中華IT最新事情

中国を中心にしたアジアのテック最新事情

卸売業者の都市もライブコマース転換。始まる「小売店の中抜き」

コロナ禍により、定着をしたライブコマース。卸売業者が集まる臨沂市では、以前からライブコマース基地の設置が進んでいた。それがコロナ禍により、ライブコマース需要が急増し、ライブコマースへの転換が成功軌道に乗っていると中国新聞週刊が報じた。

 

数千人がライブコマース、3億人が視聴のライブコマース基地

夜8時、山東省の地方都市、臨沂市にあるライブコマース基地の中にある20室のミニスタジオには「ライブ中、入室禁止」のプレートが掲げられ、基地のいちばん忙しい時間が始まる。中では、ライブコマースが行われているのだ。

他の基地も併せて合計数千人がライブコマース放送を行い、わずか1日で累積3億人が視聴する。翌日、150万件の商品の発送作業が行われる。それが臨沂市のライブコマース基地の毎日だ。

f:id:tamakino:20201027135029j:plain

▲ベビー用品専門のライブコマース基地。店舗営業とライブコマースの両方ができるようになっている。

 

f:id:tamakino:20201027135039j:plain

▲ライブコマースの機材はスマホでじゅうぶんなので、店舗内にセットを組んでしまうことも多い。

 

南の義烏と並ぶ卸売業都市「臨沂」

臨沂市は小さな地方都市だが、地の利がいい。北京と上海を結んだ線の中間点にあたり、さまざまな商品の卸売業が発展をしてきた。海外では浙江省の義烏が有名だが、中国国内では「北の臨沂、南の義烏」と呼ばれる。

臨沂には卸売市場が134カ所もあり、商店は6.5万軒、従事者は30万人もいる。2000ルート以上の物流路線が設定され、全国から商品が集まり、全国に商品が送られる。

ここにライブコマース基地がすでに10カ所もできている。ライブコマースを配信するためのスタジオがあり、販売する商品用の倉庫があり、宅配便の発送拠点があり、さらにライブコマースを成功させるためのセミナールームがある。

臨沂は新型コロナの感染拡大以前から、このようなライブコマース戦略を進めていたため、現在全国各地からライブコマース基地の視察が相次いでいる。

f:id:tamakino:20201027135026j:plain

▲各地方の市政府の関係者などの視察が相次いでいる。これは伝統的な卸売市場。店舗を構え、卸販売を行う。これが変わろうとしている。

 

f:id:tamakino:20201027135047j:plain

▲ライブコマース基地を視察する市政府関係者。多くの卸売業が小売店への卸から、直接消費者に販売ができるライブコマースに比重を置き始めている。

 

卸売市場が過剰になり、凋落が始まった2018年

このライブコマース基地の事業を始めたのは、山東省の新谷数字科技。同社の聶文昌会長は、ECでの販売業が盛んな杭州、義烏、広州などの都市を視察したが、当時、ライブコマースを本格的に手掛けている企業はなかった。聶文昌会長は、ライブコマース基地をどのようなものにするか、自分たちで考えなければならなかった。

臨沂でベビー用品の生産販売、ライブコマースをする郭峰さんが中国新聞週刊の取材に応えた。4、5年前、臨沂は北の義烏として有名になり、地の利もいいことから、卸売市場に店舗を持つ費用は高騰し続けた。権利料は、数十万元から100万元を超えることもあったという。この人気に、周辺の県、市が卸売市場の建設を競い合って始め、今度は卸売市場が過剰になってしまい、2018年ごろから出店費用が下がり始め、空き店舗も目立つようになっていった。

 

コロナ禍以前からライブコマースへのシフトが始まる

新谷数字科技は、このような状況に目をつけて、ライブコマース基地ビジネスに目をつけた。ライブ配信ができるミニスタジオを20室設置し、著名な網紅(ワンホン、インフルエンサー)を招いて、ライブコマースを行うなどの活動をしてきた。

その中からスターも生まれてきている。快手でライブコマースを行い女性用の靴を販売する「超級丹」は422万人のファンを獲得している。

また、臨沂で10年以上アパレルの卸売をしてきた王芯妍さんは、店舗で毎日3万元から5万元の売上を上げて成功していたが、2018年の夏にライブコマースに挑戦してみた。卸売市場は夕方5時に閉館し、ライブコマースは消費者が夕食を取った後の午後8時がゴールデンタイムになるので都合がよかった。小さなスタジオ用の店舗を借りて、2018年末には5万人のファンを獲得し、店舗の2倍の売上が上がるようになっている。

このような成功例により、臨沂の卸売業者が続々とライブコマースを始めることになった。

2019年末の卡思データが調査した快手のライブコマース都市ランキングによると、多くは北京、ハルピンなどの大都市だが、地方都市である臨沂が第9位にランクインした。

臨沂のライブコマース基地は、限界を迎えた旧来型の卸売市場を改革するために始められたが、一定の成功を収め、そして、2020年に新型コロナが拡大し、対面取引が壊滅する中、ライブコマースが注目されるようになった。結果的に、転ばぬ先の杖となったのだ。

f:id:tamakino:20201027135042j:plain

▲臨沂から生まれたライブコマースのスター「超級丹」。女性用シューズ販売を手がけ、400万人以上のファンを獲得している。


業者が最も恐れるのはアカウントの凍結

ライブコマース基地では、ミニスタジオ、倉庫、発送といったインフラ機能を提供しているだけではない。ライブコマースを行う商店に対するコーチングも行っている。

配信主にとって課題はファンを拡大することであり、最も心配なのは配信アカウントの凍結だ。

人気配信主の超級丹は、始めたばかりの頃、大きな失敗をしている。誤って、ナイキによく似たブランドロゴがついているシューズを販売してしまったのだ。これにより、快手からアカウントが1日間凍結され、ライブコマースができない状態になった。さらに、配信主のランクも降格をされ、検索をしても下位にしか表示されなくなってしまった。結局、超級丹は新しいアカウントを取り直して、1からやり直しをしている。

何が違反になり、何が違反にならないかは刻々と変わっていく。その情報は、快手のサイトに掲載されるが、忙しい配信主はすべてをチェックしきれない。また、ルールに定義されてなく、快手側に問合せをしなければ分からないような問題もある。

そこで、新谷数字科技は快手と業務提携を結び、快手から数人の講師を派遣してもらった。そこで、セミナーや講義を行い、臨沂の配信主のスキルアップを図っている。

f:id:tamakino:20201027135036j:plain

▲ライブコマース基地内のスタジオエリア。防音個室で、日本のカラオケルームにそっくりだ。

 

ライブコマース基地が起業のホットスポットになっている

このようなハード、ソフト両面の支援を行うライブコマース基地には、ライブコマースで起業をしようという若者が集まり始めている。

内モンゴル自治区出身の張丹丹もその一人だ。彼女は美容クリームのライブコマースを始めた。25元で仕入れ、送料に5元がかかるので、30元以上で売らないと利益が出ない。しかし、多くのライブコマースで同じものが29.9元で販売をされている。それでも人気が出れば、違う展開も可能だと考え、1ヶ月毎日4時間のライブコマースを配信した。しかし、注文はわずか900件で、初期投資などで2万元の赤字になってしまった。

その張丹丹が、臨沂のライブコマース基地のことを知り、入居をした。ライブコマース基地には、さまざまなメーカー、卸会社とのコネクションがあり、相談をすることで低価格で仕入れられる業者を紹介してもらえる。人気商品であれば、共同仕入れも可能となり、さらに卸価格を下げることが可能になる。

また、倉庫は共有をすることになるので、1業者あたりの負担は小さくなる。さらに、送料もライブコマース基地全体で宅配企業と大口契約を結んでいるので単価は1.6元になる。

ライブコマース側は、送料のうち0.1元を手数料としてもらう、入居費用、使用料をもらうなどして売上を上げている。いずれも1業者あたりの負担はごくわずかだが、動く商品の数が多いため、十分、収益を挙げられている。また、配信主に行うセミナー、授業は高額だが、多くの配信主が受講したがり、予約待ちの状態が続いている。

f:id:tamakino:20201027135033j:plain

▲ベビー用品専門ライブコマース基地に立っている広告。「人材養成」「サプライチェーン」「ショートムービー」「基地輸出」の4つの業務内容が記されている。

 

アリババも進めるライブコマース基地建設

夏に新型コロナが終息をすると、新谷数字科技の聶文昌会長はにわかに忙しくなった。全国で、卸売業者がライブコマースに活路を求め、聶文昌会長にライブコマース基地を設立してほしいという話が相次ぎ、全国各地を飛び回ることになった。臨沂にいられる時も、全国からの視察が相次いで、その応対に追われている。

アリババは4月に「春雷計画2020」を発表した。各省に100カ所のタオバオライブコマース基地を設置するという計画だ。また、快手もすでに全国に20カ所のライブコマース基地を設置済みだ。

このような大資本のライバルも登場し、新谷数字科技もライブコマース基地の拡大を急いでいる。しかし、アリババや快手と違って、新谷数字科技は地方都市にライブコマース基地を展開することに意味があると考えている。地方の卸売業者も、ライブコマースをするのが当たり前になろうとしている。

卸売業者というのは、小売店に販売をするのが従来の考え方だった。個人に販売するには購入点数が小さすぎて商売にならなかった。ところが、ライブコマースでは売り先は個人でも、まとまった数が売れる。つまり、卸売業者がライブコマースを始めるということは、BtoBからBtoCへの転換であり、「小売店の中抜き」が始まるということなのだ。