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ジャック・マーの7300日。1つの奇跡と2つの戦いと4つの挑戦(下)

2019年9月10日、アリババのジャック・マー会長が引退をした。この日は、中国の教師の日であり、ジャック・マーの55歳の誕生日でもあった。ジャック・マーがアリババを創業して7300日。この間には、1つの奇跡、2つの戦い、4つの挑戦があったと銷售兵法が報じた。

 

アリババ成長のキーマン、ジョセフ・ツァイCFO

ジャック・マーはフリーミアムモデルのAlibaba.comというアイディアを手に入れた。しかし、これを現実のものにするのには、人と金が必要だ。

ジャック・マーは、杭州市の西湖に浮かんだ小舟の上で、ジョセフ・ツァイに、自分の夢とアイディアを語った。ジョセフ・ツァイは、台北生まれで、米国に移住し、カナダ国籍を持ち、スイスの投資会社インベスターABのアジア太平洋地区の責任者をしていた。

ジョセフ・ツァイは、この一度起業に失敗した元英語講師の話にすっかり惚れ込んでしまった。ジョセフ・ツァイの年収は数十万元はあったはずだが、アリババに転職をすると言い出した。これからプロダクトを開発するアリババでは、月に500元しか報酬が出せなかったが、ジョセフ・ツァイはそれでかまわないという。ジョセフ・ツァイは、アリババのCFO最高財務責任者)となった。

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▲ジャック・マーとジョセフ・ツァイ。あまりメディアには登場しないが、孫正義を始めとする企業家にジャック・マーを紹介し、潤沢な投資資金をアリババにもたらした功労者。

 

2つ目の挑戦:最初のプロダクト「アリババドットコム」

ジョセフ・ツァイは、すぐにアリババに大きな貢献をした。日本のソフトバンク孫正義とジャック・マーをつなぎ、北京での会談をセットしたのだ。そこで、ジャック・マーは例によって、自分の大きな夢を語り、アリババのプロダクトアイディアを説明した。孫正義は、その話をわずか6分間で理解し、3000万ドル(約32.7億円)の投資を決めた(のちに、投資額が多すぎて、議決権まで失ってしまうため、アリババ側から投資額を2000万ドルに減額する申し入れをした)。

アイディアがあり、人を得て、お金も入った。アリババが作ったプロダクトはAlibaba.comだ。中国の中小企業の情報を掲載し、海外企業は取引したい企業を検索して探すことができる。これにより、中国は世界の工場となり、世界中の製品の価格が下がっていった。アリババだけでなく、中国の産業、世界の産業が大きく変わる転換点になった。

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▲アリババ創業の地。杭州市の湖畔花園。このマンションの部屋でアリババが創業された。マンションといっても広大で、かなり高級な住宅群。

 

3つ目の挑戦:アリババの成長の起点「タオバオ

2002年、中国で最大シェアを誇るECサイトは易趣網(イーチーワン、英語名イーチネット)だった。90%のシェアを誇るCtoC型のECサイトだ。米国のeBayと酷似していた。

当時のeBayのメグ・ホイットマン社長は、海外進出戦略を進め、中国市場にも手を伸ばした。イーチネットの株式の1/3を買収することで、中国市場に進出をした。メグ・ホイットマンは、その時に「10年から15年で、中国はeBayにとって最大の市場になる」と語っている。

ジャック・マーにとっては面白くない事態だった。ジャック・マーの頭の中にあるのは、BtoBのAlibaba.comを軌道に乗せた後、CtoC型のマッチングサイトの開発を構想していたからだ。ジャックマーはeBayに対して戦いを挑むことにした。

現在、アリババで「神」と呼ばれるエンジニア蔡景現に命じて、わずか1ヶ月でCtoC型ECサイトタオバオ」を開発させた。2003年4月、アリババはタオバオでeBayに挑むことになる。

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▲eBayの当時のCEO、メグ・ホイットマン。eBayを急成長させた立役者だが、中国では、名前も知らなかったアリババに足元をすくわれた。

 

最初の戦い:アリと象の戦い

ジャック・マーはこの戦いを「アリと象の戦い」と呼んでいた。もちろん、アリババがアリだ。この戦いに向けて、ジャック・マーは社員全員に毎朝、オフィスで逆立ちをさせていたという。ジャック・マーは竹刀を手に「世界を違った角度から見ろ!敵の弱点を見つけろ!」と本気か冗談かわからない檄を飛ばしていたという。

しかし、eBay側は余裕だった。2004年には中国市場で1億ドル(約110億円)の広告宣伝費を使い、ほとんどすべてのウェブサイトに広告を出していた。そもそも、この時点で、メグ・ホイットマン社長は、タオバオの名前すら聞いたことがなかったのだ。

主要ウェブの広告という大通りをeBayに取られてしまったジャック・マーは、インターネットの路地裏でゲリラ戦を展開することにした。掲示板、フォーラムなどに社員総出でタオバオの話題を書きまくったのだ。

これは成功だった。新しいサービスが好きなコアな人たちは、大手サイトのバナー広告よりも、掲示板やフォーラムの書き込みをより信用する。数は多くはないものの、忠誠度の高いタオバオファンが生まれ始めた。

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▲eBayに戦いを挑んでいた頃のアリババ。ジャック・マーは竹刀を手に、社員を逆立ちさせて、「世界を違った角度から見るんだ!」と檄を飛ばしていたという。

 

「無料のランチ」で巨像eBayを打ち負かす

しかし、この戦いを決定づけたのは、ジャック・マーのフリーランチ戦略だった。eBayに出品をするには1元から8元程度の出品料が必要になる。さらに取引が成立すると、取引金額の2%が手数料として徴収される。

タオバオの出品はすべて無料にした。手数料まで無料にした。Alibaba.comと同じ発想だ。では、どうやって収益を上げるのか。それは3年後に考えればいい。ジャック・マーは、重要なのは今期の売上ではなく、3年後の売上だと考えていた。そのため、タオバオの販売業社には「3年間は出品料を取らない」と宣言した。

eBayの出品料を嫌った販売業社が、こぞってタオバオに流れ込み、タオバオは無数の商品が見つかる宝探し感覚のECサイトに育っていった。

この施策にeBayは追従しなかった。メグ・ホイットマンは、「この世に無料のランチは存在しない」と言って、フリーランチを続けるタオバオは、1年半で資金不足になり自然に倒れるだろうと考えていた。しかし、ジャック・マーは、最初から3年間は収益が上がらなくても継続していく計画だったのだ。

 

2つ目の戦い:タオバオ有料化

eBayとのアリと象の戦いが決着すると、流石にジャック・マーもフリーランチを続けていくのは苦しくなってきた。「3年間は出品料を取らない」と約束をしていたものの、タオバオが始まって2年後の2006年5月から「招財進宝」制度を導入しようとした。これは出品者が一定の料金を支払うと、消費者が商品検索をしたときに上位に表示してくれるというものだ。

料金を支払わずに無料のままタオバオに出品することもできるが、この制度が始まると、無料の出品者は検索の下位にしか表示されなくなり、商品が売れなくなる。タオバオの出品者たちは、3年間無料の約束が実質的に破られたとして、タオバオ本社の前で抗議活動をした。抗議活動は20日間続き、3万を越す販売業社が売上がプールされているアリペイの資金をすべて現金化し、出品商品を取り下げるという抗議活動を行った。さらに、タオバオの成功を見て、追従してきた複数の小規模CtoC型ECサイトが「引越しキャンペーン」を始めた。そのようなサイトは、「出品料永久無料」を誘い文句に、タオバオから販売業社を引き抜こうとした。

さすがにジャック・マーもこたえたようだ。招財進宝制度を実行するか中止するかを、タオバオ販売業者の投票によって決めるとした。もちろん、否決され、招財進宝制度は中止になった。

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▲「3年間無料」という約束を違えたジャック・マーに対して、販売業者たちの怒りが爆発した。タオバオ本社前で抗議をする販売業者たち。結局、タオバオの有料化は断念され、それがBtoC型ECサイト「Tmall」につながっていく。

 

4つ目の挑戦:タオバオのマネタイズ=Tmall

しかし、タオバオをいつまでもマネタイズしないわけにはいかない。そこで、タオバオに出品している大手業者をセレクトして、タオバオ商城(後のTmall)というBtoC型ECサイトに分離することにした。こちらは出店料、手数料などさまざまな費用が必要となる。同時に、広告、SEO、キャンペーンなどの支援を行う。

販売業者にとって、費用負担は決して小さくないが、ビジネス支援をしてもらえ、費用負担以上に商品が売れる。さらに、アリババが企画した11月11日の独身の日セールが大成功し、ECビジネスが急成長をすると、出店料などは微々たるものに感じられるようになっていった。

つまり、タオバオでマネタイズするのではなく、Tmallでマネタイズをはかった。こうして、アリババはBtoB、CtoC、BtoCの3つの領域をカバーすることになった。

その後、アリババは、キャッシュレス決済「アリペイ」、社会信用スコア「芝麻信用」、ネット銀行「浙江網商銀行」、新小売「盒馬鮮生」と次々とビジネスを広げていくが、すべてはECサイトタオバオ」が起点になっている。そして、アリババのすべては、1995年の秋、ジャック・マーがシアトルでインターネットと出会うという奇跡から始まっている。