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再始動を始めた滴滴出行。滴滴の8年間の戦い(下)

中国のタクシー配車、ライドシェア大手の滴滴出行。中国最大のユニコーン企業と呼ばれ、わずか4年で大きく成長をし、ウーバー中国をも買収したが、2018年に運転手が乗客の女性を殺害するという問題を起こし、滴滴の成長は完全停止をしていた。今年2020年になって、程維CEOは新たな中期計画を発表し、滴滴出行が再始動をしようとしていると捜狐汽車E電園が報じた。

 

ウーバー上陸に備え、ライドシェアサービスを始める

2013年、嘀嘀打車と快的打車は、上海の市場をどちらが取るかで凌ぎを削っていた。両社は大量のクーポンをばらまき、赤字覚悟の消耗戦を展開していた。

この消耗戦が、一瞬で止まった。米国のウーバーが上海でサービスを提供すると発表をしたからだ。ウーバーはライドシェアという新しいスタイルのタクシーサービスだった。自動車の所有者であれば誰でも運転手登録ができ、自分の車に客を乗せることができる。本質的には、自分が自分の車で移動をするときに、ついでに同じ方向に行きたい人を乗せるシェアリングサービスだったが、実質的には行政の管理を受けない白タクサービスであることは明らかだった。

嘀嘀打車も快的打車も、強い危機感を持った。ウーバーのサービスは、クーポンを使ったタクシーサービスよりも安く利用することができる。ウーバーが本格上陸をしたら、中国のタクシーサービスは駆逐されてしまう危機感すらあった。

嘀嘀打車も快的打車も、資金を優待クーポンに使うのではなく、ウーバーと同じライドシェアサービスを構築することに使うようになった。

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▲一人の乗客に対して、複数の空車がいる場合、乗客全員の待ち時間の合計が最小化されるように、配車される車が決まっていく。

 

嘀嘀打車だけではウーバーに対抗できない

程維は、快的打車とのシェア争いも行いながら、ウーバーとも戦わなければならなくなる。そのためには資金がさらに必要になる。そこで、国際的な投資会社であるテマセク、DSTグローバルなどから7億ドル(約750億円)の投資を受けた。

しかし、DSTは投資をする際、さまざまな条件をつけてきた。ウーバーは中国すべての都市でライドシェアを展開しようとしている。嘀嘀打車も快的打車も対抗することはできないだろうというのだ。嘀嘀打車が生き残る唯一の道は、快的打車と合併をしてライドシェアサービスを立ち上げることだという。もし、それを可能にしたら、DSTはさらに10億ドルを追加投資する用意があるというのだ。

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滴滴出行では都市を小さなセルに分けて、需要と供給のギャップを常に計算している。供給過多のセルにいる運転手には、隣の供給が少ないセルへ移動する指令が出される。このような仕組みで、効率よく乗客を乗せることができるようになっている。

 

合併の女神、柳青登場

程維は頭を抱えた。快的打車とは激しい競争をしてきて、仁義なき戦いの様相を呈し、互いの関係はとても良好とは言えなかった。しかも、それぞれの背後にいるのはテンセントとアリババというライバル関係にあるテックジャイアントで、代理戦争とまで言われている。どうやって合併話をもちかければいいのだろうか。

そこに登場したのが、2014年7月に入社したばかりの女性社員、柳青(リウ・チン)だった。柳青は北京大学を卒業後、ハーバード大学の大学院に進み、卒業後は香港のゴールドマンサックスでアナリストをしていたという才媛だった。それ以上に、レノボの創業者、柳伝志(リウ・チュアンジー)の長女だったのだ。誰もが一目置く存在だった。快的打車側も柳青の面会をむげに断ることはできない。

柳青は何度も快的打車側に面会を求め、ウーバーに対抗するためには合併が必要だということを説いた。

この柳青の努力により、2015年2月14日、小桔科技と快的の合併が成立をした。新会社は共同CEOの形を取ることになった。程維と快的の呂伝偉が共同CEOとなり、柳青が総裁に就任をした。新しい会社は、社名を変更して、現在の「滴滴出行」となった。ひとつの企業に、テンセントとアリババの両方が出資をしているという珍しい企業が誕生した。

これにより、ライドシェアの分野でもウーバーと対抗できる力を持つようになった。

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▲合併の女神となった柳青(左)と程維CEO。柳青はレノボ創業者の柳伝志の長女。彼女の働きで、快的との合併が成立し、ウーバーに対抗することができるようになった。

 

資金消耗戦からウーバーは脱落

ウーバーは予告通り、中国に進出をしてきた。そこに新生滴滴は、例によって大量のクーポン戦略で対抗した。

中国政府も当初はライドシェアに対して厳しい規制を設けていた。ライドシェアはビジネスではなく、あくまでも善意に基づくシェアリング活動なので、料金の上限枠を定め、運転手に利益が出ないようにした。つまり、商売として行うのではなく、善意のボランティア活動として行うべきだという考え方だ。こうすることで、既存のタクシー業界を圧迫しないようにした。

しかし、それでは誰もライドシェアの運転手をしようとは思わない。そこで、滴滴もウーバーも、価格設定は政府の規制に従いながらも、大量の奨励金を出すことで、運転手に利益が出る構造にした。

滴滴にしてみれば、これは先行投資であり、いつものことだった。しかし、ウーバー本社では大きな問題になっていた。先行投資であればまだしも、中国政府の価格規制がいつ緩和されるのか予測が立たない。永遠に価格規制が行われるのだとしたら、ウーバーチャイナは永遠に利益を出すことができない。

であるなら、株式交換によって、ウーバーチャイナを滴滴に売却し、滴滴の株式を保有する方がウーバーとしては得なのではないか。そういう議論が生まれ、結局、2016年8月に、ウーバーチャイナは滴滴に売却をされ、ウーバーは中国から撤退をすることになる。

こうして、滴滴は中国市場をほぼ掌中に収めることに成功をした。主要都市でのシェアは90%を超えた。さらに、海外のLyft、Grabなどには投資をし、提携関係を結ぶ。わずか6年で、ここまできたというのはできすぎと言ってもいいほどだ。

2017年末、滴滴出行は創業以来の累積乗車数が74.3億件となり、地球の人口を超えた。

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▲滴滴では、ショッピングモールや空港などの施設で、ARを使ったピックアップ地点までの誘導も行っている。スマホをかざすとどちらに歩いていけばいいかを教えてくれる。ビーコンではなく、施設内部の画像解析で位置を判断している。

 

程維の心の隙に起きた大事件

これは企業としては成功だが、程維にとっては失敗の始まりだったかもしれない。程維は基本的に愛嬌があり、抜けたところも多い典型的な「80后」青年だ。それなのに、目覚ましい成果を挙げられたのは、わかりやすい目標があり、立ち塞がるライバルがいたためだ。このような時、程維は自分でも驚くほどの能力を発揮する。

しかし、中国市場を確保したことで、次の目標が見えなくなってしまった。ライバルもいなくなってしまった。日本とメキシコに進出をしたが、それは滴滴の大目標とは言えない。

その心の隙をつくように、2018年5月5日、滴滴を揺るがす大事件が起きる。明け方、鄭州空港から鄭州駅まで乗車した祥鵬航空の客室乗務員が、滴滴のライドシェアを利用したところ、運転手にレイプをされ、殺害されるという事件が起きた。

被害女性が誰もが認める美人であったこと、車内からSNSを使って友人に助けを求めるメッセージを発信していたこと、犯人が自殺をし、しかも身分を偽って滴滴の運転手をしていたことなどが明らかになって、滴滴は社会から大きな批判を浴びることになった。

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▲客室乗務員はSNSで車内から友人に助けを求めていた。運転手からキスをしたいと言われ怖いと訴え、友人は、夫が空港に迎えにきているフリをしろとアドバイスをしている。そして、夫のフリをして電話までしたが、本人がだいじょうぶだと言うので安心してしまった。痛ましい事件はその直後に起きた。

 

安全対策直後に再び悲惨な事件が起こる

多くの利用者、特に女性は、不安になって滴滴のライドシェアの利用をしなくなった。滴滴側でもしばらく順風車(ライドシェア)のサービスを停止して、安全対策を行うことにした。

しかし、順風車のサービスを再開した途端、再び痛ましい事件が起きてしまった。温州楽清市で保育士の女性が運転手にレイプされ殺されるという事件が発生した。しかも、滴滴が対策したという安全対策がまるで意味がないということが明らかになった事件でもあった。

被害女性が乗車をしていると、車はいく必要のない山道に入り、周りには人影もないことから、被害女性はSNSを使って友人に「怖い」とメッセージを送っていた。そして、5分後「助けて、救助」という途中で途切れたメッセージがきて、連絡が取れなくなった。その友人はすぐに滴滴のカスタマーセンターに連絡をし、その車のナンバーや位置情報を開示して、警察に通報したいと訴えたが、滴滴のカスタマー担当は「運転手の個人情報」という理由で、車両情報を開示しなかった。

友人はすぐに警察に通報し、警察から滴滴に運転手情報の開示を求めたが、やはり滴滴は個人情報を理由に拒否をした。しかも、該当の利用者は乗車前に予約をキャンセルしているため、利用をしていないという回答だった。

事件が起きたのは午後2時15分頃だったが、当日の午後6時すぎに、滴滴はようやく警察に対して該当車両のナンバーを開示した。これにより、警察の捜索が開始され、翌日、犯人が逮捕され、該当車両が発見され、その中から被害女性の遺体も発見された。

 

ライドシェアに起きていた数々の問題

この事件から数々の問題が明らかになった。ひとつは「私人訂単」の問題だ。乗客がライドシェアを予約した時、運転手と乗客は交渉をして、滴滴を通さずに乗せる約束をしてしまうことがある。滴滴に手数料を支払わない分、運転手の取り分は多くなり、乗客は支払額が少なくなる。運転手と乗客の交渉が成立をすれば、滴滴の予約を取り消して、そのまま運転手と直接交渉で価格を決め、乗せてもらう。このようなことが横行をしていたため、滴滴のシステム上把握ができない乗車があった。滴滴側も把握していない乗車なので、緊急対応が取れないのだ。

もうひとつの問題が、カスタマーセンターを外注していたことだった。外注運営であるために与えられている権限に限界があり、カスタマーセンター独自の判断で運転手の個人情報を開示することができなかった。

 

新たな中期計画で再始動を始めた滴滴出行

いずれにしろ、滴滴の信用度は地に落ちた。痛ましい事件を起こし、安全対策をして万全ですと言った瞬間にまた痛ましい事件が起きた。滴滴の言う安全対策が抜け穴だらけのものでもあることも報道された。

それ以来、滴滴出行は低迷を続けている。と言っても、滴滴の需要が減ったわけではない。ライドシェアである順風車(自動車が向かう方向に利用する人をマッチングするライドシェア。価格は安くなる)はサービスを停止しているが、タクシー配車と専用車(滴滴が専属の運転手で提供するサービス)の需要は相変わらず高い。

2020年になって、程維は「0118」というスローガンを社内に伝えた。今後3年間の滴滴の計画を象徴したもので、「安全を怠るとすべては0に帰する」「3年以内に1日1億乗車を達成する」「3年以内に月間利用者数8億人を達成する」というものだ。これを達成すると、国内の移動の8%を滴滴が担うことになる。

この2年、滴滴は苦しみ、ようやく次へのステップを踏み出そうとしている。程維は何を目標に設定しただろうか。誰をライバルと見ているだろうか。いずれ明らかになる時がくるかもしれない。