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サブカルから教育へ。若い世代のプラットフォームとなる「ビリビリ」

ACG(アニメ、コミック、ゲーム)関連の動画を共有するサブカルサイト「ビリビリ」は、日本のニコニコ動画に刺激されて生まれた。若者の間では誰もが使うプラットフォームとなり、現在では学習系の動画が多く共有され、オンライン教育ツールとしても活用されている。ビリビリは若者文化とともに成長をしていると新京報が報じた。

 

オンライン教育に使われ始めた「ビリビリ」

日本のニコニコ動画とよく似た動画共有サイト「ビリビリ」の利用者数が急増し、1.2億人を突破した。

新型コロナウイルスの感染拡大により、多くの学校が休校となる中、各都市の教育委員会では、オンライン教育を進めた。ビリビリはオンライン教育アプリのひとつとして推奨されることが多かった。

2月27日、上海市教育委員会は、3月2日からすべての小中学校で「空中教室」と名付けたオンライン教育を進めることを通知した。上海市が指定したオンライン教育アプリのひとつがビリビリだった。

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▲2018年にナスダックに上場したビリビリ。若者サブカル企業がナスダック市場に上場するということが快挙だった。

 

若者世代に支持される「ビリビリ」

ビリビリは、本来はアニメ、コミック、ゲーム関係の動画、ライブなどのサイトだったが、現在は教育系の動画も数多く配信されるようになっている。社会人の資格試験講座、大学の公開授業、小中高の補習、プログラミング教育などの動画が急増している。

ビリビリによると、利用者の82%は90年代生まれと00年代生まれで、若者が多く使っている。このため、授業や講座の動画を配信するときに、学生世代が多く使っているビリビリを外すわけにはいかなくなっていた。

ビリビリは、略して「Bサイト」と呼ばれることが多く、視聴者は動画に対して弾幕の書き込みをすることができる。オンライン授業では、これが教室の授業の感覚と似ているため好まれている。もともとは趣味的なサブカル的なサービスだが、2018年3月にはナスダックに上場をしている。

このビリビリを発見したのは、陳叡(チェン・ルイ)CEOだ。

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▲ビリビリを「発見」した陳叡CEO。最初はビリビリのファンだったが、ビリビリを会社組織にし、ナスダック上場まで成長させた経営者。

 

第1世代のアニメオタクだった陳叡

陳叡は、1978年四川省成都の公務員の家に生まれた。経済状況はよく、教育にも熱心な家庭だった。陳叡が4歳の時、親がテレビを購入した。それからすぐに、陳叡の家は、近所の子どもたちが集まるミニ映画館となった。80年代に日本のアニメがわずかながら放映され始めていた。陳叡は日本のアニメに夢中になった。「聖闘士星矢」「ドラゴンボール」「らんま1/2」「スラムダンク」などに夢中になったという。

1994年、陳叡が高校に入学するときに、親が1台のPCを購入した。陳叡はPCにも夢中になった。特に自作PCに夢中になり、陳叡は自分専用のPCが欲しくて、自分でもう1台のPCを組み立ててしまった。

陳叡は、中国で最も早く日本のアニメとPCに触れた世代だ。陳叡は成都から離れたくなかったので、地元の成都情報エンジニアリング大学に進学をした。2001年に卒業をしたが、やはり成都で就職先を探した。この頃には、中国もインターネットが広く普及し始め、ITエンジニアの数が不足していた。そのため、就職先には困らなかった。陳叡はその中から金山ソフトウェア(キングソフト)を選んだ。

 

キングソフトでエンジニアとしての経験を積む

キングソフトは、中国IT業界の伝説的なエンジニア、求伯君(チウ・ボージュン)が深圳のホテルに1年半こもって、1人で書き上げたワープロソフト「WPS」を主要プロダクトとするIT企業だ。

一時、マイクロソフトのOfficeなどに押されて業績が悪化していたが、1997年に発売したWPS97がヒットをし、レノボからの大型投資も獲得し、陳叡が入社した時は上場を目指して事業を拡大していた時期だ。この上場準備のリーダーが雷軍(レイ・ジュン)で、雷軍は上場後にキングソフトを退社して、小米(シャオミ)を創業する人物だ。

陳叡は入社後エンジニアとしての経験を積み、入社5年でセキュリティソフト「キングソフトインターネットセキュリティ」の責任者となっていた。2007年にキングソフトが上場をすると、自分も創業の道を考えるようになる。

 

キングソフトからスピンアウト起業

2008年、陳叡は5人のエンジニアとキングソフトを出て、クラウドセキュリティサービスの「貝殻安全」を創業した。この創業はうまくいき、最終的にキングソフトに買収され、「キングインターネット」となり、現在は「猟豹移動」という社名になっている。そのため、猟豹移動の創業者は、陳叡と雷軍の2人ということになっている。

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▲ナスダック上場にネットに拡散した画像。アニメ、コミック、ゲームの動画共有サイトだが、現在では学習系の動画が多く共有され、学習系サイトとしての一面も持つようになり、正式なオンラン教育ツールとしても指定されている。

 

落ちるAcFun。そこから生まれたビリビリ

この頃、陳叡がプライベートで夢中になっていたのが「ビリビリ」だった。ビリビリは、浙江省衢州市出身の徐逸(シュ・イ)が開発したACG(アニメ、コミック、ゲーム)に特化した動画共有サイトだ。この頃は、著作権を無視したコピー動画が大量に共有されていた。この当時、中国の著作権法は整備されておらず、この行為は合法とも違法とも言えないグレーな行為だった。

徐逸が北京郵電大学に入学した頃、日本のアニメ動画を共有するAcFunというサイトが登場した。ニコニコ動画と同じように、視聴者が弾幕を表示することができる。徐逸はAcFunに夢中になり、「⑨Bishi」というハンドル名で有名な存在になっていた。

ところが2009年6月にAcFunにアクセスができないという事態が起きる。それも頻繁に起こるようになった。口コミでAcFunが広がるにつれ、サーバーのキャパシティを超えてしまったことが原因だ。しかし、趣味でやっている運営者たちは改善する様子がない。

そこで、徐逸は自分でAcFunのような場所を作るべきだと考えて、3人の仲間とMikuFansというサイトを立ち上げた。AcFunと被らないように、あくまでも初音ミク専用の動画共有サイトという触れ込みだった。この頃、徐逸は金融会社のエンジニアとして勤務していて、アパートを一室借りて、そこでサーバーを運営していた。

当初は初音ミクの動画専用という建前だったが、すぐにさまざまなアニメやゲームの動画が投稿されるようになり、AcFunから多くの利用者が移ってきた。そこで、2010年に、徐逸は「とある科学の超電磁砲」に登場する御坂美琴の愛称「ビリビリ」からサイト名を「ビリビリ」に変更した。これにより、AcFunは「Aサイト」、「ビリビリ」は「Bサイト」と呼ばれるようになる。

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▲ビリビリを開発した徐逸。AcFunのファンだったが、あまりにもサーバーが落ち、アクセスできなくなるため、自分でビリビリを開発した。

 

ビリビリを「発見」した陳叡

次の創業のアイディアを探していた陳叡は、ビリビリの創業者、徐逸に連絡を取り合いに行った。ビリビリはすでに中国サブカル界では有名な存在となっていたため、陳叡はビリビリに加入できるとは思っていなかった。ところが、杭州市のビリビリが運営されている拠点を訪れてみると、アパートの小さな一室で、徐逸を始めとした4人の仲間が、昼間の仕事持ちながらボランティアで運営したのだ。会社組織にもなっていなかった。

陳叡は、こんなにも影響力のあるサイトが、こんなにも小さな規模で運営されていることに驚いた。そこで陳叡は、資金を出して、ビリビリを会社として創業させることにした。

 

中国若者文化とシンクロしながら成長するビリビリ

ビリビリの正式な創業は2012年ということになる。陳叡はCEOとしてビリビリに加わり、4人は昼間の仕事をやめ、ビリビリに専念をした。それからの成長は順調すぎるほど順調だった。アニメなどのサブカルが、ごく一部のマニアのものではなく、若者の教養のひとつになるほど広がっていったからだ。

そして、2018年にナスダックに上場をする。現在のビリビリは、ACGの動画だけではなく、若い世代が学ぶための動画も多くなっている。そして、新型コロナウイルスの感染拡大により、オンライン授業用のプラットフォームのひとつとして指定された。これにより利用者数がさらに増加することになった。

ビリビリは、その仕組みはニコニコ動画の露骨なパクリであるとはいうものの、中国の時代の流れにみごとなまでにシンクロし、成長を続けている。