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アリペイは腐っている。ジャック・マーの怒りから生まれ変わった「アリペイ」

アリババのキャッシュレス決済「アリペイ」。一般に「アリババのアリペイ」と呼ばれるが、厳密にはアリババから独立したアントフィナンシャルが金融サービス面を運営し、そのアントフィナンシャルの子会社であるアリペイがキャッシュレス決済の運営を行っている。このアントフィナンシャルが生まれたのは、アリペイの成長の危機があったからだと新浪科技が報じた。

 

タオバオの取引を担保するツールだったアリペイ

アリババは、2003年にCtoC型ECサイトタオバオ」をスタートさせたが、まったく取引が行われなかった。それもそのはずで、信用がなかったからだ。タオバオなどというサービスを聞くのはもちろん初めてのことだったし、当時はまだ20人足らずのスタートアップ企業であったアリババの名前も普通の消費者は知らなかった。さらに、当時の中国では、店頭でも偽物、まがい物が普通に売られている。とても怖くてECを使おうなどという人はいなかった。

そこで誕生したのがアリペイだ。アリペイは、タオバオのポイント通貨として始まった。タオバオで商品を買いたい人は、まずアリペイを買ってもらう。アリペイはいつでも現金に戻すことができる。買い物をする時は、このアリペイで支払いをする。しかし、販売業者に直接アリペイが渡されるわけではなく、いったんタオバオ運営がアリペイを預かる形になる。商品が到着をして、内容に問題がないということが確認されると、タオバオは販売業者にアリペイを送るという方式だ。販売業者はそのアリペイを現金に変えて、利益を得る。

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杭州市のマンションの一室で、タオバオを開発していた頃のアリババ。中央で竹刀を持っているのが、創業者のジャック・マー。

 

キャンセルした利用者に直接電話で説得

2003年10月に、このアリペイを導入したことで、タオバオでは初めて1台の日本製の中古カメラが売れた。取引金額は750元(約1万1000円)だった。出品した業者は、日本から商品を輸入して販売するビジネスをしていたが、カメラを欲しいという人が見つからず、持て余していた商品だった。それがECなら売れる。販売業者はECの可能性を感じた。アリババでは最初の取引が成立した時、モニターに張り付いていた担当者の女性が「来た、来た!最初の取引成立です!」と大声で叫んだという。

しかし、残念なことに、このカメラを買った人は、すぐにキャンセルをしてきた。タオバオの某スタッフがたまらずに、その購入者に電話をしてしまった。そして、自分の名前、身分、携帯電話の番号まで伝え、「もし、問題が生じたら、私が個人的に750元を支払います」と説得した。必死だった。その説得により、購入者は思い直して、再度購入し、最初の取引が成立した。

ここから、アリペイの「全額保証」制度が始まっている。アリペイは中国語では「支付宝」(ジーフーバオ)という。支付は支払いの意味だが、宝はタオバオ(淘宝、宝探しの意味)から取ったこともあるが、保証の保が、中国語では宝と同じ音であるために、保証の意味もある。

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タオバオに最初に日本製カメラを出品した崔衛平氏。日本の商品を輸入して、販売するビジネスをしていたが、買い手が見つからない商品をタオバオに出すことによってビジネスの幅が広がった。

 

アリペイは腐っている。ジャック・マーの怒りの意味

アリペイは、元々はタオバオ決済手段という位置づけでスタートしたが、それ以降、ゆっくりと成長をしていった。2008年には、公共料金、光熱費などの支払いに対応し、タオバオ以外のサービスでも使えるようになっていく。2009年には登場したばかりのスマートフォンに対応し、モバイルサイトでの決済にも対応した。さらに、大きかったのが2010年の快捷決済で、ほぼワンタップで支払いができるようにした。

しかし、そこまでだった。アリペイは次に何をなすべきか、見えなくなっていた。決済手段として利便性を高める改善はしていたが、それだけで、新しいビジネスを何も生み出していなかった。

ジャック・マーは烈火の如く怒ったという。「アリペイは腐っている」とまで厳しい言葉を使った。「多くの企業は5年以内に倒れる。5年以上生き残っている企業は、このような停滞は経験しない。アリペイチームは、自分たちが抱えている問題と、今日、向き合わなければならない」と叱責した。

 

アリペイはタオバオに留まるような小さなプロダクトではない

アリペイチームは当初、困惑した。なぜジャック・マーが怒っているのかが理解できなかったのだ。

この当時、アリペイの利用者は3億人を突破し、1日の取引金額は12億元(約185億円)を突破していた。アリペイチームは、その数字にどこか満足していたところがある。それがジャック・マーの怒りによって、目を覚されることになった。

アリペイチームに異動になったばかりの彭蕾(ポン・レイ、初期メンバー18名のうちの一人)は、ジャック・マーの怒りを理解していた。「アリペイのビジネスは不確実性が多すぎる」とチームに訴えた。アリペイの成長は、タオバオの成長に完全に依存している。成長の源泉がひとつということは、タオバオの成長が止まれば、アリペイの成長も止まるということだ。アリペイは、タオバオ以外に、成長の源泉となるものを見つけなければならないと訴えた。

ジャック・マーの怒りは、アリペイは広大な成長空間が見える大きなプロダクトであるのに、アリペイチームはタオバオ決済手段の地位で満足をしてしまっている。宝のようなプロダクトを腐らそうとしている。だから、「アリペイは腐っている」と激怒したのだ。

 

4日間の徹底議論から生まれた新生「アリペイ」とアントフィナンシャル

春節旧正月)前の休みの間に、彭蕾はアリペイチームのほぼ全員を招集した。そのまま、4日間の合宿が始まった。チーム全員は、一緒に食事をし、一緒に寝て、アリペイが何をなすべきか、朝から晩まで徹底的に議論した。

その中で定義されたのが、アリペイの3つのミッションだった。アリペイは、もはやタオバオ決済手段ではない。全ネットユーザーに対して、ユーザー体験、信用、安全の3つを提供するサービスだと定義された。

その報告を受けたジャック・マーは、「戦略転換の本質は、プロジェクトの内容を変えることではない。組織を変えることだ」と語って、アリペイチームを子会社として独立させることにした。独立した子会社となると、自分たちの食い扶持は自分たちで稼がなければならなくなる。危機に陥っても、今までのように会社は助けてくれない。親会社とは言え、アリババが助けてくれるかどうかは、その時の判断次第になる。また、独立した企業になることで、アリババ以外の企業との連携もしやすくなる。

こうして誕生したのがアントフィナンシャルだ。アントフィナンシャルは、当初、アリババの子会社だったが、後に、スマホ決済業者決済を行う免許を取得するには、100%内資でなければならないというルールができた。アリババの大株主は、ジャック・マーの他に、日本のソフトバンクと米国のヤフーであったため、アリババは外資系企業といってもよかった。そのアリババがアントフィナンシャルの株を保有したままだと、決済業者の免許が取得できないため、2011年にアリババとアントフィナンシャルは資本関係を解消している。アリババからは独立した企業となった。

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▲ジャック・マーの怒りを受けて、合宿をするアリペイチーム。後のアントフィナンシャルの母体となる。

 

新生アリペイ1:手軽に利用できる理財商品「余額宝」

2013年初め、アントフィナンシャルの主要メンバーが集まって、今後のアリペイのビジネスの柱を設定した。その柱は3つあった。1つは余額宝(ユアバオ)。アリペイ利用者が、アリペイの資金を使って、気軽に購入できるMMF理財商品だった。24時間、1元単位で、購入、解約ができる。銀行でMMFを購入するには、まとまった額が必要で、解約には数日が必要となる。しかも、個人の購入金額は大きくはないので、利回りもさほど高くない。

これが、アントフィナンシャルが、アリペイ全利用者の余額宝資金をまとめて、銀行に再投資をする。額が巨大になるので、交渉次第で、利回りは高くなる。これを余額宝利用者に還元をするというものだ。一時期は、年の利回りが6%を超えた時期もあり、アリペイ利用者を急増させるキラーサービスとなった。多くの人が銀行の普通預金からアリペイに資金を移動させた。

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▲余額宝。資金を入れとくだけで増えていくアリペイ内のMMF理財商品。引き出しは、24時間1元単位で行える。アリペイのキラーサービスとなった。

 

新生アリペイ2:社会信用スコア「芝麻信用」

2つ目が社会信用スコア「芝麻信用」。アリペイの使用履歴などから、自動的にその人の信用スコアを計算するという仕組み。これは、「先消費、後払い」という新しい消費スタイルを定着させるためのものだ。信用スコアにより、その人に融資できる金額が自動的に算出できる。利用者には、融資可能な額がリアルタイムで表示される。これは「貸しても大丈夫な額」ではあるが、利用者からは「借りても大丈夫な額」でもある。「借金をして消費をする」という20世紀型の消費スタイルではなく、「未来の収入を先取りして、平準化して消費する」という21世紀型の消費スタイルを定着させようとしている。

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▲芝麻信用。アリペイの利用状況などから信用スコアが自動算出される。借金ではなく、「未来の収入を先取りして、お金を平準化して使う」という新しい消費スタイルを生もうとしている。

 

新生アリペイ3:3分1秒で貸付実行される「浙江網商銀行」

3つ目がネット銀行だ。アントフィナンシャルは、俗にジャック・マーの銀行と呼ばれる浙江網商銀行を設立している。この銀行の特長は、中国でマイクロファイナンスを行っていることだ。貸出先の多くは農家や個人商店主。しかも、310方式というユニークな方法を採用している。

310方式とは、「3分で申請が済み、1秒で貸付が実行され、人の介在は0人」というものだ。融資を依頼する人は、スマホアプリを使って、必要事項を記入する。すると、信用スコアによって、融資限度額と貸付利率が算出できるので、1秒で貸付成否がわかる。それに納得をすれば、即時にアリペイに資金が送られるというものだ。これも「貸しても大丈夫な額」であるとともに「借りても大丈夫な額」になっているので、貸し倒れは極めて少ないという。農家や個人商店主が、災害時や新しい作物を手掛けたい時に利用している。

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▲浙江網商銀行は、アリペイのミニプログラムにも対応。借りたい金額と返済回数を入力すると、信用スコアから利息と可否が自動的に算出され、1秒で貸付が実行される。

 

生活のすべてがアリペイアプリだけで完結する世界

アリペイのミッションであるユーザー体験も大きく進化をしている。例えば、飛行機や新幹線、列車のチケットを買う時は、多くの人がアリペイを使う。なぜなら、アリペイの中から列車の検索ができ、空き座席がわかり、そのままタップするだけでアリペイで決済をすることができるからだ。チケットは電子チケットとなり、最新型の第3世代身分証を持っている人であれば、身分証と紐付けが行われるので、スマホと身分証を持って駅や空港に行くだけでいい。

この検索から購入、チケット発行、乗車までがワンストップで行えるというのがポイントだ。列車は鉄道チケットアプリ、飛行機は各航空会社アプリを起動して、アカウントを作成して買うというのではなく、アリペイアカウントひとつで、アリペイの中ですべてが完結をする。

その他、レストラン店内、店外でのモバイルオーダー、フードデリバリーの外売、映画館、イベントのチケット、タクシーを呼ぶ、病院の予約など、決済を伴う生活の多くがアリペイの中で行えるようになっている。

アリペイが、タオバオ決済手段として満足をしていたら、こういう世界は生まれなかった。アリペイはキャッシュレス決済の壁を超えて、SNSと同様に必須の生活プラットフォームになるまで進化をしてきた。それも、あの時のジャック・マーの「アリペイは腐っている」という怒りからすべてが始まっている。

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▲アリペイの内蔵アプリ。ほとんどの生活サービスが、アリペイの中だけで完結するようになっている。