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ダメダメ学生が作った企業価値5兆円のユニコーン企業「滴滴出行」

日本でもタクシー配車サービスを提供する滴滴出行は、中国最大級のユニコーン企業だ。しかし、その創業者の程維はダメダメ学生だった。大学入試では、試験問題がもう1ページあることを見逃して失敗する。就職もうまくいかず、足裏マッサージ店のスタッフとして働いていたこともある。それが変わったのは、アリババに入社してからだと論世界説が報じた。

 

日本でもタクシー配車を提供する滴滴出行

日本でもタクシー配車サービスを提供しているDiDi(ディディ)。専用アプリも用意されているが、スマホ決済「Pay Pay」の中から利用する人が増えている。ユーザー登録などは不要(Pay Payのアカウントが流用される)、決済方法の設定も不要(自動的にPay Payで決済される)とユーザー体験が優れているからだ。使ったことがない人が、今すぐ使いたいという場合でも、すぐに使ってみることができる。

このDiDiの親会社は、北京を拠点とする滴滴出行(ディディチューシン)で、未上場だが、企業価値は3300億元(約5兆円)と見積もられ、タクシー配車だけでなく、ライドシェアサービスも提供している。

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▲日本のPayPayから利用できるタクシー配車「DiDi」。PayPayユーザーであれば、アカウント登録は不要で、決済もPayPayから自動的に行われる。

 

典型的な「新人類」若者だった程維

創業者の程維(チャン・ウェイ)は、1983年の江西省上饒市生まれ。典型的な「80后」だと言われる。80年代生まれの世代という意味で、中国が豊かになってから育った世代で、それまでの中国人の伝統とは異なる価値観を持っている「新人類」だと言われる。ひとりっ子政策の影響で、大事に育てられ、わがまま放題の「小皇帝」という言葉も、80后の子ども時代を指す言葉だ。

程維は滴滴の成功により、35歳の時に資産165億元となり、中国国内の富豪ランキング「胡潤百富」にもランクインしている。

中国のテック企業の創業者の多くが、アリババのジャック・マーやファーウェイの任正非のように貧しい環境の中から情熱で道を切り開いてきた苦労人か、百度のロビン・リーや拼多多の黄のように、一流大学を出て海外留学を経験しているエリートのいずれかだ。

しかし、程維はどちらかという劣等生に近く、失敗を繰り返しながら、成功をつかんできた。この点が「80后」らしいと言われる所以になっている。

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滴滴出行を創業した程維。典型的な80后で、若い頃はダメダメ学生だった。

 

大学入試でポカをやって、無名校へ進学

程維も学校の成績はよく、大学は北京の北京大学清華大学に進むことを考えていた。しかし、入学試験である高考で、数学の試験で失敗をしてしまう。数学の試験で、綴じられた試験問題にもう1ページあることに気がつかず、最後の3問を未解答のまま終えてしまったのだ。

そのため、決して一流校とはいえない北京化工大学に進学するしかなかった。日本で俗に言われるFランク校だ。程維にしてみれば、北京に出ることが目的で、北京の大学であればどこでもよかったようだ。

同級生に陳偉星がいた。陳偉星は、後に「快的打車」を起業し、滴滴出行と合併をする企業となる。陳偉星も受験に失敗したクチだった。試験前に重度の不眠症に悩まされ、睡眠不足で試験に臨んだ結果、試験中に50分も眠ってしまうという失敗をして、北京化工大学に入学することになった。しかし、陳偉星は北京化工大学に満足することができず、入学3ヶ月後に退学をし、翌年受験し直して、有名大学である浙江大学に進学をした。

一方で、程維はそのまま情報技術を専攻したが、馴染めず、行政管理に専攻を変えて卒業をした。程維にしてみれば、北京が世界の中心であり、北京にいることが重要だった。悩みながらも、自分の道を模索していたようだ。

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▲北京化工大学で、短い期間、程維の同級生だった陳偉星。後に快的打車を創業し、程維の滴滴出行と合併をすることになる。

 

保険の営業、足裏マッサージ。なんでもやった

このような調子なので、無名校を卒業してもまともな職業に就くことは難しい。中国でFラン大学出身者の就く職業の定番は、保険の営業だった。固定給というのはほぼゼロで、保険の契約を取るとコミッションがもらえる。しかし、どのように営業したらいいかなどの研修もないし、先輩も教えてくれない。多くの学生が、数ヶ月間やってみて、契約をとることができずやめてしまう。ごく一部の学生が、自分の才覚で保険の契約を取り、優秀なセールスマンとして生き残っていく。そんな世界だ。

2004年に北京化工大学を卒業した程維も、保険の営業しか仕事がなかった。それも最初に800元のデポジットを支払わなければならないという怪しげな保険会社だった。

程維は考えた末、大学時代の指導教官を訪れ、保険を契約してほしいと頼み込んだ。しかし、教官は「君を助けてあげたいけど、もううちの家族はみな保険に入っている」と言う。それで、程維は1件の契約も取れないままに、保険会社を辞めた。

しかし、仕事がない。仕方なく、北京市内の足裏マッサージの店で働いた。この時期に、他にもさまざまな職業に6回か7回は転職をしているという。

 

アリババの営業として頭角を現す

程維の転機となったのは、アリババの営業職の募集に応募をし、採用されたことだ。2005年にアリババに入社し、法人営業の仕事に就いた程維は、水を得た魚のように活躍をする。程維はとにかく大量の顧客を訪問し、数を打てばあたる作戦で道を切り開いていった。

2011年には、最年少の法人営業エリア責任者となった。同じ年にアリペイB2C事業部の副責任者となり、アリババグループの出世コースに乗った。誰もが、程維はそのままアリババで働き、将来は経営陣に入れるかもしれないと期待をしていた。Fランク大学出身者の劣等生が、テックジャイアント企業の幹部にまで出世をしたのだ。

 

アリババを退社して創業

ところが、2012年6月に、程維はアリババを辞職して2人の仲間と小桔科技を創業する。タクシーをスマートフォンから呼べる配車システムを開発して、これをタクシー会社に販売をするビジネスを考えた。法人営業をしているときに、急いでいるのにタクシーがつかまらない。当時、普及が始まったスマホからタクシーを呼べればいいのにと思ったことがきっかけだ。

そのシステムを持って、100社以上のタクシー会社を回ったが、購入してくれる会社は一社もなかった。大都市ではどこもタクシーが不足をしていて、特に夜の遅い時間はタクシーがなかなかつかまらない。タクシー会社から見れば、お客はたくさんいるので、スマホで配車をする必要性を感じていなかったのだ。

 

詐欺ではないかと怪しまれたタクシー配車システム

8月になって、ようやく銀山タクシーが配車システムを採用してくれた。しかし、わずか200台の車両しかもたない小さなタクシー会社だった。しかも、2012年当時であるので、500人のドライバーのうち、100人ほどしかスマホを持っていなかった。400人はフィーチャーフォンを使っていたのだ。

そこで、程維はドライバーの例会に参加をして、スマホの使い方から教えていくしかなかった。それからようやく配車システムの使い方の説明に入れるのだ。

9月9日、銀山タクシー500人のドライバーに配車システム「嘀嘀打車」がインストールされ、サービスが始まった。しかし、その日に「嘀嘀打車」をオンにしてくれたドライバーは16人しかいなかった。翌日になると8人に減ってしまった。

それも当然だった。嘀嘀打車から配車を受けた場合は、乗車料金の一定割合が、程維の小桔科技に送客手数料として入る仕組みだった。その分、ドライバーの取り分は少なくなる。ドライバーの間では、体のいい詐欺ではないかと思われていたのだ。

仕方なく、程維は、オンにしてくれたドライバーに1週間に5元の補助金を支払うことにした。この補助金目当てに、嘀嘀打車をオンにしてくれるドライバーが増え始めたが、100人のドライバーがオンにしてくれたのは11月に入ってからだ。

投資資金を得て、滴滴出向の成長が始まる

しかし、嘀嘀打車をオンにしてくれれば、すぐに客が見つかる。ドライバーの間で、嘀嘀打車を使った方が稼げるという評判になり、他のドライバーも使うようになり、他のタクシー会社からも引き合いがくるようになった。さらに、この頃、金沙江創投資から300万ドルのAラウンド投資も決まった。

程維は、この投資資金をもとに、ドライバーには大量の補助金、利用者には大量の優待クーポンを配布し、嘀嘀打車を一気に拡大をしていった。

2015年にはハイヤー、ライドシェア、運転代行のサービスも始め、配車も専用アプリだけでなく、SNS「WeChat」からも可能にし、利用者数は3億人を突破した。さらに、大学時代の同級生である陳偉星が創業していたタクシー配車サービス「快的打車」を合併し、社名を「滴滴打車」に変更した。小桔科技はテンセントの投資を受けていた。快的打車はアリババの投資を受けていた。その結果、合併後の滴滴打車は、アリババとテンセントの両方の投資を受けているというきわめて珍しい企業となった。

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滴滴出行は、タクシー配車、ライドシェアだけでなく、そこから得られるデータを可視化して提供するサービスも行っている。図は、北京市の移動状況を可視化した動画。公共交通の路線契約や民間企業の出店計画などに利用される。

 

ダメダメ学生が作った中国最大級のユニコーン企業

その後、すぐに「滴滴出行」に社名変更。タクシーだけでなく、交通全体を事業ドメインとすることを明確にし、ライバルであったウーバーチャイナを買収。中国市場を制した滴滴出行は、海外市場への進出を進めている。日本には2018年6月に、ソフトバンクと共同でDiDiモビリティジャパンを設立して、全国でタクシー配車サービスを提供している。

ダメダメの学生だった程維が創業した滴滴出行は、現在では中国トップクラスのユニコーン企業となっている。