中華IT最新事情

中国を中心にしたアジアのテック最新事情

アリババとテンセント。2強の狭間で独自のポジションを確保する「美団」

中国のテック企業の多くは、アリババとテンセントのいずれかの投資を受け、いずれかの陣営に属している。その中で、「美団」(メイトワン)は、テンセント系とはいうものの、距離を保っている。以前は、アリババの資本を受け入れていたものの、生き延びるために独自のポジションを確保していると易馳科技網が報じた。

 

アリペイにだけ対応していない「美団」の不思議

中国の中堅テック企業の多くは、アリババかテンセントの資本を受け入れている。規模の小さなサービスは、いずれかの陣営に属さないと生き残っていくことが難しいからだ。それは、三国志演義の後半部分、魏と蜀、司馬懿諸葛亮の対決によく例えられる。

その中で、テンセント陣営に属しながらも、独特のポジションを保っているのが美団(メイトワン)だ。主なサービスはまとめ買いECサイト「美団網」、フードデリバリーサービス「美団外売」の2つ。最近では、Mobikeを買収し、シェアリング自転車サービスも始めた。また、映画、ホテル、娯楽などの検索、予約、購入などもあり、「お出かけ関係の生活サービス」全般のプラットフォームになってきている。

美団サービスの決済方法は、WeChatペイ、銀聯ユニオンペイ)、ApplePayなどに対応しているが、なぜかアリババのアリペイには対応していない。多くの消費者が、このことを不思議に思っている。

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▲美団アプリ。外売だけでなく、ホテル、映画、娯楽、グルメ、シェアリング自転車など、お出かけ関連のサービスのプラットフォームになっている。

 

独特の存在感を放つ経営者「王興」

美団の創業者、王興(ワン・シン)は、中国テック起業家の中で、独特の存在感を持っている人だ。この人は決してイノベーターではない。むしろ、既存のサービスを真似をするフォロワーだ。

しかし、それはただの真似ではない。パイオニアのサービスをよく観察して、その弱点を炙り出し、痛点を鋭くついてくる。そして、イノベーターを圧倒し、市場を握ってしまうのだ。

そのため、投資家たちは王興の動向に注目をしている。王興が注目をしている分野は競争が熾烈になり、パイオニアのサービスと王興のサービスを比較すると、そのサービスのどこがキーポイントになるのかが分かるからだ。

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▲美団の創業者、王興。イノベーターではないが、コピーキャットでもない。後からやってきて、先行者の弱点を鋭く突き、シェアを握ってしまう。中国起業家の中でも、独特の存在感を放っている。

 

米国のサービスを真似することから始めた王興

王興は1979年に福建省で生まれ、清華大学電子工学系を卒業後、奨学金を得て、米デラウェア大学に留学をした。この留学を中断して、帰国をし、SNS「多多友」を創業する。当時、米国では「世界中の誰でも、6人の知り合いを介することでつながることができる」という理論に基づいたSNSが登場してきていた。多多友は、その中国版SNSだった。ありていに言えば、米国で流行の兆しがあったMy Spaceの真似だった。自分を紹介するページを作成し、誰とでもオンライン上で友人となれるというものだった。

次に「游子図」を創業した。これは海外に留学、赴任をしている中国人向けのサービスだ。中国にいる親に海外で撮影した写真を送りたい。すでにPC版のSNS「QQ」があったので、QQ経由で送ればいい話なのだが、親世代の多くはまだPCの使い方がわからない。そこで、デジタル写真をアップロードすると、プリントをして、親の家に郵送してくれるという有料サービスだった。


新興サービスを真似て、シェアを奪ってしまう

王興は、2005年にそのまま大学生向けのSNS「校内網」を創業。米国で急成長していたFacebookの中国版だが、当時の中国の大学生のほとんどがPCを使える環境にあったため、サービス開始3ヶ月で、ユーザー数が3万人を突破するという成功をした。

翌2006年になると、ユーザー数はさらに増加したが、サーバーを増強する資金がなかった。そのため、校内網を千橡互動集団に売却。王興はまとまった資金を手にすることになる。校内網は、その後、人人網に改名され、2011年に上場をしている。

その後、いくつかのSNSを創業した後、2010年になって、米国のグルーポンが成功したのを見て、クーポンのまとめ買いサービス「美団網」を創業する。しかし、当時すでにまとめ買いサイトは複数存在していた。王興は、そのような先行サービスに徹底的に対抗して、シェアを握ってしまったのだ。

さらに、2013年には、フードデリバリーサービス「餓了麽」(ウーラマ)が急成長するのを見て、美団外売を始める。これも、ウーラマが需要の強い都市でしかサービスを提供していないという弱点をつき、あっという間にトップシェアを握ってしまった。簡単に言えば、購買力の強い都市なのにウーラマがサービスを提供していない都市に注力をし、シェアを握ることでブランド力をつけ、ウーラマを圧倒していったのだ。

王興は決してイノベーターではない。しかし、コピーキャットでもない。深い洞察力で、サービスの潜在的課題を掘り起こし、パイオニアよりも洗練させることで成功してきた人だ。中国テック企業経営者の中では、独特の存在感を放っている。

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▲フードデリバリーサービスで競合する美団外売(左)とウーラマ(右)。ウーラマはこの分野のイノベーターでありながら、アリババに吸収され、創業者は経営から離れてしまった。

 

恩人ともいえる存在のジャック・マー

2010年に美団が創業した頃、最大の問題は資金調達だった。「まとめ買い」(ひとつの商品を購入する人数がまとまればまとまるほど、価格が下がっていく)という仕組みが、収益にどう影響するのか、誰も正確に見積もれなかったため、投資家たちは美団に投資をすることを躊躇していた。

そこに手を差し伸べたのは、アリババの創業者ジャック・マーだった。ジャック・マーは、アリババのEC「タオバオ」の創業時と同じにおいを感じ、美団に5000万元(約7.9億円)の投資を行った。

つまり、王興にとって、ジャック・マーは恩人と言ってもいい存在だった。当然、美団でもアリペイ、WeChatペイなどで決済ができるようになっていた。

 

ジャック・マーの危険な提案

その後も、アリババは美団に対して、資金や技術を提供していく。美団はその助けもあって急成長をしていく。

すると、ジャック・マーが王興を訪ねてきて、ひとつの提案を持ちかけてきた。それは、アリババと美団の協力体制を強化するために、決済方法をアリペイひとつだけに絞らないかというものだった。

王興は危険な提案だと感じた。もし、美団がアリペイでしか決済のできないサービスとなったら、消費者の多くは「美団はアリババグループの一員」と考えるようになる。実際、資金も技術も提供してもらっているのだ。美団はこのままアリババグループに取り込まれてしまうのではないか。

さらに、決済方法をアリペイだけにするということは、お金という兵糧の入り口をアリババに握られるということだ。まさか「アリペイ決済を停止する」とまでは言わなくても、それを臭わせることで、アリババの都合のいい要求をしてくるのではないか。王興はそう感じた。

「どのような決済方式を使うかは、消費者が選ぶことで、美団が決めることではない」と言って、この提案を断った。

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▲黄色がブランドカラーの美団外売。外売サービスを新小売戦略の重要なパーツと考えたアリババは、当初、美団を取り込もうとしていた。しかし、王興の強い拒絶にあい、ウーラマの買収に傾いていった。

 

アリババと決別し、テンセントと提携

これ以降、美団は、アリババの投資や技術協力の申し出をすべて断っている。また、新しい利用者については、決済手段の選択肢からアリペイを削除した。

こうなると、美団とテンセントは自然に接近をしていくことになる。美団はテンセントの投資を受け入れ、今ではテンセントが大株主になっている。テンセントは、美団を無理にグループ企業にしようとはせず、良好な距離感を保っているようだ。

一方で、美団とアリババの関係は悪化をしていく。美団がウーラマに対抗して美団外売を始めると、アリババはウーラマを支援し、最終的には買収してしまう。ウーラマを創業した張旭豪は、CEOの座を降り、実質的にウーラマの経営から離れることになった。

王興はこの経緯を見て、もし自分がジャック・マーの提案を受け入れたとしたら、自分も美団から追い出されていたかもしれないと感じた。

王興は、「ジャック・マーは不誠実な人」と公言する唯一と言ってもいい人になっている。

 

アリババ、テンセントとの距離感の保ち方に苦労する経営者たち

記事に対する読者コメントの中には、「決済手段は消費者が選ぶもので、美団が決めるものではないと言いながら、アリペイを使わせないと決めているじゃないか」というもっともなツッコミもある。

しかし、王興はアリペイが使えない状況を変えようとはしない。中国のテック企業は、アリババとテンセントに関わらないことはほとんど不可能になっている。どのように、この2社との距離感を保っていくか、創業者にとって難しい判断になっている。