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クラスター対策に使われた「ビッグデータ」とは?北京市民がざわつく

6月11日、それまで新規新型コロナ患者がゼロの日が56日間続いた後、新発地農産物市場で突然クラスターが発生した。北京市は、新発地市場に立ち寄ったことがある人全員に連絡、PCR検査を受けさせることでクラスターを終息させた。この連絡に使われた「ビッグデータスクリーニング」という言葉が市民の強い関心を呼んでいると科技日報が報じた。

 

1週間で35.6万人を検査、農産物市場クラスターは終息

6月11日、北京市では新規感染者ゼロの日が56日間続き、誰もが新型コロナは終息をしたと思っていた。ところが、新発地市場の通称「西城大爺」と名付けられた52歳の男性が陽性診断を受けた。

翌12日には、新発地市場を閉鎖したが、6例の新規感染者が見つかる。市場で働く人や買い物にきた人だ。13日には市場関係者全員にPCR検査を実施、14日には非常事態を宣言して、新発地市場周辺の住民4.6万人にPCR検査を実施した。16日には、北京市全体で警戒レベルを1段あげ、不要不急の外出を控えるように勧告し、17日までに濃厚接触者全員35.6万人のPCR検査を終えた。

結局、335名の陽性患者が出ることになったが、8月7日には最後の入院患者が退院をし、死亡者を一人も出さず、医療関係者への感染拡大も起こらず、このクラスターは終息をした。短期間で濃厚接触者を確定し、全員検査を行うことで、二次感染によるクラスターの発生を回避することができた。

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▲北京の各メディアは、時間軸にそって、詳細に状況を報道した。また、連日、記者会見も1日に2回を標準として行われ、ライブ配信されている。

 

ビッグデータにより濃厚接触者を確定

この時に、北京市民の間で話題になった言葉が「ビッグデータスクリーニング」だ。なぜなら突然、保健当局からショートメッセージが送られてきて、そこにこの言葉が使われていたからだ。

「全市ビッグデータの分析により、あなたは5月30日以降、新発地市場を訪れた可能性があります。北京市の防疫施策により、以後の外出を控え、現在の健康状況をお知らせください。地域から連絡がありますので、PCR検査の予約をしてください」というものだ。

つまり、誰が新発地市場を訪れたかを当局は把握をしていて、該当者にこのようなショートメッセージを送り、PCR検査を行っていたことになる。

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▲ある人に当局から送られてきたショートメッセージ。ビッグデータスクリーニングにより、濃厚接触の可能性があるので、PCR検査を受けることを求めている。

 

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▲新規感染者発生から、ビッグデータにより濃厚接触者を確定し、わずか1週間で35.6万人のPCR検査を行い、クラスターの封じ込めに成功した。

 

そばを通っただけでも濃厚接触者認定

ウェイボーなどのSNSでは、驚きを隠せない人のメッセージが見受けられた。ある人は「30日に、高速バスで新発地市場近くの高速道路を通過した。ビッグデータスクリーニングに引っかかった」「突然電話がきて、PCR検査を受けろという。ビッグデータスクリーニングに引っかかったからだという。西紅門に行って、スペアリブを食べただけなのに。この2週間、外食には2回しか行っていないのに」というものだ。

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ビッグデータスクリーニングに驚いた人たちが、SNSにメッセージを投稿している。新発地市場のそばを通っただけなのに、濃厚接触者と認定されて、PCR検査を受けるように求められたからだ。

 

位置情報、ソーシャル、商品情報を統合

このビッグデータスクリーニングがどのような仕組みで行われているのか、当局は公開をしていない。しかし、スパコンメーカーの「中科曙光」のビッグデータ主席サイエンティストの宋懐明博士によると、一般的にビッグデータスクリーニングは3つの方法で行うという。

ひとつはスマートフォンの位置情報から移動履歴を取得する方法だ。GPSだけでなく、接続している携帯電話基地局のデータからも移動履歴を得ることができる。2つのデータを合成することで、精度の高い移動履歴が得られる。

2つ目は、SNSソーシャルグラフを利用する。誰と誰が親密に連絡を取り合う関係にあるかを把握することができ、密接な関係にある人に対して電話による聞き取り調査、訪問調査をかけることで、新発地市場の関係者、濃厚接触をした人を短時間で割り出すことができる。

3つ目は、商品情報によるデータだ。市場で物品の受け渡しをしたということは濃厚接触をしていることになる。市場に商品を納入した人、市場で商品を購入した業者などの記録をたどって、濃厚接触者を確定することができる。

ネット民の間では、スマホ決済「アリペイ」「WeChatペイ」が決済記録を当局に提出をして、濃厚接触者を確定させたという話が出回っているが、これは運営両社が否定をしている。しかし、宋懐明博士はキャッシュレス決済の取引記録は強力な追跡手段になるという。取引記録には場所の情報も含まれているため、新発地市場で決済をした人が、その後、どこで決済をしているかがわかるからだ。

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クラスターの中心となった新発地市場。335名の患者を出す大規模クラスターとなったが、死者は0、医療従事者への感染も0で、全員が治癒をした。

 

北京市でも導入されている接触追跡「健康宝」

具体的に、北京市がどのような方法でビッグデータスクリーニングを行なったのかはわからないが、北京市ではすでに接触追跡アプリ「健康宝」を導入している。移動履歴などから新型コロナの感染リスクを3段階で表示してくれるというものだ。このデータが利用されたと見られている。

中国疾病センター主席専門家の呉尊友氏によると、このようなビッグデータの活用は2つの面で防疫に効果があるという。ひとつは、新発地市場のようなクラスターが発生した場合、短時間で濃厚接触者を確定して、PCR検査を行い、隔離や入院などの必要な処置を行えることだ。クラスター発生直後は時間が勝負になる。濃厚接触者の確定が早ければ早いほど、クラスターの規模が小さいうちに押さえ込むことができる。

もうひとつは、クラスターの拡散を防ぐことができることだ。濃厚接触者がその後、どこに移動したのかもわかるため、移動先でPCR検査を行い、必要な処置をすることで、二次感染によるクラスターの連鎖を断ち切ることができる。

新型コロナのような感染拡大を押さえ込むには、ビッグデータの活用による素早い処置はもはやなくてはならないツールであるという。

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北京市が導入している接触追跡システム「健康宝」。位置情報などから、濃厚接触の可能性を3段階で評価するもの。

 

プライバシーとの兼ね合いが議論に

実際、6月15日には、維智科技が移動ビッグデータを分析して、新発地市場での濃厚接触者が、上海に91人、広州に89人など、各都市に移動していることを公表している。また、上海を例にとり、上海市のどこで濃厚接触者が活動しているかのヒートマップまで公開をしている。これらは必ずしも濃厚接触というわけではなく、「特定期間に新発地市場を訪れたことがある人」の移動データの分析で、あくまでも接触の可能性が高い人のデータにすぎないが、PCR検査はこのような「接触の疑いがある人」に対しても実施されたと見られている。

ここまでくると、当然、誰もがプライバシーとの関係を不安に感じる。しかし、北京市民の間には、このような移動履歴を取得されること自体が問題であると感じている人は少ない。匿名化されたビッグデータとして扱われて、終息に役に立つのであればかまわないと考える人が多いようだ。

健康宝など個人情報を取得する仕組みの利用は強制ではない。使わないという選択ももちろん可能だ。しかし、その場合は、必要な情報も受け取れなくなり、情報の孤島になることを覚悟しなければならない。それよりは、自分の個人情報を公共に提供することで、自分も正しい情報を入手したいと考える。新発地市場での濃厚接触者にはすぐに連絡がいき、PCR検査を受けられるので、自分の健康を守ることにもつながる。

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▲維智科技が公開したビッグデータ分析の結果。特定期間に新発地市場に立ち寄ったことがある「接触の疑いがある人」が、上海など別の都市に移動していることを明らかにしたもの。

 

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▲維智科技が公開したデータでは、上海に移動した「接触の疑いがある人」が、上海市のどこで活動しているかのヒートマップも公開されている。

 

プライバシー情報の取得ではなく、用途が問題

しかし、多くの市民が不安に感じているのは、個人情報が収集されることではなく、収集した個人情報が目的外に使用されることだ。実際、感染拡大期には各地で、収集した個人情報の流出事件が起きている。多くの場合は、その個人情報を利用して何らかの商売に結びつけたいというものだが、それ以外のことにも利用されないかを心配している。

科技日報は、ビッグデータクラスター対策に役立てること自体は肯定するものの、個人情報保護の立法が不十分であると指摘をしている。国家レベルでの公共データ管理に関する法律がなく、各地方政府が独自の条例で規制をしている状態になっている。個人情報を取得する時には、市民にどのような情報が収集されるのか、どのようなことに使われるのか、誰が責任を持って管理をするのかが曖昧になっているケースも多いという。

宋懐明博士は言う。「ビッグデータの所有権、使用権、使用規範などを厳密に定めることが重要です。それで、市民のプライバシーを守りながら、公共安全にビッグデータを役立てることができるようになるのです」。

科技日報によると、すでに中央政府でもビッグデータ保護による立法の議論が始まっているという。今後、防疫対策には、当たり前のようにビッグデータが活用されるようになるかもしれない。

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