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WeChatペイの定期預金サービスが、スマホ決済と銀行の関係を変える

テンセントのスマホ決済「WeChatペイ」が、定期預金サービス「銀行儲蓄」をスタートさせた。理財商品と違って、元本が保証され、利回りが確定した金融サービスだ。アリペイは対抗できるサービスをまだ打ち出せていない。さらに、このサービスの資金は銀行に還流されることになり、敵対的だったスマホ決済と銀行の関係を変えることになるかもしれないと中国基金報が報じた。


決済に強いアリペイ、送金に強いWeChatペイ
中国の2大スマートフォン決済「アリペイ」と「WeChatペイ」は、大きく性格が違っている。アリペイは、オンライン決済サービスから出発をしているため、決済サービスに強い。WeChatペイは、SNS「WeChat」の付属機能であり、個人間送金に強い。
互いに互いを見て、優れたサービスを取り込んできたため、現在では似通ってきているが、ルーツが異なるため、使われ方も微妙に異なっている。
その中でも大きいのが、アリペイには理財商品があるが、WeChatペイにはないというとこだった。

アリペイのキラーサービス「余額宝」
理財商品は、アリペイのキラーサービスになっている。チャージをしておくだけで、銀行などよりも有利な利息がついていくため、多くの人が銀行から資金を移している。
アリペイは2013年6月に「余額宝」(ユアバオ)という理財商品を投入している。これはMMFのまとめ投資のような仕組みで、アリペイに集まった資金を、まとめてMMFに再投資し、得られた利益を利用者に還元するというもの。現在の利回りは3%台まで落ちてきているが、当初は7%に迫る高さだったため、多くの人がアリペイをインストールし、余額宝を利用し、アリペイの利用者数の拡大に大きく寄与した。
特に、24時間いつでも1元単位で解約(引き出し)可能というのが歓迎された。銀行のMMFは、まとまった額でないと購入できないし、解約には数営業日かかるのが普通だ。
これはアリペイのキラーサービスとなり、アリペイのシェアは80%を突破し、WeChatペイのシェアは10%程度と、大きく水を開けることになった(この後、WeChatペイは個人間送金の仕組みを活かした紅包機能で、シェアを3:2程度まで差を詰めることになる)。

WeChatペイの「理財通」は、キラーサービスになれなかった
テンセントは、余額宝に対抗するため、2014年1月に、「理財通」サービスをWeChatペイに投入した。しかし、これは、提携する金融会社の理財商品をWeChatペイで購入できるというプラットフォームにすぎない。解約の仕組みや元本保証、利回りなどの条件は各商品によって異なる。
アリペイは「とにかく余額宝に入れておけば、高い利息がつく」というものだが、WeChatペイの場合には「各商品のリスクをよく見て選ぶ」というもので、多少なりとも金融知識がないと入りづらい。余額宝に対抗するサービスになっているとは言えなかった。

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▲WeChatペイの「理財通」。提携する金融会社の理財商品のプラットフォーム。利用者は条件をよく見て、適した理財商品を選ぶ。ある程度の金融知識がないと利用するのは難しい。元本保証されない商品も多いからだ。


WeChatペイの「銀行儲蓄」は、銀行よりも好条件
そこで、今年2019年になって登場したのが、「銀行儲蓄」だ。中国工商銀行と共同開発した。元本保証される定期預金であり、3年間入れておくと3.85%の利息がつく。24時間、1元単位で解約(引き出し)することが可能で、利息は最短7日間でつき、この場合は年利1.10%の日割り換算となる。利息は時期によって変動していくが、資金を入れた瞬間に利息は確定し、満期まで変わらない。リスクはゼロで、3年後の満期時に、いくら返ってくるのかが計算できる。
現在、銀行の3年定期の利率は、大手銀行では2.75%前後、競争が激しい中小銀行や地方銀行でも3.5%程度であり、WeChatペイの銀行儲蓄はそれよりも利回りがいい。
投資信託のような理財商品と比べると、利回りは悪いが、元本保証されることが大きい。テンセントとしては、この銀行儲蓄に資金を入れてもらい、そこから理財通の利用に結び付けていくという戦略を描いている。

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▲WeChatペイが新たに始めた「銀行貯蓄」。定期預金なので、元本は保証され、利回りも契約時に確定する。景気減速が鮮明な中国では、低リスクの金融商品に関心が集まっている。中国工商銀行との共同開発サービス。


800兆円の定期預金残高を狙うWeChatペイ
アリペイの余額宝は、あくまでも投資信託なので、入れておいた資金の利回りは刻々と変動していく。一方で、WeChatペイの銀行儲蓄は、定期預金なので、入れた瞬間に利回りが確定し変動しない。この定期預金の確実さを取り入れたところが、これまでになかった点だ。
中央銀行が2019年9月に公開した「金融機構人民元信貸支出表」によると、全銀行の定期預金残高は51.5兆元(約795兆円)にものぼっている。銀行儲蓄は、この膨大な資金を取りに行くことになる。
アリペイの「余額宝」のサービスが始まった時、銀行の普通預金から「余額宝」に多くの資金が移動した。今度は、銀行の定期預金からWeChatペイの「銀行儲蓄」に大量の資金が移動することになるかもしれない。

景気減速の中で、リスクのある理財商品よりも確実な定期預金
中国も景気の減速感は明らかになっているため、リスクがあって高利回りの理財商品から、低利回りでもリスクのない定期預金にシフトする傾向が現れ始めている。すでに銀行では、定期預金の獲得競争が始まっていて、中には40%以上という無茶な定期預金商品を販売する銀行も現れているほどだ。
WeChatペイの銀行儲蓄は、このような流れの中で、スマホ決済のシェアに大きく影響するキラーサービスになる可能性がある。

スマホ決済と銀行の関係も、敵対から協調へ
アリペイもこれに対抗している。広東華興銀行と提携し、6種類の低リスク理財商品をアリペイに追加した。その中の「明日開售」は、366日満期で確定利回り2.25%。銀行儲蓄にかなり劣っていて、アリペイはまだ「銀行儲蓄」のライバルになるサービスを打ち出せてはいない。
この定期預金競争が、スマホ決済と銀行の関係を変えることになるという指摘もある。今までは、スマホ決済が普及をすればするほど、銀行の普通預金からスマホ決済に大量の資金が移動した。銀行は、普通預金という最も調達コストの低い資金調達チャネルを失うことになり、銀行の経営は苦しくなるばかりだった。
しかし、銀行儲蓄は、スマホ決済が出入り口になるというだけで、実態は提携する中国工商銀行の定期預金だ。再び、資金が銀行に戻ってくることになる。スマホ決済と銀行は敵対するだけではなく、協調して、金融ビジネスをしていくことができるようになる。
銀行儲蓄は、WeChatペイに追加されたひとつのサービスにすぎないが、決済の業界地図を大きく変えていく転換点になる可能性もあると見られている。