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中の人はいない。動きも会話も人工知能が生成する人気沸騰バーチャルアイドル「小玉」

3月11日、ウェブ漫画として人気のある「非人哉」(人にあらざるや)のキャラクター「小玉」を使ったバーチャルライブ配信がビリビリで行われ、わずか1時間のライブ配信で、あっという間に、ビリビリのバーチャルライブランキングで1位になったと浪潮新消費が報じた。

 

人気コミックキャラクターのバーチャルライブが人気爆発

この「非人哉」は、以前から人気のあるウェブ4コマ漫画。中国伝承の妖怪などが、人となって現代社会の中で暮らし、その中で、さまざまな摩擦を起こすというもの。ギャグ漫画であり、企業に勤めるホワイトカラーのあるある漫画にもなっている。

主人公は、九尾の狐である「九月」。その同僚に、嫦娥の玉兎(月に住むウサギ)の小玉などがいて、この二人のキャラクターが人気が出ている。

非人哉工作室により、アニメ化もされ、これも以前からビリビリで公開されていた。

すでに人気が高まっていたところに、小玉を使ったバーチャルライブ配信を行ったため、あっという間に人気が出た。

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▲「非人哉」の原作漫画。妖怪が人間社会で生活をしているという設定で、「ホワイトカラーあるある」を紹介する漫画になっている。主人公の九尾の狐「九月」は、地下鉄に乗ると尻尾が他人の迷惑となり、サウナに行くと、尻尾を乾かすの手間がかかるという内容。

 

https://www.kuaikanmanhua.com/web/topic/531/

▲非人哉の漫画が公開されているサイト。全話無料で読むことができる。

 

「中の人」は人間ではなく人工知能

人気が出た理由は、コンテンツの人気だけではない。多くの人の心を捉えたのが、ダンスの切れ味だ。二次元のアニメキャラクターなのに、レベルの高いダンスを披露する。さらに、洋服や耳のしなり具合などの物理演算も完璧。一般的なバーチャルライブは、中の人がいて、その人の動きをセンサーで読み取り、アバターの動きに反映させる。視聴者は、中の人のダンスのうまさに驚き、その動きをアバターに精密に反映できるシステムの優秀さを賞賛した。

しかし、視聴者は後に驚かされることになる。このバーチャルライブ配信には、中の人などいなかったのだ。視聴者との受け答えも人工知能が行い、ダンスに関しても音楽に合わせて人工知能が動きを生成し、物理演算エンジンを通して表現されている。

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https://www.bilibili.com/video/BV1FJ411p7tB?from=search&seid=14782316256549463393

▲バーチャルライブで公開され話題になった小玉のダンス映像。スカート、耳、髪の毛などの物理演算も素晴らしく、素材の質感まで伝わってくるほど。多くの人が驚かされたのは、切れ味の鋭いダンスは、「中の人」が踊っているのではなく、人工知能が動きを生成したものだったことだ。

 

エンタメ領域のAI「Phantom Net」

この人工知能を開発したのは、北京の慧夜科技(ホイイエ)。エンターテイメント領域に人工知能機械学習ビッグデータなどを応用する技術開発を行なっている。この慧夜科技が非人哉工作室と出会い、ACG(アニメ、コミック、ゲーム)領域に人工知能を本格的に応用することになった。

この慧夜科技が開発したシステムは、Phantom Net(ファントムネット)と命名され、当然ながら小玉だけでなく、あらゆるアニメキャラクターをバーチャル配信主にすることが可能だ。

 

https://space.bilibili.com/32741563?from=search&seid=14782316256549463393

▲ビリビリの非人哉のページ。非人哉のアニメが公開されている。

 

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▲「非人哉」の人気キャラクター小玉のバーチャルライブが、ビリビリで毎週木曜日の18時から19時(中国時間)で開催され、大きな人気となっている。

 

クリエイティブ能力も要求されるエンタメAI

ファントムネットを使い、1つのキャラクターをバーチャル配信主に仕上げるのは簡単ではない。大量のデータを学習させ、表情、動き、会話などの精度を高めていかなければならない。さらに、リアルな人と違って、アニメキャラは想像の産物なので、「この表情、動きならOK」という正解が、クリエイターの頭の中にしかない。アニメの中の動きは、アニメ制作上の制約から、リアルな人間の動きとは異なっている。場合によっては、物理法則と矛盾した動きが、アニメ上では自然な動きに感じることもある。また、視聴者はアニメの動きを見慣れているため、正確な物理法則的な動きよりも、アニメ的な動きの方が受け入れられやすいかもしれない。

キャラクターの開発は、機械学習、深層学習という技術的なハードルも高いが、何を正解にするかというクリエイティブなハードルも高い。

慧夜科技は、この2つの観点でのノウハウを蓄積させることで、他社が追従できない強みを作ろうとしている。

キャラクターができあがってしまえば、週7日間24時間のライブ配信が可能になる。それもダンス映像やあらかじめ設定したセリフをしゃべるという一方通行ではなく、視聴者とやりとりをするインタラクティブなものになる。これはバーチャルライブ配信に革命を起こすことになる。

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▲今回、バーチャルライブのキャラクターに選ばれた小玉はウサギ。会社のお昼ご飯の時、小玉のお弁当はカエルの肉。美味しいからと同僚の九月に勧めているというもの。

 

初音ミクから始まったACGという中国文化

バーチャルアイドル観察報告」(愛奇芸)によると、ACGのファンは4.9億人と推定されている。これはネット民の52%にあたるという高い割合だ。ACGは日本ではサブカルとして扱われているが、中国ではサブカルチャーではなく、すっかりメインカルチャーになろうとしている。95年から05年生まれの若い世代では、その64%がACGファンであるという。

中国のバーチャルアイドルは、初音ミクから始まった。中国のACGファンは、初音ミクという存在に驚愕をし、一気にACGという言葉が広がった。そもそも、ビリビリも最初は初音ミクの映像を共有するために生まれたものだ。

その後、初音ミクに刺激されてさまざまなバーチャルアイドルが登場し、ただライブをするだけでなく、さまざまな企業とコラボをしてビジネスを拡大させてきた。そして今、完全に人工知能で制御されるバーチャルライブ配信が始まり、多くの視聴者が歓迎をしている。カルチャーとしても、ビジネスとしても、大きな変革が起こる可能性がある。