いていて、途中で自販機があったら飲料を買えばよかったのです。購入のための行動というものが必要なくなっていました。

バイパス沿いのファミレスやファストフードも同じです。わざわざ探さなくても、車で走っていて、途中でファミレスを見つけたら入って、食事をすればいいのです。究極の小売業とは、このように「買い物に行く」作業がまったく存在しなくなり、消費者は自分の目的に沿った行動をとっているだけで、その経路に必要な商品が現れてくるという世界観です。

 

今回、取り上げる「生鮮EC」は、ここまでの変革を起こすことはできません。「スマホで注文する」という買い物行動は取る必要があります。ただし、それが従来の「スーパーに行く」という買い物行動に比べて、圧倒的に負担が小さいので利用のハードルが大きく下がります。生鮮ECは、この利便性がねらいであり、新小売のように「ネットテクノロジーが小売での消費者体験を変革していく」ということまでは考えていません。むしろ、従来の消費者体験に近い形でありながら、利便性はきわめて高いため、移行しやすいというところに強みがあるビジネスです。

その意味で、じゅうぶんに新小売に対抗できるビジネスであり、実際にディンドン、毎日優鮮の2社は多くの顧客を獲得しています。しかし、問題は「永遠に投資資金を消費し続けるだけで、黒字化の可能性は見えないのです」という部分です。フーマフレッシュの侯毅総裁は、新小売スーパーの優位性を強調するためにこういう発言をしたのでしょうか。それとも、客観的な判断として発言しているのでしょうか。

ディンドン、毎日優鮮の2社が上場申請をしたことにより、目論見書が公開され、両社の詳しい経営数字が明らかとなりました。この数字を使いながら、両社の黒字化の可能性を探っていきます。

 

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発火事故が続く電動自転車の領域に、安全な水素自転車が登場。まずはシェアリング自転車から

中国で電動自転車のバッテリー発火事故が続いている。国民的乗り物となり、速度制限などの規制を突破するため、違法改造が横行していることも大きな原因のひとつになっている。そこで、シェアリング交通企業「永安行」は、安全な水素自転車を開発し、シェアリング自転車として提供すると電動車小行家が報じた。

 

中国は再び自転車大国に。ただし電動

中国で最も普及をしている乗り物は電動自転車だ。日本のような電動アシストではなく、電力で走行をする。電動バイクといった方が理解しやすい。保有台数は3.7億台で、毎年3000万台以上が売れる。

普及している最大の理由は、免許が不要であるということだ。あくまでも自転車であり、速度は時速20kmから25kmに制限をされている。走行距離も満充電で10kmから30kmと、日常の利用を想定している。

特に大都市では、自動車はナンバー末尾による乗り入れ制限を行なっているところも多く、さらに渋滞、駐車場を探すということを考えると、どこにでも駐輪できる電動自転車は、自動車よりも便利な乗り物になる。歩く代わりに使う乗り物ということで、「代歩車」と呼ばれることもある。

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▲電動自転車は一応ペダルがつているが、基本は電動走行をするため、電動バイクといった方が相応しい。それでもあくまでも自転車であるため、免許が不要で乗ることができ、中国で最も普及をしている乗り物になっている。安全性の観点から、年々規制が強化されている。

 

流行する違法改造。それを抑える規制

しかし、電動自転車が増えるにつれ、規制も厳しくなっていった。時速15kmを超えると警告音が鳴り、時速25km以上は出ないようにする制限が始まると、バッテリーなどを改造し、より速度が出るようにすることが流行をした。このような改造電動自転車では、バッテリーに過大な負荷がかかり、発火事故もたびたび起きている。

このため、現在、電動自転車にもナンバープレートの制度が始まっている。2021年11月1日からは、ナンバーをつけていない電動自転車は公道走行ができなくなる。

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▲中国各地で、電動自転車のバッテリー発火事故が相次いでいる。その多くは不正改造をした電動自転車だ。駐輪場に置いておくと盗難に遭うので、自宅に持ち帰るため、自転車ごとエレベーターに乗せる人も多い。この時に発火をすると、悲惨な事故となる。

 

爆発をしない水素自転車

気軽に使えるという電動自転車の利便性が徐々に失われ、安全性にも疑問の目が向けられるようになると、注目され始めたのが水素自転車だ。水素ボンベを搭載し、燃料電池として発電をして、バッテリーに充電し、電力で走行する。

電動自転車は電力の形でエネルギーを貯めておくため、高密度のリチウムイオンバッテリーが使われるが、水素自転車は水素の形でエネルギーを貯めておき、走行に必要な電力だけを供給すればいいので、鉛電池が使用されている。鉛電池はすでに枯れた技術であり、安定性に優れている。

 

価格が高い水素自転車をシェアリング提供する永安行

このような水素自転車は、フランスのプラグマインダストリーの「アルファバイク」が先駆けで、中国にも輸入されて、一部で使われているが、問題は価格で、7000ユーロ(約92万円)ほどする。

そこで、シェアリング交通企業の「永安行」(ヨンアン)が独自に水素自転車を開発し、シェアリング自転車という形での提供を始める。昨年末から北京、上海、蘇州などで体験試乗会を開催し、現在シェアリング自転車として提供しているリチウムイオンバッテリーの電動自転車を2年ほどで、水素自転車に置き換えていく予定だ。

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▲永安行が開発をした水素燃料電池電動自転車。使い勝手は、普通の電動自転車と変わらないため、多くの利用者から好評を得ている。現在、各都市で試乗会が行われている。

 

水素の充填が課題の水素自転車はシェアリングが向いている

水素の充填は1分で終わり、満充填で約70kmを走行できる。最高時速は23kmに設計されている。電動自転車と比べてエネルギーの充填時間は圧倒的に短い。ただし、水素を充填するため、水素ステーションで行う必要がある。そのため、個人に販売をするよりは、シェアリング自転車として提供するのが向いている。

水素自転車といっても、最終的には電力で走行し、見た目も電動自転車と何も変わらない。各都市で使われるシェアリング自転車が、気がついたら水素自転車に置き換わっていたということはじゅうぶんにありえる。

 

 

QRコード決済にまだあった単純な手口の死角。家計簿アプリの画面を見せて決済完了を装う

広西省南寧市で、QRコード決済「アリペイ」の決済完了画面を家計簿アプリの画面で装い、無銭飲食をするという事件が起きた。あまりにも単純な手口で、南寧市公安では、入金を必ず確認するように注意喚起をしていると騰訊網が報じた。

 

QRコード決済の新たな死角は、単純な手口

QRコード決済に新たなセキュリティの死角が見つかった。

5月27日、広西省南寧市の麻辣香鍋のお店で、2名の若い女性が食事をし、アリペイで決済をした。QRコード決済には2つのやり方がある。ひとつは店舗側がスキャナーやスマホで、来店客のQRコードをスキャンする方法。もう一つは、印刷された店舗のQRコードを来店客側がスキャンをして、金額を入力して決済をするやり方。この場合、決済の画面を店舗側に見せて確認をしてもらうというのが慣例になっている。そして、店舗側のアリペイで入金されたことを確認して決済が完了する。手順が面倒だが、商店側がスキャナーなどの設備を用意する必要がないというメリットがあり、小規模商店でよく使われる手法だ。

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▲被害にあった麻辣香鍋の店舗。単純な手口で無銭飲食をされてしまった。

 

決済完了画面は確認したのに、送金がされていない

2人の女性客もこのやり方で決済をしたが、後に店舗側が確認をしてみると、入金がされていないことに気がついた。監視カメラの映像を確認すると、どこか様子がおかしい。そこで警察に通報をした。近隣にも同様の被害にあっている商店があることから、捜査が始まっている。

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▲被害にあった店舗スタッフ。忙しい時間帯であり、入金までを確認しなかった。監視カメラや入金を確認してみると、送金がされていないことから、詐欺だと判断して公安に被害届を出した。

 

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▲二人の女性客が店舗スタッフに見せたのは、決済完了画面にそっくりな家計簿アプリの画面だった。

 

家計簿アプリの画面を悪用する簡単な手口

南寧市公安では、アリペイの中にある「記帳本」というミニプログラムを悪用したのではないかと見ている。

記帳本は、アリペイ専用の家計簿ミニプログラムだ。アリペイでの決済を、種別に分類ををして自動的に記録をしてくれる他、手入力で入力をすることもできる。この記帳本は、アリペイの公式ミニプログラムであるため、画面の色合いやデザインがアリペイ本体と統一されているため、非常に似通っている。

犯人の2人は、この記帳本に金額と店名を入力して、その画面を店員に見せたのではないかと推測されている。店員は、金額と店名を確認することに気を取られ、アリペイの画面であるかどうかまでは気づかなかったのだと思われる。

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▲本来のアリペイの送金画面。店舗のQRコードをスキャンすると、店名が自動的に入力され、金額を自分で入力する。

 

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▲二人の女性客が見せたと思われる家計簿アプリの画面。かなり違いがあり、落ち着いてみれば違うとわかるが、公式家計簿ミニプログラムであるため、アリペイのアイデンティティカラーの青が使われているため、見逃してしまった。

 

偽の決済画面を作る手口にも注意喚起

同様の手口は、アリペイやWeChatペイの決済画面シミュレーターアプリを開発すれば可能だ。作るだけなら、ちょっとした知識があればできる。現金の世界で言えば、おもちゃの紙幣やコピーした紙幣を使うような単純な手口だが、忙しい時間帯には見逃されてしまう。公安では、必ず入金を確認するように注意喚起をしている。

 

 

不正会計、上場廃止でも追加投資が行われるラッキンコーヒー。2.5億ドルを獲得

一時は、スターバックスを超えるとまで言われたカフェチェーン「ラッキンコーヒー」。モバイルオーダーを最初に活用し、「行列のできないカフェ」として一気に人気が高まった。しかし、株価を釣り上げる目的での不正会計事件が起き、上場廃止となり、多くの人が「終わったカフェチェーン」と見るようになった。しかし、現在でも追加の投資が行われていると華夏時報が報じた。

 

不正会計、上場廃止でも追加投資を獲得

2018年に創業したカフェチェーン「瑞幸珈琲」(ラッキンコーヒー)は、創業わずか1年8ヶ月で米ナスダック市場に上場するという奇跡を起こして、一気に話題になった。中国で最大のカフェチェーンは4000店舗を展開するスターバックスだが、一時はそのスターバックスを超える5000店舗の展開も達成した。

しかし、2020年に株価を釣り上げる目的での不正経理問題が発覚をし、5月には上場廃止となっている。

店舗の営業は続けられているが、「大都市であればどこでも徒歩5分以内に店舗がある」を目指した大量出店戦略は止まり、店舗数は1900店舗まで減っている。ラッキンを利用していない人から見れば、すでに終わったカフェチェーンであり、いつ倒産するのかと思われているほどだった。

ところが、2021年4月、ラッキンが2.5億ドル(約280億円)の投資を獲得していることがわかった。投資家は、終わったカフェチェーンになぜ投資をするのだろうか。

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▲ラッキンコーヒーは不正会計によりナスダック上場廃止となってしまったが、固定ファンはいまだに多い。モバイルオーダーを最初にうまく活用したカフェでもある。

 

コーヒー関連は成長が見込める有望領域

ひとつは、中国ではカフェという業界そのものが非常に有望であることだ。コーヒーの浸透率や消費量を国際比較すると、欧米や日韓と比べると、中国は大きく劣っている。一人あたりのGDPが中国より低いベトナムと比較しても、一人あたりのコーヒー消費量は小さい。つまり、中国のコーヒー産業は成長空間がまだまだ大きいということだ。

このため、コーヒー関連のスタートアップには投資が相次いでいる。スペシャリティーコーヒーを提供するManner Coffee(マナー)は2015年創業で、現在、100店舗を展開し、13億ドル(約1400億円)もの投資資金を獲得している。また、天猫(Tmall)でドリップパックコーヒーなどを販売する「隅田川珈琲」は、天猫の飲料部門でトップの販売量となっている。隅田川珈琲も今年の3月に3億元(約51億円)のBラウンド投資を完了した。

また、中国では雲南産のコーヒーの人気が高まっている。独特の味わいがあり、中国人に好まれているのだという。

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スペシャリティコーヒーを提供するカフェスタンド「マナー」の人気が高まっている。現在100店舗を展開し、13億ドルの投資資金を獲得している。

 

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隅田川コーヒーは、天猫などでドリップパックコーヒーを販売している。家庭で気軽にスペシャリティコーヒー並みの味が楽しめると人気が出ている。

 

デジタルマーケティングにも長けているラッキン

ラッキンコーヒーは、スタンド形式の店舗が基本で、モバイルオーダーという方式を積極的に活用をした。店舗に行く前にアプリから注文をし、店舗では受け取るだけでいい。これにより、店舗の運営コストが大きく下がり、その分をコーヒーの品質にコストをかけたため、中価格帯のコーヒーとしては品質の高いコーヒーを提供している。

さらに、ほとんどの利用者がアプリ経由であるため、会員制度を活用して、個別に適切なクーポンを配布するなどデジタルマーケティング活用も進んでいた。不正経理を行なった経営陣は一掃され、営業面ではまったく問題はなく、むしろ固定ファンが増え続けている。

2021年の春節期間、前年の春節期間がコロナ禍によりあらゆる飲食店の営業がほぼ停止状態になったこともあるが、ラッキンコーヒーは販売量で5倍、売上で7倍という躍進をしている。これにより、再び投資家の注目が集まったのだと思われる。

つまり、ラッキンコーヒーはモバイルオーダーを普及させたパイオニアであり、基本的なコンセプトは優れている。固定ファンも多い。デジタルマーケティングの能力も高い。しかし、悪質な一部の人間によって、株価吊り上げのための不正会計というつまづきをした。その経営陣は一掃されて、健全化をしたが、世間は終わったカフェチェーンと見ている。投資家にとっては、投資の好機に見えるのだ。ラッキンが復活をして、再びスタバを脅かすこともないとは誰にも断言できない。

 

 

既存スーパーがそろって減収減益の危険水域に。店頭販売だけではもはや生き残れない

各スーパーの2021Q1の財務報告書が出揃い、関係者に衝撃を与えている。そろいもそろって減収減益となり、わずかな黒字は維持しているものの危険水域に入り、もはや店頭販売だけに頼るビジネスモデルが通用しないことが明確になった。アリババは新小売スーパー「盒馬鮮生」のO2O基幹システムの外販を始めた。スーパーはこのようなO2Oシステムを導入して、業態を改革していくことが避けられなくなっていると電商在線が報じた。

 

既存スーパーが軒並み減収減益の危険水域

既存スーパーが軒並み苦境に立たされている。2021年Q1の財務報告書が出揃い、ほとんどのスーパーが売上、利益とも前年同時期から大きく減少していることが明らかになった。赤字になっているのは人人楽のみで、他のスーパーはぎりぎり黒字を維持したが、このまま手をこまねいていると、赤字転落は必至だ。

昨年同時期の2020Q1は、新型コロナの感染拡大が最も厳しい時期で、生活必需品を買いだめする人が多く、スーパーは軒並み好調だった。その反動はある。しかし、現在の不調の理由はそれだけでなく、構造的なものだ。

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▲既存スーパーの2021Q1の営業収入は、軒並み10%弱の減収となってしまった。比較対象になっている2020Q1はコロナ禍の影響で業績が好調だったこともあるが、逆リバウンドをしてしまった。スーパーはコロナ禍という好機を活かせていない。

 

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▲利益に関しては惨憺たる状況。赤字転落をしたのは、人人楽のみで、他社はぎりぎり黒字を維持したが、赤字転落への危険水域に入っている。

 

スーパー苦境のライバル1:社区団購

ひとつは、社区団購(シャーチートワンゴウ)の普及がある。社区団購は生鮮食料品や日用品をスマホで注文して、近隣の加盟店に取りにいくというのが基本。「前日予約注文、翌日配送、店舗受け取り」というビジネスモデルで、アリババ、テンセント、京東、拼多多、美団、滴滴といったテック企業がこぞって参入して、シェア争奪戦を展開している。

社区団購は、前日予約というのが大きなポイントになっている。スーパーなどでは販売量は販売を終えてみないとわからない。そのため、販売量を予測して発注をしなければならず、卸業者は、販売予測に基づいて商品を適正配分するという重要な役目を担っている。しかし、社区団購では前日予約制であるために、出荷前に販売量が確定するため、卸業者の存在が不要となる。これにより、流通コストが大幅に下げられ、低価格での販売が可能になる。

その価格に魅せられた消費者や、テック企業が激しいシェア争奪戦を展開しているため、過剰な優待施策が行われているため、スーパーの顧客が奪われてしまった。

 

スーパー苦境のライバル2:新小売

しかし、スーパー苦境の原因は社区団購だけではない。大潤発の林小海CEOは、電商在線の取材に応えた。「この5年間、大潤発の利用客数は毎年5%ずつ減少しています。顧客がスマホで注文するということに慣れてきたからです。新型コロナの感染拡大で、その傾向は強まり、社区団購の登場によりさらに強まりました。このオンライン注文の流れはもはや不可逆なものになっていると認識しています」。

既存スーパーは手をこまねいていたわけではない。2016年から始まった新小売、生鮮EC、社区団購に対抗をするため、近隣に宅配をする到家サービスを始めているところが多い。スマホで注文すると、30分から2時間程度で宅配をするというものだ。

 

スーパー苦境の理由1:宅配サービスを活用できない

しかし、これがなかなかうまくいかない。スーパーは到家サービスを始めたと言っても、新小売スーパーのように「オンライン売上が60%以上」という状態にはなれない。あくまでも店舗が主体であって、到家サービスは付加サービスという位置付けだ。

このため、自前の配送チームを構築することができない。配送件数が多くないのに、配送スタッフを待機させることはできないからだ。そのため、美団やウーラマなどの既存の即時配送サービスに委託をすることになるが、当然ながら手数料は高くつくことになる。到家サービスでは、多少の配送料を販売価格に乗せるもの、高額にすることはできない。スーパーの到家サービスの多くは、配送すれば配送するほど赤字が膨らむ構造になっていると思われる。

これにより、スーパー内部でも、到家サービスを拡大するモチベーションが生まれないという悪いスパイラルに陥ってしまっている。

 

スーパー苦境の理由2:顧客に対する洞察不足

さらに、スーパーは顧客に対する洞察が不足をしている。スーパーの多くがオンライン会員制度を持っていないか、持っていたとしても、ただポイントなどをつけるためにものになっており、プロフィールや購入履歴から消費者特性を分析し、個別にアプローチをしていくということができているスーパーは皆無に近い。

これまで、スーパーは陳列棚しか見てこなかった。陳列棚に商品を並べると、匿名のお客がやってきて、商品が消えていく。早く消える商品がいい商品で、いつまでも売れ残る商品は悪い商品だ。陳列棚が空いたらそこに商品を補充することだけを考え、その向こうにいる顧客の顔を見ようとしてこなかった。

これがスーパーの苦境の根本的な原因だ。消費者から見ると、スーパーに行くのは食料品を買う必要があるからで、スーパー自身に魅力があるからではない。だとしたら、行き先は社区団購の加盟店でもいいし、新小売スーパーでもいい。若い世代は、スマホの中で注文し、宅配してもらうという考える。

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▲584都市1037店舗を展開する永輝は、スーパーの優等生だった。都市型スーパーとして固定客をつかみ、新小売や無人配送への研究開発も積極的に行なっている。その永輝までが-98.51という大幅な減益となった。

 

アリババがフーマフレッシュの基幹システムを外販

アリババは「象」(アオシャン、Aelophy、https://www.aelophy.com)というクラウドシステムの販売を始めた。「翼を広げた象」という意味のネーミングだ。小売業向けのO2O基幹システムで、在庫管理から宅配配送管理などにも対応する。

アリババのスーパー業態事業部の責任者で、象CEOの周天牧によると、このシステムは、新小売スーパー「盒馬鮮生」(フーマフレッシュ)、スーパー「大潤発」などで実際に使い、5年間をかけて改善を積み重ねてきた。最大の特徴は、会員顧客の管理と分析機能が備わっていることだ。顧客の粘性(リピート率)、アクティブ度などが分析をでき、特定の顧客に電子クーポンを配布するなど個別のマーケティングが可能になる。

 

O2O基幹システムの競争が始まる

同様の小売業向けのO2O基幹システムは、京東到家、ウーラマ、美団、淘鮮達の4つが有力で、小規模なものまで入れると8000種類以上が販売されている。その中で、アリババの象は、フーマフレッシュの実績という絶対の自信を持ってこの領域に参入した。大潤発、フーマフレッシュという現場で5年間使い、実践で鍛えてきた。

さらに、2020年半ばから、邯鄲陽光、浙江人本、旺中旺、四川吉選、台州華聯など地域チェーンスーパーでの試験運用を行ってきた。アリババによると、試験運用中のスーパーでは、平均して、すでにオンライン注文数は25%増え、5.5億元(約95億円)の売り上げ増になったという。すでに60の小売チェーンとの契約が決まり、店舗数換算で7500店に導入されているという。

スーパーは、もはや「店頭売上だけ」という旧来型のビジネスモデルでは存続そのものが危うくなっている。かといって、自力でO2Oシステムを構築するのは手に余る。このようないずれかのO2Oシステムを採用し、オンラインに進出していくことが必須になっている。テック企業の間では、このようなO2Oシステムの開発、販売の競争が激化することになる。