Tik Tokの米国での使用禁止問題あるいは売却問題は、中国人の目にはどう移っているのだろうか。Q&Aサイト「知乎」から主な意見を拾った。
中国メディアは冷静な反応
バイトダンスのTik Tokが米国での使用禁止、または米国企業への売却の問題が起きている。当の中国のネット民たちはどのように反応しているのだろうか。
中国メディアの反応は冷静だ。この件について、報道される記事の数は多いものの、米国やトランプ大統領を批判する内容はほとんどない。ただ起きている事実だけを淡々と報道している。
そこで、Q&Aサイト「知乎」で検索をして、ネット民の本音を探った。知乎は本来、ネット民が質問をし、誰かがそれに対する回答をコメントするというQ&Aサイトだったが、時事ニュースに対する意見表明をして、それにコメントで議論をするということにも使われている。日本のYahoo!ニュースのコメントの雰囲気によく似ている。
しかし、こちらも過熱している様子はほとんどない。ざっと検索をして、コメント数が多いものを見つけると、「品玩」というウェブメディア公式が投稿した「バイトダンスから米国業務を剥離する事件。これは何を意味するのか?」という記事が見つかったが、これでも閲覧数は152万程度で、「いいね」の評価をした人が1.8万人程度。中国での人気記事からすると、桁がひとつ少ない。しかも、記事の内容は米国を批判するのではなく、事実経過を解説し、今後中国企業にどのような影響が出るかを論じたものだ。
「米国業務剥離事件」と呼ばれるようになっている
ただし、全体から中国ネット民が、この件について否定的な印象を持っていることは窺われる。この事件のことは「米国業務剥離事件」や「トランプ過干渉事件」と呼ばれるのが一般的になり、米国政府ではなく「トランプ政府」という用語も使われるようになっている。一部には「Tik Tok強奪事件」と呼んでいる人もいるが、あまり一般には広がらないようだ。
米国政府ではなく、トランプ政府ゆえの干渉
知乎に投稿をしているネット民、コメントをつけているネット民の意見の多くに共通しているのが「トランプ政府」のダブルスタンダードに対する困惑だ。米国は自由の国であり、市場経済を尊重する国なのに、政府がビジネスに対して過度の干渉をすることに驚いている。だから、米国政府と呼ばずに、トランプ政府と呼ぶ傾向が強くなっている。このような過度の干渉は、米国本来の姿ではなく、トランプ政府特有のものだと考えているようだ。
Tik Tokが米国市民の個人情報を盗み出しており、安全保障上問題があるという指摘についても否定的だ。なぜなら、Tik Tokが米国に上陸して2年間、トランプ政府はこの問題について何も指摘してこなかった。それが唐突に問題だと言い出した。ではなぜ、2年もの間、そのような重要な問題を放置してきたのかという指摘だ。
一連の中国排除が、ネット民のプライドをくすぐっている
多くのネット民が、この問題を、中国テック企業の存在感が大きくなってきたことが原因だと考えているようだ。ファーウェイ問題でもそうであるように、米国は中国テック企業を無視できなくなり、米国の地位を脅かすものとして脅威に感じている。だからこのような問題が起きていると考えている。
これは、中国ネット民にとって、プライドをくすぐることにもなっている。だから、露骨な怒りを示すのではなく、冷静にことの成り行きを見ているように感じられる。
あるいは10月の米大統領選で、トランプは勝つことができず、バイデン候補の民主党政権に変わり、そうなれば、このような問題は起こらなくなると指摘する人もいる。
中国ネット民が指摘する「タルサの報復」
また、多くのネット民が指摘しているのが「タルサの報復」だ。トランプ大統領は、6月20日にオクラホマ州タルサで百万人集会を計画していた。ところが、Tik Tokユーザーたちの手によって、赤恥をかかされてしまった。この報復でTik Tok使用禁止に踏み切ったのではないかというのだ。
「100万人申し込み」も空席だらけ……3カ月ぶりのトランプ氏選挙集会
▲BBCが報じたタルサ集会の映像。トランプの背景にあたる場所に人が集められている。多くの人がマスクをしていないことに注意していただきたい。
米国市民から批判を受ける百万人集会
このタルサ集会は、そもそもが問題が多すぎた。当初は6月19日に予定されていた。この日は奴隷解放記念日にあたる。しかも、タルサという場所は、1921年に、黒人の大量虐殺事件が起きたという場所だ。当然、タルサでも当日は、Black Lives Matterのデモが行われることことが予想される。そこに、トランプ支持者が集まれば、不測の事態が起こりかねない。そのような批判を受け、6月20日に日程をずらすことになった。
さらには、この時期だ。新型コロナの感染拡大が収まらない中で、トランプ支持者たちがタルサという小さな都市に集結をする。しかも、トランプ支持者たちはマスクをしないことで有名だ。マスク装着を強制されることは個人の権利を侵害していると主張する人たちだ。タルサ集会で、大規模クラスターが発生するのではないかと批判されていた。
実際、タルサ集会の2週間後に、数百人規模の新規陽性者が確認され、タルサ市の公衆衛生当局は「2週間前に複数の大規模イベントがあった」と述べ、その「イベント」との因果関係を調査すると発言している。
▲タルサ集会の実際の様子。空席が目立つ。しかし、ソーシャルディスタンスのための使用禁止シートを無視して、トランプ大統領の背景にあたる席に、観客が密に集められている。
100万人のマスクなしの人たちがタルサにやってくる!
このタルサ集会の無料チケットのオンライン申し込みが始まると、応募が殺到し、参加者は100万人に迫る勢いになった。用意されている会場「オクラホマ銀行センターアリーナ」は収容人数が2万人足らずで、急遽、屋外に4万人が収容できる会場を設定することになった。
タルサ市民はパニックに近い状態になったという。100万人ものマスクをつけない人たちが、全米から集まってくるのだ。中には郊外に疎開をする人もいた。
メディアは取材をどうするか頭を悩ませた。なぜなら、記者やカメラマンが取材業務を拒否するからだ。このタルサ集会の取材をすれば、個人で感染防止対策をいくら取ろうとも、かなりの高確率で新型コロナに感染することになる。
▲ドナルド・トランプ大統領は、タルサ集会の5日前に、ツイッターで「オクラホマ州タルサの土曜日の支持者集会に、100万人の人がチケットの申し込みをした!」とツイートした。しかし、当日、トランプ大統領は赤恥をかかされることになる。
https://twitter.com/realDonaldTrump/status/1272521253136498690
集まったのはたった6200人
ところが、6月20日、蓋を開けてみると、100万人どころか、集まったのはわずか6200人だった。会場側では、椅子に禁止サインを貼り、ソーシャルディスタンスを取るように促していたが、そんな必要もなかった。2万人収容の会場に6200人なので、放っておいても、ソーシャルディスタンスになる。
このような事態になったのは、あるTik Tokユーザーのショートムービーがきっかけになっている。タルサ集会に反対をするメアリー・ジョー・ラウップという女性が「集会の無料入場券をみんなで取得して、欠席することで、彼を無人の会場のステージに立たせよう」という投稿をしたのだ。
▲メアリー・ジョー・ラウップさんが投稿したTik Tokムービー。タルサ集会のチケットを取って、欠席することで、トランプ大統領を無観客のステージに立たせようと呼びかけた。これにK-POPスタンたちが反応したと言われている。
https://www.tiktok.com/@maryjolaupp/video/6837311838640803078
ラウップさんの呼びかけに反応した「K-POPスタン」
面白いのは、これに「K-POPスタン」と呼ばれるK-POPの熱狂的ファンが反応をした。スタンというのは、エミネムの「Stan」という曲のPVに登場するストーカーの名前がスタンリーであることに由来するとも、Stalker+Fanの造語であるとも言われている。
このようなK-POPスタンたちは、オンラインチケットを多重取得するスキルに長けている。お気に入りのK-POPアーティストを宣伝するために、あたかも大量の人が再生したり、いいねを押しているかのように偽装することはお手のものだ。このようなK-POPスタンたちが、ラウップさんのショートムービーに反応をして、大量の集会チケットを取得することにより、100万人の参加申し込みになったのではないかと言われている。
K-POPファン、Tik Tokユーザーは若者が中心で、若者はリベラルな民主党を支持している人が多い。つまり、トランプの百万人集会は、若者、Tik Tokユーザー、K-POPファン、民主党支持者によって赤恥をかかされたことになる。
Eminem - Stan (Short Version) ft. Dido
▲エミネムのStanのPV。このPVに登場するストーカー「スタンリー」の名前から、熱狂的なK-POPファンのことを「K-POPスタン」と呼ぶようになったとも言われている。
中国ネット民が信じる「タルサの報復」説
このような見方に対し、トランプ陣営は否定をしている。参加登録は携帯電話の番号が本物であるかどうかを確認するので、架空の番号からの申し込みは除外される。最初から参加者数に含まれていないと反論する。参加者が6200人しかいなかったことについては、米メディアが、タルサ集会ではBlack Lives Matter運動の参加者たちとの衝突が起きるかのような不安を煽ったために、不安に感じた支持者が参加を取りやめたせいだと説明している。
しかし、トランプ大統領がTik Tokユーザーたちから反発を受けていることは間違いない。それにより、トランプ大統領がTik Tokの使用禁止を決断したというのはやや短絡すぎる話にも思えるが、中国のネット民の中には、このストーリーを信じている人が多いようだ。